朱坂朱雀は神になりたい
あー、勘違いを防ぐためにまず初めに説明しておくが、今から語るのは俺の体験談だ。
待った、待った。そんなに身構えないでほしい。体験談って言っても大層なものじゃなくて、ちょっとした日常の話だ。もちろん魔法がぴゅんぴゅん飛びかってたりもしないし、トラックに引かれたり、通り魔に刺されたりもしない。ただ、君らのいる世界よりちょっとばかり科学技術が進歩してるなんてことはあるかもしれない。
とにかく、リラックスして聞いてくれたらいい。
じゃあ、始めよ・・・「アユム!あんた、さぼってないで機材を運びなさい。」
俺「すまない、邪魔が入った。さて、仕切り直して始めるとしよう。」
ウザがらみ系プログラマー「せんぱーい、誰とおしゃべりしてるんですか?」
陽キャ系ラブコメ作家「そうやで、いくら友達がおらんかて、部屋の隅のホコリとしゃべらんでもええやん。話ならうちがいくらでも聞いたるで。」
中二病系イラストレーター「まったく、辻新さんはどうしようもなく辻新さんですね。」
変態系ボカロP「そんなことばかりしてるから、いつまでたっても極小ち◯こなのよ。」
俺「ああもう、うるさい!お前らはこれが見えていないのか?」
ウザがらみ系プログラマー「ビデオカメラですよね?」
陽キャ系ラブコメ作家「せやな。」
中二病系イラストレーター「正確に言えば最近流行している16K画質のものです。」
変態系ボカロP「オ◯ニーを撮影するための汚らわしい道具ね。」
俺「わかってるなら、俺が何をしてるかわかるだろ?」
変態系ボカロP「◯ナニーね。」
俺「いいから、お前は黙ってろ!」
神「ふーん、たまには気が利くじゃない。あたしたちがこれから作りだす伝説を記録するってことでしょ?」
俺「まあ、そんなとこだな。今までの経緯と今日のことを映像として残したいと思ってな。」
陽キャ系ラブコメ作家「じぶん、そんなキャラやっけ?」
俺「せっかくの記念日なんだから少しくらい浮かれてもいいじゃねえか。」
中二病系イラストレーター「浮かれるのはご勝手にしてもらってもいいですが、本番でかむのだけはやめてくださいね。」
俺「その時はエレーナ・焔・ニルンヘインさんに助けてもらおうかな。」
中二病系イラストレーター「私の真名を軽々しく口にだすな!」
陽キャ系ラブコメ作家「どうせ今日ばらすねんからええやん。うちもそうやけど。」
中二病系イラストレーター「貴様如きには妾の苦痛は理解出来ないだろう。一度道を違えてしまった人格が再び同じ道を歩むとは、月と太陽が衝突して超新星が誕生するのと等しい。煉獄で身を焼かれる思いであるぞ。」
変態系ボカロP「つまり、ウラノスから切り離されたアフロディーテが再びウラノスの元へ戻ってくるということね。」
ウザがらみ系プログラマー「正確にはアフロディーテはウラノスの一部ではありませんよ。ウラノスの一部に纏わりついた泡から生まれた。と、ウィキペディアに書いてあるです。」
俺「そうやって、すぐにググる癖辞めた方がいいと思うぞ。」
ウザがらみ系プログラマー「えー、いいじゃないですか~。それはそうと先輩、ビデオ回りっぱなしですよ。」
俺「えっ、嘘だろ?!・・・・おほん、お見苦しいところをお見せしました。それでは、今度こそ本当に俺たちが辿ってきた栄光の軌跡をお届けする。」
―・―・―・―・―・―・―・―・―
《《神志望の彼女と下僕の僕》》
男子高校生諸君。朝、登校すると机の中に可愛らしい封筒が入っていて、開くと、「放課後、屋上に来て下さい。」と可愛らしい丸文字の書かれた手紙があったとしよう。
それはそれはドキドキするよな?
しないやつは一回病院で診てもらったほうがいいぞ。
それで、放課後になって屋上に行ってみると美少女が三人もいた。大事なことなのでもう一度言おう、美少女が三人、つまり国際単位系では3ビショージョだ。
ここで紹介しよう。我が神撫高校が誇る三大アイドルぅ!!
一人目は、朱坂~朱雀!黒髪ロング、制服がよく似合う清楚系お嬢様。アカサカホールディングスの代表取締役の一人娘という正真正銘のお嬢様である。さらに成績優秀、弓道の腕は全国で一、二を争うレベルときた。誰に対しても優しく、男子のみならず女子からの好感度も高い。まさに完璧超人とはこの人!あまりにも完璧するので、実はドSなんじゃないかとか、くまさんパンツを穿いているんじゃないかとか、果ては男なんじゃないかとか、根も葉もない噂が飛び交っている。朱坂をSだと信じている生徒で作られた『朱坂朱雀に罵られたい部』なんてのも存在しているのだ。(当然だが、非公認の部である)
二人目は、室見~琴音!金髪で所々にパーマがかかっていてなんだかお洒落な髪形(ちゃんとした名称はあるはずだが、俺にはわからない。気になったら後で調べてほしい)。こてこての関西弁だが、これはこれでアリ。スポーツ万能、誰とでも会話することが得意なコミュ力お化け。唯一の欠点は、貧乳であることだけだ。だが、この日本には貧乳党という一大政党があるくらい(ありません)ニーズはあるのだから、存外欠点ではないのかもしれない。
三人目は、鏡宮~恵里奈!茶色がかった三つ編みに、赤い縁の大きな眼鏡、学内トップの成績を持ち、俺のクラスで委員長をしている。あれ?本当に美少女なのか?と思ったそこのあなた!これだからにわかは困るな。眼鏡萌えとは、眼鏡をとった時に真価を発揮する。これ常識ね。外した時の普段とのギャップがとにかく凄い。男は水泳の授業の時くらいしか眼鏡を外した鏡宮を見ることが出来ないので、眼鏡を外している時の鏡宮の写真が数千円で取引されることもあるのだ。
俺と同じ二年の中ではもちろんのこと、全学年含めても飛び抜けて可愛いと言われているそんな三人がそろいもそろって、屋上で俺を待っていたのだ。
わざわざ屋上に呼び出したんだから、愛の告白とかそういう類だろ?いやー、まさかこんなに早く人生のモテ期が訪れるとは思わなかった。しかも、三人から。今から俺を取り合って恋の戦いなんてのが起こっちうゃかもな。そこで、きゃー私のために争わないで、なんていう羽目になりそうだ。実際、三人とも申し分ないくらい可愛いんだよな。この気持ちって、あの国民的モンスター育成RPGで最初に御三家から一匹を選ぶ気持ちとよく似ている。朱坂朱雀も可愛い、室見琴音も可愛い、鏡宮恵里奈も可愛い。くそぅ、いっそのこと三人同時攻略なんてハーレムルートに突入したいくらいだ。知ってるよ俺だって、そんなこと現実では不可能なことくらいさ。でも、選べないんだよ。一人を選ぶとは二人をふるということで、そんな罰当たりなことはできない。
朱坂が持っていた鍵を使って、校舎内への扉を閉める。その間、無言が続いた。
わざわざ、俺のために屋上の鍵まで借りて、しかも邪魔が入らないように扉の鍵まで閉めて、そして意味あり気な沈黙が流れている。もうこれ絶対告白でしょ?愛の争奪戦でしょ?
初めに口を開いたのは朱坂朱雀だった。
「三人ともよく来てくれたわね。」
多分、この三人の中で俺に抜け駆けして告白しないなんて協定があって、朱坂が告白する決心が整ったから室見琴音と鏡宮恵里奈も呼んだということだろう。
「大事なことだからはじめに言うわ。」
心臓の鼓動が速まる。きっと今から、一生忘れられないドラマが紡がれるのだろう。さあ、どんな結末だろうと俺は受け入れるぞ。ぶっちゃけ、誰と付き合ってもいいんだ。
「あたしは、神になりたいのよ。」
は?
俺は自分の耳を疑った。だが、朱坂の言葉は一期一句はっきりと聞こえていた。聞き間違いなんて万に一つもありえない。
「俺への告白じゃないの?」
両側からジト目を向けられた。具体的には室見と鏡宮からだ。
「はあ?あたしがそんなつまらない用事であんたを呼び出すと思ってんの?」
前方からはジト目なんて生易しいものじゃなく、凍てつくような視線だ。
薄々というか、普通に気づいてたよ。この俺、辻新歩はとある失態を犯して、校内で俺とまともに会話をしてくれる人間がほとんどいなくなってしまったという現状である。恋人はおろか、友達を作ることでさえ手を焼いているのだ。そんな人間に朱坂朱雀や室見琴音や鏡宮恵里奈が好意をもつなんてありえるはずもない。
「んで、本題に入ろうや。じぶん、うちらに何させたいんや?」
いきなり核心に切り込んでいく。普通なら遠慮してしまい訊きづらいことでも、ずばずば口にできるということも室見の魅力の一つだ。
「さっすが、あたしが見込んだだけのことはあるわね。三人にはあたしの下僕になって、神になる手伝いをしてもらうわ。」
「さきほどから黙って聞いていましたが、あなたの発言は理解できません。朱坂朱雀はもっと賢い方だと思っていましたが、残念です。」
たった二か月間同じクラスなだけの俺が語るのもおかしいだろうが、鏡宮は正しい言葉を交わそうとする。一つ一つの言葉を論理的に組み立てて伝え、相手の言葉のどんな細かな矛盾も見逃さない。もっとも今回は朱坂の言っているそもそもの内容からしておかしいのだが。
「あたしも鏡宮恵里奈には失望したわ。こんな簡単なことも理解できないなんて。」
いや、誰が理解できんだよ。全くもって意味不明だぞ。
「あほらし、こんなめんどくさいことに付き合っとられんわ。うち、帰るで。」
室見は朱坂の前で手の平を出した。朱坂から鍵をもらわないと、屋上からは出られない。
「とりあえず、あたしの話は最後まで聞いてもらうわ。」
そう言った朱坂は、鍵を握っている腕を大きく振りかぶって、鍵を投げた。鍵は空中で鋭い弧を描き、屋上のフェンスを越えて落ちていき、見えなくなった。
「あほ!じぶん、何したかわかってんの!」
室見は怒っているというより焦っているようだ。対して朱坂は余裕の笑みを浮かべる。
「これであたしの話を聞かざるをえなくなったわね。安心しなさい。あたしが投げた方向は丁度プールの方向で、今は誰もいないから、水の中に落ちるだけよ。」
「そういうことではなく、ここから出る手段が完全になくなったということです!」
普段落ち着いてる鏡宮もさすがに動揺を隠しきれていない。
「出る手段はあるわ。でも、あたしの話が終わるまでは教えなーい。」
こいつ本当は性格悪いんだな。遠目から見ている限り、誰にでも優しいって印象だったのに。喋り方も普段は耳につく特徴的なお嬢様言葉なんだが、今はわがままお嬢様の喋り方だ。
「出る手段が他に?」
鏡宮は首をひねった。鍵の開かない状況では、飛び降りるくらいしか俺には思いつかない。
「校則でケータイの所持は禁止されとるし、外部に安易に連絡はとれへんてわけやな。」
室見はチッ、と舌打ちして、鞄からスマホを取り出すと、通知だけ見て、また鞄に戻した。今日は中間テスト前ということもあって、当然部活はないし、そもそも学校に残っている生徒自体が少ないのだ。
「しゃあない、じぶんもそんな考えてもわからんもんはわからんねんから、あきらめようや。」
しばらく考え続けていた鏡宮は、悔しそうに頷く。
「仕方ありませんね。話を聞いたほうが早そうです。」
当然のように、俺の意思は訊かれない。さっきから、空気のように扱われている。いなくてもいいのでは、なんて思い始めた。
「俺は多分関係ないんで帰っていいよね?あとは女子会でもして盛り上がってくれ。」
「あんたもだめよ。最後まで聞きなさい。」
やっぱ、帰らせてはもらえないか。いつもはVRゲームを少しでも長くしたいがために、終業のベルとともに帰るのだが、今日はわくわくで胸をいっぱいにしてVRを我慢した。告白の可能性を期待した自分が悪いのだが、それもないとわかった今こんな些事に時間を使いたくない。さっさと朱坂の話が終わるのを願うだけだ。
「それじゃあ、話を続けるわね。」
どうしてこの三人が呼ばれたのだろうか?というか、朱坂の目的は何なんだ?俺と室見と鏡宮の共通点なんてクラスが同じってことぐらいなんだよな。だが、朱坂は別クラスだし。俺が呼ばれていないなら、何でもそつなくこなしそうな二人でくくれたんだが。
「あんたたちはさ、この世界がクソゲーだって思ったことない?」
どっかで聞いたことのあるフレーズだな。
「あたしは毎日思ってる。だから、退屈しない世界が欲しいの。でも、誰も作ってくれないし、しょうがないからあたしが創造神になって作ることにしたというわけよ。」
こいつの脳内をMRIスキャンなんてしてみたら、頭のねじが全部外れているのがはっきり見えると思う。あらゆる分野で秀でている朱坂にとって、高校生活が退屈なのは百歩譲って納得できたとしても、それがどうねじれると世界の創造につながるのかわからない。
「そこで、あたしは仮想現実に目をつけたのよ。VRを使えば、あたしは創造神になれる。とはいえ、あたしはそんなにVRに詳しくない。だから、あんたたちに手伝ってもらおうってわけ。」
なるほど、やっと俺が呼ばれた理由がわかった。たしかに俺がVRが好きだということは校内中に知られているから、朱坂朱雀が興味をもってもおかしくないわけだ。だったら、室見と鏡宮は?どう見てもVRとは何の縁もなさそうだが。
「ちょっと待ってや、このVRオタクは詳しいかもしれへんけど、うちや鏡宮はVRに全く興味もないし、知識もないねんで。それこそ、関係あれへんのちゃうんか?」
「あたしたちが作るのはVRゲームよ。単にVRに詳しいだけじゃなくて、総合的な創作技術が必要だわ。」
「どうも話がつかめません。ますます、私たちは関係ないということになりませんか?」
まあ、この二人はゲーム自体もしそうになさそうだしな。
「室見琴音にはシナリオやキャラ設定、鏡宮恵里奈にはキャラデザや背景をしてもらうわ。辻新歩にはそうね、ぱしりでもしてもらおうかしら?」
「ちょっと待て、俺だけ明らかに無駄な配役じゃねえか!じゃなくて、どうして二人を選んだんだ?もっと、適したやつがいるんじゃねえか?」
専門じゃなくても、シナリオなら文芸部なり、キャラデザなら美術部なりに頼むほうがまだ妥当だと思うのだが。
朱坂は、ニマッと笑った。普段からは想像もつかないような、すっきりとした笑みだ。
「ただの感よ。この二人がいれば面白いことができそうのな気がするの。」
「私たちは、あなたの気まぐれでここに閉じ込められたということですか。」
はあ、と鏡宮のため息。室見は話半ばくらいで、しゃがみこんでいた。スカートが短いから、俺の角度からだとパンツが見えそうなんだが。俺は黒に賭けるが、果たして・・・
「そんな凝視しても見えへんで。」
なっ、気づかれていたのか!?
室見は俺に舌を出すと、言葉を続ける。
「じぶんの言いたいことはよくわかったけど、うちも多分鏡宮もやけど協力する気はないで。」
俺も、VRゲームを遊ぶことには興味はあるが、作ることとなると、てんで興味がない。時間が削られるなんてまっぴらごめんだ。
「そう言うとは思ってたけど、三人とも部活には所属してないわよね?だから、部活を作ったわ。朱坂朱雀が神になるための足掛かり部、略称AKA部よ。」
朱坂は鞄から紙を二、三枚ほど取り出すと、掲げた。入部届だ。
「これから作るではなく、もう作ったということですか?そんなくだらない部活の申請が通るとは考えにくいですが。」
「ええ、あたしは優秀な生徒だから融通が利くのよ。もちろん、部費もでるし、部室だってあるわ。どう?少しは魅力的に感じてきたでしょ。」
朱坂が持っているのは本物の入部届だし、嘘ではないようだ。
「じぶん、弓道部の部長してたやん。兼部なんてできるん?」
「辞めたわ。」
きっぱりとした口調だった。
「部長をか?」
「ううん、弓道部をあたしはやめたの。」
「全国二位とかめちゃくちゃすごい成績やったのに。そんなにあっさりやめてまうんや。」
「元々、あたしは弓道なんてどうでもよかったわ。部活でも優秀な成績を残したという事実がほしいだけ。それが達成された今、残る理由がないわ。」
朱坂の表情には一寸の曇りもない。よくも興味のないことでとんでもない成績が残せるものだ。俺なんて興味のない学校生活で負けっぱなしだというのに。
「とにかく、部活があろうがなかろうが、あなたが弓道をやめようがやめまいが、私が協力しないということは変わりませんよ。」
「うちも同意や。」
まあ、当然だろうな。
朱坂はまたニマッと笑う。
「月曜日の放課後またここで待ってるから。」
朱坂に諦めた様子はない。俺と室見と鏡宮が来ることを信じているのだろう。
「さて、そろそろここから出ようと思うわ。」
やれやれ、やっと帰宅できるのか。
朱坂は大きく息を吸い込んだ。そして、おそらく校内中に響き渡る声量で叫ぶ。
「きゃああああ!!!辻新君に犯されますわぁ!!!」
直後、しんとしていた校舎が騒がしくなったような気がした。
「お、おい、ここから出る方法ってもしかして・・・」
「わたくしは事実を述べただけですわ。」
「捏造してんじゃねえ!」
ここからの流れはご察しの通りだ。筋骨隆々の体育教師と数人の教師が屋上の扉を勢いよく開けて、俺はそのまま職員室に連行された。三人のその後はわからないが、多分帰ったんじゃないかな。俺は必死に抗議したが、成績が芳しくなく、しかも授業を大抵寝ている生徒と、成績優秀で人あたりもよい優等生のどちらを信じるかなんてわかりきったことだ。不幸中の幸いというべきか、出停にはならなかったが、こっぴどく叱られた後、反省文を書いてこいと言われた。してもないことについて何を書けっていうのだろうか?
日が完全に沈んでから、ようやく俺は解放され、帰路につけるのであった。とにかく一切合切、朱坂朱雀には関わらないようにしよう。ろくでもない目にしか合わない。
校門をちょうど出たところで声をかけられた。
「遅かったわね。」
朱坂朱雀だ。
「誰のせいだと思ってんだよ。」
前言撤回。どうして俺をこんな遅くまで待っていたのかは知らないが、こいつには文句を言わないと気が済まない。
「言い忘れてたんだけど、明後日の日曜にVRの本体を買いに行くからいっしょに来て。」
「入るとは言ってない。もうお前には関わりたくないんだ。」
「それは無理よ。」
いやな予感がする。
「なんで?」
「さっき、あんたの分の入部届出してきたから。『彼は部活に入って反省したいそうです。わたくしが彼が改心したかどうかきっちり見定めますので、どうか反省文はなしにしてあげてください』って言ったわ。」
「それは助かる・・・ってそうじゃなくて、元々お前のせいでこんな羽目になったんだが。」
「じゃあ、反省文書いて、性犯罪未遂者のレッテルを貼られたまま学校生活を送るというわけね。」
「いやに決まってるだろ!」
「あたしなら、あんたに貼られたレッテルなんて例え事実だとしてもすぐにはがせるわ。」
「事実じゃないし。というか本当か?」
「ええ、この朱坂朱雀が保証するわ。何なら、あんたがこの前起こした失態もなかったことにできるわ。」
じゃあお願いする、と言いかけて、思い直す。本当にいいのか?俺についた汚点は剥がれ落ちるとしても、これからずっとこいつの下僕になるということだ。
「それを抜きにしても、神撫高校の男子生徒たちの間で密かに行われている、まじで可愛いと思う女子ランキング四回連続一位のあたしとデートにいけるのよ。」
「なんでそのアンケートをお前が知ってんだよ。普通、女子側は知らないからああいう類のアンケートはいいもんなんだろ?」
「あんなの筒抜けよ。ちなみにあんたもあたしに入れたんでしょ?」
「なっ、なんでそれを?」
「ふーん、そうなんだ。やっぱり、あたしのこと可愛いって思ってたんだ。」
嵌められた。あのときは本当に可愛いと思っていたんだ。見た目だけでもトップクラスだし、こんな嫌な性格だと知りもしなかった。ピュアだったあのころの俺を返せ!
「これを逃したら一生女の子と仲良くなるチャンスはないかもよ。」
朱坂が耳元で囁く。不覚にも、どきっとしてしまった。だが、これしきのことでは流されない。
「俺にとって何よりも大切なのはVRゲームをする時間なんだよ。」
どうせ高校の人間関係なんて、卒業すれば終わるんだから、VRと天秤にかけるほどのことでもない。
「人間関係よりも?」
「こんな欠陥だらけの世界の人間関係なんてどうでもいい。対して、VRは完璧だ。少なくとも、俺を嫌ったりはしない。」
「それは、逃げよ。逃げてるだけ。」
突然声色が変わって、冷たく言い放された。誰に言われたかも思い出せないような昔だが、その時言われた言葉と同じで、それが無性に気に障った。
「うるさい!俺にとって楽しいと思える世界はこっちじゃなくて向こうなだけだ。」
「本当にそれで満足しているの?」
俺は言葉に詰まった。
朱坂に何もかも見透かされているようで、嫌だった。彼女の言葉は俺の真相をついている。
今の生活が嫌いなわけじゃない、むしろそんじょそこらの高校生よりは楽しくやれているほうだ。だけど、いつも何かが足りない気がするのだ。もっとVRにのめりこめばそんな気分も少しは薄れるだろうと思っていたが、いつまでたっても満たされないままだ。
「本当に求める世界なんて存在しない。誰も用意なんてしてくれないの。だから、あたしといっしょに作ることにしない?最高の世界を。」
後で思い返せばこの時の俺はどうかしていたのかもしれない。まるで彼女の言葉が俺の求めていた答えのように聞こえたのだから。
リアルはつまらない。VRも楽しくないわけではないが、俺が心の底から求めている世界ではないのだ。もし、俺の求める世界があるとしたら、作ることができるとしたら――――
「それもいいかもな。」
ぼそり、と呟いたが聞かれてしまったようだ。
「今、言質とったからね。じゃあ、日曜十時半に駅前で集合ということで。」
あんたとは反対方向だから、と言い残して去っていった。
「なんで俺の帰る方向を知ってんだよ。」
俺の小さなつっこみに誰もいなくなった夜闇は返事をくれない。
俺は朱坂の連絡先を知らない。つまり、俺が日曜行かなければ、彼女は何時間も待ちぼうけを食らわされるわけで、いくら朱坂に冤罪をかけられたとはいえ、金輪際関わりたくないとはいえ、そんな酷いことはできない。
「行かなきゃならない、な。」
なんだか全てが朱坂の計算通りな気がしてくる。それでも、嫌な気は全くしなかった。