開門の時(Stage27 終)
「そうなると、『黄泉騙り』関連も全部本当ってことになるのか……」
信じられない気持ちになりながら、俺は次第に「黄泉騙り」の実在を受け入れていく。
俺の中の「探偵」が持つ、「どんな受け入れがたいことであろうと、理屈が通っていると判断すれば納得する」という特性がフルに発揮された。
論拠さえあれば、「探偵」は何も否定しない。
「……現場を見ないことには始まらないから、別に万能の力じゃないだろう。曾祖父さんがそうなったように、死者の姿を無差別に幻視してしまう可能性すらある……でも上手く使えば、かなり有用だろうな。現に姉さんは、倉庫にほんの少し立ち寄っただけで、警察が何週間も見つけられなかった強盗団を発見した」
昨日の俺はこれを奥義と呼んだが、割と正しい表現だったかもしれない。
本当にこれが出来るのなら、理屈的な推理を扱う探偵にとっては必殺技と化す。
現場に行った瞬間に、痕跡さえあれば過去に何が起きていたか見えるのだから。
聞き込みも、アリバイの確認も、証拠集めも必要ない。
現場を見たら、それで終わり。
再三言っているように、殆どサイコメトリーだ……この世界が本格推理小説だったなら、出禁になりそうな力である。
「別に姉さんだって、ずっとこれを使ってる訳でもないんだろうけど……今までは基本、普通に推理してたしな。逆に曾祖父さんの場合は、仕事もあって毎日こういうことをしていた。だから、ああなったのか?」
うんうん唸りながら、曾祖父に思いを馳せる。
一度「黄泉騙り」を信じた以上は、彼の動機と犯罪歴も信じないといけない。
間違いなく彼は不発弾で家を吹っ飛ばした危ない人間であり、しかも動機は「推理をし過ぎて妻を幻視したから」になるらしい。
「上手く使えば、推理がぐっと楽になる。だけど下手に扱うと、死者の姿を見続けておかしくなる、か……ファンタジックな話だな、本当に」
噛み砕けない物を無理に飲み込みながら、俺はスマホをしまった。
言葉にすると不気味に思えてくる現象ではあるが、とりあえず俺には関係ないか、と思いつつ。
俺はもう、中途半端を極めると決めている。
それを探偵としてのスタンスにしようと、昨年の時点で決めたのだ。
だからこれを知ったところで、「俺の先祖ってそんな人間だったんだ、やっぱり推理力って周囲を傷つけるんじゃ」とか、「推理力を伸ばすとこうなるのなら、推理力とは成長させて良い物なのだろうか」と悩みはしない。
故にただ、今は気に留めておく。
道を極めた先には、そんな境地もあるのだと。
姉さんはきっと、アメリカに行く前にそれを覚えさせたかったはずだから。
「まあ、知識として蓄えておく以外に対応はないな、うん……そもそも姉さんはともかく、俺は『黄泉騙り』なんて出来ないんだし。そこまで成長してないんだから」
独り言で結論を出してから、俺は改めてトーストを引き出して皿に載せた。
すっかり冷めてしまったが、面倒なので温め直さない。
そのまま、今度こそ朝食をとろうとしたところで────不意に、昨年聞いた言葉が脳裏をよぎった。
──玲君にはね、凄い名探偵になれるだけの才能があるの。もしかすると、夏美先輩以上の探偵に……。
自分探しの最中、凛音さんから聞いた言葉。
俺を誘惑しようとしていた彼女が、耳元で囁いた評価。
彼女は俺を、やろうと思えば姉さん以上の探偵になれると評価していた。
そして、もう一つ。
彼女は、「今は本来の推理力がセーブされてしまっている」みたいなことも言っていた。
俺の中の「探偵」は本来ならもっとやれるけれど、「常人」の邪魔もあって、それを発揮出来ていないのだと。
これらの言葉が、全て正しかったのなら。
実は、俺は……今すぐにだって出来るんじゃないだろうか。
成長するとか、才覚を伸ばすとか、そんなことをせずとも。
自らの「探偵」の部分を全力で働かせれば、それだけで「黄泉騙り」が可能なんじゃないだろうか?
本当に俺が、姉さんレベルの才能を持つと言うのであれば。
「……」
音が消えた家の中で、俺は周囲を見渡す。
姉さんが居ない、いつもの家の風景。
もう少し経って、姉さんがアメリカに行ってしまえば、この家で彼女の姿を見る機会はなくなってしまうことだろう。
しかし居なくなったとしても、痕跡は残る。
空襲後ですら、曾祖父の家に妻の痕跡が残り続けたように。
この家にはまだ、姉さんが住んでいた証拠がいくらでも転がっている。
だから、理論上は可能なのだ。
ここにある全ての痕跡を繋ぎ合わせれば、過去の姉さんの姿は容易く実体化出来る────。
────それに気が付いた瞬間、俺の瞳は姉さんが平然とリビングに座っている様子を視認した。
「……っ!」
背筋がブルリと震えて、顔をぶんぶんと振る。
そうして前を見れば、そこには誰も居なかった。
当然だ……今日の俺は、一人で家に居るのだから。
──まさか、な……いくら何でも、そんなすぐには無理だろう。
今の光景を振り払うように、俺は首の後ろをバリボリ掻く。
身に着けると生き方のレベルが変わってしまいかねない現象については、中々考えるのが難しい。
だから俺は自身の興味を、無理矢理冷めたトーストの食べ方へと移すのだった。
後日談を少し。
これから少し経って、姉さんは本当にアメリカに行ってしまった。
引っ越し業者が家にどやどや来ると同時に、そのまま飛行機に乗ったのである。
グラジオラスメンバーにも、俺が居ないところでちゃんと伝えたようだった。
そちらではまあ、悲喜こもごものドラマ的な風景もあったらしい。
鏡から何回か俺に電話が掛かってきたり、動揺した菜月が俺に相談してきたりしたので、こちらも余波で忙しくなっていた。
しかしまあ、全体的にはあの人らしく、さっぱりしたお別れだった。
涙は無いし、戸惑いも無い。
出発前夜に母さんと姉さんが珍しく二人で酒を飲んでいたり、父さんが電波も届かないジャングルから謎の手段でメールを送ってきたりはしたけれど、基本的にはスムーズに彼女はアメリカに出立した。
そうして、寂しさからほろほろと泣く氷川さん(仕事を休んでまで見送りに来ていた)を慰めつつ、姉さんを見送った後……家に帰った俺は、一人驚くことになった。
俺の机の上に、何か見たことも無い袋が置かれていたからである。
「まさか、姉さんから別れのプレゼントとか……?」
姉さんは家を出る直前、「忘れ物があった」とか言って、一度家の中に引き返していた。
まさか、あのタイミングを利用して隠していたプレゼントを俺の部屋に置いたのでは……。
そんな推測が浮かんだのは、当然だったと思う。
「洒落たことをするな、姉さん……でも、中身は何だ?」
直接渡せば良いのに、最後まであの人のサプライズ精神と悪戯心は変わらない。
俺は袋をガサガサと開けて────中身を確認した途端、「えっ?」と呟く。
「これ……カメラ?昔持ってた……」
金属質なひんやりとした感触を確かめながら、俺はプレゼントの中身を観察する。
何度見ても、それはカメラだった。
ずっと昔、俺が父さんから貰った物である。
今となっては懐かしいそれを見て、俺はしげしげとレンズを観察してしまった。
昔話となるが……かつて、父さんから高価なデジタルカメラを贈られたことがあった。
撮りたい物があったら撮りなさいとだけ言って、小学生だった俺に父さんはこれを渡してきたのである。
だから小学生から中学生にかけて、俺はこのカメラをよく使っていた。
写真に興味があった訳ではないのだが、手元にあると何となく使うようにしていたのである。
当時の俺にとって、カメラとは「日常」の一部だった。
しかし現在では、写真撮影の趣味なんてすっかりなくなってしまっている。
中学三年生の秋、姉さんがいきなり俺からカメラを取り上げてしまったからだ。
勉強に専念させるためだとか言って──いつもは「勉強しなさい」なんて言わないのに──頑なに返してくれなかった。
勿論、俺の物なので返して欲しかったのだが、高校受験が近くて忙しかったのもあり、抗議は断念。
結果として、そのままカメラ無しの生活を送っていた。
今となっては撮影をしないのが普通になってしまい、スマホのカメラすら碌に使わない。
だからもう、「取り上げた理由はよく分からないけど、カメラが無くても困らないから別に良いか」くらいに思っていたのだが……。
ここに来て、急に返却されたようだった。
「うわあ、懐かしいな……データも残っている」
充電がちゃんとされていたので、カメラに残っていたデータは普通に見ることが出来た。
久しぶりに、俺はそれらをポチポチと表示させてみる。
茉奈の家でスイカが爆発した時に、調査がてら撮影した写真。
中学校の図書室で本を読んでいた時、偶然窓の外にやってきた珍しい緑色の鳥。
とある事件の捜査で撮影した、合唱コンクール会場の駐車場の風景。
どれも、懐かしい思い出ばかりだった。
……もっともデータの中には、少々問題のある写真もあったが。
例を挙げれば、既に潰れたカラオケボックスの前で撮った写真がそれに当たる。
俺が被写体の少女を撮ろうとした瞬間、別の少女が突っ込んできたために、二人してその場に転んでしまった……そんな写真。
特に片方の少女は、スカートの中にとんでもない光景が映っていた。
──これ、消したつもりだったんだけど……残っていたのか。操作ミスとかで、完全には削除出来てなかったのか?
意外に思いつつ、俺はその写真をまじまじと見てしまう。
忘れもしない、俺が中学時代の彼女とデートした時の写真である。
この写真を巡って、色々と騒動が起きたのだ。
──しかし、彼女の顔を見るのも久しぶりだ……このもう片方の子は、彼女だよな?
心境が中三の頃に戻った俺は、しばらくそこで固まる。
転んでいるので顔自体は碌に見えないのだが、彼女のことを残した記録は少ない。
何度も見返したビデオカメラはともかく、それ以外で彼女を記録した媒体に接することはまず無かった。
──だってこのカメラすら、姉さんに取り上げられていたからな、パソコンの記録も消されていたから、見ようがない……。
そこまで考えたところで、はたと思いつく。
姉さんがずっと取り上げていたこのカメラが、今になって返却された。
だったら、アレも────。
思いついた後は早かった。
カメラを抱えたまま、俺は家に設置されてあるパソコンへと駆け出す。
縋り付くようにデスクトップを見た瞬間、おおっ、と感嘆の声が漏れた。
「復活してる……あの頃の日記が」
震える手でファイルを開くと、普通に中身を見ることが出来た。
かつて俺に彼女が居た頃、諸事情あってパソコンにまとめていた日記。
葉兄ちゃんや姉さんに丸々メールで送って、彼らへの報告書のように使ったこともある。
この日記もまた、過去に突然パソコンから削除されていたのだが──犯人は不明だが、俺は姉さんだと推測している──今になって、何故か復活していた。
まるで姉さんが、去り際に封印を解除していったように。
「姉さんが……良いって言っているのか?もう、あの子について調べても良いって」
信じられないと思いつつ、俺はカメラやパソコンの画面を何度も見る。
そこに記録されている、彼女の姿を確かめるように。
ぎゅっと掴んでいないと、灰のように飛び散って消えてしまう希薄な彼女の影を繋ぎとめるように。
この写真に映っている少女の名前は、羽佐間灰音。
俺の初彼女であり、凛音さんやWANと並んで、俺が探さないといけないと思っていた行方不明者である。
レーザー事件における朧気な記憶を繋ぎ合わせて、再び会おうとこっそり決めていた存在でもあった。
長らく記録ですら会えていなかった彼女が、急に目の前に現れた。
もう追っても良いぞ、と姉さんが扉を開けてくれたかのように。
これこそ、姉さんが残した最後の「日常の謎」であるようだった。
今まで隠していたのに、どうして急に心変わりをしたのか?
そこがまず気になったが……スマホを解約して飛行機に乗った彼女には、とても話を聞けないのだった。
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※次回更新時期は未定です。決まり次第お知らせします。




