第5話 地獄の週末と0.01ミリと告白と
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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僕たち兄妹の通う学校の期末テストは、週末を挟んで行われる。
これは勉強時間を与えてくれる学校側の配慮なのか、はたまた何かの陰謀か。どちらにしても生徒にとっては地獄の週末になる。
そして杏叔母さんの誤解を解く機会のないまま、あっという間にテストの前半戦が終了し地獄の週末を迎えた。
土曜日の昼。家には僕と妹の2人だけ。
両親は休日出勤で、家出中の杏叔母さんも朝起きたら出掛けていた。
「でさ、もう少し離れようか」
勉強に集中するため1階へ下りたはずが‥‥‥食卓の上に勉強道具一式を広げていた僕は、平然とした様子で言ってのける妹に声を掛けた。
彼女の座る椅子がぴたりとこっちに寄せられ、めちゃくちゃ窮屈なんだけど。
「いいじゃんよ、誰もいないんだし」
最近の彼女の行動ときたら、2人きりになるともの凄く甘えてきた。
それも妹という立場ではなくて、恋人みたいな感覚で。
「勉強しないと」
「すればいいじゃん。私もやってるし」
すぐ横から石鹸の良い香りが漂ってきた。
朝起きてすぐシャワーを浴びてたみたいで、超絶可愛い妹を意識すればそのぶん勉強に集中できない。
「あ、足が当たってるけど」
「当ててるんですけど」
食卓の下では短パンからすらりと伸びる彼女の素足が僕の素足にぴたりと添えられていた。
触れた部分から妹の体温が伝わってきて、とても勉強どころの話ではない。
「集中できないだろ」
「キモ! 妹を意識すんな」
「し、してないし」
「じゃ、いいじゃんよ」
杏叔母さんの邪魔が入らなければ、火曜日の夜はたぶん妹と大変なことになっていた。
魔法にかかっているだけだとしても彼女の僕に対する気持ちは十分に嬉しい。ただそこには、兄としての立場や両親に顔向けできないやましい感情が常にあって‥‥‥。
「―――やっぱりそういう関係だぁ」
突然掛けられた声で妹の足が引っ込んだ。
さすがに椅子を動かすことはできなくて、僕たち兄妹の体は離れないままだった。
「「叔母さん!?」」
「オバサン言うな~!!」
杏叔母さんは母さんの歳の離れた妹でまだ30代の前半だとか。
どこか妹と顔の作りが似ている印象。つまり美人ということだ。
だからなのか「オバサン」という言葉にとても敏感だった。
「お、おかえりなさい、杏叔母さん」
「びっくりしたぁ~、驚かせないでよ、杏おばさん」
でも、結局は僕たちの関係性上、「おばさん」という呼び方で決着するわけで―――まあ、杏叔母さんと顔を合せる時のお決まりのパターンになりつつある。
「朝からイチャイチャを見せられたら仕事する気が失せるわぁ~」
そう言ってリビングのソファーに倒れ込む杏叔母さん。
買い物に出掛けていただけなのか、その手には紙袋が握られていた。
仰向けになると、近くにくるよう手招きしてきた。
妹と顔を見合わせ立ち上がって近づく。
すると中身が見えない紙袋を投げて寄こした。
反射的にキャッチする。
「これは?」
僕の問い掛けに杏叔母さんはにんまりとした笑顔を作った。
横から僕の手元を覗き込んできた妹は袋を見ながら首を傾げた。
手を差し入れて中身を取り出してみると、それは長方形の小さな箱で表面に『薄い』『0.01』といった文字が印刷されていた。
「「‥‥‥」」
そして手にしているものの正体を知った僕たち兄妹は言葉を失った。
「けじめよ、けじめ。あんたたち、付き合ってるんでしょ? キスぐらいで真っ赤になっちゃって、まだしてないんならゴムは必ず使いなさい」
杏叔母さんの言っているキスっていうのは今週火曜日の夜のことで、それは完全な誤解だった。
その後も僕たち兄妹の間には何もなく勉強に明け暮れ今日まできている。
「あ、いや、その‥‥‥僕たちはそういう関係じゃ―――」
「―――ありがと! 貰っとくね、杏おばさん」
「ちょ、なに言ってんだよ恋! 受け取るなって」
「うっさい! どうせ必要になるし貰っとけばいいじゃんよ」
「必要になるって、何を言って―――!?」
「はい、はい。目の前で見せつけないの」
体を起こした杏叔母さんが、口元に笑みを浮かべて僕たち兄妹の言い合いに割って入ってきた。
そして僕と妹の顔を交互に見てから、「で、本当はどこまで進んでんの?」と聞いてきた。
―――昼食にはまだ少し早い時間。
3人分のコーヒーを淹れると食卓の椅子に座った。
カップに口を付ける間もなく、向かいに座る杏叔母さんから核心的な質問がぶつけられる。
「お互いに好き同士なんでしょ?」
「うん」
躊躇なく答える我が妹。
「郁人くんは?」
「僕は‥‥‥その‥‥‥」
何もかもが中途半端な今の僕に本心を明かす資格はない。それに兄としての立場や両親の手前がある。言葉に窮していると突然足の甲を思いっきり踏みつけられてしまった。だから―――、
「―――す、好きです!」
思わず漏れた言葉に自分の耳を疑った。それはひた隠しにしてきた僕の本心で。突然の痛みに心の蓋がいとも簡単に吹き飛んでしまった。
理由は想像できた。それは自分でも気づかないうちに妹に対する気持ちが大きくなり過ぎていたから。
隣には妹が座っているというのに、これでは告白したも同然じゃないか‥‥‥。あんなに葛藤してきたのにまさかこんなタイミングでカミングアウトしてしまうとは。
それでも、ひた隠しにしていた本心を一旦口にしてしまえば、自分の中で腑に落ちるくらいにしっくりきたのも事実だった。
僕の言葉を聞いていた妹の顔がこっちを向いた気配がした。だけど今は視線を合わせる勇気がなかった。
仮に僕がラノベの主人公だったなら、もっと違うシチュエーションで告白に至るんだろうけど。
やっぱり現実は厳しい。こんな中途半端な形で自分の気持ちを伝える結果になろうとは‥‥‥。
「兄妹の間の好きじゃなくって、男女の間の好きってことでいい?」
目の前の杏叔母さんはコンドームを投げて寄こした時の雰囲気を引っ込めて真剣な面持ちだった。
不思議なものでこの親戚の叔母さんを前にすると、言い難いことでも話ができてしまう。
ただ杏叔母さんに知られてしまうってことは、僕たち兄妹の気持ちが両親に伝わるってことで。
それでも妹が知ってしまった以上、もう正直な自分の気持ちを偽る必要はなかった。
「はい」
「私も」
僕たち兄妹の返事は、リビングに誓いの言葉のように響いて聞こえた。
杏叔母さんはしばらく考える素振りを見せてから、「そう」と呟いて納得するように強く頷いた。
「姉さんたちは、あんたたちの気持ちは知ってんの?」
「‥‥‥知りません」
今夜は家族会議が開かれるかもしれない? 想像しただけで目の前が真っ暗になった。
「義理の兄妹かぁ~想定内ではあったけどね。けど、あの2人は真面目だから」
「親なんて関係ないじゃん! 好き同士なんだから―――!!」
両親の存在に触れる杏叔母さんの言葉に、妹はとても激しい反応を見せた。
「落ち着きなさい。人を好きになる気持ちに良いも悪いもないわ。ただ私は心配なだけ。あんたたちの両親は真面目過ぎるところがあるのよ。子供に聞かせる話じゃないけど、それが原因で離婚した訳だし。自分たちが育ててる子供の間で恋愛感情が芽生えてるなんて知ったら‥‥‥」
杏叔母さんの話は尻切れトンボみたいで、最後まで続かなかった。それでも何が言いたいのかは想像できる。
僕たち兄妹の気持ちを知ったら、両親はきっとショックを受けるだろう。
「どうすれ、ばいいですか?」
どうしようもない思いが膨らんできた。
所詮、僕たち兄妹はまだ子供で、だから素直に聞くしかなかった。
妹の存在を横にして曝け出した「好き」というどうしようもない正直な気持ち。一度口にしてしまえば、もう自分自身に嘘はつけない。他人を偽ることも無理だと思う。ただ、今後のことには迷いがあって―――。
「普通にしてれば? 私からは姉さんたちに何も言わないし、言う立場にもない。これはあんたたち2人の問題だから。もちろん応援してる」
バレないなら黙っていよう、なんて考えが頭を過ぎったけど、それは違う気がした。
でも、積極的に両親に打ち明ける勇気もない訳で。
「別に無理して言わなくてもいいと思うわ。だって成人するまであと少しなんだから。責任を取れる大人になってから2人で考えなさい。それと思春期は過ちが起きるものよ。だからそれ、使いなさいね。責任が取れない今だから、けじめが大切なのよ」
杏叔母さんは真面目な顔をして食卓の端に置いたコンドームの箱を指差した。
箱の文字を目にするだけで顔が熱くなる。
隣の妹の様子は窺いしれないけれど、たぶん僕と同じで。
「っと、時間がないや。仕事にいってくるねぇ~ゴムがなくなったら言いなさい、買ってくるから」
「だ、大丈夫です」
何が大丈夫なのか自分でもわからないけど‥‥‥。
僕たち兄妹は仕事に行くという杏叔母さんを玄関で見送った。
―――しばらくの沈黙の後。僕たち兄妹は1階の廊下に立ったまま。
「もう1回言って」
「な、なにを‥‥‥」
「誤魔化すな」
妹の指が脇腹を突いてきた。
「ちょ、止めろって」
「ほら言って」
腹を括るしかなさそうだ。横に立つ妹に真っすぐ向き直る。まさか陰キャな自分にこんな時が訪れるなんて。次に言葉を発したら僕たち兄妹はもう後戻りはできない。
彼女もこっちを向いた。その瞳にはハッキリと僕の緊張した顔が映っていた。
「好きだ」
「誰を?」
「僕は恋のことが好きだ」
僕の告白を聞いた妹の口元に小さな笑みが浮かんだ。それなのに糸のように細められた瞳の端から涙が零れて頬を伝った。
「私も、私も兄貴のことが大好き」
妹が腕を回して抱き着いてきた。
僕も彼女の体を抱いて背中に手を添える。
「僕でいいのかな?」
ただ親の都合で同じ屋根の下で暮らし、必然的に一緒にいる時間が長いだけ。魔法にかかった妹は近い将来目を覚ます。その時隣にいるのが僕だったら彼女はさぞ落胆するんじゃないのだろうか。
「兄貴がいい」
「でも‥‥‥」
「でも、じゃない。私が他の男子に取られてもいいの」
「それは、ダメだ」
「兄貴が家族のことや私のこととか、色んなことを考えてくれてるのは知ってる。でも私は兄貴が好き。兄貴じゃないとやだ。私は兄貴の何? ただの妹? それとも‥‥‥」
「―――妹だろ。でも、だからこそ好きになったらダメだったのに‥‥‥気づいたら好きになってたんだ。恋はいつから僕のことを」
「初めて会った時から」
「えっ?」
「あんなに優しくしてくれて、守ってくれて‥‥‥最初からお兄ちゃんだなんて思ってないから」
「ちょっとショックなんだけど」
彼女の好きって気持ちが出会った頃からのものだなんて思ってもみなかった。
それでも血の繋がらない妹のため本当の兄になろうと懸命に振る舞ってきた僕は、本当にショックな訳で。
そんな僕の心境はお構いなしに妹が我儘を口にする。
「で、私は誰れのもんなん? もう1回言って」
「恋は僕のもの、これでいいか」
もう躊躇はなかった。妹の体を強く抱いて本心を口にする。
「ふん」
僕の答えに妹が満足そうに鼻を鳴らした。
「なんか、パッとしない告白でごめん」
さっきから思っていたことを口にした。せめて大人になるまではこの気持ちに蓋をしようと考えていたのに、結局は自分の気持ちが大きくなりすぎて‥‥‥意図せずなんの捻りもなく‥‥‥きっと現実はこんなものなんだろう。
「―――ぷっ、兄貴っぽいから許す」
妹が笑いを堪えきれず噴出した。
陰キャな僕の告白は、やっぱりパッとしなくて、それでも彼女は応えてくれた。
「で、兄貴、童貞っしょ? 練習しとく?」
体を離した妹がコンドームの箱を兄である僕に向かって差し出した。
「‥‥‥」
テスト期間真っただ中。
少しでも順位を上げると誓ったはずなのに。
雑念が多すぎてその誓いは果たせそうにない。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。