第12話 パンドラの箱 その6
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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正門を出て学校の最寄り駅へ向かう途中、前を歩く陰キャ仲間の宗助とその彼女の満月さんを目撃した。人は仲良く腕を組んで歩き周りの注目を集めていた。
それもそのはずで、今朝の仲睦まじい登校の様子は校内でもっぱらの噂となっていて、こうして実際に目の前でラブラブな様子を見せつけられれば誰だって足を止めて好奇な視線を向けてしまう。
積極的に腕を組んでいる満月さんの宗助を見る横顔には今までに見たことのないような、そう言うなれば恋する乙女のような愛らしい笑顔が浮かんでいた。
宗助はたぶん照れているんだろう、頭に片手をやってぎこちない歩き方で車道側を歩いていた。
ふとした考えが頭を過ぎった。―――そうかラブコメだ。
激ヤセした宗助はもともとの素材が良く僕から見てもイケメンで、今の2人は周りからはさぞ美男美女のカップルに映っていることだろう。
けど、そんなことはどうだっていい。2人を知っている僕には、宗助と満月さんが上辺じゃなく、もっと深い部分で繋がっているように思えた。
2人の馴れ初めなんて知らない。
付き合いの長い僕は、宗助という男が自分と違う価値観であっても全てに寛容で、心が海のように広いことを知っている。
昨日、満月さんは宗助の人間関係に対して強い嫉妬心を抱えていることを僕に告白した。孤高の存在、高嶺の花なんて言われている彼女がだ。
今では校内で尊ばれる彼女の本質は違うところにあるように思う。たぶん今の満月さんは、自分の本質を理解し受け入れてくれる宗助のことを本気で好きで―――そのことを再認識したんじゃなかろうか。
ラノベをこよなく愛する僕としては盲点だった。こんなに身近に主人公とそのヒロインがいたなんて。
そんなことを考えながら2人の背中を見送った。
電車に乗り、吊革に掴まったところでタイミングを合わせたように妹が隣に立った。
「おせーぞ兄貴」
「職員室に寄ってたから―――って、帰ったら話があるから」
「なん?」
「ここじゃ言えない」
社会人の帰宅時間にはまだ早い。そこまで混雑はしていないけど、周りには他校の生徒を含め高校生が多かった。とても例の箱について訊くことなんてできやしない。
「素振りしとけって、武波先輩からの伝言」
「怒ってた?」
「呆れてた」
本当のことだ。ただ例の箱の噂があったために意味合いが少しばかり違う。
「―――やめろって」
会話の途中、僕の手の甲に彼女の指先が何度も触れていた。
啄木鳥みたいに何度もつつかれる。それでも妹の無理な要求に応える訳にはいかない。
兄妹だと知っている誰かに見つかれば、それこそ終わりだ。
正直なところ僕だって人目を憚ることなく堂々と手を繋ぎたいという気持ちはある。でも、今じゃない。僕たち兄妹の関係は少なくとも高校を卒業するまでは秘密のままであるべきだと勝手に考えていた。
だから仕方なく手の甲を彼女の手の甲に押し当てた。
夏だというのに少しひんやりとしていて、すぐに温かな体温が伝わってくる。
こっちの意図を察した妹の手の動きが止まり彼女の肩先が僕の肩にこつんと当たった。
「アイス買って帰ろ」
「恋のおごりな」
「可愛い彼女に言うセリフかよ」
そんな会話を交わしながら最寄り駅に到着した。
駅前のコンビニでアイスを買って、途中の公園に寄った。
妹はいつものクーリッ〇ュ。ただ味はバニラじゃなくてチョコ。僕はジャイアントなコーン。
互いにブランコへ腰掛け少し溶けかけのアイスを食べる。
「やるって決めたんなら真面目にやれよ」
「そこはほどほど。ギャルは部活に青春を捧げん」
謎のギャル理論を振りかざす妹に対して小さな溜息が漏れた。
最近の彼女はまったく僕の言うことに耳を貸さない。
「そんなんで試合に勝てるのか」
「お兄ちゃんは勝てるって。だから大丈夫っしょ」
「なにが大丈夫なんだか」
兄のとしての立場を退いた僕。妹が言う「お兄ちゃん」は血の繋がった実の兄―――武波先輩のこと。
最近は少し慣れてきたけど、兄ポジを取られまだ寂しいと感じる時がある。
「それよりチョコ味も激ウマ、兄貴も食べてみ」
そう言った妹は手に持ったアイスをすっと差し出してきた。
「い、いいよ。僕のもチョコだから」
「むぅ、ほら、いいから食ってみ」
体を遠ざけてるようにして断ると妹は頬を膨らませて食い下がってきた。
差し出されたアイスは、言わずと知れた吸い口がついてるやつ。彼女の目を見ればその目的は明らかで―――つまり僕は試されているのだ。
「嫌なん?」
「‥‥‥」
妹は吸い口に再び口を付けた後、もう一度アイスを差し出してきた。
口の端を持ち上げニッと笑った表情は小悪魔そのもので、僕の目にはめちゃくちゃ可愛く映った。
―――もう彼氏と彼女の関係じゃないか。こんなことくらいで今更なにを!
空いた方の手で妹の差し出したアイスを受け取った。躊躇なく吸い口をくわえる。その瞬間、彼女の目が少しだけ見開かれたことを僕は見逃さない。恥ずかしいなら、やらなければいいのに。
アイスはほとんど溶けていて、少しビターな味だった。
「どう? 美味しいっしょ」
「うん‥‥‥」
顔が火照っているのがわかった。普通の兄妹として過ごした日々の中で、彼女の残したものに口をつけるなんてことは過去にもあった。
でも、こうして互いの気持ちを伝えあった後では、『間接キス』っていうことを意識しすぎてしまう。
「兄貴、顔真っ赤。うわぁ~なんかキモイんですけど」
「‥‥‥」
妹のセリフは単純に照れ隠なんだろうけど―――まあ、いつもの妹で安心した。
ここで互いに照れてしまえば、今夜も同じ部屋で寝るんだ。このままの距離感を維持したいという気持ちと、もっと先に進みたいという思春期男子の気持ちが心の中でせめぎ合っていた。
ここ最近は、思春期男子の気持ちの方が優勢で‥‥‥それでも家族という関係性が僕の一歩を踏みとどまらせている。
「食べたら帰るか。そうだ、例のあの箱‥‥‥ゴムのことだけど」
「やっと試す気になった?」
「ば、バカなこと言うな。開けたの恋だろ。中身はどこにあるんだ」
「ああ、アレは―――兄貴にいつ襲われてもいいように持ってる」
「あのなぁ‥‥‥恋さん。帰ったら話すけど今日一日、ものすごく大変だったんだからな。他の人にも迷惑かけたし。それにしても2個はいらないだろう」
「―――いるよ。もう1個は兄貴の分。クラスの男子はみんな財布に入れてんだって」
うん!? ちょっと待て。僕の妹はなんでそんなことを知ってるんだ。この感情は家族としての心配なのか? それとも嫉妬‥‥‥。
と、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「学校へは持って行かない。恋、返しなさい」
「イ、ヤ」
「ここじゃあ周りの目もあるから帰ったら話の続きを―――」
僕は話を途中で止めた。何故なら妹はこっちの話を聞いていなかったから。
彼女はポケットに手をやり、次にカバンの中を確認して何かを探す素振りを見せていた。
「恋―――?」
「うん‥‥‥やっぱ、ないや。兄貴に渡そうと思ってたゴムがなくなってる‥‥‥」
慌てた様子の妹と目が合った。
ブランコから立ち上がってもう一度探すように彼女を促す。
この時の僕は、ふたりで探せばすぐに見つけられるだろう、そう簡単に考えていた。
「ない」
「どこかで落とした可能性は?」
「う~ん‥‥‥名前が書いてある訳じゃないし大丈夫っしょ」
確かに妹の言う通りだろう。仮に学校で落として誰かに拾われても持ち主を探し出すことは不可能に近い。
「持ち出し禁止な」
「っち」
「っち、じゃない」
「腹減った~~~。兄貴、帰ろ」
「うん、帰ろうか」
日が暮れ始めた帰り道。短い時間の中で僕たち兄妹は人目を忍んで手を繋いで歩いた。
でも、この時既にパンドラの箱は本当の意味で開いていたのだ。
ギリシャ神話に登場するそれの中身は―――。
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