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第21話 ルウママと保護者面談

―――――まえがき―――――

今作はカクヨムの方で完結127話ほど先行公開しております。

小説家になろう様のプロフィールにリンクがあるので、もし気になる方がいらっしゃればチェックしてみてください。

――――――――――――――

辺境の森の朝は、常に新しい生命の予感に満ちている。


昨夜、王都の強欲な商人と盗賊たちを「影の重圧」で文字通り叩き出した形跡は、朝露に濡れた庭の芝生に僅かな凹みとして残っているだけだ。


私は、一晩中私の両脇を占拠していたユキとヨルの重みで強張った身体を、入念なストレッチで解きほぐした。


「……んっ、……ふぅ。さあ、今日も忙しくなるわよ」


ちっこい私の視界に、二つの小さな「理」が飛び込んでくる。


銀色の毛並みを誇らしげに揺らすユキ。


そして、私の影の中から音もなく現れ、金色の瞳を細めるヨル。


二匹はまだ、昨夜の「定位置争奪戦」の余韻を引きずっているのか、お互いに視線を合わせようとはしない。


けれど、私がキッチンの戸棚を開ける音には、同時に耳をピクリと反応させる。


その時だ。


森の奥から、大地を優しく叩くような「トーン、トーン」というリズムの良い振動が伝わってきた。


「もきゅ! もきゅぅぅーっ!」


庭の境界線を越えて、弾丸のような勢いで飛び込んできたのは、瑞々しい緑の耳をパタパタと揺らすルウだった。


彼女は、親兎の広大な背中から鮮やかな放物線を描いて着地すると、一直線に私の足元へ滑り込んでくる。


「おはよう、ルウ。今日も一番乗りね」


ルウは私のサンダルに鼻先を押し付け、目一杯の親愛を表現する。


その後ろ――森の霧を纏うようにして、山のように巨大な親兎が姿を現した。

その瞳は、森の数千年の歴史を映す深い琥珀色だ。


私は、手にしていた小さな革袋をぎゅっと握りしめた。


中に入っているのは、昨夜の「戦利品」――黄金の天秤商会から没収した、世界樹の雫の結晶だ。


「……ルウの親御さん。少し、お話があります」


私は、身体を真っ直ぐに伸ばし、巨大な聖獣を見上げた。


これは、園長としての「保護者面談」だ。


いくらルウのためになるとはいえ、外部からもたらされた高純度の魔力触媒を、親の許可なく与えることは、プロの保育士として許されない。


親兎は、私の言葉を聞き、ゆっくりとその巨体を地面に沈めた。


私と視線の高さを合わせようとするその仕草には、対等な「理」の守護者に対する敬意が込められている。


「この子……ルウの成長についてです。昨夜、この場所を侵そうとした者たちから、希少な『世界樹の雫』を没収しました。これは植物系の魔力を極限まで活性化させる薬です。……ルウにこれを与えれば、彼女の『森の理』としての権能は、より安定し、力強いものになるでしょう」


私は、革袋から一粒の緑色の結晶を取り出した。


朝日に照らされた結晶は、それ自体が小さな森であるかのような深遠な輝きを放っている。


「けれど、これは彼女を急速に成長させるものでもあります。……野生の理として、彼女を今のまま、自然の速度で育てたいというお考えがあるのなら、私はこれを使いません。……どうでしょうか、お母さん」


ユキとヨルも、その場の厳かな空気を感じ取ったのか、騒ぐのをやめてじっと親兎の反応を待っている。


親兎は、私の差し出した結晶を、大きな鼻先で「くん」と嗅いだ。


それから、その深い琥珀色の瞳で、庭を跳ね回る我が子を見つめる。


ルウは、自分が何について話されているかも分からず、ただ太陽の光を浴びて楽しそうに笑っている。


沈黙が流れる。


やがて、親兎はゆっくりと瞬きをすると、私の手のひらを、その温かくて湿った鼻先で優しく一舐めした。


――託そう。


そんな思念が、風の音に混じって私の脳裏に届いた気がした。


親兎は、自分の額を私の小さな肩にそっと寄せた。


それは、私という人間に対する、絶対的な信頼の証だった。


この場所なら、この保育士なら、我が子を「兵器」にも「道具」にもせず、ただ正しく「理」として導いてくれる。そう確信したのだろう。


「……ありがとうございます。では、今日使わせていただきますね」


親兎は一度だけ短く鳴き、静かに森の奥へと帰っていった。


後に残されたのは、期待に胸を膨らませるルウと、神聖な義務を背負った私だ。


「さあ、ルウ。おいで。……ちょっとだけ、不思議な味がするかもしれないわよ」


私は、世界樹の雫を少量の水に溶かし、ルウの口元へ運んだ。


ルウは「もきゅ?」と不思議そうにしながらも、私を疑うことなく、そのエメラルド色の液体を一気に飲み干した。


「――っ!」


瞬間。


ルウの身体から、爆発的な「緑」の魔力が溢れ出した。


彼女の象徴である頭の上の「葉」が、一瞬にして瑞々しい深緑へと変色し、その脈動に合わせて周囲の芝生が一斉に芽吹き、季節を無視して白や黄色の小さな花々が庭中に咲き乱れた。


「も、もきゅ……!!」


ルウは、自分の内側から溢れ出すエネルギーに驚いたように、庭を縦横無尽に駆け巡った。


彼女が地面を蹴るたびに、そこから柔らかな苔が生し、空気が森林浴をしているかのような清冽な香りに満たされる。


まさに「新緑の躍動」。


赤ん坊のまま、その存在の「密度」が劇的に向上したのだ。


「ふふ、凄いわね。……でも、これだけ動いたら、お腹が空くんじゃないかしら?」


私の予想通り、ルウは一頻り走り回ると、力尽きたように私の足元に転がり込み、「もきゅぅ……(お腹ぺこぺこ)」と情けない声を上げた。


それを見ていたユキとヨルも、「私たちも!」「私も忘れてもらっては困るわ」と言いたげに、私のスカートの裾を引っ張る。


「はいはい、分かってるわよ。……今日は特別な朝だものね。三人一緒に、最高のミルクタイムにしましょうか」


私は、三匹を抱えるようにして(パワーアップしたルウは、見た目以上にずっしりと重くなっていた)キッチンへと向かった。


用意したのは、ただのミルクではない。


辺境の森の固有種である「月光山羊」の生乳をベースに、ヨルのために黒曜石の粉末を極微量、ユキのために氷晶草の雫、そしてルウのために先ほどの雫の残り香をブレンドした、特製ブレンドミルクだ。


リビングの大きなソファーに座ると、私の膝の上は一瞬にして「領土争奪戦」の最前線となった。


「順番よ。……まずは一番乗りのルウからね」


私は、哺乳瓶の乳首をルウの小さな口に含ませた。


ルウは両前足で瓶をぎゅっと掴み、喉を鳴らしてミルクを吸い込む。


「もにゅ……もにゅ……、きゅぅ……」


一生懸命に飲むたびに、新緑の耳がリズム良くピコピコと動く。


その嚥下音は、生命の喜びそのものだ。


「次はユキね」


ルウを膝の端に寄せ、空いたスペースにユキを引き寄せる。


ユキは待ってましたと言わんばかりに、私の指を甘噛みしてから哺乳瓶に食いついた。


「わふ……、んぐ、んぐ……。きゅうぅぅ」


狼らしく、豪快で力強い飲み方だ。


飲み終わると、満足げに私の顎をペロリと舐め、鼻先に白いミルクの髭を作っている。


「最後は、お姫様(ヨル)ね」


ヨルは、自分から私の膝の真ん中へ堂々と居座った。


彼女は、他の二匹のようにがっつくことはない。


けれど、私の腕の中に完全に身体を預け、金色の瞳をうっとりと細めながら、お上品に、それでいて一口も溢さぬようにミルクを嗜む。


「にゃ……、ぁ……、くち、くち……」


喉の奥で鳴る小さなゴロゴロという音が、私の腕を通じて直接心臓に響く。


私の膝の上で、銀と、黒と、緑。


三つの異なる「理」の赤ん坊たちが、ミルクの温もりに包まれて、一時的な休戦協定を結んでいる。


一人はがっつき、一人は甘え、一人は気高く。


三者三様の飲み方を見ているだけで、私の口元からは自然と笑みが零れた。


「……あ、こら。ルウ、ミルクを飲んだ後に私の指を食べないの。ユキも、ヨルの尻尾を枕にしない。……もう、みんな甘えん坊なんだから」


ミルクで満たされたお腹を丸出しにして、三匹が私の膝の上で重なり合うようにして微睡み始める。


それは、外の世界の喧騒が嘘のように思えるほど、穏やかで、濃密な時間だった。


日差しは暖かく、空気は甘く、腕の中には愛しい命の重みがある。


けれど、この平和な午後のまどろみは、空から降ってきた「ある異変」によって、唐突に幕を下ろすことになる。


「……? 何か……焦げ臭い?」


私が鼻をひくつかせた瞬間。


キィィィィィィン!! という、空気を切り裂くような高い鳴き声が、雲の向こうから響き渡った。




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