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第23話 ヒナとの出会い②

キッチンの広いシンクは、今や一つの「浴場」と化していた。


私が用意したのは、ただの湯ではない。


ユキが生成した極低温の氷を溶かし、そこにルウが提供してくれた「世界樹の力が宿る若葉」を煮出したエキスを加え、さらにヨルが運んできた黒曜石の粉末を飽和状態まで溶かし込んだ、特製の「熱量安定薬湯」だ。


「ぴぃ……? ぴぃっ!」


タライの中で、煤まみれの雛が不安げに、けれど好奇心を隠しきれずに嘴を動かしている。


私は耐熱手袋を脱ぎ、素手でその「熱」に触れた。


熱い。


肌がじりじりと焼けるような感覚があるが、薬湯の成分が私の皮膚を保護し、同時に雛の過剰な熱を液体へと逃がしていく。


「大丈夫よ、怖くないわ。……少しだけ、さっぱりしましょうね」


私は、小さな木製の柄杓で、ゆっくりと雛の背中に薬湯をかけた。


ジュゥゥゥ……ッ!!


凄まじい水蒸気が立ち上がり、キッチンが真っ白な霧に包まれる。


ユキがすかさず冷気を放って視界を確保し、ヨルが影の衣で湿気が壁を傷めるのを防ぐ。


私は、柔らかな最高級の海綿(スポンジ)を手に取り、雛の羽を一本ずつ丁寧に撫でていった。


泥と煤、そして自分の熱で焼けた羽の燃えカスが、黒い濁流となって流れ落ちていく。


「……あら、やっぱり。こんなに綺麗な色を隠していたのね」


洗浄が進むにつれ、中から現れたのは、息を呑むような「赤」だった。


それは単なる赤ではない。溶岩の奥底で揺らめく真紅と、太陽のコロナを切り取ったような黄金色が混ざり合った、命そのものの輝き。


煤の下に隠されていた羽は、まだ産毛のように「もふもふ」としていて、洗われるたびに水を弾き、内側から発光している。


「ぴ……、ぴぃーっ!」


雛は、自分の身体が軽くなるのが嬉しいのか、タライの中でパシャパシャと暴れ始めた。


お湯が飛び散るたびに、火花のような水滴が舞う。


私は苦笑しながら、彼女の喉元や脇の下など、汚れが溜まりやすい場所を優しく指先で揉み解した。


……不死鳥の洗浄。


前世のファンタジー小説では『溶岩で洗う』なんて無茶な記述もあったけれど、こうして『冷やしながら洗う』のが正解ね。


彼女の核にある熱を外に逃がしてあげれば、こんなに穏やかな顔をするんだもの。


やがて、タライの中の黒い濁りが消え、雛は本来の姿を取り戻した。


濡れて細くなった姿はまだ心許ないが、その瞳は爛々と輝き、好奇心の塊となって周囲を伺っている。


私は彼女を大きなバスタオルで包み込み、優しく水分を吸い取った。

驚いたことに、彼女の羽は乾くそばから「熱」を帯び、自ずから膨らみ始めた。


数分後には、そこには「赤い綿菓子」が二本足で立っているかのような、究極に「もふもふ」な雛が完成していた。


「よし、これでさっぱりね。……あなたの名前は、そうね。太陽の『陽だまり』から名付けて、『ヒナ』。今日からあなたは、この保育園の新しい仲間よ」


「ぴぃぃーっ!!」


ヒナは、自分の名前を気に入ったのか、力一杯翼を羽ばたかせた。


ブワッ! と心地よい熱風が吹き抜け、湿っていたリビングが一瞬で乾燥する。


それまで遠巻きに見ていたユキ、ヨル、ルウが、一斉にヒナを取り囲んだ。


「わふっ?(美味しそうな色してるね)」

「みゃう……(あんた、暑苦しいけど悪くない毛並みね)」

「もきゅーっ!(ねえねえ、あそぼーっ!)」


ヒナは、自分よりも大きな彼女らに全く物怖じせず、むしろ自分から「もふもふ」の身体をぶつけにいった。


ユキの冷たい銀毛に顔を突っ込み、ヨルの影に嘴を入れ、ルウの耳を甘噛みする。


銀、黒、緑、そして赤。


四つの理の赤ん坊たちが、私の足元で団子状態になって転げ回る。


「……あ、こらこら、リビングでプロレスをしない! ヒナ、火花を出さないの! ルウ、耳を焼かれないように気を付けて!」


私は、膝をさすりながらその光景を眺めた。


小さな私の膝の上が、さらに狭くなるのは確実だ。


その日の夕暮れ。


ルウを親兎に送り出し、ヒナもまた、夜の間は一旦「空の親」の元へ帰るのかと思いきや、彼女は私のベッドの枕元を陣取って動こうとしなかった。


「……あなた、今日はお泊まりするの?」


「ぴぃ!」


短く、力強い返事。


どうやら彼女は、空から落ちてきたその瞬間に、ここを自分の新しい「聖域」と決めてしまったらしい。


……まあ、ひとまず親御さんが迎えに来るまでは一緒に寝ようか。


結局、その夜の私のベッドは、右に冬の理、左に夜の理、そして枕元に太陽の理を配置するという、神話でも語られないような「超過密状態」となった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◼️保育日誌:星暦9999年、深冬の月


●園児:【お泊まり組】ユキ、ヨル【通園組】ルウ、新入園児のヒナ


●出来事:ルウちゃんに世界樹の雫を投与。植物操作能力が大幅に向上。

     午後に不死鳥の雛が空から降着。

     煤まみれの身体を洗浄し、魔力構造を安定させた。


●特記事項:ヒナちゃんは極めて好奇心旺盛。他の三匹ともすぐに打ち解けたが、

      周囲の温度管理が今後の課題。

      彼女が興奮すると、カーテンが焦げる。要対策。


●園長のコメント:膝の上が足りないどころか、ベッドの面積が物理的に限界。

         私が、「理たち」に圧死させられる日が来るかもしれない。

         ……でも、この子たちの幸せそうな寝息を聞いていると、

         広すぎるベッドなんて必要ないわね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


私は、ヒナが発する心地よい微熱を首筋に感じながら、眠りについた。


明日からは、4つの朝食と、4つ分の愛情が必要だ。


辺境の保育園は、今日もまた、少しだけ騒がしく、そして優しく、新しい一日を迎えようとしていた。




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