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第25話 ご飯の時間な毛玉ズ

庭の隅では、巨大な2つの「理」が穏やかな風に吹かれながら、なおも静かに意思を交わしている。


母兎が耳を動かせば、不死鳥のママがそれに応えるように喉を鳴らす。


かつて王都で教わった「幻獣の社会性」なんて定義は、この平和な庭では「ママ友の井戸端会議」という極めて日常的な光景に上書きされていた。


けれど、私は感傷に浸っている暇はない。


1時間半の遅れは、保育士にとって致命的だ。1秒でも早く、この園児たちの空腹と有り余るエネルギーを満たしてあげなければならない。


「はい、みんな! シャキっとして。点呼を取るわよ。出席番号1番、ユキ!」


「わふんっ!」


ユキは一番に私の正面へ躍り出ると、凛々しく背筋を伸ばして短く吠えた。

その鼻先から漏れる微かな冷気が、私の足元に薄い氷の膜を作る。元気の証明だ。


「2番、ルウ!」


「もきゅっ! もきゅもきゅーっ!」


ルウは返事の代わりに3回、その場で高く跳ねた。パワーアップした脚力のせいか、着地のたびに庭の花々が幸せそうに揺れる。よし、体調は万全ね。


「3番、ヨル!」


「……にゃ」


ヨルは私の影からスルリと実体化し、優雅に尻尾を一振りした。

彼女の足元の影は、昨日の黒曜石のベッドのおかげで以前より濃く、安定している。

夜の王女に相応しい、落ち着いた返事だ。


「4番、ヒナ!」


「ぴぃーっ! ぴ、ぴぃっ!!」


最後尾のヒナが、燃えるような紅蓮の羽を精一杯広げて叫ぶ。

彼女が興奮するたびに、私のエプロンの裾が熱風でパタパタと煽られる。

……うん、体温調整も今のところ問題なし。


「よし、全員出席。……それじゃあ、朝の運動よ! 庭を10周、追いかけっこ!」


私の合図と共に、4色の火花が散った。


ユキが冬の疾風のように駆け、ヨルが影を跳び越えてそれを追い、ルウが新緑の軌跡を描きながら横切る。


そしてヒナが、文字通り「火の玉」となって空を低空飛行で滑っていく。


私は、そのカオスな運動会を中央で見守りながら、園児を捕まえては「朝のお手入れ」を施していく。


ユキの銀毛に付いた朝露を専用のブラシで払い、ヨルの影に溜まった淀みを黒曜石で吸い取り、ルウの瑞々しい耳に霧吹きで新鮮な水を与え、最後にヒナの産毛の奥にある煤を、昨日の薬湯を染み込ませた布で拭き取る。


お手入れが終わる頃には、私の身体は4つの魔力と熱と冷気が混ざり合い、なんだかサウナと雪山を往復したような感覚になっていた。


「……ふぅ。さあ、お待ちかねのご飯タイムよ。……今日は戦場になるわね」


リビングに移動した私は急いで3つの哺乳瓶と、ヒナ用でふやかして食べやすくした一切れの肉を準備した。


それぞれの特性に合わせた特製ブレンド。


ユキには高タンパクな氷晶草入り。

ヨルには魔力を安定させる影石の雫。

ルウには世界樹の残香が漂う薬草水。

そして新入りのヒナには、魔力消費の激しさを補うための魔獣肉だ。


大きなソファーに座った瞬間、私は4本の「吸引機」に襲われた。


「わぅ!」「にゃう!」「もきゅ!」「ぴぃ!」


当たり前だが、私の腕は2本しかない。前方には4つの口。

普通なら物理的に不可能だが、私はちまっこい身体を最大限に活用する。


まず左腕でユキを抱え込み、その脇でルウを支えて、二つの瓶を固定する。

右腕ではヨルを優雅にホールドし、空いた指先を使って、ヨルの口へ瓶を運ぶ。


枕元に陣取るヒナには、食べやすいように細かくふやかした肉を皿に用意。


「ちゅぱ……ちゅぱちゅぱ……」

「んぐ、んぐ……ん……」

「もにゅ、もにゅ……」

「くち、くち、くち……」


リビングに響くのは、4つの異なるリズムの咀嚼音と、満足げな喉鳴り。


ユキががっつく振動。ヨルの上品な吸い上げ。ルウの規則正しい呼吸。

そしてヒナの、一口ごとにパチパチと弾けるような生命の熱。


……重い。そして、熱くて冷たくて、何より愛おしい。


4つの体重が私の身体に食い込み、異なる「理」の魔力が私の内側で混ざり合う。

保育士としての全感覚が、この4つの小さな鼓動に集中していく。


ユキが飲み終えて私の顎を舐め、ヨルが空になった瓶を離して「もっと」と言いたげに見つめ、ルウがミルク髭を作って首を傾げ、ヒナが満足げに熱を放って、私の胸元でそのままウトウトとし始める。


「……あ、こら。ヨル、おかわりは後でね。ユキ、私のエプロンを噛まない。ルウ、そこでお昼寝の準備をするのは早いでしょう?」


みんなを落ち着かせた後、授乳後の排気をさせるために、いつものトントンを開始する。


「ほら、みんな。トントンするわよ。頑張って出そうね」


私は自分の体を目一杯使い、ソファに深く腰掛けて、まずはユキを自分の胸に密着させた。


手のひらを少しだけ丸め、空気を孕ませるようにして、彼女の背中をリズミカルに叩く。


トントン。トントン。


銀色の産毛越しに伝わってくるのは、ミルクでパンパンに膨らんだお腹の弾力と、力強く脈打つ心音。


ユキとヨルはしっかりとトントンして排気させる。

ルウとヒナは優しく撫でるように。


慌ただしい。本当に、目が回るほどに。


けれど、栄養補給を終えた4つのもふもふが、私の膝の上で一つの「大きな塊」になって丸まっていく様子を見ていると、寝坊の焦りも、腕の疲れも、どこか遠くへ消えていく。


窓の外では、母親たちがそんな私たちを、どこか誇らしげに見守っていた。


母親たちが信頼して預けてくれた、この4つの宝物。


私は、重なる4色の毛並みを優しく撫でながら、静かに、けれど力強く、彼らの平和を守り抜くことを誓った。



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