第22章 絶命島で何が起こったか
その場から逃げだそうとしたのか、理真は足を踏み出しかけたが、すぐにその動きは止まった。屈強な警官二名が相手では、逃げおおせられるとは思えなかったためだろう。私が呼び止めさえしなければ、トイレに行く振りをして、ひとりで逃亡を図られたはずだった。
私、理真、妹尾の三人は絶命島に戻ることになった。向かう船内で、理真の両隣には警官が座る。重要参考人として当然の処置だった。
私の推理と理真自身の供述、及び警察の捜査で明らかになった事も踏まえて、絶命島で起きた事件の事象を以下に書き留める。
五月二十一日。
妹尾真奈は、島に残された屋敷の清掃や食料品、日用品の搬入、発電機の整備などを行うため、大勢の作業員らとともに島に上陸した。その作業員の中に安堂理真は紛れ込んでいた。作業依頼を請け負った業者に確認を取ったところ、急な仕事だったため、臨時のバイトがほとんどで、特に名簿の確認などは行っていなかった。理真が潜り込むことは容易かったと見られる。作業はその日のうちに終わり、妹尾ひとりを島に残して作業員たちは全員本土へと帰ったが、理真は密かに島に残り、妹尾を監禁する隙を窺っていた。
五月二十二日。
この日の夕方。妹尾は表館広間にあるソファでうたた寝をした。そこを理真に拉致され、裏館にある地下室に監禁される。地下室唯一の出入り口である蓋の上には冷蔵庫が置かれ、内部からの出入りは不可能な状態とされた。地下室の中には、妹尾が持ち込んだスーツケースの他、当面の食料であるサプリメントやペットボトルの水、寝具、電池式のスタンドライトも運び込まれていた。ただし、時刻が分からないようにするためか、携帯電話と腕時計は理真により持ち去られた。
理真が妹尾を監禁した目的、それは、妹尾が探偵たちに話す予定となっていた、十九年前の志々村鉄雄殺害事件の情報を独占するためだったという。理真は入手経路は黙秘したままだが、志々村八重が探偵たちに招待状を送った理由を知っており、妹尾の口を封じるために彼女を監禁したと語っている。
五月二十三日。
早朝、妹尾は目を覚ます。理真は裏館に寝泊まりしており、地下室からの物音でそれを知った。理真は正体を隠すため、全身をシーツで覆い、声も変声機で変えて妹尾の前に姿を見せる。ここで理真は、大人しくしていれば妹尾に危害を加えるつもりはない、と言い渡し、カレーライスを差し入れる。このカレーライスには睡眠薬が混入されていた。それから理真は発電機を操作して裏館への電力の供給を絶つ。じきにやってくる私たちに、裏館は使用不可であると印象づけ、地下室から出来るだけ遠ざけるのが目的だった。
妹尾が食事を終え、睡眠薬が効いてきた頃に、理真は地下室から皿を回収。表館の台所で洗い、水切りに立てかける。その直後、私、湖條忠俊、乱場秀輔、馬渡晃平、田之江拓宏の五人が表館を訪れる。ここで理真は、早くに港に着いたため、近くの漁師に頼んで先に島に上陸していた、と虚偽の証言をしていた(実際に近隣の漁師に聞き込みをしたが、理真に該当する人物を絶命島まで乗せていった漁師はみつからなかった)。
それからすぐに単独行動をしていた影浦涯も合流し、七人の探偵が顔を揃えた。
五月二十四日。
朝食後、理真は台所でおにぎりを作った。地下室に監禁している妹尾に差し入れるためだ。このおにぎりにも睡眠薬が混入されていた。理真が定期的に食料を差し入れしていたのは、睡眠薬を妹尾に飲ませることが目的だった。既製品のサプリメントやペットボトルの水では薬品を混入出来ないためだ。理真は多めにおにぎりを作っており、他のメンバーには、この日の予定である島への散策の昼食として作ったと述べた。前のようにレトルト食料などにしなかったのは、食べ終えた皿の回収の手間を省くためであり、出来るだけ地下室への出入りを少なくするという目的もあった。理真が実際に妹尾におにぎりを与えたのは、島の探索から帰ってきてからのことだった。屋敷の徹底捜索が行われた際、そのどさくさに紛れて表館の冷蔵庫に保管してあったおにぎりを持ち出して、裏館の地下室に出入りした。
そして、この屋敷の捜索途中、理真と影浦は屋敷を抜け出した。馬渡が、影浦がひとりで屋敷を出て行くところを目撃しているため、二人は別々に行動を起こしていた。二人揃っているところを目撃されるのを回避するための措置だ。
屋敷を出た二人は、島の端、海に面した高い崖のある場所で落ち合った。ここで理真は影浦を崖から突き落として殺害する。影浦は武術の使い手であったが、相手が女性と見て油断したらしい。理真も、影浦が背中を見せた隙を狙ってぶつかっていったと証言している。影浦殺害の動機について理真は黙秘を続けているが、理真も影浦の恐喝対象だった可能性が高いと見られている。影浦殺害後、理真は誰にも目撃されないように屋敷に戻る。
影浦の不在に気付いた私たちは島の捜索に出た。このとき、理真自身がメンバーの捜索範囲の割り振りを行っているが、その目的は不明であり、本人も「何となく」としか答えていない。影浦の死体を発見したのは、崖を捜索範囲にあてがわれた馬渡だった。彼は捜索から戻ってそれを報告したが、もう日も落ちており、死体が高い崖の下にあったため、確認は翌朝に持ち越すこととなった。
その夜、全員が集まった広間で、湖條の口から影浦が背広に常に盗聴器を仕込んでいることが話される。これを聞いた理真は、犯行前後の様子が盗聴器に録音されているかもしれないという懸念を抱き、夜遅くに屋敷を抜け出して影浦の死体から盗聴器を回収しに行く。その際に使用したのは、砂浜の小屋に残されていたボートだった。私たちが探索時には空だった小屋だ。理真は、妹尾を監禁したあとに島をひと通り見て回っており、そこでボートを発見。何かに使えると思い、影浦殺害の現場から数百メートル離れた岩場の陰に隠しておいた。ボートは崖の直下の海に係留されており、海側からでなければ発見は不可能。理真は、これも事前に屋敷の倉庫から入手していたロープを使い、崖の上からボートまでの行き来とした。
ボートを漕いで死体が横たわる岩棚へ到着した理真は、影浦の背広から盗聴器を回収。石で粉々に砕いて海に捨てる。このとき、影浦の携帯電話も同じように破壊して捨てたと証言している。携帯電話にも犯行の記録が残っていたかは確認していないが、万が一を考えて破棄したという。さらに理真は、影浦が所持していたシステム手帳もこのとき入手したと語った。そこには、影浦の恐喝材料とその対象者が書き込まれていたという。
盗聴器を処分した理真だったが、その作業の際に影浦の背広やら体に素手で何度も触れていた。今後、警察捜査が入った場合、影浦の死体から自分の指紋や毛髪などが検出される危険性を思い、理真は影浦の死体そのものも処分することにする。持っていたロープを使い、影浦の体にいくつも石を結わえ付けて海に沈める。戻った理真は、もうボートを使うことはないと思われるし、余計な証拠を残さないためもあり、ボートとの行き来に使っていたロープもそこで処分してから屋敷に戻った。
五月二十五日。
早朝、私たちは影浦の死体を確認しに行く。しかし、理真が処分したあとであったため、当然そこに死体はない。私たちが訝しがり、死体が消えた理由を口々に推理し合うのを、理真は複雑な心境で見ていたという。一度、乱場が死体の消えた理由を、影浦の死からして一連の事故であるという推理を打ち立てたため、それにやんわりと同調した。影浦の死が事故であると皆が納得してくれれば、これに優る結論はないためだ。だが、すぐに私がそれに疑問を投げかけた。あまり抗弁してもかえって怪しまれると思い、理真は口を噤んだ。
その次に、田之江が馬渡が怪しいと口にし始めるが、証拠がないためこの推理も棚上げとなった。湖條に何か考えはあるかと訊かれた理真は、ここで影浦狂言説を持ち出す。またしても犯人不在の推理を打ち立てて、嫌疑から逃れようとしたのだった。が、私が、狂言説を採るのであれば、影浦が崖の下まで行き来するために船かボートが必要なのでは、と言い出したため、理真は内心どきりとしたという。結局、この狂言説も、死体の振りをしていた場所があまりに不自然である、という湖條の推理によって否定される結果となった。
再び島の捜索がされることとなり、そこで馬渡が得意の体術を生かして、通常であれば決して見つかりようのないボートが発見されてしまう。馬渡はそのボートを、自分たち以外の人間が密かに島に上陸するために使用されたもの、という推理を口にして、八人目の探偵、探偵Xなる人物を想定する。内心、理真は、外部に犯人を求めるその推理に拍手を送っていたという。
屋敷に戻った理真は、私と一緒に田之江が影浦の遺留品を漁っていたらしいことを知る。田之江は影浦に恐喝されていた可能性が高い。が、理真は影浦の死体から回収した手帳で、すでにそのことを知っていた。田之江は間違いなく影浦に恐喝されていたのだ。
全員が屋敷に戻ってから行われた捜索で、ついに監禁されていた妹尾が発見される。が、妹尾が監禁者の情報を全く持っておらず、対面して会話を交わしても自分がその監禁者だと看破されなかったことには、理真は内心胸をなで下ろしたという。妹尾の口から、十九年前の事件のことが他の探偵にも知られてしまうこととなった。
五月二十六日。
この日の朝食時、湖條が妹尾に、「監禁者がこの中にいる可能性は?」と言う意味のことを訊いた。理真は気が気ではなかったという。妹尾は、やはり分からないと答えたが、田之江が、さらにその推理について突っ込んだ発言をし始めたため、理真は「影浦のことを妹尾に話すか?」ということを話題に出し、話を逸らすことに成功した。さらに、妹尾監禁の罪を影浦に着せることを思いつき、そちら方面に話を展開しようとしたが、うまい推理が思いつかず、この話は一旦流れることになった。
食事が終わると、案の定、田之江が十九年前の事件の捜査に行くと言い出した。田之江の目的が報奨金にあるのだと、理真はすぐに確信したという。事件捜査には馬渡も名乗りを上げた。当然、理真も参加する。手強いのは田之江だけだと思っていた理真は、馬渡は放っておいて田之江の動向だけに注視した。が、第一の解答は意外な人物の口からされることになった。私だ。
被害者と正対して背中に手を回して刺し、犯人の足跡を被害者の体で押し潰すというトリックは、雪の上であれば成功する確率が高いと見られた。理真も事件の謎を解いて報奨金を狙っていたはずだが、彼女はこのとき、私の推理を肯定して賞賛する言葉も述べている。理真にそのことについて質したが、憶えていない、という答えが返ってくるだけだった。
その夜、夕食の席で田之江が「裏館に泊まる」と言い出した。十九年前の事件のトリックを解明するためだろう。私の推理にはまだ確固たる証拠がない。それを発見するか、全く別のさらに決定的な推理を打ち立てようという目論見があったと思われる。事件の当事者である妹尾に加え、理真、私、馬渡も田之江に追随し、計五人が裏館に泊まることとなった。理真は、ここで田之江殺害計画を立てたという。昼間から夕方に掛けての裏館の捜査で、田之江は十九年前の事件の真相に気が付いた。理真は彼の行動を追っているうちに、それを確信したという。それを田之江から奪うために。
裏館に泊まった人たちは就寝前に温かいミルクを飲んだ。これに理真は、妹尾に飲ませた睡眠薬を投じていた。ただし、自分と田之江が飲む分を除いて。表館からミルクを持って来て私たちに振る舞ったのは理真当人だ。睡眠薬を入れたミルクを思い通りに配ることは容易だった。
深夜になり、皆が寝静まると理真は行動を起こす。田之江を起こし、事件の真相、彼が解明したトリックを訊き出した。田之江が口を割るはずはないが、理真はここで影浦が握っていた田之江の恐喝ネタをちらつかせた。影浦のシステム手帳に記載されていた内容の一部を口にすると、理真の言うことがはったりではないと、田之江はすぐに察知したらしい。理真が訊き出した田之江の推理は以下の通り。
田之江は、私の推理に納得がいっていなかった。私のトリックが可能であると考えられるのは、当時裏館にいた人たちの中で子供だった妹尾ただひとりだが、相手が子供とはいえ、そこまで簡単に鉄雄が隙を見せるだろうかと。突き刺したあと、さらにナイフで傷口を抉るというやり方も子供のものとは思いがたい。田之江は裏館の倉庫で見た竹竿に目を付けた。調べてみると案の定、竿の片側が二股に裂けていた。まるでそこに何かを差し込んでおけるように。
犯人はこの竹竿の先端にナイフを注ぎ足し、二階の廊下で鉄雄が来るのを待ち構えていた。何か大事な話があるなどと言って誘き出したのだろう。二階の廊下は中庭に面している。犯人は鉄雄が裏館の玄関に近づくと、窓から雪球を落とす。それは鉄雄の目の前に落下し、鉄雄は何が落ちてきたのか、と腰を曲げてそれを拾おうとする。その状況を犯人は狙った。鉄雄の上半身が地面とほぼ平行になり、背中が上を向く瞬間を。犯人は窓から竹竿を、正確にはその先端に注ぎ足されたナイフを鉄雄の背中に突き立てる。上からの圧力を受けて鉄雄はその場に俯せに倒れ込む。とどめを刺すべく、犯人はさらにナイフで背中を抉る。確実に鉄雄を絶命せしめた犯人は、ナイフを抜いて回収にかかった。が、ここでアクシデントが起きた。竿の先端からナイフが外れて鉄雄の近くに落ちてしまったのだ。引き抜きの抵抗でナイフと竹竿との接触が緩んでしまったせいだろう。しかし、ナイフ自体に触れてはいないため、指紋が検出される危険もないと考え、犯人はナイフの回収を行わなかった。雪に埋もれたそれを取り出すことは困難だったせいもあるだろう。犯人は竹竿を倉庫に戻し、犯行の全ては終わった。
この推理が正しいとするなら、倉庫の竹竿にはまだ鉄雄の血液成分が残留していると思われる。犯人が竿を洗浄した可能性もあるが、血液の成分はそう簡単に洗い流されはしない。うまくいけば犯人の指紋の検出も期待出来る。これを聞いた理真は、そのトリックが可能か試してみようと持ちかける。田之江に断れるはずはなかった。
まさか田之江も、このときに自分が殺されるとは思っていなかっただろう。恐喝者が影浦から理真に変わったとて、自分が大事な〈顧客〉であることに変わりはない。恐喝者にとっては、対象者が生きていてこそ恐喝は成り立つのだ。だが、理真は倉庫から持ち出してきた竹竿の先端に、これも倉庫の戸棚から拝借してきたナイフを注ぎ足していた。竹竿の先端を当てるだけ。田之江はその言葉を信じきったのだろう、理真に協力するために一旦裏館の玄関を出て表館裏口に戻った。そこから裏館の玄関へ歩いてくるという、当時の鉄雄の行動をそっくり再現するためだ。
雪球が落ちてきたという体で、裏館玄関から二メートル程度手前で田之江は腰を屈める。そこを理真が、二階廊下の窓から田之江の背中を突く。先端にナイフが注ぎ足された竹竿で。ほとんど窓から身を乗り出して強く体重を掛けると、田之江は難なく俯せに倒れ伏した。さらに竹竿を揺り動かして傷口を抉る。十九年前の鉄雄の死体のように。引き抜いたとき、理真はしっかりとナイフを固定していたためか、抜け落ちることはなかったが、当時の状況を再現しようとナイフを同じように死体のそばに投げ置いた。あとは竹竿を倉庫に戻して、何食わぬ顔をして部屋に戻るだけ。
裏館倉庫にあった竹竿からは、血液が付着したルミノール反応が出た。身体検査をした結果、理真は変声機とシステム手帳を所持していた。妹尾監禁時に声を変えるために使用されたものと、システム手帳は影浦のものだった。この二つだけは島に残したままでいることに不安を憶え、島を出る際に所持したものと思われる。
これが絶命島で安堂理真が引き起こした犯行の全てだ。




