第19話 ジャイアントなコーン その2
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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離島合宿の2日目。
今日からが本番だ。
1日は90分の授業が6コマあって、自分に必要なコマを取るという自由参加形式。
勉強漬けの毎日を想像していたけど、意外と緩い。
まあ、この離島で開催される夏期講習へわざわざ参加しているということは、自分自身を追い込んでいる学生が殆どであって、だからサボる生徒はいないというのが前提なんだろうけど。
一応、日曜日は授業がない。でも、別館の教室は開放されているとのことで、勉強漬けの環境は整っていた。
で、6コマ全てを取ってみたけど、教室で鏡原さんの姿を見かけることは一度もなかった。
なるべく関わらないようにと思った相手なので、別にどうでもいいことだけど、この島で知り合いといったら彼女しかいない訳で、だから僕の目は自然と金髪ギャルの姿を探していた。
結局のところ鏡原さんの姿を見かけたのは、夜の点呼の時だった。
寝起きだろうか? 彼女は眠そうに何度も欠伸をしていた。
翌日の金曜日とその翌日の土曜日も全く同じで、ついに鏡原さんが授業を受けることはなかった。
太陽が海の向こうの地平線に限りなく近づいた頃だった。
食堂で唐揚げ定食を食べていると向かいの席に金髪ギャルが座ってきた。
顔を上げると無愛想な鏡原さんと目が合う。
「なにか用?」
「ふん」
話しかけたのは初日の夜以来だったけど、彼女から近寄ってきたはずなのに見事に無視された。
無愛想な金髪ギャルは鼻を鳴らして食事を始める。
細身の割には彼女が食べているのはガッツリ系のカツ丼だった。
美味しそうに頬張って食べている鏡原さんを見ていて、ふと思い出す。
―――そういえば初日の夜に‥‥‥
「立て替えてたお金」
彼女は初日の夜のコンビニで僕のカゴの中にお菓子やらジュースやらを大量に放り込んで―――あの時に立て替えたお金を貰っていなかった。
「ケチな男はモテないから」
「モテなくて結構。お金返してくれないかな」
「ここのカツ丼おいしい」
「誤魔化すのが下手すぎだろ」
「ふん、誤魔化してないし。あっ! そうだ、あんた私のお尻見てたよね」
「―――はぁあああ!? み、見てないから!!」
思わず大きな声を上げると、鏡原さんの口元に小さな笑みが浮かんだ。
そこで、はっと我に返る。あれは初日の夜。本館から脱出する際に窓枠に飛びついた彼女のお尻に視線が吸い寄せられた。
突然目の高さに女子のお尻が飛び込んできて、不可抗力と言えた。でも何故だ? 彼女には後ろに立っていた僕の行動がわかるはずがない。
「ふふ」
鏡原さんが声に出して笑った。
「かまをかけたな‥‥‥」
金髪ギャルにいいように揶揄われ、顔がものすごく熱を持つ。
冷ややかな視線を感じて周囲を確認すれば、僕たちのやり取りに迷惑そうな受講生の視線が絡みついていた。
「やっぱ見てたんだ。私、昔から他人の視線には敏感なの。ほんとエロいね」
「揶揄うのはやめてくれないか。なにを言われたってお金はチャラにならないから」
「ふん。どケチ」
「どケチで結構。あのさ‥‥‥教室でぜんぜん見かけないけど」
金髪ギャルと陰キャ男子のやり取り。
周囲の注目を集める中、声を落として気になっていたことを聞いてみた。
「ひゃくさき、キモい」
「ももさき、だから」
「ストーカー?」
「あのな‥‥‥金髪が目立つから、いなかったらすぐわかるし。1コマも取ってないのか?」
「ここには勉強しに来たんじゃないからね」
「じゃあ、何しに?」
「百崎には関係ない」
「そうだけど‥‥‥」
「百崎も同じでしょ」
図星を指され思わず大きな声が洩れる。
「えっ―――!?」
鏡原さんとは初対面で過去に面識はない。
それなのにこっちの事情を知っているような発言だった。頭の中が混乱する。
そんな僕を尻目にカツ丼をぺろりと平らげた鏡原さんが席を立ってポツリと言った。
「アイス食べたい」
ギャルメイクに彩られた彼女の顔がこっちを向いていた。相変わらず無愛想だけど、明らかにこっちの反応を窺っていて‥‥‥。その様子に不覚にも可愛いと思ってしまった。
それに彼女の纏う雰囲気には放っておけない危うさみたいなものがあって。
「わかった‥‥‥」
しばらく考えた後、鏡原さんに返事をした。
点呼の後、初日の夜と同じように2人で本館を抜け出した。
共通の話題がなく会話の糸口が見つからないまま無言で歩いて、前回と同じリゾートホテルの1階にあるコンビニに到着する。
それぞれでアイスを選び購入する段になってから、「財布忘れた」と鏡原さんが言ってきた。
これはもう完全にワザとだろうけど、お金が無い以上何を言っても仕方がない訳で。それにアイスの1個や2個くらいで、「どケチ」なんてことを言われたくはない。だから、結局のところこっちが支払う羽目に。
「甘くて美味い」
鏡原さんは防波堤の縁に腰を下ろして、クーリッ〇ュのバニラを食べていた。吸い口を咥えてちゅうちゅうと吸っている。
僕たちの投げ出した足の下には月明かりに照らされた穏やかな表情の海面。
「けっこう濃厚だよね。ジャイアントなコーンも美味しいよ」
僕は初日に鏡原さんが食べていたものを買っていた。他人の食べているものは美味しそうに見える。
「そう」
「うん」
会話が途切れ、そのあとは波の音が聞こえるばかりで。
心地よい潮風に吹かれながらアイスを食べていると一日の疲れが癒されるようだった。
コーン部分を食べ終わったところで、1人分の間隔を空けて座っている鏡原さんが口を開いた。
「明日、付き合って」
明日は日曜日で授業がない。
だから開放された別館の教室で自習をするつもりだった。
鏡原さんの方を向けば目が合った。
無愛想な表情はそのままで、少し伏し目がち。
閉じられた唇がほんの少しだけ前に突き出されていて、不貞腐れたような表情にも見える‥‥‥。
「ちょっとなら」
少し考えてから返事をすると、じっとこっちを見ていた彼女の口角が少しだけ上がったような気がした。
それにしても明日の予定を聞かないまま返事をして本当によかったんだろうか。
宿泊施設に帰った途端、不安な気持ちが押し寄せてきた。
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