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第十四話 ルンの想い

今回はルンおねーちゃん視点です

「シルフィー! 次はどこー?」


「え、ええと……ルンさん、私コマリちゃんのところに行ってきますね……!」


「うん、気を付けてね」


 ヨタヨタと、雪の上を覚束ない足取りで進むシルフィの姿に少しばかりハラハラしながら、僕はその背中を見送った。


 途中で転び、雪塗れになり、助けようとしたコマリが川を突っ切る途中で足を滑らせ、二人仲良く雪だるまに。……まるで出来の悪い演劇でも見ているかのような光景に、思わず苦笑。

 そんな僕に、一人の老人が話しかけて来た。


「ルン、あの娘が例の、ポイズントードに気付いた人族の子か」


「ロブさん。……はい、シルフィって言います。あの子がいなかったら、どうなっていたか」


 周りにいた村のみんなに助けられ、涙目になりながら何度も謝る少女を見つめながら、僕は答える。


 季節外れの幼体の孵化。例年にない寒さのせいで、川に訪れる人達も注意深く水面を観察する余裕はなく、そもそもがこの辺りには生息しないはずの魔物だ。


 寒さのせいで幼体の方も弱っていたからか、まだ犠牲者は出ていないけど……もしこのまま暖かくなるまで誰も気付かなければ、力を取り戻して強まった幼体の毒で大勢の仲間が死んでいたかもしれない。


 本当に、運が良かった。


「コマリが連れて来たんじゃろ? あの子は本当に、儂らにとっての幸運の女神、恵みをもたらす太陽そのものじゃな。……聖獣様も、きっと草葉の陰で喜ばれておるじゃろう」


「…………」


 どこか昔を懐かしむようなロブさんの言葉に、僕は押し黙る。


 さっきシルフィには伝えてなかったけど……コマリの父親、聖獣モルガナイトウルフは既にこの世にはいない。

 伝えなかったのは、単にそこまで話す必要はないと思ったから、ということと……もう一つ。


 コマリの父親は、人族の手で殺されてしまったからだ。モルガナイトウルフの毛皮は金になるからという、たったそれだけの理由で。


「ロブさん……シルフィは良い子ですよ。本当に、凄く」


 だから、この村の人達は本心では人族のことを快く思ってはいない。

 コマリが連れて来たということ、シルフィ一人では全く外を出歩こうとしないこと、彼女が外へ出て真っ先に行ったのが、流行り病の治療と解決だったこと……色んな要因が重なったお陰で、どうにか受け入れられているだけだ。


 でも、僕の言葉を聞いたロブさんは、安心させるように首を横に振った。


「心配するな、ルン。儂らとて人族皆が皆悪だと思っているわけではない。第一……親を殺されたお前やコマリが受け入れているのに、儂らがとやかく言うのはお門違いじゃろう」


「あはは……僕は、コマリほど強くはないですよ。今でも人族は嫌いです」


 そう……僕はコマリと違って、シルフィを最初は信用していなかった。

 聖獣様を人族に殺されたから、っていうのもあるけど……一番の理由は何よりも、僕自身が人族の血を引いているからだ。


 人族と獣人の間に生まれたハーフ、それが僕。獣人が本来使えないはずの魔法が使えるのも、この血のお陰ってことになる。


 まあ、僕自身はこの血を心底憎んでるんだけどね。

 故郷を捨ててまで尽くそうとしていた母さんを捨てて、金のために奴隷商になった男の血なんて、憎んで当然だ。


 その後も、人族は獣人だからって理由で母さんを迫害して、住んでいた町を追い出して……幼い僕を抱えながら森を彷徨っていた母さんを助けたのが、聖獣様だった。

 僕らを助けて、新しい父さんになってくれた聖獣様と、そんな父さんと母さんの間に生まれたコマリの存在がなかったら、僕は魔法を覚えようとすらしなかったと思う。


 そんな父さんと母さんも、結局は人族に殺された。

 もしコマリがいなかったら……守らなきゃいけない大切な家族がいなかったら、僕はそのまま復讐心に駆られ、人族を殺しに向かっていたかもしれない。そしてその憎しみの心は、今も変わらず心の中で燻ぶってる。


 だから、少しだけ試すつもりでコマリの出生について喋ったのに……。


 ──ルンさんも同じです。たとえどんな力があっても、どんな存在でも、私の大切な恩人です!


「でも……シルフィのことは、好きになれたかもしれません」


 スキルのせいで親に疎まれ捨てられたと言っていたのに、人の悪意や、善意の裏を読もうともしない。

 いや……疎まれていたからこそ、ほとんど人と関われずにそうしたものを身に付けられなかったんだろうか?


 どこまでも純粋で裏表のない、好意と信頼。そして、それを信じられるだけの実績。

 とてもじゃないけど、これ以上疑いの目を向ける気にはなれないし……守ってあげたいと、そう思えた。


「そうか。まあ、村長の奴は頭が固いが、今回の件で少しは丸くなるじゃろう。問題はむしろ、他の部族じゃな」


 ロブさんの懸念に、僕は表情を強張らせる。


 僕ら狼族の獣人は、聖獣様の意向もあって人族には友好的な方だった。今回の件も合わせれば、少なくともシルフィ個人は完全に受け入れられると思う。


 でも……獣人全体で見れば、狼族の方が異端だ。

 何せ人族の社会では、攫われた獣人の奴隷が今もなお売り買いされているんだから。


「奴隷狩りに遭った仲間の弔いに、人族を見せしめとして殺してやろうなんて過激な連中もおる。うちは幸い被害に遭ってないからこれで済んでおるが……次の部族会議、予定通りならこの村でやるんじゃろう? 最近の雪続きを思えば延期になる可能性もあるが……気を付けた方がいいかもしれんぞ」


「……分かってます」


 シルフィがこれまで人族の社会でどんな扱いを受けて来たのか、詳しいことは知らない。

 だけど、もしここで獣人社会から放逐されるようなことになれば、きっとあの子は壊れてしまう。そんな気がする。


 コマリのためにも、シルフィのためにも、年長者の僕がしっかりしないと。

 楽しげに笑うコマリと、それに釣られて泣き止んだシルフィの二人を見ながら、そう思った。


「まあ、言っといてなんじゃが、困ったことがあれば儂らを頼れ。あの娘も今や狼族の恩人じゃ、力になるぞ」


「はい、ありがとうございます」


「おねーちゃーん!! シルフィが寒そうだから、お家に連れて帰ってあげてーー!!」


 ロブさんの好意にお礼を告げていると、コマリに大声で呼び出された。

 まあ、ずぶ濡れだったコマリともつれ合うように雪の中へ突っ込んだんだから、そうなるよね。


「分かった、今行くよ。それじゃあロブさん、また後で」


「ああ、またな」


 ロブさんに別れを告げ、僕もまたコマリとシルフィの元に向かう。

 くしゃみを繰り返し、寒さに震える小さな少女。

 獣人よりずっと弱くて儚いその体を、僕は魔法で温めながらそっと抱き上げるのだった。

次回、「はじめてのお茶汲み」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 奴隷商・・・あっ(察し)
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