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第十九話 とある奴隷商の誤算

 ガルデニア王国南部、タラルイド子爵領。

 王国の中でも比較的温暖な土地柄であり、作物の生産、輸出を主な産業として栄えている地域である。


 しかし、今年はやや不作の年だったところへ、かつてない大寒波に襲われるという不運が重なり交通の便が麻痺。

 元々蓄えがあった者も無かった者も、その度合いに差異はあれど誰もが厳しい冬を迎えていた。


「ええい、クソッ! これでは全く採算が合わんぞ、春を迎える前に干上がってしまう!!」


 領都に拠点を構える奴隷商、ガイゼル・スプラウトもまたその一人。

 シルフィの父親でもあるその男は、机を激しく拳で打ち付けながら、手にした書類を投げ捨て頭をかきむしる。


「それもこれも、全部あの疫病神のせいだ!! 森に捨ててきたってのに、まだ不幸が続きやがる!!」


 苛立ちも露わに吐き捨てるが、もしこの場に多少なりと良識と知識のある者がいれば、その意見には否を唱えるだろう。


 確かに、現状はあまり好ましくない。食料品や衣類などの値段が高騰し、奴隷の維持管理費が嵩んでいる上に、こんな不況の最中では愛玩奴隷の需要もない。


 しかし、見方を変えればこの状況は商機でもあったはずなのだ。


 例えば、食い詰めた者を奴隷として安く仕入れ、積もった雪の除雪作業に手を焼いている者へと売り付ける、など。


 それをしないのは、彼がこの近辺唯一の奴隷商であることに胡座をかき、客の足元を見るような悪どい商売で信用を失い続けた結果である。


 ようは、たとえ食い詰めた人間であったとしても、ここに身売りするくらいなら貧民に堕ちて自らその日暮らしの仕事を探した方がマシだと判断されてしまっているのだ。


 それを、ガイゼル自身もまた頭では理解している。

 理解していて尚、貴族との繋がりすら持つタラルイド領一の奴隷商であるというプライド故に、自らの過ちを認められないのだ。


「ククク……だが、そんな日々もこれまでだ。撒いた種、いや卵が、そろそろ芽吹いてる頃だろうさ」


 そして、悩みに悩んだ末に彼が出した結論は、無理矢理にでも高値で売れる奴隷をかき集めるという方法だった。


 今最も需要が高い除雪作業を難なく行えるだけの頑強さを持ち、多少粗雑に扱おうと批判の少ない、優秀で使い勝手の良い奴隷──獣人族。


 森に住む彼らは名目上王国の民ということになっているが、町との交流が少ないこともあって、多少派手なことをしても罪には問われない。


 かつて他国との戦争で活躍したという理由で、名誉貴族の称号を得た獣人の一族もいるらしいが……最低限の建前さえ繕えば、文句も言えないだろう。


 例えば、そう。

 突如発生したポイズントードの毒にやられて追い詰められた村に薬を提供する代わり、代金として何人か奴隷堕ちさせるくらいならば。


「前にやったのと同じやり方が使えりゃあ楽だったんだがな。今回は貴族様の依頼ってわけでもねえし、仕方ねえ」


 ここに至るまでの苦労を振り返り、ガイゼルは溜息を溢す。


 流行り病に見せかけられそうな毒の選定から始まり、卵の調達、季節外れの孵化を促すための魔道具の準備、感覚の鋭い獣人達に気付かれないよう川に近付くためのルート選び──


 それこそ、シルフィを捨てるよりもずっと前から重ねて来た準備が、ようやく実を結ぼうとしている。

 そう考えると、知らず知らず口角がつり上がっていくのを感じた。


「おい、ブルム、いるか!?」


「はい、こちらに」


 ガイゼルの呼び掛けに答えて、一人の少女が部屋の中へと足を踏み入れた。

 腰まで伸ばした栗色の毛と、あまり感情が読み取れない、どこか人形染みた表情が特徴的な美しい少女だが……そんな容姿よりも目を引くのは、その首にかけられた金属製の輪。


 奴隷の証であり、主人に逆らおうとすれば即座に首を絞める魔法が刻み込まれた魔道具である。


「出かけるぞ、準備しろ。目的地は魔獣の森だ」


「了解しました」


 淡々とした口調でお辞儀をした少女──ブルムが、そのまま部屋を後にする。

 その姿を見送りながら、ガイゼルはふんと鼻を鳴らした。


「全く、相変わらず無愛想な奴だ。まあ、戦闘用の奴隷に愛想の良さなんて求めても仕方ねえか」


 ただでさえ、奴隷商というのは敵が多い。

 あまり品行方正な手段で稼いでいるわけではないのだから仕方ないのだが、それ故にどこにも売らず、護衛として手元に残しているのがあの少女だ。


 とはいえ、売れば高値がつくのは間違いない。こんな状況では、最悪は手放すことも──


「いや、それはねえな。あれを売ったらどうやったって足がつく。っと、それより俺も早く準備しねえと」


 頭を過った可能性を振り払い、再び新たな商品へと思考が移る。


 やがて準備万端整えたガイゼルは、首輪を隠すマフラーを巻かせたブルムの護衛の元、モルの村へ向かって動き出した。馬車に、満載の食料品を載せて。


「この時期にこの出費も大概デカイんだがな……まあ、まずはある程度信頼を得ないと始まらねえしな」


 この冬の時期に、これだけの食料品を揃えるだけでも一苦労だった。

 しかし、いきなり解毒の薬を積んで村を訪れるのでは、いくらなんでも不自然過ぎる。


 まずはこれらを売りに来た健全な商人を装い、警戒心を解く。その後、自然な流れで病について聞き出し、"たまたま"持っていた薬で一人だけ助ける。

 それによって薬の効能を十分に知らしめたところで、本命の取引に入るのだ。


 その時を夢想し、逸る気持ちを抑えながら、防寒着を着込んで尚冷え込む森の中を進んでいき──


「なん……だと……?」


 モルの村に到着した時、そこで元気良く行き交う獣人達の姿を見て、頭が理解を拒んだ。


「む? 誰じゃお前は」


 そんな彼に、一人の獣人が話し掛けて来た。

 雪の重さで潰れかけた家の補強作業をしているのだろうか、大工道具を引っ提げた老狼の獣人に、ガイゼルはどうにか表情を取り繕いながら応対する。


「いえ、この天候でどこも厳しいでしょうから、今なら食料品が売れるのでは、とあちこち回っていまして……いかがでしょう?」


「ふむ、そういう話か……人族との取引はあまりやらん決まりなんじゃが、状況が状況なのも確かか。まあ、村長を呼んできてやろう、そこで待っていろ」


「ありがとうございます」


 にこやかにお礼を告げるガイゼルに、老人──ロブは軽く手を挙げて応えながら、村の奥へと姿を消す。


 彼の帰りを待つ間も、ガイゼルは村の様子を観察する。

 やはり獣人といえど寒いからだろう、出歩く人々は辛そうに顔を顰めていたりはするが、追い詰められた者特有の明日をも知れない絶望感は漂わせていない。


 予測では、既に村人の大半が毒にやられ、どうしようもないほど追い詰められていると踏んでいたのだが……。


「よくぞ来られた、人族の商人よ。して、食料を持ち寄ってくれたと?」


 疑問を覚えている間に、想像以上に時間が経ったのか。気付けばそこには、モルの村の村長が立っていた。


 慌てて表情を繕ったガイゼルは、にこやかに握手を求めながらその問い掛けに首肯を返す。


「ええ、お困りだろうと思いまして。しかし、想像していたよりも獣人のみなさん元気そうですね、今年の冬も、獣人の方には問題になりませんか?」


 手を握りながら、軽く探りを入れてみる。

 そんなガイゼルの思惑に、果たして気付いているのかどうか。村長のゼフは、ごく軽い調子で答えた。


「そうですな、一時は皆流行り病に倒れ、危機に陥りましたが……その原因を見つけ出し、治療までしてくれた子がいたのでな、どうにか犠牲者を出さずに済んだ」


「ほ、ほほう。それは一体……」


 どんな子が、と問おうとして、ガイゼルの視界に二人の少女が映った。


 一人は、鮮やかな桃色の髪を持つ獣人の少女。

 そして、もう一人。どこか儚げな雰囲気を纏う銀髪の少女の姿に、ガイゼルは目を見開いた。


「ああ、ちょうどですな。あの人族の子が、我らの村の恩人ですぞ」


 その紹介を受けて尚笑顔を保つことに、ガイゼルは多大なる労力が必要だった。


 追い出したはずの娘。とっくに狼にでも喰われくたばっていると思っていたはずの存在がそこにいて、あまつさえ自らの計画を破綻に追いやったと言うのだ。


「つい最近、保護されたばかりの子でしてな。いやはや、運が良かった」


「それはそれは……本当に、幸運でしたね」


 ……どこまでも俺を邪魔するのか、この疫病神がッ!!


 笑顔の裏でそう吐き捨てながら、ガイゼルは震える口をどうにか動かし、取引内容を纏めていく。


 計画がダメになったからには、さっさと帰りたいのが本音だったが、形だけでも取り繕うために集めた食料を換金しなければ、もはや冬を越すどころの話ではなくなってしまう。


 とはいえ、ガイゼルは奴隷を扱う商人であって、食料品は専門外。

 更には今回の計画のため、かなり無理をして買い集めた食料のため、どう足掻いてもこの取引だけで元が取れるはずもなく……町に持ち帰ったところで、足元を見られるのが目に見えている。


 結局ガイゼルは今回、多大な労力と資金を支払ってモルの村に格安で食料品を卸すという、ただの慈善事業を行うのみで、すごすごと引き返すことになるのだった。

次回、「はじめてのお友達」

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