第18話 ジャイアントなコーン その1
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鏡原さんの後をついて行くと、彼女は1階の端にあるドアを開け躊躇なく中へ入った。
その大胆な行動から、おそらく下見は済んでいるんだろうけど、こっちは悪いことをしているようで落ち着かない。
周りに人がいないことを確認してから後へと続いた。
ドアをくぐるとそこは電灯が消えた小さな空き部屋のようで、どこか埃っぽい。
正面の締め切ったカーテンを鏡原さんが開けると窓が1つ。クレセント錠に手を伸ばしたと思ったら普通に開錠してドヤ顔でこっちを振り返った。
「ここから外へ出るから」
「はっ‥‥‥!?」
こっちが驚いているのを無視して、鏡原さんは窓枠へ手を突いた。そのまま体を持ち上げると細身のジーパンに締め付けられた窮屈そうなお尻がこっちを向く。
「ちょ、ま、待って‥‥‥」
呼び止めようとしたけど彼女の体は一瞬で外へ飛び出してしまった。
バレたら退校処分になるんじゃなかろうか‥‥‥。
ただ、鏡原さんが外へ飛び出した以上、後戻りという選択はなかった。だって、アイスをおごると言い出したのは僕の方なのだから。
仕方なく鏡原さんの後を追って窓へ飛びつくと、「下りる前にカーテンと窓閉めて」と指示が飛んできた。鍵を閉められないためのカモフラージュを怠らないとは―――この人は手慣れている。
着地した場所は本館の裏手に位置する海とは反対側だった。人目につきにくい場所だ。
それでも早めに移動したほうが賢明だろう。
先に外へ出た鏡原さんの姿を探せば、もうすでに彼女の背中は敷地の外の海へと向かう道を歩いていた。
「ちょっと待って‥‥‥」
強引に誘っておいて、そのくせ仲良くする気は毛頭なし。
はぁ~、と溜息を吐いてから先を歩く鏡原さんの背中を追いかけた。
この島に降り立った港を経由し、そこから歩くこと更に30分。船の上で見えたビーチ沿いの道を通り抜け、旅館やホテルが並んでいる島の反対側へ。
「あそこ」
そう言って鏡原さんが指差したのは、ひときわ目立つ背の高いリゾートホテルだった。
宿泊施設からここまで一緒に歩いていて会話はゼロ。やっと口を開いたと思ったら無愛想な一言と簡単なジャスチャーのみで‥‥‥まるで言葉の通じない異国の秘境ガイドのようだ。
もしかしたら今夜僕は、高額な報酬をだまし取られた挙句、海に沈められるのでは!?
たしかにコンビニが入っていそうだけど、宿泊客でもない僕たちが勝手に利用していいのだろうか。
恐る恐る、鏡原さんは堂々と1階のロビーへ。
中に入ると汗をかいた体が急速に冷やされる。
真夏の離島は夜になっても気温があまり下がっていなかった。
奥の方を見れば彼女の言った通り、青と白の看板を掲げた全国チェーンのコンビニがあった。
早速店内へ入ると、こんな離島で夜の10時前だというのにまだ多くの客が買い物をしていた。
―――この機会にアイス以外の食べ物や飲料水を買っておくか
そう思って黄色の買い物カゴを手に取った。
先に入店した鏡原さんは迷わずアイス売り場へ移動していた。こっちは雑誌コーナーを確認しつつカップ麺の棚の前へ。
「これ」
すっと近づいてきた鏡原さんが、さも当たり前のようにジャイアントなコーンを僕の買い物カゴの中へ入れた。
おごると言ったのはこっちなので彼女の行動に異論はない。それでも、あまりに自然な振る舞いは周りの人からすればカップルに見えるんじゃないのかと。意識すると恥ずかしい‥‥‥。
ゆっくり買い物をしたいけど宿泊施設の門限を破っているのであまり時間はかけれない。夜食のカップ麺やスナック菓子を選んで買い物カゴに入れる。それでもここへは何度も足を運べるわけじゃないので今夜は少し多めに買っておこう。
「これも」
ドサ、ドサっと音がして左の肩が重くなった。
カゴの中を見れば、なんと2リットルのペットボトルを筆頭に手に取った覚えのないものが大量に入れられていた。
「あ、おい! アイスって話だろ。これは自分で―――」
「―――財布忘れた」
「あ‥‥‥そ、そういうことなら。じゃあ立て替えとくから」
「ちいさ」
鏡原さんがポツリと呟いた。
いやいや、聞こえてるんだけど。そもそもなんで初対面の人におごらないといけないんだ。小さいなんて言われる筋合いはない。
彼女より大人な僕はムッとしつつも会計を済ませた。
「アイス溶けるんだけど」
帰りの道で鏡原さんが無愛想に言った。
パンパンに膨らんだ買い物袋が重くって、こっちはそれどころじゃないんだけど。
「どこかで食べて帰る?」
考えてみれば点呼も終わり、すでに門限を破っている訳で。あまり帰りを急ぐ必要もなかった。
溶けたアイスはマズいし。だから提案したんだけど‥‥‥。
「なに? 誘ってんの?」
「いや、そうじゃなくて、そっちが言い出したんだけど」
「なに? ちょっと笑ってない? こわ」
「あのな‥‥‥」
彼女の言葉は本気なのか、こっちをただからかっているだけなのか。それにこんなことで懐かしさを感じている僕は重症な訳で。
こんな離島へ来ることになった意味をしっかり考えなければ。
今夜の浮かれた行動は完全に間違っていると思う。
―――明日からはまじめに勉強に取り組もう
そう改めて決意していると、鏡原さんが来た道を外れた。
港に近い防波堤の上を歩く。
「鏡原さん‥‥‥」
彼女の歩く先、海に突き出した先端にライトの灯りがいくつも見える。夜釣りだろうか?
そのちょうど中間あたりで鏡原さんが立ち止まった。
腰を下ろすと両足を海の方へ投げ出して座る。
そしてこっちに向かって手招きしてきた。
「ひゃくさき、こっち」
「ももさき、だけど」
やっぱり揶揄われているみたいだ。
正しい名前を口にすると、一瞬だけど鏡原さんの無愛想な表情が緩んだ気がした。
近づいて1人ぶんの距離を取ってから同じように腰を下ろした。
干潮なのかわからないけど下に見える海面は低く、道を歩いていたときよりも潮の香りを強く感じた。
買い物袋から2人分のアイスを取り出しジャイアントなコーンを彼女へ手渡す。
「ありがと。百崎はなに買ったの」
「僕はクーリッ〇ュのバニラ」
「それ歩きながら食べれるから‥‥‥」
「えっ、先に帰れってこと?」
「あはは‥‥‥冗談、冗談だから」
今度は間違いなく笑った。当たり前だけど鏡原さんも笑うんだな。船の上からこっち、彼女を見ればいつも無愛想で、だからそのギャップなんだろうか―――つい油断して可愛いと思ってしまった。
読んで頂きありがとうございました。
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