第二十一話 とある奴隷商の苦悩
「……クソッ、このままじゃ破産だ、どうする!?」
モルの村に対して行っていた工作の全てが頓挫したガイゼルは、自らの居城である奴隷商館の執務室にて、頭を抱えながら叫んでいた。
今回の作戦には、少なからぬ資金を投じている。
獣人奴隷が手に入れば十分に回収出来る腹積もりだったのだが、それら全てが失敗に終わった今、残ったのは調達のために作った借金だけだ。
「どうする、どうする……!?」
ひたすら自問を繰り返すが、何のアイデアも浮かばない。
そもそもが身から出た錆びではあるのだが、ガイゼルは自らを省みることもなく、ただ"全ての元凶"への恨みを募らせるばかりだ。
「あいつさえ、あいつさえいなけりゃ、俺は今頃……!!」
噛み締めた爪がバキリと割れ、怒りのあまり充血した眼球がぎょろぎょろと動く。
そんな状態の彼に好んで近づこうなどという者は商館の従業員にすらおらず、延々と続く恨み辛みと責任逃れの言い訳が狭い室内にブツブツと響き続けていた。
「マスター、お客様です」
そんな場所へと、物怖じもせず入ってきたのが専属護衛のブルムだ。
その瞬間、ガイゼルは少女に向けて手近にあったペン差しを投げ付ける。
「入る時はノックくらいしろ!! その程度の礼儀すら持たないのか、この獣擬きが!!」
「申し訳ありません、したのですが、反応がなかったもので」
勢いよく投げ付けられたペン差しを額に受け、たらりと血を流しながらも、一切動じることなく謝意を述べるブルム。
機械染みた無機質さを見せる少女だったが、「ですが」とそこで一つだけ苦言を呈した。
「獣擬き、という蔑称は、あまり用いない方がよろしいかと。お客様もおりますし、誰に聞かれるか分かりません」
「ッ……それくらい分かっている!!」
またも怒りのまま吐き捨てられ、ブルムは再度頭を下げて謝罪する。
そんな彼女に苛立ちを募らせるガイゼルだったが、どうにか最後の理性を振り絞って問い掛けた。
「それで、客とは誰だ、もしくだらん相手だったら……」
「バルボア・タラルイド子爵様です」
「っ、それを早く言え!!」
反射的に怒鳴りつけたガイゼルは、三度繰り返される謝罪の言葉を無視し、手早く身支度を整える。
バルボア・タラルイド子爵。この町を治める領主であり、ガイゼルにとってはほぼ最高位の上客だ。適当な応対など出来るはずがない。
「やあ、ガイゼル君。随分と荒れているようだね」
しかし、海千山千の貴族相手では、そんな誤魔化しも通用しなかったらしい。
ブルムを部屋の前に残して応接室に入ったガイゼルは、一目であっさりと看破されてしまった事実に「お恥ずかしいところを」と殊勝な態度で頭を下げる。
「なに、町全体がこのような状態だ、お前も苦労しているんだろう。気にすることはない」
そんなガイゼルへと、バルボアは鷹揚に笑ってみせる。
でっぷりと太ったその男の体型を見るに、少なくとも当人は"お前も"などと言うほどに苦労しているようには見えないが……流石に、それを指摘するほどガイゼルも愚かではない。
「ええ、この状況でロクな奴隷も手に入らず、余裕がないと奴隷を買う者もほとんどいませんで……」
「だろうと思ったよ。そこでだ、ガイゼル君。ここは一つ、私が奴隷を買おうじゃないか」
「バルボア様がですか? 大変ありがたいのですが、如何なる奴隷をお求めで?」
「欲しい物は二つある。一つは、頑丈で力のある獣人奴隷を出来るだけたくさん。これだけの雪だ、私の屋敷ですら除雪作業が追い付かなくてね。町の重要施設も含め、それをこなしてくれる奴隷が必要なんだ」
「な、なるほど……」
一つ目に関しては、至極真っ当な依頼だ。力仕事の需要が高まっているが、それをこなせる者が少ないのだから、領主自ら用意しようとしている。
ガイゼル自身、その展開は予想していたのだが……だからこそ、苦渋の表情で口を開いた。
「恐れながら、現在獣人の奴隷は切らしておりまして……手に入れようとはしたのですが……」
「知っているさ、だから来たんだ」
「は……?」
バルボアの言葉に、ガイゼルは口をポカンと開けたまま固まってしまう。
獣人奴隷を手に入れようとした様々な工作を知られていることはもちろんだが、失敗したことを知っていて、敢えてここに来る理由は何なのか。
まさか……と、期待を胸に抱きながら見つめるガイゼルに、バルボアは殊更にんまりと笑顔を浮かべた。
「私の欲しい物、もう一つ……というより、こちらの方が本命だがね。君は以前、私の依頼でモルガナイトウルフの捕縛を狙い、失敗しただろう?」
「は、はい……あれは、申し開きのしようもなく……」
聖獣、モルガナイトウルフ。
かつて獣人達が崇めていたかの魔獣が殺された事件、その主犯はここにいるガイゼルとバルボアの二人だった。
宝石すら霞むほどの価値がある毛皮を欲したバルボアと、獣人奴隷を仕入れたかったガイゼルの思惑が一致した結果だが……その結末として、獣人達は何人か捕らえたものの、モルガナイトウルフは捕らえ損ね、そのまま死んでしまっている。
「今更あの時の失敗を蒸し返したりはしないさ、あれは私も愚かだった。だからこそ、今度こそ確実に手に入れたいのさ」
「手に入れる、とは?」
「あの聖獣には、獣人の娘がいるらしい。鮮やかな桜色の毛と、住む土地に豊穣と幸福をもたらす最上級のスキルを持っているそうだ」
バルボアの言葉に、ガイゼルの記憶が甦る。
あの憎き娘が仲睦まじく共に歩いていた獣人の少女、あの少女こそがそれだと、すぐさま確信を得た。
「単に聖獣の血を引く獣人というだけでも、その価値は計り知れない。その上、もし本当に"神"クラスの豊穣スキルを持っているのなら、手元に置いておくだけで相当な益を生む」
最上級のデメリットスキル、【疫病神】と対を為すようなその効果。
それが本当ならば、シルフィと一緒に過ごして何の問題もなく笑っていられるのも納得がいく。
自分の行いは棚に上げ、ガイゼルはその話を間違いないと判断した。
「外にいる護衛から聞いたが、あの村には今、君の娘が滞在しているんだろう? 私に策がある、協力してくれたまえ」
そんなバルボアの誘いに、ガイゼルが乗らない理由はなく。
応接室に浮かぶ二つの醜悪な表情を、外から様子を伺っていたブルムはどこか悔しげに見つめていた。
次回、「解毒薬作り」




