山仁大希の場合
「第一〇七六四八八星辰荘へようこそ」に登場した、ヒロキ・ヤマヒトの物語です。
なお、こちらは、「JC邪神の超常的な日常」ルート上の出来事なので、「僕に突然扶養家族ができた訳」とは直接は繋がっていませんが、山下家の四人が関わってこなかった世界線というだけで、大希と美嘉の関係性は「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」ルートと同じものです。
ただ、厳密に言うと、「JC邪神の超常的な日常」ルート自体が、地球に、超常にして異形の存在が多数紛れ込んでいる世界線ですので、そういう存在がいない「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」ルートとも直接は繋がっていません。
あくまで、「JC邪神の超常的な日常」に繋がるルートでも、「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」や「僕に突然扶養家族ができた訳」と同じことが起こるルートが存在するということです。
悲しい結末を迎えますので、ご注意ください。
「ねえ、大希。お願いだから思い直して。あなたまでそんな危険なことをする必要はないのよ」
山仁大希が大学を休学して、難民支援のボランティアとして出発する前日、彼の住むアパートを訪れてい星谷美嘉は、彼に縋るようにして懇願していた。その為にわざわざ日本に帰国したのである。
けれど、大希は、美嘉の肩にそっと手を置いて、真っ直ぐに彼女を見詰めて言った。
「美嘉姉が、僕が子供の頃に言ったことを実現しようと頑張ってるのに、それを言った僕が安穏とはしてられないよ。それにもう決めたことなんだ。僕の性格、美嘉姉も知ってるでしょ? だから何を言っても無駄だよ」
悪戯っぽく笑いながら、けれど彼の言葉は非常に強固な意志が込められたものだった。そう言われると、美嘉も何も言い返せなかった。
大希は続ける。
「それにさ、危険なのは美嘉姉だって同じだろ? 危険なところに直接出向いてまで活動してるんだから。美嘉姉だけに危ないことをさせられない。同じリスクを僕も負うべきなんだ」
彼の言うことも分かる。彼の性分からすれば、そう考えて当然だ。そういう彼だから自分は好きになったのだ。
だけど―――――
だけど、美嘉も必死で言葉を紡いだ。
「でもでも、あなたはまだ学生なんだよ!? まだ二十一なんだよ!? 大学を卒業してからでもいいじゃない!! どうして……!」
そこまで言ったところで、それ以上言えなくなってしまった。抱き締められて、唇を塞がれてしまったからだ。彼の唇で。
『大希…大希……!』
重ねられた唇を、美嘉は貪るように求めた。こんなことをされたらもう我慢ができなかった。
昔はあんなに小さかったのに、あんなに可愛らしい男の子だったのに、ハイヒールを履けば今でも自分の方が背が高くなるのに、いつの間にかほんの少しだけど自分よりも背が高くなった彼の首に腕を回して、舌で彼の舌を搦めとった。これまでにも何度か唇は重ねたけど、ここまで激しいのは初めてだった。それも、自分からなんて。
でももう自分が抑えられなかった。『結婚してから』とは言ったけど、そんなの、本当はどうでもよかった。彼が十八になったときに無理やりにでもと実は思っていた。それを何とかこれまで抑えてきたのだ。世間から<出来婚>だなんだと言わせない為に。
けどもういい。どうでもいい。どんな結果になろうとも受け止める。
「大希…! 私の言うことを聞けないような悪いコは、お仕置きが必要よね……!」
まるで獲物に食らいつく大型のネコ科の猛獣のような目で、ベッドに押し倒した大希を見下ろしながら美嘉は言ったのだった。
「美嘉姉が本格的に今の活動を始めたのは、二十歳の時からだよね。僕はそれより一年も遅れてる。それでも早いって言うの? 自分は危険を冒してるのに、僕には安全なところで美嘉姉が帰ってくるのを待ってろって言うの? そういうの、僕が大人しく従うとでも思ってたの? だったら美嘉姉は、僕のことを分かってなさ過ぎだよ」
湧き上がる激情に身を任せた一時が過ぎ、彼のベッドで彼に抱き締められながら、美嘉は大希の言葉に耳を傾けていた。
その頬を、涙が伝う。
彼の言うことは分かる。分かりすぎる。だけど辛かった。苦しかった。彼のやろうとしてることがどれほど危険か、実際にそういうところを見てきたからこそ分かる。それでも自分は彼の言葉を実現する為にその危険を敢えて冒してきた。
『ピカお姉ちゃんが世界を救うところを見てみたい!』
彼が小学校の五年生の時、自分のことをまだ『ピカお姉ちゃん』と呼んでいた頃に彼が言った言葉。それに応えられる自分でありたいと思えばこそ、今日まで頑張ってきた。己の持つ力を振り絞ってきた。そして彼は今、自らが発した言葉に責任を持ちたいと言う。
そうだ。そういう彼だからこそ、自らが発した言葉に責任を持つことができる彼だからこそ、自分は彼に惹かれたのだ。こうなることは十分に予測できた筈だった。
「…分かった……もう止めない。でも、約束して…! 必ず無事で帰ってくるって……!」
「うん、分かった。約束するよ。無理はしない。ちゃんと最低限の安全は確認する。無謀と勇気をはき違えない」
そう言って、彼は飛び立ったのだった。
それから一年。彼は紛争地帯のあちこちを、ボランティアの医師達をサポートするボランティアとして転々とした。誠実で利発で、そして現地の子供達に好かれる彼を、他のボランティアスタッフもとても頼りにしていた。
なのに、神とか仏とかいうものの何たる非情なことか。彼が他のスタッフと共に活動していた病院にミサイルが落ちたのだ。
誤爆だった。少なくとも、ミサイルを発射した者達はそれを誤爆だと釈明した。
彼を含むボランティアスタッフや難民達の多くが、もはや遺体さえ回収できない程の状態で亡くなり、結局、難民数十名、医師やボランティアスタッフ三十名あまりが死亡する大惨事となったのだった。
山仁大希。享年、二十二歳。死因、ミサイルによる爆死(遺体が殆ど回収できなかった為に、直接の原因は不明)。
大切な女性の人生を決めた自らの言葉に殉じた若者の最期であった。
なお、愛する彼の訃報を知った星谷美嘉がその後、鬼神のような働きを見せて世界中を飛び回ることになるのだが、それはまた別の物語である。




