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第4話 静かに見ろ

 カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。

 モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。

 帰宅した両親と一緒に夕食を済ませ、軽くシャワーを浴びてから自室に戻った。

 先に2階へ上がっていた妹は、明後日から週末を挟んで行われる期末テストに向けて僕の勉強机を独占していた。


 普段から遊び回っている印象だけど、やらなければならない時にはもの凄い集中力を発揮する。

 黙々とシャーペンを走らせている様子を見れば、中間テスト学年20位が伊達じゃないことがわかる。


 僕たち兄妹が通う学校は、県内有数の進学校。

 その上、文武両道を謳っているのでテスト前であっても部活動の制限は緩い。

 でも、流石にテスト2日前の今日と前日の明日は部活動禁止になっていた。


 だから真っ直ぐに帰宅した妹は、仮入部の剣道に割いた時間を取り戻すように全集中していた。一緒の部屋になり妹に対して警戒していたのが馬鹿らしくなるくらいに。


「杏おばさん、帰ってきた?」


 ドアを閉めると机に視線を落としたままの妹が聞いてきた。

 こっちには目もくれない。


「仕事で遅いらしいよ」


 昨日からうちにやってきている杏叔母さん。

 叔父さんと喧嘩をして家出をしてはいるけど、仕事は真面目にやっているみたいだ。


「ふ~ん」


 僕が答えると、聞いてきたはずの本人は興味のない返事を返してきた。


 ―――なんだろう? この感覚は‥‥‥


 最近、妹との距離感がバグっていたせいなのか、素っ気ない態度をとられると物足りなさを感じてしまう。


「テストの範囲は?」


「‥‥‥」


 こっちの声は届いているはずなのに明らかに無視された。


「出題傾向ならわかる、かな」


 成績の振るわない僕が、学年20位の妹に対してアドバイスなんて‥‥‥。そんな立場にないことくらいわかっているんだけど。


「‥‥‥‥‥‥」


 食い下がってみたけど、やっぱり反応はなかった。

 そのかわりに何度も首を捻りながらブツブツと何かを呟いている。


「昨日はあんまり勉強できなかったなぁ~」


 仕方なく独り言ちる。

 朝は普段通りだったけど、もしかして僕は妹を怒らせたのか?

 

 いつもならウザ絡みしてくるはずが、そんな素振りはまったくなかった。

 剣道の練習に時間を取られたせいで今回はかなり焦っているのかもしれない。

 

 そう考えてはみたものの、無性に相手にして欲しかった。


「甘い物とかいる?」


「‥‥‥」


「飲み物は?」


「ちっ―――!」


 まさかの舌打ち。

 一体全体この状況は‥‥‥落ち着け自分。


 妹は目の前に迫ったテストに向けて集中しているだけじゃないか。

 それに無視されたって―――ダメだ! 段々と不安が込み上げてくる。


 僕は悟られないようにか細く息を吐いて、自分自身を俯瞰するように努めた。

 そして、ハッとなる。


 ―――なんてことだ‥‥‥この僕が『かまってちゃん』になっている。それも妹に対して‥‥‥


「さ、僕も勉強するか」


 恥ずかしくなった僕は、気持を切り替えるためにミニテーブルの前に座った。

 心の中の動揺を悟られないよう自然な振る舞いに心掛け、カバンから苦手な数学の教科書と参考書を取り出して準備する。


 妙な焦りを妹に察知されれば、彼女は絶対にマウントを取ってくる。

 集中しなければ。そして妹や武波先輩に追いつき、追い越さないと。


 陰キャな見た目からは卒業できたけど、内面的なものは何一つ変わっていないと断言できる。

 だからこそ、ここで頑張って学年順位を少しでも上げたいと思う。

 それが人としての成長に繋がるのかどうかはわからないけど、学生の本分が勉強だと言うんなら、たんぶん間違いない。


 全集中する勉強机の妹と、やっぱり気もそぞろなミニテーブルの僕。

 部屋には妹がカリカリとシャーペンを走らせる音だけが響いていた。

 

 途中、廊下の方から扉の閉まる音が聞こえたので、杏叔母さんが仕事を終えて帰ってきたんだろう。

 旅行雑誌のライターだと聞いている。昨日からほとんど話す機会がないけれどテストが終わればゆっくり話を聞いてみたいと思う。


「ちょ」


 しばらくして勉強机の妹が手招きして僕を呼んだ。

 相手にされていなかった僕は、彼女と目が合い少しだけ嬉しくなってしまう。

 これがまさしくツンデレってやつではないんだろうか? 気恥ずかしい自分の反応に心の中で苦笑する。


「何?」


 心とは裏腹に敢えてむすっとした態度で答えた。僕が飼い犬だったならブンブンと尻尾を振っている。


「ちょっと、ここ教えて。意味不明」


 そう言った妹が開いているのは国語の教科書だった。

 立ち上がって彼女の座っている椅子の後ろに立つ。

 肩越しに覗き込むようにすれば、普段僕の部屋にはない甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「古文か~これなら―――」


「―――ん」


 聞かれたのが苦手な数学じゃなくてよかった。

 国語ならいけるんだ。僕は小説で満たされている本棚に視線をやった。まあ、ほとんどがエッチな表紙のラノベなんだけど。

 

 最近とくに言葉が乱れている妹。ギャル特有っていうのかなんなのか。 

 そんな彼女に対して、わからない箇所を懇切丁寧に説明した。


「意味不明って、イミフて言うんじゃないのか?」


 妹の理解が深まったところで、ちょっと気になることを聞いてみた。


「それ死語じゃん」


 そうなのか!? 造語の寿命は短いって聞いたことがあるけど、もう使われてない!? これからは、『イミフ』は使わないでおこう。


「あんがと。ちょっと暑くね?」


 そう言った妹がシャーペンを置くと背もたれに体を預けた。

 手のひらで首元を扇ぐ。

 そんな仕草に僕の視線がなんとなく下がって―――その先にくっきりとした谷間が見えていた。


「‥‥‥」


 正直、目が離せなかった。

 その場で石のように固まってしまう。


 以前の僕なら兄としての立場が働いて、すぐに目を逸らしていただろう。

 でも、違った。妹は兄である僕に対して、「妹は卒業だから」と確かに言った。あれ以来、僕たち兄妹は両親の目を盗んで家族の枠を大きく外れている。

 だから余計に意識してしまう。目の前の妹がものすごく可愛い魅力的な女の子なのだと。


「なん?」


 椅子に座ったままの妹が下からこっちを見上げてきた。

 一瞬遅れて顔を背ける。顔が火照ってしまい、しばらく僕の視線は部屋の中を彷徨った。


 それでも仕方なく彼女の方に顔を戻せば、そこには僕を揶揄う時に見せる小悪魔的な表情が浮かんでいて。


「変態」


「ち、違う!」


「見てたじゃん。妹の胸」


「不可抗力だって。偶然見えたっていうか、僕の立ってる位置からはほとんど見えてないから」


「もっと見たい?」


 必至の弁明に、妹はどこ吹く風。

 Tシャツの少しよれた襟を引っ張ってみせる。


「や、止めろって‥‥‥!?」


「あっ、見たっしょ」


「だから、見てないって」


 慌てて体を離すと、椅子から立ち上がった妹が詰め寄ってきた。


「ほれほれ、妹の生乳だぞぉ~変態アニキ」


「―――言い方! それに妹って恋(れん)は言うけど、妹は卒業したんじゃ‥‥‥」


 ついつい口が滑ってしまった。僕の言葉に妹の目がギラリと光る。


「じゃあ、余計にいいじゃん。他人なんだから、ほれほれ」


 体を前に倒して中身を見えやすくしている妹は、なんだかとても楽しそうに見えた。

 やられているこっちはたまったもんじゃないんだけど。


「た、他人じゃない! 家族だろ」


「血は繋がってないし問題ないじゃん」


「や、やめろって―――! これでも健康な男だからな」


「おっ、やっと正直になったな、兄貴。今夜は寝かさん」


 下ネタで思春期男子を挑発してくるのは反則だ。どんなものにも限界ってものがある。兄ちゃんの気も知らないで。嗚呼、段々と腹が立ってきた。


「恋(れん)、隣に聞こえるからいい加減静かにしろ!」


「じゃあ、静かに見ろ!」


 どこまで本気で言っているのかわからない。こっちだっていつまでもやられてばかりじゃないんだぞ。兄ちゃんにだって普通に性欲はあるんだ!


「見たらとまれないかも」


 僕の言葉に一瞬妹の目が見開かれた。言葉の意味はすぐに伝わったみたいだ。

 挑発行為を止めた妹が、胸を両腕で抱いて前のめりになっていた体を起こす。

 そして、少しの間があって、「いいよ」と小さな声で返事をした。


 目の前でTシャツの裾に手を掛けた妹。

 その顔は熟れたリンゴのように真っ赤だった。


 ギャルっぽい見た目の超絶可愛い彼女は、血の繋がらない義理の妹で、言ってしまえば他人。


 そんな彼女の存在を意識してしまえば、兄としての矜持なんてものは何の意味も持たない。

 この時僕は、改めて自分の妹のことを誰にも渡したくないと強く願ってしまった。

 

 広くはない部屋の中、一歩だけ距離を詰めると僕の顔が映った妹の瞳は濡れていた。

 ゆっくりと手を伸ばしTシャツの裾を掴んでいた彼女の手に触れる。妹の手が裾から離れ、その手を優しく包み込んでからもう一歩距離を詰めた。


 彼女と僕の視線はさっきから交わったままで、どちらともなく互いの顔が近づいて―――。


「あっ、お邪魔だった‥‥‥!?」


 慌てて声のした方へ振り返れば、開いたドアの隙間から杏叔母さんの顔が覗いていた。

 秒で妹の手を離し距離を取る。


「「‥‥‥‥‥‥」」


「あれ、2人はそういう関係なんだぁ」


「ち、違います!」「そだよ」


 はっきり否定すると、妹にお尻を蹴り上げられた。


「痛てっ―――!」


「禁断の愛ね」


 顔だけ出した杏叔母さんは目を細めてニヤッと笑った。

 怪しい雰囲気になっていたところを見られただけだ。まだ何もしていない。

 だけど杏叔母さんが目撃した僕たち兄妹の雰囲気は、たぶん男女のそれで。


 妹と同じ部屋になって2日目の夜。

 そう、まだ2日目なんだ。

 僕は嬉々とした表情を浮かべる杏叔母さんを見つめながら、「はぁ~」という大きな溜息を吐いた。

 読んで頂きありがとうございました。

 平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。

 もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。


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