クリス・フォード(2)
R15表現を含みます。流血表現があるので、苦手な方はご注意ください。
次回、完結予定です。
部屋から出てきたクリスは固めていた金髪を崩し、シャツとスラックスというラフな格好をしていた。
「なんだ、話って」
「とりあえず応接室へ行きましょうか」
シャーロットがクリスの部屋を訪れたのは初めてだ。クリスもシャーロットの部屋を訪れたことはない。
他人の部屋になんか入りたくないわ。2階の部屋よりも1階の部屋の方が人が多いし、応接室だったら何かあっても大丈夫でしょう。
普段と違うシャーロットの態度に思うところがあったのか、クリスは反対せずについてきた。
応接室に着き、侍女がお茶を置いたのを確認してシャーロットは口火を切った。
「離婚しましょう」
3年経ったんだから、離婚するにはちょうど良いタイミングよね。お父さまだって許してくれるはずだわ。一人娘なのだもの、離婚したからって追い出したりしないでしょう。
シャーロットの言葉にクリスは目を細めた。
「へぇ?理由は?」
理由?お互いにとって良い提案だと思ったのに、クリスにとっては違うのかしら?
安っぽい金髪、私を尊重しない態度、顔はまあ整っているわね。でもやっぱり一番の理由は…
「それはもちろん、リリィ・アップルと浮気しているからよ」
「はっ!俺がリリィと浮気しているだって?」
クリスの声が大きくなり、嘲るように笑った。
「違うね、俺がリリィと浮気してるんじゃなくて、あなたと俺が浮気してるんだ」
唸るような低い声で呟き、シャーロットを睨んで部屋を出て行った。
「はあああ!?」
クリスが出て行った後、シャーロットの声が部屋中に響き渡った。
信じられない。私は今、何を聞いたの?4年前は我慢できたけど、今は無理ね。下品だろうがなんだろうが、叫ばずにいられないわ!
その夜、シャーロットは一晩中クリスの言葉について考えていた。
やっぱり、納得いかないわ。とことん話し合う必要がありそうね。
夜が明け、シャーロットはもう一度クリスと話す決心をした。太陽はまだ地平線から顔を出したばかりで使用人たちも寝ていたため、邸宅の中は静かだった。
シャーロットが階段前の廊下を通り過ぎた時、横から強い衝撃を受けた。シャーロットの体が宙を舞い、後ろから落ちるのを感じた。
このままだとマズいけど、私には治癒力があるから大丈夫よね?
暗闇に佇む犯人の顔は見えなかった。
落ちていくシャーロットを見て、犯人が呟いた。
『悪いのはあなただ』
しかし、落下したシャーロットの耳には届かなかった。
**********
「キャアアア!!!」
朝の支度をしようと階段の前を通り過ぎた下女が見たのは、真っ赤に染まった女主人だった。
下女の悲鳴を聞きつけた人々が集まり血だまりを見ると、すぐに警察と医者を呼ぶよう指示をした。警察を呼ぶよう指示したのは、すでに息がなかったからだ。
連絡を受け、トーマス警部が現場へ駆けつけた。
「どうだね?」
トーマス警部が先に駆けつけていた医者に尋ねると、医者は首を振った。
「ダメです。即死だったようで」
「なんということだ。お若い貴婦人が亡くなるなど」
トーマス警部は横たわっているシャーロットを見た。生きていたのか疑うほど美しい顔は青白く、生気を失った人形のようだ。
「まず、事故か事件か調べらければ」
「警部、最初に発見したのはこの下女だったそうです」
そう言って警部補が連れてきたのは、顔を青ざめて震える貧相な下女だった。
「おまえ、警部に発見した時の状況を伝えなさい」
警部補がやさしく促すと下女は唾を飲み込み、覚えているかぎりのことを話した。
「はい、わたくしが朝の準備をしようと階段の前を通り過ぎると、赤いしみが見えたのです。なんだろうと思って近づくと奥さまでした。わたくしは驚き、悲鳴を上げることしかできなかったのですが、幸いわたくしの悲鳴を聞きつけた方々があれこれ手配してくださいました」
「他の使用人たちも似たような供述をしています」
「そうか。ところで、君が発見したのは何時くらいだったかな」
「はい、ちょうど太陽が地平線よりも数センチ上に昇っていたくらいですから、5時を少し回ったくらいだと思います」
「ご苦労。君はもう下がっていいぞ」
下女がお辞儀をして退出した。
「どう思われますか?警部」
「あの下女がやったかということか?それはないだろう。使用人が貴族を殺すことなど、ありえん。自分だけでなく一族もろとも打ち首だからな。いずれにしても情報が足りん。もっと情報を集めてくれ」
貴族は詮索されるのを嫌がりますよ、とぼやきながら警部補は出て行った。
指で机を叩きながらトーマス警部は考えた。
3年前のエイミー・チャン男爵令嬢殺害事件。その時に恨まれていた人物が殺害された。これは偶然だろうか?それとも、あの時行われていた呪いの影響か?いや、使われた形跡はなかったから、違うだろう。だが、あの事件と違って今回は容疑者が絞られている。事件か事故か医者の話を聞いてみなければ。
「事故であれば良かったのですが、他殺の可能性が高そうです」
医者の話を聞き、トーマス警部は眉間にしわを寄せた。
「ここを見てください。階段の手すりに引っ搔いたような傷がありますね?レディ・フォードの左手の小指の爪が剝がれていました。恐らく、落ちた時に手すりを掴もうとして失敗したのでしょう。これだけだと事故に思えますが、右手の爪を見ると同じような跡があるのです」
「なるほど。この広さの階段であれば、右手を壁に引っ掻けたとは考えられませんな。つまり、硬いもの、犯人のボタンか何かに引っ掻けた可能性が高そうだ」
トーマス警部の言葉に医者は同意を示した。
「警部。被害者の周辺を探ってまいりました」
「ご苦労」
「まず、事件当日に強盗が入ったような形跡はありませんでした。それから、この邸宅には使用人の他に、被害者の夫であるクリス・フォード侯爵とその幼なじみであるリリィ・アップル伯爵令嬢が住んでいるようです」
「伯爵令嬢?どうして伯爵令嬢が一緒に住んでいるんだ?」
「はい、レディ・リリィ・アップルは侯爵夫妻の同級生で、卒業後はこちらで料理人として働いていたようです。理由は不明ですが、クリス・フォード侯爵の恋人という噂もあります」
夫の恋人が邸宅内に同居、か。スキャンダルの匂いがするが、それがこの事件と関係あるのだろうか。
トーマス警部は無言で続きを促した。
「また、レディ・フォードは夫と冷え切った関係のようでして、昨夜、言い争っている声を使用人が聞いています」
「夫の恋人のことでか?」
「恋人が原因かはわかりませんが、レディ・フォードが離婚を切り出したようです」
夫の恋人に、離婚を切り出された夫。殺害動機を持つ人間がいたとなると、その二人のどちらかだろうか。
「わかった。検死審問会までにアリバイを調べておいてくれ」
来週の検死審問までには絞り込めそうだな。
そう呟き、トーマス警部は邸宅を後にした。




