ここに俺がいる理由を
今回はノエルに焦点を当てています。
彼は話し方こそ少し突き放すような感じですが、根は誰よりも他人を気にしている人物だと思います。
(意外にも)気を遣ってしまうタイプなのかもしれません。
「暑いなぁ」
「夏ですわねぇ」
「耐えられない暑さだな」
八月――僕が古城に来てから四か月ほど経っていた。蝉が本格的に鳴き始め、古城の石造りの床がひんやりとして恋しくなる季節。じりじりとした日照りの中、僕たち三人は口々に暑さへの文句を言い合った。ベアトリーチェ、ノエルと共にトワの仕事のため、ある村を訪れていたのである。
まるで周りから隠されているかのように森の中にひっそりと建つ古城から、歩いて約一時間の中規模の村。僕が住んでいた村よりも一回り小さいけれど、交易が盛んなのか、にぎやかな雰囲気の村だった。
候補が行動を許される五マイル以内にはここを含め二つの村があり、時々、他の候補二人と買い物に来ている。それくらいの自由が認められるほど金銭的にも時間的にも余裕があった。
「というか、レーヴェ、暑いとか分かり切っていることを口に出すんじゃねぇよ。余計に暑く感じるだろ」
「え、いやそんな無茶な。ノエルだって暑いって言ったじゃないか」
「俺はお前が言ったから便乗しただけだ。原因はお前にある」
そうビシッと指をさされ、思わず肩をすくめた。そんな無茶な弁解をされても反応に困るんだけれど。ただ今の感想を口に出しただけなのに。――理不尽だ。
「お二人とも、五月蠅いですわよ。余計に暑くなりますわ」
「「そんな理不尽な!」」
思わずノエルと息が合い、お互いに恥ずかしくなって顔を背ける。そこにトワとベアトリーチェのクスクスという笑い声。
全く、これじゃあ女子たちの晒しものだ。がっくりとした気持ちを抑え、道行く人たちにじろじろと見られながら先頭を歩くトワに付いていく。
僕が古城に来てから四か月。候補と巫女の関係はかなり変わったように思う。
周辺に何もない古城に四か月も住んでいるのだ。どんなに機嫌の悪い時でも顔を合わせることになるのだから、その間にお互いの性格や言動に馴れてしまう。いつしか僕とベアトリーチェ、ノエルはお互いに冗談を言い合える仲にまでなっていた。
そして最も変わったのは、巫女様であるトワだろう。
彼女の口数は僕たち候補に比べて極端に少ないけれど(僕たちがおしゃべりだということを差し引いても、と強調しておきたい)、聞き上手な友達のように輪の中に入って会話を楽しんでいるような様子が見られる。
少なくとも僕たちの前では巫女様という特別な存在であることを忘れ、時間を過ごしているように見えた。
最初は抵抗感もあったというけれど、今ではベアトリーチェとノエルのどちらも、僕に対する態度と同じようにトワにも接している。一方、トワの口調にはまだ硬さが残っていた。まぁそれも彼女の魅力の一つなのだと考えればそこまで気にはならない。僕を候補にした儀式の時のように、頭に直接話し掛けないだけでも進歩していると思う。
「トワは巫女様としての仕事、ベアトリーチェも何か用事があるんだっけ?」
「ええ、少し実家の方に顔を出そうと思っていますの」
元々、今日この村を訪れたのはトワが「用事がある」と言っていたからだった。彼女は巫女様という立場上あまり城を空けることがなく、いわば軟禁状態の身だ。時々巫女様の仕事なのだと出掛けることはあっても、二週間に一度あるかないか。だから珍しく堂々と外出できるのなら、ついでに何か楽しいことは出来ないだろうかと僕たちも付いて来ることにしたのだった。
トワの仕事は候補でも立ち入り厳禁で、終わるまでは三人も別行動していて構わないとのこと。そこでベアトリーチェは真っ先に別行動を申し出ていた。
「そう言えば、君の実家はここにあるんだっけ」
「厳密に言えばここではないのですが、候補が五マイルしか行動できないことから、この村にも家を作ったのですわ。……ごめんなさい、レーヴェ。貴方は両親に会うことすらできないのに私だけ」
「いや、それは気にしていないよ。別にそんな寂しいわけじゃないし。しかしすごいね、さすが君の家は候補と深い繋がりがある、といった所なのかな」
「ええ、候補という制度が出来た約二百年前から続いているようですわね」
ベアトリーチェはやはり申し訳なさそうな顔をしてそう答えた。
彼女に心配されるほど両親に会えないという事実を重く受け止めてはいない。両親に一年間会えないと告げられたあの日にトワが見せた、寂しそうな表情の方が印象に残っているくらいだ。
それにベアトリーチェは何も言わないけれど、伝統的な家柄である故のしきたりや悩みもあるだろうし、素直に彼女の境遇は羨ましいとも思えなかった。
「ではベアトリーチェ、貴方は用事が終わったら私たちと合流してください。ノエルとレーベは二人で行動しますか?」
「あぁ、そのつもりでいる。本家には帰りたくないからな」
「……ノエル。でも貴方も候補なのですから、きっとおば様は――」
「そんな奴に会いたくはない。俺のことを除け者扱いされるのも、かと言って手のひら返しされるのもうんざりだ。報告は一人で十分だろ?」
「……そうですわね。トワ、貴方は儀式が終わったらノエルとレーヴェに合流してくださいますか?」
コクンと頷くトワ。
鋭い目つきを見せるノエルの迫力に気圧されるようにベアトリーチェは目を伏せた。リオンとベアトリーチェはたしか同じ家柄だとは聞いていたけれど、内部では色々あるのだろう。部外者である僕が口出すことではない。
村の中でも一際大きな家の前でトワは足を止め、僕たちの方を振り返った。ここが村長の家らしい。
「どうしよう、トワの仕事って何時くらいに終わるのかな。どこかで待ち合わせとか――」
「その必要はありません」
凛とした声でそう言い切る彼女は、やはりどこか普通の少女とは違う雰囲気を持っていた。見た目は同じなのに、不思議だ。彼女が巫女として育ってきた環境がそうさせたのだろうか。それとも、聖なる力を持つ彼女は僕たちとは違う理の中で生きているように感じられるのだろうか。
「え、でも――どこにいるか分からないだろう?」
技術が進んでいる所では、「通信機」なるものが存在しているのだとか父さんから聞いたことがある。なんでも、どこにいても相手に声が届けられるらしい。けれどそんな高機能な物は村で扱っているのも見たことがないし、ましてやあの古城に備えられているはずもなかった。
「大丈夫です。私には、貴方たちがいる場所が分かりますから」
事も無げにそう言われて、僕は無意識に首に掛けられたペンダントに目を移していた。まさか、このペンダントに何か仕掛けがあるのだろうか。
けれど、すぐにその考えは違うのだと本能が告げる。おそらくトワは、何らかの力で僕たちの居場所を把握できるのだ。それは彼女にとって当たり前であり、不思議なことではないのだろう。現に僕が驚いていることに対してトワは違和感を覚えているようだった。
「そっか、それなら安心。じゃあ仕事が終わったら合流してね。それまで村の中で適当に時間を潰しておくから」
「――はい。では三人とも、また後で」
トワにどうしたのかと問われるよりも前に強引に話を進めて、彼女が村長の家に入っていくのを見送る。
「では私も失礼いたしますわ」
くるりと背を向けるベアトリーチェ。彼女の姿も人ごみの中に見えなくなったところで。
「お前、心底驚いてただろ」
耳元で囁く声に、僕は素直に頷いた。
今日だけじゃない。あの古城にいて、トワと話していれば驚くことはたくさんある。けれどそれを一つ一つ珍しがったり過剰に反応したりしないように心掛けている。
きっとトワにとっては「普通」のことだ。それを外部から来た僕が「普通」ではないと言えば、彼女は悲しむだろう。同じものを見、同じように感じていると信じているからこそ、彼女は少しずつ僕たちに心を開き始めている。それを僕の反応で壊したくなかった。
「やっぱり、気づくよね」
「ベアトリーチェは気づいていないかもしれないがけれど、トワは確実だろうな。あいつは俺たちのことを誰よりも分かっているから」
そうだ、だからこそあの古城の人々は白い布で顔を隠したんだ。心の中を悟られないように。
――それならもしかして、トワはあの手記についても気づいているんだろうか。
初日、誰かに呼ばれるようにして隠されていた本を見つけた僕は、とりあえず自分の部屋でその本の様子を観察することにしていた。一日に数ページずつ続きを開いていくそれは、もどかしくもあり、僕に何らかの行動を期待しているようでもあった。
その本の存在を僕はノエルたちにも明かしていない。きっとあの本は誰にも見つからないように隠されていたのだろうし、それを彼らに伝えれば没収されてしまうかもしれない。単純に誰か分からない男の視点で語られる手記の内容は面白かったし、僕がその本に呼ばれたのなら結末まで読んでみたいという衝動に駆られていた。
「ただトワも分かっていて何も言わないんだろ。それなら放っておけばいい。お前があえてこんなことをしているならな」
本のことについて言われているようで思わず息を呑んでしまったけれど、彼が指摘したのは僕の態度についてだったようだ。
ノエルは時々、こんな風に核心を突いたことを言う。正直こんな所が理由で僕はノエルのことが苦手だった。とりあえず、勘の良い彼の前では本の話題を出さないように気を付けないと。
「うん、そうだね。……ノエルってさ、なんか大人だよね」
「……? なんだ、急に」
「いや、何でもない。さて、二人が戻ってくるまで何しようか」
「どこか適当に店に入ろうぜ。……本家の奴らと会ったら面倒だ」
最後の言葉は消えてしまいそうなくらい小さかったけれど、彼の本心が思わず口から出たものなんだろう。普段冷淡な態度を取ろうとしている(僕は彼のことを冷淡な人物だとは思っていないが)彼がそんな風に言葉に出すのは珍しい。
僕の方に特に希望はなかったから、ノエルの希望通り適当な喫茶店を見つけて中に入る。以前ベアトリーチェと村を訪れた際にも入った店だ。たしかコーヒーという飲み物がおいしいのだとか。この前はベアトリーチェが飲んでいるのを見ているだけだったけれど、今日はちょうど時間もあることだし挑戦することにしよう。
「いらっしゃいませー!」
僕たちよりも五歳くらい年上の女性が元気よく迎えてくれる。ノエルのことを想って窓から遠い席を選び、二人でコーヒーを注文した。
「前に来た時も思ったけれど、なかなか雰囲気のある店だよね」
「なんでもオーナーが、別の地域から移住してきた人らしい。閉鎖的なこの村で珍しい雰囲気なのは、そういう経緯だろうな」
濃い茶色の木で統一された店内は何故か懐かしい感じがした。一押しのコーヒーと木の香りが相まって心を落ち着かせる。
「詳しいんだね。ノエルはこの村に住んでいたことがあるの?」
「いや。俺は本家の人間じゃないから、この村の家には住んでいないな。ただこの店はベアトリーチェが気に入っていて、お前が来る前にもよく連れて来られたんだ」
「そうなんだ。たしかにベアトリーチェはこの村に何度か来てそうだったもんね。僕もこの店を彼女から教わったよ」
「あいつそんなにこの店が好きなのかよ」と呟いたノエルの表情は口調よりも穏やかだった。別にノエルはベアトリーチェのことを嫌っているわけでもなさそうだ。
ノエルとベアトリーチェが、古城と関係のある一家の生まれだということは知っている。そしてベアトリーチェがその本家、ノエルが分家の出身であることも。今日のようにその本家とか分家とかの話が絡むと、僕は内心、居ても立ってもいられなくなる。ノエルの口調の端々から、本家への嫌悪が滲み出ているからだ。
「……そんなに気を使わなくて良いさ。本家の奴らは嫌いだが、ベアトリーチェのこと個人が気に入らないわけじゃない。そこんところは俺の中でちゃんと弁えているつもりだ」
「うん、それは分かってるよ。ノエルがベアトリーチェに対してそんな態度を取ったの、見たことないから。ただ、この村に来るのが嫌だったんじゃないかって思って」
「それも気にするな。嫌ならそう言って古城に残っているさ。どうせトワには俺がどう思っているのなんか筒抜けなんだ。そこで嘘はつかない」
運ばれてきたコーヒーを受け取り、ノエルは深く息を吐いてそれをすすった。熱々のコーヒーの湯気からは少し苦みのある深い香りがした。ノエルに倣って飲んでみると、やはり苦みが口に広がる。けれどそれが癖になっておいしく感じた。
「ノエルはさ、この古城に候補としてやって来る前から巫女様とか候補のこととか、知ってたの?」
「まぁな。俺の家は分家だからまず順番は来ないはずだったんだ。ただあいつらは、保険のために二人以上候補を選定しておきたかったらしい。それで分家の中でベアトリーチェと一つしか年の変わらない俺が選ばれたってわけだ」
「そんな理由で、ノエルが」
本家の意向で突然候補になる旨の通知が来た時、ノエルはどんな気持ちだったんだろう。分家から候補が出たことに周りの人間はどうせ色々な言葉を吐いたはずだ。その中でノエルは候補になるように決められた。
せめて今だけは、候補になっても楽しいこともあるんだって思ってほしいけれど――。
もう少しノエルの話は続きます。




