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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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4.一肌脱げるわけないじゃん

第三者視点

4.一肌脱げるわけないじゃん



 週が開けた月曜日。


 眠くて憂鬱な1限目が終わると、ぞろぞろと講義室から学生たちが出てくる。その多くは次の教室へ急ぐものばかりで、キャンパス内はそういった学生で埋め尽くされる。

 


 そんな人混みに紛れて、カールは教養棟から5分ほど離れた工学部棟へと移動していた。



 1限目が終わり学生掲示板に行ってみれば2限目の休講の張り紙が貼られてあった。この日、たまたま3限目も休講で次が4限目まで空くため、4時間ほど暇になってしまったのだ。

 そこでカールはふと思い出して工学部棟に向かった。



 工学部棟の2号館に入ると、エントランス中央の階段を上がり、左に曲がる。そして3番目の扉の前まで来ると、カールは何回かノックをした。


 しかし何回ノックしても、中から返事は返ってこなかった。


 カールはまたかと扉の前で肩を落とす。

 この部屋には先週の月曜日にも質問しに来ているのだが、先週も今日も運悪く外出中で聞きたいことが聞けない状態になっている。


 仕方ない、ここでうだうだしてても時間の無駄だし、今日も引き返そうか。


 そう思ってカールは来た道を引き返そうとする。



「――――あ」

「ん?」



 ちょうどその場でカールが振り返ると、向かいの部屋から出てきた人物に気がつく。


 柳だった。


 柳はカールに気がつくと、人好きのする笑顔を浮かべて寄ってくる。


「おう、おはよう。今日も質問しに来たのか? 相変わらず真面目だなー」

「でも今日も先生もいらっしゃらなかったみたいで」


 と、寄ってきた柳にカールは丁寧に返す。

 おとぎの国では王子の身分だったとしても、一応ここでは柳の方が先輩で年上。なのできちんと丁寧な口調で話す。

 おそらく普段のカールを知るものからすれば、誰だお前はっていうような状態だ。


 柳はカールが向かっていた扉の方を向くと、「あぁ」と呟き申し訳なさそうな表情を浮かべた。そして件の教授が月曜日に他大で授業を持っていることをため息混じりに言った。


「ま、明日とか明後日とかはいたはずだから、また遠慮なく質問行ったらいいと思うぞ」


 カールの肩をぽんと叩きながらそう言うと、柳はどこかに向かおうとする。

 そこでカールはもう一つの使命が自分にあることを思い出した。


「あの、柳さん! 今日も飯、行きませんか?」


 柳がどこかに行こうとするのをカールは引き留める。

 それに対して柳は振り返るが、少し目を丸くして意外そうな表情を浮かべていた。そして腕時計を確認する。


「飯ってお前まだ11時にもなってないぞ?」

「うぐ……っ」


 柳の不思議そうな表情と疑問に、カールは痛いところを突かれたと言葉に詰まる。

 何とかして柳を誘い出そうと試みたものの、確かにまだ昼食には早い時間帯。あまりに性急すぎてそれ以外考えられなかったのだ。


 何かいい案はないかとカールがその場で頭を巡らしていると、柳が再びははっと軽く笑った。


「まぁ今から行けば食堂も空いてるだろうし行くか。その前に俺は便所だけど」


 と颯爽と柳はお手洗いの方向へ向かった。

 その場に残されたカールは、自分が言い出したことにも関わらず、なんだか一人でに気まずくなっていたのだった。





 そうして二人して食堂に向かった。

 キャンパス内に食堂は5カ所あり、彼らはキャンパス中央にある中央食堂に向かった。そこは多くの学部棟に囲まれるため、正午過ぎになると学生や教員で溢れかえってしまうのだが、正午より一時間も早いため席は空き空きだ。


 柳が二人分のメニューの代金を払うと、適当に窓際に席を取った。

 人が多いときにはなかなか取れない落ち着いた席である。


「……なんかすみません。前も奢ってもらってたのに……」


 と、いつものハキハキした様子はどこへやら、カールは借りてきたネコのように大人しく柳に礼を言った。

 それに対し柳は何一つ気にした様子なく、にかにかと答える。


「いや、気にすんなよ。何だかんだでお前も後輩になるわけだしな」


 そんな様子の柳をカールはじっくり観察しながら奢ってもらった味噌カツ丼を食べる。ちょうど食堂が中部東海フェアをしていたのでそれにしたのだ。



 ――なんだよ、こいつ本当にイイやつだな。



 カールは内心でそう思う。

 先週も同じように先生の部屋の前で会ってここに食事に来たのだが、そのときも同じように言って奢ってくれた。その上あのときは由希が空気を乱していたのにも関わらず、にかにか笑って空気を穏やかにしていた。なるほど、ムードメーカーなわけだ。


 ムードメーカーなのになぁ……。


 カールはどこか残念そうに向かいに座る男を見る。

 割と場を和ませる力はあるようなのに、なんとも鈍い男だと思う。由希が柳を好きなことは、ひと月前、初対面のカールにでさえ分かったというのに。


 あいつもあいつだが、こいつもこいつだな。


 仮にも柳も由希もカールからすれば2~3個も年上の先輩であるのに、カールはそんな失礼なことを考えていた。



 まぁあいつにはさんざん悪いこと言ったし、お詫びと言っては何だがここは俺が一肌脱いでやろう。



「あ、そうそう。再来週学祭だけど、カールのクラスは何か出し物するのか?」


 それまで大学生活は慣れてきたか、などというような会話をしていたのだが、思い出したかのように柳が尋ねてきた。


「あぁ、俺らのところはタコセンっての出すみたいなんですけど、俺国際交流の方にも参加しなきゃならなくて……」



 梅乃たちの大学は、毎年6月の第一土日に大学祭を開催する。そこではよくある学生たちの露店が立ち並ぶわけだが、1年生が各基礎クラスごとに店を出すのは決まり事となっていた。というのも、横同士のつながりを親密にするためである。

 他は部活団体や仲間内など各自で好きに出店できるのだが、国際交流団体が出店することは毎年の恒例となってしまっている。

 一応留学生枠で入学したカールは、自分のクラスと問答無用で所属させられていた国際交流団体の方の出し物の準備で、ここ最近少し忙しくしている。

 ちなみにカールのクラスで出すという“タコセン”とは、たこ焼きをエビせんべいに挟んだ食べ物である。


「なんだ、なかなか当日時間とれなさそうだなぁ」

「今クラスの方も団体の方もまとめ役のやつがシフト組んでくれているんですけどね」

「お、じゃあまだ融通利きそうだったら6月1日の昼2時から3時まで空けといてくれよ」

「えーと、確か土曜日でしたよね? 何かあるんですか?」


 柳の申し出にカールが質問を返すと、柳が少し気恥ずかしそうに笑いながらとある方角を指差した。そちらを見れば、梅乃たちが所属するオーケストラの貼り紙が壁に貼られてあった。



「俺らも学祭で演奏会するからさ、よかったら観に来いよ。佐倉も――森山も出るしさ」

「――えっ」



 突然由希の名前が出てカールはびくっとする。

 ちょうど由希のことを考えていたからなのだが、どうしてここでさらっと由希の名前が出るのか謎だった。まぁ梅乃のこともそうなのだが。


「1時間くらい持ち時間あるんだが、前半は室内楽なんだ。俺は後半のオケの方しか出ないけど、前半で佐倉も森山も室内楽やるみたいだぞ」


 と、何故か柳は梅乃と由希のことを推してくる。


「……何で梅乃とあいつなんですか……?」


 カールは少し気まずげに尋ねる。

 いやまぁ梅乃に関してはカールは一応お世話になっているわけだし聞きに行ってやる義理はあるわけだが、柳がそれを知っているわけでもないし、ましてや由希のことをカールに推す理由などないだろうに。


 すると柳がけろっとした様子で答えてきた。


「だってなんかよく分かんねーけど佐倉と仲よさげだったし、森山も……あれ? そういえばこの前まで名前知らなかったんだっけ? まぁどっちみち仲良さそうだし」

「えっどっどこが!?」


 あまりにあっさり言うので思わずカールは突っ込んでしまった。

 由希と一緒にいるところに柳が出くわしたのは先週の件で2回目だが、どちらも険悪な状態、というかカールが一方的に怒られていたはずだ。それを仲良さそうとは、この男本当に鈍すぎるだろうと、カールは再び思う。


「うーんまぁ、あいつがお前に何を怒ってるのか知らねーけど、何となくお前らケンカするほど何とやらっていうのに当てはまってると思うんだけどな。あいついいやつだぞ、ノリいいし子供好きで面倒見いいし練習真面目だし」


 と何の根拠もないことを述べながら、柳は更に由希を推してきた。

 その当人が自分のことを好きとはつゆも気づかずにこんなことを言ってるのかと、カールは何度目になるか分からないことを思う。


「……そう思うなら柳さんが交際すればいいじゃないですか」


 カールは口調に呆れを表さないようにして言う。

 こういう流れを想定していたわけではないが、思いがけずあいつを柳に推す機会がやってきたので、すかさずカールはそれを利用する。


 すると柳は少し眉を上げて目を丸くした。


「俺か? 何で?」


 とカールが返したように柳も返すが、それに対して「あいつがお前のこと好きだからに決まってんだろ!」と鋭く突っ込みそうになるのを何とか抑える。


「だってほら、ノリいいし子供好きで面倒見がよくて練習真面目なんでしょう? それに彼女――――」


 そこまで言いかけてカールはふと気がついたことがあった。



 ――俺、あいつのこと何にも知らねー……。



 柳の言った長所に加えて、由希のいいところをいくつか挙げて柳に推そうと考えたのだが、由希が柳のことを好きなことと夢見がちなこと以外、何も知らないことに気がついた。それなのに二人の仲を取り持とうとするとか、飛んだばか者である。


 そもそも由希と柳は同じサークルの先輩後輩であり、ついひと月前に現れた自分がわざわざ一肌脱ごうとかするのは、非常に考え無し過ぎであるのだが、そこまではカールの考えは及んでいないようだ。



「そんなこと考えたこともなかったけどなぁ……まぁでもお前にあいつオススメするよ」


 とカールがそんなことを考えているとは全く想いもせず、柳は再びカールに由希を推してきた。



 カールは内心で舌打ちをした。



 くそ、これじゃ計画が狂っちまうじゃねーか。

 あいつに何のお詫びも出来ねーじゃねーか。

 目の前の男は全くあいつの気持ちに気づいていないどころか俺に推してくるとか鈍すぎる。

 とにかくこいつをその気にさせるには俺からあいつを推す必要があって、そのためには俺がもっとあいつのことを知る必要があるわけだな。



 もともと大した計画も立てていなかったカールだが、この勘違い男をその気にさせる計画から、まずは由希と多く接触して長所を知る計画に路線変更することにした。



 まったくもってそれも無駄なことなのだが。



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