03 女生徒
狩猟
3 女生徒
白木は爽やかな容貌に健康な肉体を持った青年教師でしたが、無口で感情を表に表さない性格で、笑顔も時々しか見せませんでしたが、そこが素敵と女生徒から人気がありました。なかにはひそかにラブレターを送る者もあったそうです。
彼は学生時代からスポーツに熱中して、恋愛も疎かにしてきたようで、彼に近づこうとする女生徒を快く思っていませんでした。わたしの妻などは、そんな話を聞くと必ず「はやくお嫁さんを探してあげなきゃ。」と心配しておりました。
そんな彼に近づこうとする女生徒のひとりに、牛田けい子がいました。
しきりに近づこうとする牛田を、白木は嫌らしい女給でも見るように毛嫌いしていました。
『牛田は嫌らしい女子だ。まだ高校生だというのに、色目を使って俺に寄ってくる。放課中には気をつけないと、手を握ってこようとしてくる。まるで自分が、俺のいちばんのお気に入りのように。。』
生徒を好き嫌いで判断するのは良くないと、いちばんわかっている白木でしたが、彼女だけは別のようでした。
教員の中でもそのことは噂になっており、彼女に直接注意するものもありました。
「白木先生はスポーツに夢中で、女の子には興味ないって。」とお節介にもそう言ったのです。
それから女生徒の間では「白木先生は女嫌い」とひそかに噂されたようです。
そんな騒ぎも収まったある日、白木は部活の監督を終えると、いつものように体育館横の体育科教師専用控室に戻って来ました。
その専用控室は体育館の外からも入れるのですが、体育館の中からも入れるようになっていて、体育館の地下に設置されていました。中は小さなワンルームになっていて、体育科の教員が授業の準備に使用するのですが、教員は職員室にも席があり、授業に必要な用具は体育館倉庫にあるため、使われていなかったのを、白木が許可を得て使用しておりました。
天井近くに明りとりの小窓が二つあるだけで、それも曇りガラスだったので、誰にものぞかれることのないそこは、 無口で人付き合いが苦手な白木には、有り難い解放空間だったのでしょう。
部屋には、温水の出るシャワーもついています。
部活の指導が終わると、白木はいつもそのシャワーで汗を流ししばし休息するのでした。
鉄の白いドアを中からロックしておきさえすれば、 入って来ることは出来ないのですが、ながらく使用されていなかったため、その部屋の存在を知るものもあまりいなかったのです。
彼はドアをロックすると、すぐにユニフォームを脱ぎシャワールームに向かいました。部屋には誰も入られないのですから、誰にも遠慮はいりません。
部活も終わり校庭はやけに静かです。日はながくなっていて、小窓には残照がまだ明るく輝いていたといいます。少し暗くても室内の照明はつけていなかったようです。
白木は、逞しく鍛えられた肉体を流れるシャワーの湯にホッとひと息つくと、しばらくぼーっとしていたにちがいありません。
あたたかい湯のなかで、緊張がほぐれていく筋肉を、白木はもみほぐしはじめたのでしょう。そうしているうちについ恥ずかしい箇所に手が届き、そのままそれを握ってしまったようです。
あとで彼は、それがすべてのはじまりだったと後悔しています。
たしかに、学校のシャワールームでそんなことはするのはタブーでしょうが、彼にとってはその部屋は自分の部屋も同然で、鍵を掛けているという安心感もあったのでしょう。
首筋から流れ落ちる湯が、楯を左右にふたつはりあわせたような厚い胸板を通ると、シックスパックに割れた腹筋に辿りつきます。そこへ落ちた湯をなぞる様に彼の手があてられると、そこから下へと続く一筋の柔毛の上をなぞりながら、もっと下へと導かれていった事でしょう。
広い肩幅からは想像できないほどに細く締まった腰から続く下腹には、鍛えられた肉体にはふさわしくない薄い体毛が、皮を被った男根の周りを取り巻いています。
指先がその中央に触れ、それを愛撫しはじめたことはむしろ当然です。
そのとき、一人の若い教師が、教師であることをやめて、美しく逞しい鍛えあげられたギリシャ彫刻のような肉体を捩らせ、恍惚の虜になったとして、誰が責められましょう。
白木はそんなことはその時一回ギリだと書いています。だから余計に悔やまれるのてしょう。
『あの一回がなければ、こんな事にはならなかった。あれが、俺を抜けられない底なし沼にひきずりこんだのだ。』
それから彼は、誰もいない解放感からか、しばらく自分自身の孤独な快楽におぼれていったそうです。
そして彼のその快楽が頂上に達しようとしたとき、白木は自身の裸体に重なってきた別のやわらかな肉体を感じたのです。
ふりかえってみると、下着姿の女生徒が彼の背にしがみついていました。彼のいない間に更衣室にしのびこみ、自分だけの欲望に囚われている教師を見て、たまらなくなったのかもしれません。それは、白木にラブレターをおくっていたあの牛田けい子だったのです。
動転した白木は死物狂いで、しがみついて
くる牛田の身体をもぎ離そうとしました。すると牛田は、「助けて!」という悲鳴をあげ、白木に振り払われたときに、運悪くコンクリートの床にあおむけに倒れてしまいました。
『俺はあわてた。しかも、外にいたらしい生徒が「どうしたんだ、あけろ!」と、鉄のドアを外からはげしくたたき出した。俺は慌ててタオルを探し腰に巻くと、ほぼ同時に男子生徒たちが室内になだれ込んできた。
体育館の中から通じるドアには鍵が掛かっていなかったようだ。
外に通じるドアの鍵はいつも俺が持っている。そして部屋に入ると、俺は必ず施錠した。だが、体育館内に通じるドアは一度も開けたことがなく、鍵は永らく職員室の壁に掛けられたままで、これまで誰も手に取ることはなかった。
何故かあの時だけ、そのドアが開いていたのだ。
だがそれに気づくまもなく、とにかくあわてていた。だから俺は、 爪で牛田のからだをひっかいて血を流していたことも、コンクリートの床に牛田が倒れたことも、腰にタオルを巻いただけの裸でいることも、気がつかなかった。
そこへドアをあけてとびこんできたのが、クラスの男子生徒たちで、最後に木山が姿をあらわした。
俺は唖然として、呆けてようにただ立ち尽くしているだけだった。
「担任に侵されてのか?」
「牛田がラブレターを書いて送った、は らいせか?
「先生! バスタオルだけってことは、途中だったってことか?」と、彼らが口々に叫ぶのを、俺はたおれそうになるからだを、やっと支えて立っているだけて、取り繕う余裕もなく聞いていた。』
白木夏雄はそう書いていますが、こんな不祥事を私な全く知りません。いやわたしだけでなく、不思議なことに学校中が知らないのです。
本人が自分の恥を書いているのですから、全くの作りごとではないのでしょう。
さらに白木は辞表を書く決心をしたと書いていることから、彼にとっては重大な一件だったようです。
何故彼ら以外誰も知らないのか、その理由が次に書いてありました。
『あいつらは、まだバスタオル一枚の俺をそのままにして、制服を着た牛田を囲んで何か話し込んでいた。話がまとまったのか、まず木山が前に出て俺に言った。「俺が牛田に話をつけてやったよ。この場にいない者に知られたら、白木先生は学校をやめなければならない。牛田にとっても恥になるからと言ってやった。牛田も先生が好きだから、なんとか納得してくれたよ。」それを聞いて俺はまず、木山に感謝した。あとから考えれば、俺がシャワーを浴びていた時に、勝手に入り込んで隠れていた牛田が、抱きついてきただけだったのだ。だが、この一件もその場で濡れ衣を晴らしておけば、このあとあんな事にはならなかったのだと、幾度も後悔した。だが、あの時は相手は大勢で、俺の無実を証明してくれる者は誰もいず、俺は下着すら着ていなかった。だから木山の助け舟に安易にのってしまったのだ。』
そう白木は書いています。
あのとき辞表を書いて、この学校を去っていればよかったのだと述懐しています。
それをしなかったのは、すべてが男子生徒達の誤解であり、自分は何も悪いことはしていないという思いがあり、当の牛田も納得しておさめる事に同意したこともあったようです。
このときは、まだ白木は木山一平という生徒の意図するところが、理解できなかったのでしょう。
しかし、はじめて木山を見た白木が、その見事に鍛えられた肉体の奥底から感じた慄えを、忘れていたのでしょうか。
無意識に危険を察知した知らせは、その後のクラス運営に木山の力に頼っていた為、思い起こす事も無かったのでしょう。
これを読んてわたしは、牛田ははじめから木山と連絡をとりあっていたのではないか、と思いました。牛田の計画なのか、木山の計画なのか、いずれにしろ牛田は真っ裸の白木に抱きつける喜びから、その計画を受け入れたのでしょう。
ともかく、何事もなく過ぎていくにつれて、白木はこの一件を忘れようとしたようです。
そんな白木の心のゆるみをついて、木山一平は攻撃をはじめました。




