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1.プロローグ

 俺──雨取和也(あまとりかずや)は今、魔王城最奥にある謁見の間を歩いていた。


「くっ……」


 女性のうめき声がした方に、濃いクマができた目を向ける。そこには艶やかな紫髪を持つ、見た目は十歳くらいの少女──魔王が、王座の前で蹲っていた。俺は手に持っていた勇者の剣をダラリとぶら下げ、睡眠不足でふらつく足を無理やり動かし魔王に近寄る。


 あと一歩だ。これでやっと夢を叶えられる……!


「ぎぃゃああああぁああぁっ!」


 俺の攻撃でボロボロになった壁や天井の隙間から魔族たちの悲鳴が聞こえた。同じ勇者パーティーの二人が、外で魔族を片っ端から倒しているのだろう。


 俺せは気にせず歩みを進め、魔王の前で足を止めた。


「認めよう勇者……妾の負けだ。この首は貴様にくれてやる。だがその代わり、一つだけ約束してほしい。勇者よ、妾の民には手を出さないでくれぬか?」


 己の死を覚悟し、最後の瞬間まで民のことを思う魔王。幼い体には不釣り合いな王の器を見せる彼女に、俺は一つ提案する。


「魔王。俺と取引しないか? もし俺の要求を呑んでくれるのなら、俺は魔族と戦わない」


「取引……だと?」


「ああそうだ。俺の要求はただ一つ──」


 ああ、ようやくだ。今度こそ本当に、社畜から抜け出せる……!


「俺を、魔王城にかくまってくれ!」


「……はっ? 勇者、貴様は何を言って……」


 脳の理解が追い付かないと言った様子の魔王に、俺は俺の願望を──この世界に勇者として召喚される前からずっと抱いていた切望を叫ぶ。


「俺は勇者なんか辞めてスローライフがしたいんだ!」


 すると、魔王はギリっと奥歯を噛んで俺を睨んできた。


「ふざけるな勇者! 貴様は! 妾の臣下を大勢殺しておろうが!」


「いや、それは違う。俺は今まで魔族を一人も殺してないんだ」


「勇者貴様! そのような戯言が通じるとでも──」


「まあ落ち着けって魔王。……カイル!」


 真紅の瞳に鈍い殺意を光らせた魔王を制し、俺は外で戦っている仲間の一人──魔術師のカイルを呼んだ。その次の瞬間、パッと目の前にカイルが現れた。おそらくテレポートを使ったのだろう。


「どうした?」


「魔族たちを解放してやってくれ」


「分かった」


 ボサボサの暗緑色の髪を揺らし、カイルは杖で地面をトンッと叩く。すると、彼の背後には真っ白な穴が出現した。


「これは……ディメンションホールか?」


「そうだ。ディメンションホールはアイテムボックスと違って生物を収納できるだろ?」


「……っ!? まさか……」


 信じられないとでもいうようにハッと息を呑む魔王。彼女の眼前で、ディメンションホールから気絶した数十人の魔族たちが出てくる。


「ここじゃ狭いから全員は出せないが、俺たちが今まで倒してきた魔族八万四千六十七人は全員この中にいる。これで恨みとか復讐とかのしがらみはなくなるよな?」


「……その話、誠か?」


「ああ」


 俺は真っすぐに魔王の目を見て頷く。


「……そうか」


 魔王がぼそりと呟くと、彼女の纏っていた刺々しいオーラが柔らかくなった。


「だがなぜだ? なぜ貴様はこうまでして妾の城で暮らしたいと申すのだ?」


「なぜ……?」


 魔王にそう聞かれた途端、俺の中で荒ぶる感情をせき止めていた理性という名の防壁が音を立てて崩壊した。


「だってふざけてるだろ! 日本じゃ高卒で入社した企業がブラックで三百六十五日無休の一日平均二十時間労働! 何とか二年耐えて異世界キターとか思ってたら今度は毎日食事と寝る時間以外ずっと鍛錬鍛錬鍛錬! そりゃ最初は楽しかったさ。けど二か月間休みなしでそれだ。どんなに楽しいことでも嫌になるには十分すぎる時間だろ?」


 もう確実にスローライフを送れる──もうあのブラックな人族の王国に戻らなくていいと思った俺は、吹っ切れた。


「それでもなんとか鍛錬を乗り切ったと思ったら今度は各地への遠征! カイルのテレポートのおかげで移動時間は無くなったけど、それで逆に休む時間も寝る時間すらも無くなった。あのクソ国王、次から次へとあっち行けだのあれ倒して来いだの言って俺を半年も無休で戦わせたんだ! いや、これだって最初は楽しかったよ? けどステータスが上がっていくとだんだん戦闘がただの作業に代わって、先の見えない廊下を永遠と掃除させられてる気分だった」


「お、おい勇者……?」


 呆気に取られている魔王も目に入らず、俺はさらに愚痴を並べる。


「それでようやく魔王を倒しに行けって言われてもうすぐ解放されると思ったら、今度は国王と貴族が俺を人族同士の戦争に使うって話が聞こえてきたんだぞ? 誰があんなクソみたいな労働環境に戻るかって話だ!」


「そ、それは大変だったな……」


「だろう? しかも俺をここまでこき使ってきた理由が金のためなんだぞ? 軍事費を抑えるために俺がいなくても解決できるような問題も全部俺に回したんだ! あいつらふざけてる! 俺を都合のいい格安兵器とでも思ってたんだよクソっ! あー思い出したらムカついてきた!」


 俺は脳内に金と欲に溺れて高笑いを浮かべる国王や貴族たちを思い浮かべ、思いっきり空を殴った。そして、深く息を吐く。


 あいつらのことはさっさと忘れよう。どうせもう二度と関わることもないしな。


「魔王」


「あ、ああ……なんだ勇者よ」


 呆然と俺に憐みの視線を向けていた魔王は、俺を見上げて真剣な表情を作り直す。


「それで、取引を受けてくれるのか? あ、けど強制するのは良くないよな。一応、取引を断っても魔族は殺さないことは約束する」


 まあ断られても、俺とカイルが協力して結界を作れば一応はどこでもスローライフを送れるだろうし。


 俺が手を差し伸べると、魔王は顎に手を当てて考え込む。


「ふむ。そうだな……勇者よ、最後に一つだけ確認させてくれ」


「なんだ?」


「貴様──いいや其方に魔族に危害を加える意思は無いのだな?」


「ああ。俺にスローライフを送らせてくれるならな」


 魔王は真意を確かめるように俺の顔をじっと見つめ、そしてフッと表情を崩した。


「……そうか。ならば其方を我が魔王城に歓迎しよう」


 小さくて柔らかい魔王の手が俺の手を取った。


「ああ。よろしくな。魔王」


 俺は心の中で歓喜の舞を踊りながら、魔王の手を引いた。

この話を読んでいただきありがとうございます!


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