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第17話 コミュ力高めなルウ

小鳥たちの囀りが、夜の帳を完全に引き剥がした。


窓から差し込む朝日は、昨夜の惨劇を嘘のように浄化し、部屋の中に柔らかな黄金色の筋を描いている。


「……ん、……ふぅ」


私は、全身を襲う凄まじい「重み」によって目を覚ました。

私の身体は、今、物理的な戦場と化している。


右側には、いつものように私の首筋を独占し、銀色の体毛をふかふかと押し付けてくるユキ。


そして左側には、昨夜救ったばかりの漆黒の塊――ヨルが、私の脇腹に前足をグイグイと食い込ませて眠っていた。


……身体が、動かない。


私は苦笑混じりに、昨夜の傷を確認した。


右腕に刻まれた影の刃の跡。血はすでに止まっているが、赤黒い筋が痛々しく残っている。


けれど、その傷口には、不自然なほど澄んだ魔力が滞留していた。

親ケットシーが去り際に残した、微かな癒やしの名残だろうか。


「わふっ!」


私が微かに動いた瞬間、ユキが弾かれたように顔を上げた。


彼女は私の顔をペロペロと舐め回し、それから左側にいるヨルを、親の仇でも見るかのような鋭い眼差しで睨みつけた。


「にゃ……、ぁ」


ヨルもまた、不遜な仕草で目を覚ました。


昨夜のボロボロだった姿が嘘のように、彼女の毛並みは艶を取り戻し始めている。


枕元に置いた「星霜黒曜石」が、彼女から溢れ出す過剰な夜の魔力を、穏やかに吸い取ってくれているおかげだ。


ヨルは、ユキの威嚇などどこ吹く風といった様子で、私の胸元を「ふみふみ」と踏みしめ、ここが自分の特等席であると主張するように居座った。


「わぅ、わんっ!!(ここはわたしの場所よ!)」

「にゃう、……ふしゅぅっ!!(知ったことか、犬風情が)」


言葉は通じずとも、二匹の間で火花が散るのが見える。


冬の理と、夜の理。


どちらも一歩も引かない赤ん坊たちの睨み合いに、私は溜息を吐きながら、二人を優しく引き剥がした。


「はいはい、喧嘩はダメよ。二人とも、私にとっては大切なお泊まり組なんだから」


私がベッドから這い出し、血に汚れたパジャマを着替えようとしたその時。

庭の方から、元気いっぱいの「音」が聞こえてきた。


タッ、タッ、タッ……!


軽やかな、リズムの良い足音。

そして、それとは対照的な、大地を揺らすような重厚な振動。


「もきゅっ! もきゅーっ!!」


窓を開けると、そこには朝露に濡れた緑の耳をパタパタと揺らす、ルウの姿があった。


彼女は、親兎の広大な背中から勢いよく飛び降りると、一直線に私の部屋の窓辺まで駆け寄ってくる。


その後ろでは、森の主たる親兎が、いつものように優しく、けれど全てを見通すような慈愛に満ちた瞳でこちらを見守っていた。


「おはよう、ルウ。今日も元気ね」


ルウは私の足元に飛び込むと、まずはいつもの挨拶として私のサンダルを「くんくん」と嗅ぐ。


そして、私のすぐ後ろに控えていた「新顔」に気づいた。


一瞬、空気が凍りつく。


ユキは「あいつに近づいちゃダメよ!」と言いたげにルウを制止しようとし、ヨルは新入りの洗礼でも与えてやろうというのか、足元の影を僅かに蠢かせた。


けれど、ルウは――森の無垢な理は、そんな「格差」や「緊張」など、微塵も気にしていなかった。


「もきゅ?」


ルウは首を傾げると、迷いなくヨルの目の前まで進み出た。


そして、こともあろうに、漆黒の王女様であるヨルの鼻先に、自分の柔らかい鼻を「ちょん」と押し付けたのだ。


「にゃっ……!?」


想定外の距離感に、ヨルが固まる。

影の刃を出す暇さえ与えない、圧倒的な「純粋さ」。


ルウはそのまま、ヨルの耳のあたりの乱れた毛を、甲斐甲斐しく自分の前足で整え始めた。


「あなた、随分汚れているわね。私が綺麗にしてあげるわ」


そんな声が聞こえてきそうな、無邪気な献身。


「わ……わふぅ?」


これにはユキも毒気を抜かれたようで、逆立てていた毛をゆっくりと寝かせた。


ヨルもまた、最初は嫌そうに身をよじっていたが、ルウから伝わる瑞々しい森の香りと温かさに、次第に力が抜けていく。


やがてヨルは、観念したように「にゃ……」と小さく鳴き、ルウの毛繕いを受け入れた。


冬と、夜と、森。


三つの異なる理の赤ん坊たちが、朝日の中で一つの塊になってじゃれ合っている。


その光景を見届けた親兎は、満足げに鼻を鳴らすと、庭の石段に「傷を治す薬草の束」をそっと置いて、森の深淵へと帰っていった。


「ふふ、ルウには敵わないわね」


私は、三匹を抱え上げて、リビングへと向かった。


まずは傷の手当て。


そして、昨日届いた「最高級の黒曜石」を削り出し、ヨルのための新しい寝床を作る作業が待っている。


私はダイニングテーブルに座り、まだ少し痛む手でペンを走らせた。

新しいページ。新しい、家族の記録。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◼️保育日誌:星暦9999年、深冬の月


●園児:ユキ、ルウ、新入園児のヨル


●健康状態:ヨルちゃんは重度の魔力暴走(影の成長痛)を起こしていたが、

      処置により安定。ユキちゃんは少し焼きもちを焼いている様子。

      ルウちゃんが素晴らしいリーダーシップ(?)を発揮し新入生を歓迎。


●特記事項:夜の王より、謝礼として特大の星霜黒曜石を受領。

      これを砕いて園児たちの魔力安定剤として活用予定。


●園長のコメント:腕の傷は少し痛むけれど、三匹の寝顔を見れば安いもの。

         私の膝は、どうやら世界で一番狭い聖域になりそうです。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


書き終えた日誌を閉じると、足元では早くも「朝食の催促」が始まっていた。


ユキがワンと鳴き、ヨルが不満げに影を揺らし、ルウがもきゅもきゅと私の裾を引く。


「はいはい、今準備するわよ。……今日は特別に、三人分のお祝いメニューにしましょうか」


私は立ち上がり、明るいキッチンへと向かった。

窓の外には、どこまでも澄み渡る冬の空が広がっている。


王都の権力争いも、バルトロの末路も、幻獣たちのストライキも、今の私には遠い異国の出来事のように思えた。


ここには、守るべき命と、愛すべき騒がしさがある。

それだけで、保育士わたしの人生は満たされているのだから。




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