第十五話 はじめてのお茶汲み
「うーん……こんなものかな……?」
暖炉の火でコトコトと煮える小さな鍋を眺めながら、私は呟く。
川に魔物が棲みつき、その水が汚染されていると気付いて早五日。私の力で少しずつ進めた治療もあって病気になっていた人は全員完治し、村は表面上の平和を取り戻している。
とはいえ、川の水が使えないということで、みんなの生活はかなり不便になってしまった。
魔物で汚染されていない水を手に入れるために、かなり上流まで歩かなきゃならなくなったからね。
幸いなのは、季節外れの魔物はあまり広範囲に分布しているわけではなく、その駆除も後数日の内に終わりそうだってことかな。
そんな状況で、私が今何をしているのかと言えば、新しい飲み物作り。
治療の件で仲良くなったセイラさんからハーブを分けて貰ったから、それを使って雪解け水を安全に飲むためのハーブティー作りに挑戦しているんだ。
上手くいけば、ハーブの殺菌作用も相まって、また似たような事件の再発防止になるかもしれないからね。
とはいえ……。
「うぅ、こんな手順で作るの初めてだし、ちゃんと出来るかな……?」
胸中の不安を溜息として吐き出しながら、私は呻く。
私が知っているハーブティーの作り方は、前世の知識だ。でも、それをここで作ろうと思ったら、使える道具も状況も、何もかも違う。
雪を融かして、軽く濾した後、一度沸騰させて煮沸消毒。
それをほどよく冷ましたら、ハーブを煮出してお茶にする……んだけど、暖炉の火でそれをするの難しい……専用の急須もないし……。
「よしっ、ひとまずこれでいい、かな……?」
苦戦を重ねながら、どうにか形になったお茶を啜ってみる。
……悪くはない、のかな? ちょっと味が薄い気もするけど、飲み慣れない内からあまり濃くしても舌が受け付けないだろうし。
「シルフィー! 何してるのー?」
「あ、コマリちゃん。ルンさんも、おはようございます」
「おはよう、シルフィ」
そんな私を目敏く見付け、コマリちゃんが駆け寄って来た。
その後ろで小さく手を上げて挨拶するルンさんに軽く会釈を返していると、コマリちゃんは私が持ったコップに気付いたらしく、好奇心に瞳を輝かせて覗き込む。
「コマリちゃんも、よかったら飲んでみて。熱いから気をつけてね」
「いいの!? わーい!」
私が差し出したコップを受け取り、勢い良く中身を呷るコマリちゃん。
そんな飲み方したら火傷しちゃうんじゃ……と心配になったけど、コマリちゃんは熱さとは別の理由で顔を青くしていた。
「うぅ、にがぁーい……なにこれぇ」
「えぇっ、そ、そんなに!?」
思わぬ反応に驚きながら、返して貰ったコップにもう一度口をつける。
……ううん、確かに少し苦味はあるけど、これでもコマリちゃんには厳しかったか……どうしようかなぁ。
「へえ、シルフィが作った飲み物か。僕も一口いいかな?」
「あ、はい、どうぞ」
コップを渡すと、ルンさんは私と同じようにゆっくりとお茶に口をつけた。
しばらくその風味を味わうようにほっと息を吐くと、コップを私に返しながら、一言。
「結構美味しいよ。確かに少し苦いけど、これくらいなら悪くないアクセントだし。……コマリにはまだちょっと早かったかもしれないけど」
「むーっ! 早くないよ! 私はシルフィのおねーさんなんだから!」
あ、その設定まだあったんだ。
なんて思っている間に、コマリちゃんは再度私のお茶を受け取って口をつける。
しかも、今度はコップ一杯まるっと一気飲みだ。
「げほっ、げほごほげほっ! う、うえぇ……」
「こ、コマリちゃん、大丈夫……?」
「ぜーーんぜんへいき! ほらね、私も飲めるでしょ? なんてったっておねーさんなんだからね!!」
「あ、うん……そうだね……?」
涙目でぷるぷると震えながら、精一杯胸を張ってお姉さんアピールをするコマリちゃん。可愛い。
そんなコマリちゃんからコップを返された私は、空になったそれを見てふと思う。
今、すごく自然に回し飲みしてたけど……二人とも、全然気にしてる様子がない。
それがなんだか、私を本当に抵抗なく家族として見てくれている証みたいで、無性に嬉しかった。
……底に、ちょびっとだけお茶が残ってる。なんだか勿体ないし、もうひと舐め……。
「シルフィ、空っぽのコップなんて舐めてどうしたの?」
「ぷぎゃっ!?」
コマリちゃんの声を聞いて正気に戻った私は、驚いた拍子にコップの淵に歯茎をぶつけ、悶絶しながら蹲る。
うぅ、痛い……。
「えっ、シルフィ大丈夫!?」
「ら、らいひょうふ、らいひょうふらから……!」
心配そうに覗き込んで来るコマリちゃんの顔を直視出来なくて、私は必死に目を逸らす。
違うの、私はただ最後の一滴まで飲もうとしただけで、決して変なことしようとしたわけじゃ……!
「まあ、コマリもこう言ってるし、ひとまず村のみんなにも飲んで貰って感想集めてみようか?」
「は、はい。ありがとうございます」
ルンさんの提案に、私は勢い良く首を縦に振り回す。
意見が集まれば、この村のみんなにとって良い塩梅のお茶が作れるだろうし、コマリちゃんも本心から気に入ってくれるかもしれないからね。
決して、私の奇行を誤魔化すために乗っかってるわけじゃないから。
「ルン、コマリ、シルフィ。おるか?」
「ん? この声、ロブさんか。はい、いますよー」
そうやって騒いでいると、玄関の方から声が聞こえてきた。
ロブさんって確か、村の外れの方に住んでるお爺さんだよね?
何でも、この村で唯一の大工さんで力持ち、だからポイズントードの駆除の時も、コマリちゃんに次ぐくらい元気に暴れてた覚えがある。
こんな朝早くからどうしたんだろう? そう思っていると、ロブさんの他にもう一人、ものすごく体の大きな狼獣人の男性が部屋へと上がってきた。
「村長!? こんなところまでわざわざ、どうしたんですか?」
筋骨粒々の勇ましい体に、年期の長さを思わせる落ち着いた佇まい。闇夜を思わせる青紫色の毛を持つその人は、なんとこの村の村長さんらしい。
ほえぇ、初めて会ったけど、すごい迫力……なんというか、見てるだけで圧倒されちゃったよ……。
「ゼフお爺ちゃん、久しぶり! 最近会えなくて寂しかったよ」
けれど、そんな相手だろうとお構い無く、コマリちゃんは親しげに飛び付いていた。
子供と大人、どころか赤子と大男ってくらい体格差のあるコマリちゃんの姿に、ゼフと呼ばれた村長さんはその厳つい表情をみるみるうちに和らげていく。
「おお、コマリ、すまないな。何分、村長である儂が病に罹ってはおしまいだと、周りの者が外へ出してくれなんだ。許してくれ」
「ううん、元気そうで良かったよ! あ、お爺ちゃんにも紹介するね、この子がシルフィ、私の新しい家族だよ!」
「あ、え、ええと……よ、よろしくおねがいしまひゅ!!」
突然話を振られた私は、挨拶をしようとして盛大に噛んでしまった。
なんで、よりによってこのタイミングで噛んじゃうの私!? うぅ、不幸だ……。
痛みでぷるぷると震えながら、私の頭は完全なパニック状態に陥ってしまう。
そんな私に、ゼフさんは「ふっ」と小さく笑みを浮かべた。
「そうか、この娘が。話には聞いていたが、本当に小さいな。こんな娘が村を救ってくれたなどと、普段なら一笑に伏すところだ」
「本当だよ! シルフィはみんなのためにすっっっごくがんばってくれたんだから!」
「いえ、あの、その……私はただ、出来ることをやっただけで……」
(私にとっては)見知らぬ人の前で思い切り褒められて、顔がカーッと熱くなる。
うぅ、コマリちゃん、悪意がないのは分かってるけど、そろそろ許して……!
「まあ良い、人族の子と聞いて心配していたが、恩人とあらば話は別だ。まだ問題の全てが片付いたわけではないが、村を代表して礼を言わせてくれ」
「あうぅ、えっと、その……あ、ありがとうございます……?」
こういう時どう言ったらいいのか分からなくて、結局口を突いて出たのはお礼の言葉。
お礼にお礼を返す私の奇行に、ゼフ村長は大きく口を開けて笑いだした。
うぅ、恥ずかしい。
「ははは! なんとも愉快な娘だ。本当なら、病を乗り越えた祝いに宴でも開いてやりたいところではあるが……そうもいかない事情がある」
「もしかして、部族会議の日取りが決まったんですか?」
「うむ、その通りだ」
ルンさんの言葉に、ゼフ村長は大きく頷く。
なんでもこの森には、狼獣人達が住むここ、モルの村の他にも、いくつか獣人族の村があるらしい。
大柄な体にとんでもない怪力を誇る熊獣人が住む、べべの村。
小柄な体に素早い身のこなしが売りの猫獣人が住む、キヤラの村。
短距離であれば"飛行"することすら可能な鷹獣人が住む、スカレの村。
気弱な性格で力も弱いものの、優れた探知能力と危機察知能力を持つ栗鼠獣人が住む、ニミの村。
そして、そうした獣人達の代表を務める獅子族が住まう、ライガの村。
これらの村は、森の中で別々の居住区を築いてはいるけれど、獅子族を筆頭に一つの共同体となることで、人族に対して一定の発言力を有し、自分達の生活圏を守っている。
部族会議というのは、そうした獣人達の繋がりを強め、今後について話し合うための会議らしい。
「この寒波の中だ、厳しいかもしれんと言われていたが、獣王としてはこの厳しい時期だからこそ、それぞれに知恵を出しあって冬を乗り切る算段をつけたいらしい。そして……その会議には、シルフィを参加させるよう言伝て来た」
「ふえっ!? 私!?」
思わぬ指名に、私は腰を抜かすかと思った。
な、なんで獣人族の今後を決める大事な会議に、私みたいな人族の小娘を!?
「儂ら狼族が人族を拾ったということを、どうやってか知っていたようでな。今後のためにも自らの目で人となりを確かめたい、と」
「ふえぇ……」
言いたいことは分かるけど、何もそんな会議の場じゃなくてもいいのにぃ……。
でも、拒否権はないよね、多分。覚悟を決めるしかないか……。
「待ってください、シルフィ一人でそんな危険な真似させられません、僕も会議に参加させてください!」
「ええ!?」
危険!? 危険って何!? 会議って話し合いの場だよね、何か危ないことが起きるの!?
「ルン、気持ちは分かるが、お前が入ると余計に事態が悪化するやもしれん。護衛ならここにいるロブをつけてやるから、落ち着け」
「くっ……」
悪化!? ルンさんが入って何が余計に悪化するの!? しかも護衛って何!? メンバー全員でバトルロイヤルでもやるの!?
うぅ、私の中の部族会議のイメージが、どんどん世紀末な感じになってきたんだけど……わ、私、生き残れるのかな……?
「なら、私が出るよ! シルフィと一緒に!」
すると、コマリちゃんが元気良く手を挙げ、参加を表明した。
その一言で、険しい表情をしていたルンさんやゼフさんも押し黙る。
「コマリがいれば確かに、滅多なことは起こらんか。よし、ではその方向でいこう」
「コマリ、シルフィのことは任せたよ」
何やら納得した様子の二人と違い、私の心は恐怖でいっぱいだった。
見知らぬ人ばかりの会議で何をさせられるのか、何をするのか、不安しかない。でも。
「任せてよ! シルフィは私が守るから!」
ぎゅっと繋がれたコマリちゃんの手の温もりを感じるだけで、そんな不安と恐怖も少しだけ和らいでいく。
何がなんだか、今も全くわからないけど……がんばるぞー!
次回、「部族会議」




