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ざまぁ回

ざまぁ回です!ヒロインの知らないところで淡々とざまぁが勝手に進んでいくのっていいですよね。

婚約破棄から半年。


エドワードは、少しずつ違和感を覚え始めていた。


最初は何でもなかった。王宮で行われる会議。

父である国王から命じられた視察。

臣下たちとの会食。

以前と何も変わらない。


――そう思っていた。


「では、例の予算についてですが」


財務官が書類を差し出した。


「王都の治水工事に必要な資金が、当初の見込みより大幅に不足しております」


「……なぜだ?」


「グレイ商会からの融資が打ち切られたためです」


「グレイ商会?」


エドワードは眉を寄せた。


王国最大級の商会。


サイモン・グレイが一代で築き上げた巨大商会である。


王都の穀物取引。


鉱山からの資源輸送。


魔道具の流通。


遠方の領地との交易。


その影響力は、もはや一商人の域を超えていた。


「以前は、アルヴェール公爵家が保証人になっていたはずだ」


「はい」


財務官が気まずそうに答える。


「ですが、ソフィア様が婚約を破棄されたことで、公爵家は王太子殿下……いえ、第二王子殿下に関する財政支援を一切取りやめております」


「……」


エドワードは黙った。


そんな話は聞いていなかった。


正確には。


聞こうとしなかった。


婚約破棄をした以上、アルヴェール公爵家との関係が悪化するのは当然だと思っていた。


だが、これほどまでに影響が大きいとは思わなかった。


「父上に頼めばいいだろう」


「国庫も余裕がございません」


「では他の商会に頼め」


「グレイ商会と同規模の融資をできる商会は、国内にはございません」


エドワードは舌打ちした。


「……くだらない」


その言葉を聞いて、財務官の顔が僅かに曇った。


彼は何も言わず、一礼して退室した。


さらに半年。


社交界でも変化が起きていた。


以前なら、エドワードが夜会に姿を現せば、多くの貴族が集まった。


しかし。


「本日はアルヴェール公爵家の皆様は?」


「参加されないそうです」


「……そうか」


それだけではない。


ソフィアと親しくしていた令嬢たちも、以前ほどエドワードに近寄らなくなった。


かつてソフィアと交流のあった侯爵令嬢が、別の貴族に小声で話している。


「ソフィア様は今、グレイ商会のサイモン様とご結婚されたそうよ」


「ええ。とても幸せそうですって」


「それにしても……」


令嬢は声を落とす。


「アルヴェール公爵家とグレイ商会が手を組むなんて、すごい話よね」


「ええ」


「王家よりも商会の方が怖いと言う人までいるわ」


「当然でしょう。王家は税金で国を動かすけれど、グレイ商会は国中の物流を握っているもの」


エドワードは、偶然その会話を耳にしていた。


胸の奥がざらつく。


――ソフィア。


あの女は今、何をしている?


自分が婚約破棄をしたことで泣いていると思っていた。


後悔していると思っていた。


しかし現実は違った。


ソフィアは王都郊外のグレイ家の屋敷で、庭いじりをしていた。


夫と二人で。


「まあ、また新しい花が咲きましたわ!」


「君は本当に庭が好きだな」


「だって綺麗ですもの」


二人で笑っている。


エドワードには、それが妙に腹立たしかった


エドワードは、聖女との婚約を正式に進めようとしたが、


「殿下。聖女殿との婚姻には、いくつか問題がございます」


宰相が難しい顔をしていた。


「何が問題だ?」


「第一に、聖女殿には貴族社会における後ろ盾がありません」


「王家が後ろ盾になる」


「それだけでは不十分です」


宰相は淡々と続けた。


「これまで王太子殿下や第二王子殿下の社交を支えていたのは、アルヴェール公爵家です」


「……」


「ソフィア様が婚約者だった頃は、各公爵家、侯爵家への調整もほとんど問題なく行われておりました」


「それは彼女が勝手にやっていただけだろう」


「いいえ」


宰相は静かに否定した。


「王家が彼女に任せていたのです」


その言葉に、エドワードは初めて気づいた。


ソフィアは単なる婚約者ではなかった。


自分の隣に立つために、王子として恥をかかないために、王家の顔を潰さないために、彼女はずっと動いていた。


エドワードが知らないところで。


エドワードが気にも留めなかったところで。


「……それくらい、聖女にもできる」


「では、聖女殿にお願いしてみてはいかがでしょう」


「そうする」


しかし、数週間後。


王宮では悲鳴が上がっていた。


聖女に任せた社交調整は、ことごとく失敗した。


侯爵夫人を怒らせ、他国の大使夫人を困惑させ、王妃から注意を受け、挙げ句の果てには、重要な晩餐会の日程まで間違えた。


エドワードは怒鳴った。


「なぜこんなこともできない!」


聖女は泣いた。


「だって……私、こんなの知らないもの!」


その瞬間、エドワードは何も言えなくなった。


以前ならソフィアが黙って修正してくれていた。


何も起きなかったように。


まるで最初から問題などなかったかのように。


それが当たり前だと思っていた。





ある日、エドワードは国王に呼び出された。


「お前は、自分が何をしたのか分かっているのか」


父王の声は低かった。


「私は聖女を選んだだけです」


「違う」


国王は机を叩いた。


「お前はアルヴェール公爵家を捨てたのだ」


「ですが、婚約者を変更することくらい――」


「お前の勝手な恋愛の話ではない!」


国王は立ち上がった。


「アルヴェール公爵家は、王国北部の軍事力の大半を支えている」


「……」


「そしてグレイ商会は王国の物流の四割を握っている」


「それが?」


「その二つを同時に敵に回したのがお前だ」


エドワードは息を呑んだ。


「しかも、よりによって卒業式の場で婚約破棄をした」


国王は冷たく言い放った。


「公衆の面前で恥をかかされた公爵家が、お前を許すと思うか?」


「……父上」


「もう遅い」


その一言は、王子にとって何より重かった。


その頃、ソフィアは庭にいた。


「サイモン様」


「なんだい?」


「この花、今年も咲きましたわ」


「去年も咲いていたな」


「ええ」


ソフィアは嬉しそうに笑う。


お腹は少しずつ大きくなっていた。


「赤ちゃんにも見せてあげたいですわ」


サイモンは微笑んだ。


「きっと喜ぶよ」


「本当ですか?」


「君に似た子なら、花を見るだけで喜ぶだろう」


「まあ」


ソフィアは頬を赤くした。


王都で何が起きているか。


自分が王子にどれほど大きな影響を与えていたのか。


そんなことは何も知らない。


「今日は何を食べましょう?」


「君は最近、そればかりだな」


「だってお腹が空きますもの」


二人は笑った。


その頃、王都ではエドワードが必死に失ったものを取り戻そうとしていた。


だが、もう遅かった。


エドワードは、ついにアルヴェール公爵家を訪れた。


応接室で公爵は一人で待っていた。


「……久しぶりだな、殿下」


「公爵」


エドワードは頭を下げた。


「ソフィアとの婚約を……」


「断る」


即答だった。


「まだ何も言っていない」


「分かっている」


公爵は冷たい目を向ける。


「娘を返してほしい、だろう?」


「……」


「残念だが、娘はもうお前のものではない」


エドワードは拳を握った。


「私は間違えた」


「そうか」


「ソフィアを愛している」


「それは娘に言うべきだったな」


「彼女にもう一度――」


「断る」


公爵の声に、一切の迷いはなかった。


「娘は今、幸せだ」


エドワードは黙った。


「お前といた頃よりもな」


その言葉が胸に突き刺さった。


「そして」


公爵は立ち上がった。


「私も、今ではサイモン殿を娘の夫として認めている」


「……平民の商人を?」


「平民だから何だ?」


公爵は笑った。


「娘を泣かせた王子より、娘を笑わせる商人の方が、父親としては信用できる」


エドワードは何も言い返せなかった。


数年後。


エドワードは第二王子の地位を失った。


原因は、婚約破棄そのものではない。


その後の政治的失策。


財政問題。


貴族間の対立。


そして、王家への信頼低下。


それらが積み重なった結果だった。


王太子はエドワードを王位継承権から外すよう国王に進言した。


国王も、それを認めた。


エドワードは地方領地へ送られた。


かつて王都の中心で華やかな未来を約束されていた男は。


今では、小さな離宮で暮らしていた。


聖女との関係も終わっていた。


愛が消えたわけではない。


ただ、王子と聖女という物語が、現実の生活に耐えられなかった。


ある冬の日、エドワードは街へ出た。


そこには小さな市場があった。


人々が笑っている。


商人たちが商品を並べている。


そして。


「お父さま!」


子供の声が聞こえた。


顔を上げる。


遠くに、ソフィアがいた。


隣にはサイモン。


その腕には、小さな子供。


ソフィアは幸せそうに笑っていた。


サイモンは娘を抱き上げている。


「高い高い!」


「きゃっ、きゃっ!」


ソフィアが笑う。


エドワードは立ち尽くした。


自分が欲しかったもの。


権力。


王位。


聖女。


全部手に入れようとした。


そして。


何も残らなかった。


一方。


ソフィアは。


自分が捨てた少女は。


何も奪おうとはしなかった。


復讐もしなかった。


ただ、自分の人生を生きただけだった。


その結果。


彼女は愛する夫を得て。


子供を得て。


家族を得て。


自分が欲しがったものより、ずっと大きな幸福を手に入れていた。


エドワードは小さく呟いた。


「……私が間違っていた」



夕暮れ。


ソフィアはサイモンと並んで庭に座っていた。


「今日、街で面白いものを見ましたわ」


「何を?」


「大きな人形です」


「君は昔から人形が好きだったな」


「ええ。この子が産まれたら買ってあげたいと思っていますの」


3人目の子供がいる、ふくらみかけのお腹を慈しむようにソフィアは撫でる。


サイモンは笑った。


「もう買ってある」


「まあ!」


「君が見つける前に買っておいた」


「いつの間に……」


二人は笑う。


ソフィアはサイモンの肩に寄りかかった。


「幸せですわ」


「私もだ」


「昔は、婚約破棄されたとき、もう人生が終わったと思いましたの」


「……そうだったのか」


「ええ。でも違いましたわ」


ソフィアは空を見上げる。


「人生は、何かを失ったところで終わるわけではありませんもの」


サイモンは彼女の手を握った。


「その通りだ」


「ですから」


ソフィアは微笑む。


「これからも、たくさん幸せになりましょう」


「ああ」


二人の指が絡む。


遠くで子供たちの笑い声が響く。


ソフィアは知らない。


かつて自分を捨てた王子が、どんな人生を送っているのか。


知る必要もなかった。


彼女の人生は、もう王子のものではない。


アルヴェール公爵令嬢としての人生ですらない。


一人の女性として。


一人の妻として。


一人の母として。


そして、いつか一人の祖母として。


愛する人と共に生きる人生なのだから。


そしてその隣には。


銀灰色の髪を持つ、ふた周り以上年上の大商人――


いや。


今では、ソフィアにとって世界で一番大切な夫がいる。


「サイモン様」


「なんだい?」


「大好きですわ」


「私もだよ、ソフィア」


その声を聞きながら。


ソフィアは幸せそうに目を細めた。


かつて王子が捨てた少女は、王子が欲しかった「未来」そのものを。


知らないうちに、すべて手に入れていた。

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