第14話 船上にて
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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目の前に広がっている景色は青に染まっていた。
でも、しばらく眺めていると自分の認識が間違っていたことに気がつく。
視界に映る景色の中には緑や藍色それに群青色なんかが散りばめられていて、統一された色なんて最初から存在していなかった。自分の認識は当てにならない。
僕はフェリーに乗船していた。
向かう先は太平洋の海に浮かぶ島。
デッキに出て所々で白波が立つ大海原を眺めていると嫌なことを忘れさせてくれそうで。
でも、そう期待した眺望も慣れてしまえばなんてことはなかった。
僕の脳裏には、いつの間にか2週間前の出来事が蘇っていた―――。
床に落ちたコンドームを拾い上げた父さんに、初めて見る形相で平手打ちされた。母さんが慌てて止めに入ってくれて―――その後は帰宅した杏叔母さんを交えて深夜遅くまで話し合いが行われた―――。
「私が買ってきたのよ」
避妊具の出所については杏叔母さんが両親に説明してくれた。
その話を聞いた母さんが深い溜息を吐く。
「杏‥‥‥冗談じゃ済まないのよ」
「‥‥‥ごめんなさい姉さん」
「誰が買ったものかなんて問題じゃない。郁人、お前は妹に何をしようとしてたんだ!」
ドアを開けた両親の目に飛び込んだ光景―――床上のコンドームと妹を強引に抱きしめている兄の姿で、僕が何を話したとしても言い訳にしか聞こえないだろう。
「兄貴のこと男子として好きだから」
黙って俯いていた僕の隣で、妹のまさかのカミングアウト―――。
タイミングは最悪だった。
聞いていた母さんの頬を何かが伝い落ちた。
僕はそれを涙だと認識した瞬間、全身が氷のように冷たくなってガタガタと震えが止まらなくなった。
「お前たち‥‥‥一体どういうことなんだ!? 郁人、恋の言ってることは本当なのか?」
「ぼ、僕は‥‥‥」
血の繋がらない妹のことを『寝取る』と決意したはずなのに。
誰にも渡したくないと心から願ったはずなのに。
1人の女の子として真剣に好きだと想っていはずなのに。
考えれば考えるほど熱に浮かれていた頭の中が冷たくなっていった。
返答次第では全てが終わってしまう確信があった。それは自分の人生だけが終わるんじゃなくて、妹を巻き込み、この温かな家族の関係が永遠に失われてしまうということ。
―――そもそも、将来の目標すらない陰キャな僕が、大切な妹の人生を受け止めることができるんだろうか?
そう考えると、言いようのない不安が押し寄せてきて、心の中に迷いが生まれた。
申し訳なさで両親の顔を直視できなかった。
僕の視線は部屋の中を彷徨った。
そして隣にいる妹の横顔を捉えると、彼女は何かを決意したような表情でこっちを見た。今思えば向けられた眼差しには信頼が込められていたのだと思う。
でも僕は‥‥‥妹の気持ちに応えることができなかった。
震える体を両手に抱いて貝のように口を閉ざし、最後まで父親の問い掛けに答えることができなかった。
「‥‥‥バカ兄貴」
席を立った妹が小さな声でポツリと零した。
はっとして顔を上げれば、彼女の顔から表情というものが消えていた―――。
梅雨が明けて本格的な夏が始まった。
フェリーの上で受け止める潮風は、心が沈んでいても案外と心地いい。人の心や体は現金なものなんだろう。それでも最後に聞いた妹の悲しくて冷たい声音が耳の奥にこびりついて離れないでいた。
家族の話し合いが終わって夜が明けると、その日の内に家を出ることになった。
学校の制服と簡単な私物をまとめ、杏叔母さんの家へ。
僕たち兄妹に愛情を注ぎ、懸命に働き養ってくれている両親からすれば、今回の出来事は青天の霹靂と言えるものだった。それに世間体だってある。
だから父さんに「家を出ろ」と言われたのは当然で。
同じ考えに至っていた僕はその言葉に大人しく従った。
家を出てから夏休みまでの短い期間、学校は欠席した。
距離的な問題もあったけど、本当は妹と顔を合せるのを躊躇う自分がいたから‥‥‥。
家を出た日以降、妹と顔を合せていない。
あれから何度もスマホを確認したけど妹からのメッセージは1通も届いていなかった。
それでも妹の方から会いに来てくれる、なんて淡い期待があったのも事実で。でもそんなことは起こらなかった。
最後に見た妹の顔が忘れられない。今思えば彼女の瞳の中にはいつも僕がいた。でも、あの時の妹の瞳には何も映っていなかった。
たぶん、もう、陰キャな兄に愛想が尽きたんだと、そう思う。
終業式を欠席したまま夏休みに入った僕のところへ荷物が届いた。送り主は父さんで、中身は着替えや少なくない額の現金だった。『帰って来るな』という意味のメッセージと受け取った僕は、目の前が真っ暗になった。
家族の絆は失われ、もう二度とあの家に帰ることができないのかもしれない。そう考えると無性に怖くなって眠れない日が続いた。
届いた荷物の中には、期末テストの順位が記載されたプリントと一緒に厚みのある封筒が入っていた。
テストの順位は、妹や武波先輩に対抗心を燃やして頑張ったつもりだったけど、真ん中よりも下。やったつもりでいても現実は圧倒的に勉強量が不足していた。自分自身の弱さが全てで、決して妹の存在を言い訳にすることはできない。
そして、厚みのある封筒の中身はというと、予備校の主催する夏期講習『離島合宿』の案内だった。
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