承 - 退屈な日々に刺激臭
「うきゃ〜!な〜ん〜じゃ〜こ〜りゃ〜!です!」
こんにちは、テココです! 冒頭からいきなり変な叫び声をあげちゃってるのはいったい誰ですか? ハイ! 私です! えへへ。というのもですね、拓人さんが酷いんですよ。
見てくださいよ、このゴミに溢れたキッチン! 流し台には汚れたままのお皿が溜まってますし、三角コーナーは今にも得体の知れない何かが生まれそうなくらいぐじゅぐじゅです。うぇぇ。
拓人さんったら、普段からこんな生活してるんですか? 玄関は割と綺麗だったのに……。こんな調子だといつか変な病気にかかっちゃいますよ? イヤなニオイがしてるって事は、鼻にまで異物が届いてるって事なんですからね? そう私が問いかけると、拓人さんはこう答えました。
「いやぁ、メイドロボが届くし、テスト運用が必要っていうからさ。どんなものか性能試してみようと思って」
「酷いです! か弱い乙女に生ゴミぐじゅぐじゅの試練を課すなんて、拓人さんは変態さんなのですか!?」
思わず拓人さんの胸をぽかぽか叩いちゃいます。主人を叩くだなんて本当ならメイドにあらざるべき所業。しかし、私は所詮メイドロボですもの。偽物メイドロボなら何をやっても良いのです。ふへへ。
「ごめん! ごめんね! 僕だってこんな可愛らしい子が来るなんて思わないし、いや、本当、いたっ! マジで痛いから! ごめんって!」
「はっ、やりすぎちゃいました。てへへ」
本気で酷いとは思ったものの、可愛いって言ってくれたから許します。メイドは現金なのです。あれ、そういえばお給料ってもらえるんですかね? その辺り主任に確認し損ねていました。
「意外と力強いんだね、テココちゃん……」
「テコって呼んでください!」
「テコちゃん?」
「テコです!」
「うん……、テコ」
「はい!」
まだ胸を抑えて息が荒い拓人さん。あ、これ本当にやりすぎちゃいましたね。こう言う時は、あざとい笑顔の術! にこぉ〜。
「はは、まぁ可愛いからいいか」
成功です! この術は主任にも効果抜群、クリティカルヒット率百パーセントの自慢のスキルなのですよ。まぁ、女性には少し効きづらいのが難点ではありますが。要改善ですね。
「それにしても、現代のメイドロボってもっと無機質なやつかと思ってたよ。あの部屋掃除する丸っこいヤツの発展系? みたいなさ」
「私は主任が九十パーセント以上設計した特別性ですからねぇ」
「あぁ、あの親父の創造物ならあり得るか。四六時中、人工知能人工知能ロボロボロボロボ言ってた人だし」
「ふふふ」
さすが主任の息子さん。身内について語るとき、ぶっきらぼうなのに思いやりがあって親しげな感じ、そっくりです。
「それにテコ、最初の自己紹介でミンスキー型って言ったよね? それってやっぱり、マーヴィン・ミンスキー博士の系譜な頭脳を搭載してるって事でしょ?」
「っ! 拓人さんは分かる人でしたか! 通ですねぇ」
「いや親父がアレだからさ。読まされた、ってわけじゃないけど、毎日そういう話ばかりするからミンスキー博士の本は読んでみたんだよ」
ミンスキー博士を知っているということは、ソッチ系に興味を持っていると言う事。そういう人は大抵、私の事を理解して褒めてくれるので、ちょっと嬉しくなるのです。
「拓人さんも技術者さんなのです?」
「いや、僕の専門はまだ未定。ってとこかな。読書は好きなんだけどね。学校は普通科の高校三年だよ。今は夏休みだけど」
「はて、ナツヤスミですか? 夏にお休みするんです?」
「あれ? 夏休みがわからない? そうか、テコはまだ生まれて一年経ってないはずだし、親父たちの所で暮らしてたらわからないと言うこともあり得る……のか?」
ナツヤスミ、ナツヤスミ、はてはて、何処かで聞いたような。あっ、あれかな?
「思い出しました! 大人しい黒髪の少女が大人を知ってイケイケ金髪ネーチャンに変態するためのサナギ期間のことですね?」
「いや違う! 全然違うよテコさん! どこでそんな事覚えたのさ」
「えぇぇ、じゃああれですか? 闇の力に目覚めた若物がガッコーに数珠を持って行ったりお経の本をカバンに忍ばせたり意味もなく眼帯をつけ始めるというブラックなクロニクルのことです?」
「違うね……多分だけどそれはチューニビョーってやつだよ。夏休み関係ない」
「はて、研究所で与えられた『これで完璧!最近の若者の流行と習慣』には確かにそう書かれていたんですけど……」
「親父何やってんの……」
まさかまさか、私が常識を知る一貫として与えられた資料が間違っていると? これは由々しき事態です!
「では本当のナツヤスミとは何なのです?」
「夏休みっていうのはね、学校に通ってる学生に学校側が与える夏の長期休暇のことだよ」
「ふぅん、それだけですか。つまらないですね」
「いや、夏休みの定義に面白さを求められても困るよ……」
「それで、長期というのは一週間くらいです?」
「いや、高校生は少なくとも一ヶ月はあるよ。八月は丸ごと休みだね」
「なん、です、と……?」
衝撃! ガクセーさんは夏に一ヶ月も休むのが常識だというのですか! そんなブルジョワな! 研究所の皆さんは全然休まない人達ばかりでした。特にトニーさんなんて機械な私より機械なんじゃないかってくらい、いつも活発に動き回っていて、その挙句……。
いえ、トニーさんの事は忘れましょう。悲しくなるだけですからね。気をとりなおして、ぱしぱし、えいえいおー!
「うん? テコ、何で今気合い入れたの?」
「なんでもないです! ガクセーさんはブルジョワです! ワーカホリックなテココに休みはありません! とっととキッチン片付けちゃいますよ!」
「えぇ、やる気出してくれたのは良いんだけど、何かアレだなぁ」
「拓人さんはお邪魔虫なので退いていてください! ちゃっちゃとやっちゃいますからね。あ、ゴミ袋の場所とこの地域の分別方法、生ゴミ貯めておける場所の説明だけお願いしますね!」
「はいはい、しっかりしてて助かるよ」
「えっへん! それがお仕事ですから! ところでお給金って頂けるんです?」
そんなこんなで二時間経過。お片付け完了。あっ、ちなみにお給金は頂けるそうです。しかも必要経費とは完全に別なお小遣い! 研究所ではお金じゃなくてお金モドキしかもらえませんでしたからね。お買い物のお勉強に使う偽物のお金です。お金モドキを資産運用してヘリコプターモドキを購入したのは良い思い出ですよ。
「それじゃあキッチン片付きましたので、他のお部屋をご案内して頂けますか?」
「わかった。まず僕の部屋を覚えてもらおうかな。僕の部屋、二階の奥なんだけど、……あっ!しまった!」
「なんなんです?」
案内してもらう最中、ごめん、ごめんと両手を合わせる拓人さん。なんなのでしょう。ちょっと気味が悪いです。階段をとことこ登り、一番奥の部屋。ここですね、えい! ガチャリ。
「……」
「……」
「うきゃ〜!な〜ん〜じゃ〜こ〜りゃ〜!パートツー!です!」
「いやぁ、ほんとごめん、テコ。こっちもこうだったの忘れてた」
本当に酷いです。拓人さん。積み上がるゴミの山、山、山。食べ散らかしたカップ麺、飲みかけのペットボトル、あと少しだけ残ってるお菓子の袋、それらが群れとなって存在していました。
「これわざとじゃなくて、普段からですよね」
「ははは、ソンナコトモナイカナー」
嘘を吐く悪い子は睨んでやりましょう。じとーっ。
「ごめん、家事全然出来ないんだ。僕」
「はぁ。まぁキッチンを見ていてなんとなくわかりましたよ。私が行くと連絡があってからわざと溜めたにしては、異様にゴミが多かったですからね」
「さすがテコさん! いよっ、名探偵!」
「おだてても駄目です! 今度は見てないで手伝ってもらいますからね!」
ぷんぷん。失礼しちゃいます。ちょっとおだてれば調子に乗ると思われているんですか? テココはそんなに軽い女じゃありません!
そんなこんなで拓人さんは酷い人ですが、同時に可愛らしくも思えて来ました。ちょおっとばかり問題があるけど、これからは私がお片付けしますし、なんとか上手くやっていけそうだね、うん。
必要とされるのは悪いことじゃない。本当に酷いのは、全く必要とされないことである。そんな詩人めいた言葉も残せるテココなのでした。今日のお話、おしまい!
トニーさんは働きすぎた挙句、痔をこじらせました。