11.大学祭1日目その2
遅くなりましたm(_ _)m
学祭続きです!梅乃視点
11.大学祭1日目その2
舞台に立つと、一気に身が引き締まる。
客席は既に半分くらいが埋まっている。まぁ大学の学祭なのでこんなものだろうと思いつつ、学祭なのに緊張を隠せない表情のまま自分の席に座る。
まず前半の部は室内楽。
トップバッターは弦楽四重奏。第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロパートの各トップが一人ずつ出て4人で演奏するのだ。
私は向かいに座る第一ヴァイオリンの美麗にアイコンタクトを送る。美麗はちらりとメンバーに目配せをすると、弾き始めの息を吸う。演奏の始まりだ。
演奏が始まる前は手に汗を握るほど緊張してしまうのだが、ひとたび曲が始まると、曲の中に入り込んでいく。それはとても楽しく優雅で軽快な時間だ。
曲は初心者でも聴きやすいようなクラシックからポップス、映画音楽、アニソンなどから5曲弾く予定だ。まぁ曲目に関しては弦楽四重奏だけでなく、他の室内楽もオケの部でも同じなのだけれど。
1曲が終わるとそこに集まった人数分の拍手が聞こえてきて、また次の曲を弾き始める。
そうしてあっという間に弦楽四重奏が終わる。
弦楽四重奏が終わると、舞台に上がっていたメンバーはみんな舞台袖に下がって他の人の演奏を聴きながら待機する。
次は木管五重奏。これも弦楽四重奏と同じく、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンから一人ずつ出て5人で演奏するのだ。
舞台上に演奏メンバーが上がると、客席から感嘆の息が漏れた。それもそのはず、今回の木管五重奏のフルートはハンスが吹くからだ。見た目だけはとても爽やかな好青年顔であるため、ちらりと客席に笑顔を振り向くだけで客席にいる女の子たちは悩殺されてしまう。私の横にいる夏海も、その笑顔を見て「ほぅ」と息を漏らすが。
しかし、ひとたび演奏が始まると、みんな集中して曲に聴き入った。
ハンスがオケに入ってから早二ヶ月が経とうとしているが、ハンスのフルートは極上だった。普段の嫌味な感じからあんまりそういうことを認めたくなかったのだが、ハンスの吹く音色はとても柔らかく耳にすっと馴染むような心地よさなのだ。嫌味に何でもそつなくこなすハンスのことだから才能なのかと思っていたが、普段からも熱心に練習しているところを見ると、フルートを吹くのがとても好きなんだということが分かった。
なんとなく癪だが、とても気持ちよく音色が耳に流れてくる。
そうして木管五重奏が終わり、前半の部が終わる。
舞台上の椅子並べを簡単に終わらせて、後半のオケの部が始まると、それぞれ自分のパートをこなしながら曲を演奏する。
練習の時は長く感じる演奏は、本番になるとあっという間に過ぎていく――――。
「梅ちゃん、どうせ暇なんでしょ? 学祭、案内してよ」
オケの演奏が終わり、中央講堂に持ち込んでいた譜面立てや打楽器などをサークル会館に運び終えて自分の楽器を片付けていると、後ろからハンスが涼しげに言ってきた。振り向けば、これで断る女の子はいないだろうという笑顔で小首を傾げている。ものすごくあざとい。
「やーよ、一人で回りなさいよ。私、夏海と由希と回るんだから」
私はハンスに顔を背けながらチェロの本体を磨く。弾き終わった後にはちゃんと布で楽器を拭いておかないといけないのだ。
すると後ろから布をひょいっと取られる。
「ちょっと! 拭いてる最中なの」
「ほら、案内してくれるよね?」
「だから……っ」
ハンスは顔の横に布を掲げながらにっこり笑顔を見せる。まるでおねだりをするいたずら小僧のようだが、相変わらず目が笑っていないあたりいたずら小僧より何倍も憎たらしい。
と、ここでふと気になって私はちらりと視線を巡らした。
私と同じく自分の楽器の片付けをしていた女の子たちは、こちらに羨望の眼差しを送っている。そのまま視線を夏海に向ければ、夏海は困ったように笑っている。
相変わらずオケでのハンスの人気は高いままらしい。ハンスがいい顔するのは外面だけなのに。
そんなギャラリーを背に、ハンスはもう一度口元だけで魅惑的に笑った。
「ね? 早くしないと回れないよ?」
まるで聞き分けのない子に話すようにハンスは言ってくる。もともとはこの男が一方的に布を奪ってきただけのことなのに。
「ほ、ほら梅。行っておいでよ。あたしと由希は曜子さんたちと回るからさ」
「えっ夏海?」
自分の楽器を片付け終わった夏海が私のところまでやって来て背中をぐいぐいハンスの方に押した。かと思うとひらりと手を振って、由希や柳さんたちの方へ行ってしまった
雰囲気はいつもと同じようなあっさりした様子だけれど、どことなく硬いものが含まれていたのは気のせいか。
「あぁもう、付き合えばいいんでしょ?」
どことなく夏海がぎこちなくて強引なのが気になるが、なんとなく寄せ付けないオーラを放っていたし、この場がとてもめんどくさいので、私は渋々ハンスに従うことにした。
楽器を片付けてサークル会館の楽器庫にしまうと、私はハンスとキャンパスの大通りの方に向かった。というか、ハンスに腕を無理矢理引っ張られてなのだが。
オケの演奏やら後片付けやらですっかり16時近くなっていたのだが、それでも大通りは多くの人でにぎわっていた。
「とりあえず少しお腹もすいたことだし、何か食べようか」
そんな人で賑わう中、ハンスは涼しい顔をして大通りを歩いていた――私の手を握ったまま。
「ラボの人に焼きそばたこ焼きは食べろと言われたけど、沢山お店があるなぁ」
「いや、あのちょっと」
「あ、みたらし団子とかでも良さそうだ」
当然道行く人はハンスを振り返る。注目する。そしてハンスに手を引かれている私もその視線に晒される。色んな意味で気恥ずかしい。
「それかいっそのことクレープとかドーナツあたりでもいいかな? 梅ちゃんは何か食べたいものでも――――」
「そんなことよりもいつまで手つないでるのさ」
私は少し強めに自分の方に手を引くが、思いの外ハンスの力が強くて手をほどくことは叶わなかった。なのでその状態でハンスを睨み付ける。
しかしハンスは口元の笑みを深くして見返してきた。
「梅ちゃんでもこういうの照れるんだね? そういうのから冷めてるんだと思ってたよ」
と、失礼なことを言いながらハンスは片方の口角を上げる。相変わらず目が笑ってませんけど、もうその笑いがデフォルトだよねこの人。
「うるさいな、そういうのから冷めてもないし、照れてもない! あんたと手を繋ぐのが嫌なの!」
そう言って私はもう一度手を強く引いた。だがやはり無駄にハンスの力が強くて離れなかった。
それどころか――。
「ふわっちょっ」
突然自分が引いたのと逆向きの力が加えられる。そして気がついたらハンスの腕の中にいた。
「ちょっと何でこうな――」
「――梅ちゃんさ、4月に自分が言ったこと、覚えてる?」
少しトーンを下げてハンスが言う。不穏に思ってハンスを見上げれば、口角が元に戻り、とても冷たい表情をしていた。いや、それ以上に唯一笑っていた口元が笑わず、若草色の瞳もいつも以上に無表情で、逆らえない雰囲気を醸し出していた。
「し……4月?」
「そう、何でも俺の言うこと聞くって言ったよね? 梅ちゃんが自分で言ったことなのに」
「いやいや、覚えてるよ。覚えてるけど、どうしてそれとこれが今関係あるのよ?」
4月、おとぎメンバーが来て1週間経たないうちのことだ。オケにやってきたハンスを飲み会の時に酔った勢いで殴ってしまった。さすがに暴行を加えたのには反省して、「何でも言うこと聞く」などとついつい言ってしまったのだ。
しかし、どうしてそのことがいちいち持ち出される?
「関係? あるよ。いちいち俺のすることに口出ししないことだね」
ハンスは目元を少し細くし、若草色の瞳の奥を仄暗く光らせた。
なんとなくこれは危険な香りがする……。
「だったら別に手をつながなくたって……っ」
再び反論すると、ハンスは今度は口角を持ち上げて魅惑的な笑みを浮かべる。そして私を腕の中から放すと、再び私の手を握って大通りを歩き出した。
先ほどと同じように突然だったので、思わず私はよろけるが。
「梅ちゃんが逃げ出さないようにするためだよ」
「はあ? そんなことで逃げ出さないし」
「それはどうかな」
ハンスは先ほどよりも強い力で腕を引きながら颯爽と歩く。その力加減から有無を言わせない感じがして、これ以上反論してもこの人には無意味だと言うことを思い知らされる。それ以上に今の一連のやりとりで更に多くの視線を集めてしまって居たたまれない。
なので渋々ハンスの言うとおりに手を握られながら大通りの屋台を回った。
それから適当にたこ焼きとお好み焼きを買って、大通りの脇の花壇に腰掛ける。
「ほら、いつまで怒ってるの? 食べたら?」
と、隣に座ったハンスはぐいっとお好み焼きのパックを割り箸と共に差し出してきた。
ここまでの道中も先ほどと同じように攻防を繰り返していたのだが、途中で疲れてハンスの好きにさせていた。
とは言っても、買った食べ物はハンスが持っていたし、そもそもお金もハンスが払ってくれたのだ。さすがにそこまで借りを作るわけにもいかない。
「なら、はい、250円」
「だから何度も言ったでしょ。いらないよ」
しかし、ハンスは受け取る素振りもなく、自分の膝の上に載せたたこ焼きのパックを開ける。とりつく島もない感じだ。
「でもほらさすがにそこは申し訳ないというか――」
「はいはい、ほら、あーん」
「むぐっ」
なんとか受け取らせようとすると、無理矢理口にたこ焼きを押し込まれてしまう。
「ちょっあふっあふっ……っ」
「ふふっそうしてるとまだ可愛いのにね」
焼きたてのたこ焼きを一気に口の中に入れられると、とても熱い。熱すぎて舌が火傷しそうで、何度も外の空気を吸いながら口の中を冷ます。その光景が滑稽だったのか、ハンスはクスクスと笑いながら、たこ焼きをふぅと息で冷ましてから口に入れた。
「なるほど、こういう味か。うん、悪くはないな」
私が熱さに悶えている横で、ハンスは至って涼しい顔で食べる。あまりにも腹立たしい状況だったが、それよりもハンスとたこ焼きが結びつかなくて、ただただ涙眼できょとんとするしかなかった。
「……あんたってそういうの普通に食べるのね」
熱々たこ焼きを何とか飲み込むと、私はハンスを見ながらしみじみと言った。それに対してハンスは顔を上げると、少し丸くした目で私を見てきた。
「どうして? 意外?」
「うん意外。だってあんたってこういう庶民の食べ物バカにして、クリスレベルのおいしくて豪華な食事しか食べないんだと思ってた」
「……梅ちゃんの中で俺がどんな最低野郎に思われているのかが気になる発言だね」
いや、それはもう最底辺なくらいに最低野郎だとは思っているけども。
ハンスはもう一つたこ焼きを口に入れると、ふっと鼻で笑って話し始める。
「これでもおとぎの国にいたときは、よく船に乗っていたんだ。それもこっちのに比べると設備がだいぶ劣っているような船にね。そりゃあ船乗りたちの安いつまみなども食べることもあったし、何の抵抗もないよ」
そこまで言うと、ハンスはたこ焼きを一つ、私の口元に持ってきた。自分の手で食べたかったのだが、これまた有無を言わせぬハンスの雰囲気にやられて、そのまま口に咥えて食べた。そうするとハンスはどこか満足気に口角を上げた。
「明後日から海洋調査でこっちの船に初めて乗るけれど、船のまかないとか水夫たちと飲むのとか、実は結構楽しみなんだ」
たこ焼きに満足したのか、ハンスは私の膝に置いてあったお好み焼きとたこ焼きを交換すると、お好み焼きの端っこに箸を入れた。目元は笑わないが、どことなく楽しそうな雰囲気が伝わってきた。
「なんかますます意外。そういうの軽視している印象でしかなかったのに」
なんとなくハンスってお高くとまっているイメージがあるから、海洋調査のための漁船仕様の船とか、その上で動く水夫さんとかとは関わらないと思っていた。しかし、どことなく楽しげな雰囲気を見ていると、彼らと洋上で飲むのが楽しみというのはあながち間違っていないのかもしれない。おそらくそのときになっても、今のように安い食料を食べるのだろう。
なんとなく今までの最低野郎でしかないイメージとは違っていた。
「ふぅん? 梅ちゃんの中で少しは好感度が上がったというわけか」
ハンスは顔を上げて魅惑的な笑み浮かべてきた。
「はんっ言ってろ」
しかし、ここですんなりとそれを認めるのはなんとなく癪だった。
ようやくオケ描写が出来ました……!
だがしかし、まだまだ学祭は続く……。