第26話 タブー
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
昼休み。
場所は言わずもがな。
階段に腰を下ろして焼きそばパンを頬張りながら、錆びついた手すりに背中を預けている陰キャ仲間の宗助にホームルーム活動での出来事を話して聞かせていた。
「ほほぉ~ギルドでござるか」
宗助はイケメンキャラではなく久しぶりにオタクキャラ全開だった。
最近は満月さんにダイエットを強制されているみたいで、以前のようなぽっちゃり体型とは言えなくなってきている。
「なんとかホームルーム活動の時間だけで班編成が終わったよ。放課後に残らなくて済む」
「それはお手柄でござったな。で、モモッチ殿のギルドメンバーはどんな感じなのでござる」
いざ募集って段階ですぐに学級委員長が加わった。
あと意外に思ったのが井上さん。陸上部とアルバイトに勤しむ彼女はラノベに興味を示してはいたけれど、そんなに本が好きなようには見えなかった。
最後は池山くん。班長に立候補したのはいいけれど、さすがは陽キャでクラス内カーストの上位。人が集まりすぎてしまい自分から班長を降りてこっちの班に合流することになった。
「頼りになりそうなメンバーかな。それはそうとイケメンキャラはもういいのか?」
気になったので聞いてみたら宗助は慌てた様子で周囲に視線を走らせた。
「―――し、静かにするでござる!」
きょろきょろとせわしない様子の宗助が口のまえで人さし指を立てた。
近くに誰かいるとすれば、それは満月さんくらいなもの。
「このことは美音に内緒でござるぞ。さすがにイケメンキャラは疲れるというかなんというか‥‥‥」
「言わないよ。でもバレたからって‥‥‥ダメなのか?」
「相当ヤバいでござる。モモッチ殿は美音の恐ろしさが何もわかってないでござるよ」
「そ、そんなに?」
「そんなに、でござる」
気配を感じて身震いした。急に周囲の温度が下がったような感覚。
宗助を見ると真っ青な顔をしていた。
―――カツン、カツン‥‥‥
辺りに金属の床を叩くような音が鳴り響いた。
思わず階段から腰を上げ、そのまま音のする方―――2階の踊り場へと顔を向けた。
そこにはゆっくりと階段を下ってくる女子の姿があった。
孤高の存在にして高嶺の花と謳われるモデルのようなプロポーションを持つ満月さん。
階段の途中で立ち止まると冷たい表情を彼氏の宗助に向ける。
「そんなに?」
底冷えのする声音だった。
宗助の顔は血の気を失い、体は直立不動のままその場で凍り付いている。
「き、聞き間違えでご、ご、ござ‥‥‥」
「ござる?」
「ござらない。すまない、美音」
「お仕置きね。帰りに私の家に寄りなさい」
「‥‥‥はい」
満月さんの家でお仕置きって‥‥‥色々と気になる。気になるところしかない。
しばらく2人のやり取りを見守った。
そして頃合いを見計らってから昨夜の妹とのやり取りを伝える。
わざわざ絆創膏を外してキスマークを見せると、満月さんは一瞬呆けた顔になった。
口の端から透明なものが伝い落ち、それを宗助が取り出したハンカチで素早く拭き取る。見事な連携だった。
「計画を台無しにしてごめん。妹の挑発に乗ったというか‥‥‥気づいたら自分の気持ちをぶちまけてた」
「台無しどころか成功よ。言ったじゃない、ある程度時間が経ってから効果が現れるって」
たしか計画の第4段階で、『燃えよジェラシー大作戦』だったか‥‥‥。
「ただこんなに早く効くなんて私自身も考えてなかったわ。もうカリギュラ効果を恐れる必要はないわね。百崎くん、告白しなさい」
「‥‥‥告白」
作戦参謀の満月さんからついに命令が下された。
でも、本当にいいのだろうか?
昨夜の妹の言葉をそのまま受け取ってしまえば、僕と妹は付き合うことになる。
寝取るという当初の目的は達成だ。
でも、昨夜も感じたようにこのモヤモヤする気持ちはどうしてなんだろう? 素直に喜べない。
「浮かない顔ね」
満月さんは、すべてお見通しって顔をしていた。
「わからないんだ‥‥‥なんでこんなに心がざわつくんだろう‥‥‥」
「その答えを教えてあげましょうか? それは、あなたが禁忌に触れようとしているからよ」
「――――――!?」
満月さんが口にした言葉はとても嫌な響きだった。
喉の奥がひりついて声が出ない。
そんな僕を見据えて表情を消した満月さんが話を続けた。
「あなたにとって義妹はかけがえのない家族。いままで本当の兄妹のように仲良く一緒に暮らしてきて、そんな関係がある日突然消えてなくなる。家族と認識してきた妹が自分の彼女になるって―――これを禁忌と呼ばずして何て言うのかしら」
目の前が真っ暗になった。
自分でもわかっているつもりだった。でも、こうして言葉として突きつけられると現実が一気に押し寄せてきた。
僕は百崎家の長男だ。そして恋の兄。再婚同士の両親は僕たち兄妹のことを実の息子、実の娘として大切に育ててくれている。
それなのに僕は‥‥‥いつの頃からか妹のことを異性として好きになってしまっていた。
「恋とは血が繋がってない」
「そうね。けれど、あなたは平気でいられない」
「好きなんだ‥‥‥だけど、それでも僕の妹なんだ。そんな関係で付き合うってことは‥‥‥」
言葉に詰まった。ひた隠しにしていた本心。そうありたいと願う心はいつも現実という大きな壁に阻まれてしまう。
俯いた視線の先には錆びついた鉄の踊り場があった。
僕の妹に対する本心はいつかこの床と同じように錆びついてしまう―――。
全身の力が抜け膝から崩れそうになった時だった。
満月さんの鋭い声が耳に響いた。
「しっかりなさい! あなたは義妹のことが好きなんでしょ! 守りたいんでしょ! だったら、あなたの方から告白して『寝取り計画』を成就させるの。兄妹だからって関係ない。禁忌なんかくそくらえ、付き合ってから兄妹のことや家族のことを考えればいいじゃない、そうでしょ百崎くん」
「美音の言うとおりだ。好きならそれでいいんだよ。結婚するなら証人が2人いるって聞いたことあるけど、もうここにそろってるから安心するでござ―――じゃなくて安心しろ!」
満月さんの紡いでくれる言葉はひたすらまっすぐだった。だから、うじうじと悩んでいる僕の心に確かに響いた。
しれに―――証人ってなんだよ宗助。こっちは真剣に考えているのに、そんなことをそんな真顔で言われると、考えていること自体がバカらしくなってくる。
不思議と勇気が湧いてきた。
陰キャでボッチな自分にもこうして応援してくれる仲間がいた。
「ありがとう2人とも」
「本気で義妹が好きなら禁忌を犯すことを恐れないで」
「応援してるぜ」
真剣に話を聞いてくれて、一緒になって考えてくれる2人。
本当に相談してよかったと思っている。
予鈴が鳴るころには、モヤモヤする気持ちはすっかり消えてなくなっていた。
ホームルームが終わり、塾へと急ぐ生徒や部活の準備に追われる生徒が慌ただしく教室を出ていった。
そんな中、最近話す機会が増えた井上さんがわざわざ僕の席へとやってきて、「部活行くね、バイバイ~」と挨拶してから教室を後にした。
今日は図書委員の活動がある。
机の上を片付けて席を立つと学級委員長の加藤さんに呼び止められた。
「百崎くん、ちょっといい?」
「何か用かな?」
教室に残っているのは日直とその他数人の生徒だけで、僕らを気にしているクラスメイトは誰もいなかった。
「昨日はごめんなさい。それに今日も助けてくれて‥‥‥本当にありがとう」
深々と頭を下げる加藤さん。
人に感謝された経験なんてないので慌ててしまう。
「あ、いや―――そんな、お、大袈裟だよ」
「ううん、私がバカだった。去年の演劇を観てすごく感動しちゃって‥‥‥それで武波先輩に憧れて‥‥‥私っていつもこうなの。距離感がわからなくなるっていうのか‥‥‥はぁ~本当にダメよね」
加藤さんはため息交じりに言うと自嘲気味に小さく笑った。
ストレートの艶やかな黒髪を後ろで束ねた眼鏡美人の優等生。
少し角張った眼鏡のせいなのか厳しい性格に見える彼女の印象はこの2日間でガラリと変わってしまった。
「ダメじゃないと思うけど。告白は勇気がいることだし僕には真似できないから。それに今日だってしっかりクラスをまとめてたじゃないか」
「百崎くんがいたから」
「あんまり役に立たなかったけどね」
乱立するギルドを最後にまとめ上げたのはやっぱり学級委員長だった。
そんな彼女が頼ってくれたのは、たぶんメンヘラ気質の裏の顔を垣間見た僕に対して少し気を許してくれているからだろう。
「ハンカチもらってくれる」
加藤さんから小さな紙袋を受け取った。
いつの間にか教室には僕と彼女の2人きり。
彼女に促されて中身を確認した。
「新品‥‥‥?」
「貸してくれたハンカチは洗濯したんだけど‥‥‥汚しちゃったから新しいのを買ったの」
「なんだか悪いよ」
「遠慮しないで使って。じゃあ、また後で」
そう言って加藤さんは足早に教室を出て行った。
「後で?」
なんだか最後の言葉が引っ掛かった。
加藤さんの姿が消えたあと、紙袋の中にハンカチとは別のものがあることに気が付いた。
それは手作りっぽいクッキーでリボンのついた透明な袋に入っていた。リボンに2つ折りされた小さな紙が挟まっている。
「‥‥‥なんだろう」
さっそく開いてみるとそこにはSNSのアカウントが書かれていた。
帰り支度を済ませ急いで図書室へと移動した。
週末を前にした木曜日の今日と金曜日の明日は利用者が増える傾向にある。
本の貸し出しを行い手元の台帳を整理していると入口にさっき別れたばかりの見知った顔が現れた。
「あっ、百崎くん。こんなところで何してるの?」
そう言ったのは加藤さん。当然僕が図書委員だということは知らないはずで。
「見てのとおり図書委員なんだ」
「へ~そうなんだ、イメージ通り。ねぇ、ここで学級委員の仕事していい?」
「勉強してる人もいるから大丈夫だよ」
今まで加藤さんが図書室で学級委員の仕事をしているところを見かけたことはなかった。
誰もいない教室の方が仕事は捗るんじゃないのだろうか。
それに副委員長の男子の姿も見えない。でも、「どうして、ここで?」と聞くのはやめておいた。
互いに黙々と委員の仕事をこなす。
加藤さんは分厚い冊子を開いてノートに何かを書き写していた。校外学習に関することかもしれない。
「―――うん?」
返却された本を書架に戻していると背中に視線を感じた。
振り返って確認してみたけど、こっちを見ている人はいなかった。
正面に位置している加藤さんは黙々と仕事を続けていて‥‥‥僕の気のせいだったみたいだ。
最終下校時刻。
図書室の施錠を確認してから扉の鍵を職員室に返却する。
昇降口から外へ出れば、湿気を含んだ生温い風が頬を撫でた。
「もうすぐ梅雨入りかな」
夕暮れの空を仰いでから歩きだしたところで後ろから声を掛けられた。
「百崎くん」
「あっ、加藤さん」
振り返れば、そこには最終下校時刻の30分くらい前に図書室を後にした彼女の姿があった。
まだ校内にいて学級委員の仕事をしていたんだろうか。
「百崎くんは電車通?」
「そうだけど。加藤さんは?」
「私も同じ。ね、駅まで一緒に帰りましょう」
そう言ってから彼女は僕の隣に並んだ。
別に断る理由はないけれど―――? いや、よく考えればあまりよろしくないように思えてきた。
登校途中に見ていた妹と魔王の背中が脳裏に浮かぶ。
それに妹に対して、「魔王と関わるな」なんてことを言ってしまった手前、もの凄く罪悪感が込み上げてきた。
「迷惑だった?」
少し悲しそうな顔で加藤さんが聞いてきた。
「えっ‥‥‥!? 違うよ、大丈夫。ちょっと考え事してたから」
「そうなんだ。なにか困ってることがあったら何でも言って、こんどは私が力になるから」
「ありがとう、でも大丈夫だから」
夕暮れの中、学級委員長の加藤さんとぎこちない会話を交わしながら駅へと歩いた。
加藤さんとは改札をくぐってからすぐに別れた。
ホームに上がればサラリーマンの姿が大半で、電車を待つ長い列の後ろに並んだ。
電車が到着すると行列がゆっくり前へと進む。
今いる位置では座ることは難しい。
電車内は仕事で疲れ切った顔の乗客が多くを占め、座席を諦めた僕は床にカバンを置いて吊革につかまった。
発車時刻が近づくと一気に混雑が増し、左隣に立っている人が僕に体を寄せてきて互いの肩が触れ合った。
電車が動き出す。と、突然だれかに左手を掴まれた。
ぎょっとして隣を見れば、そこにはニッと笑った妹の顔があった。
昼休みに言われた満月さんの言葉が頭の中に蘇る。
「恋さん、なんで手を?」
「いいじゃん。誰も見てないし」
周りに目を向ければ妹の言うとおりで、誰もこっちを気にしてなんかいなかった。
ほとんどの乗客は手にしたスマホに視線を落としているか、あとは下を向いて寝ていた。
「そういう問題じゃないんだけど」
「嫌なん?」
嫌なわけがない。妹のことを意識すればするほどそんな本音は言えない訳で。告白というワードが頭の中を巡っていた。
「嫌っていうか‥‥‥もし知り合いに見られたら」
「こうやって体をくっつけてれば見えないっしょ」
妹が体重を預ける勢いで体を寄せてきた。
最近、理不尽な行動が増えている。こういう時は何を言っても無駄だと知っていた。
だから握られた手はそのままに、気になっていることを聞いてみた。
「こんな時間まで何してたんだ?」
部活を決めかねていると本人は言っているけど―――つまり帰宅部の妹がこんな時間になることは次の日が休みの金曜日以外では珍しい。
「武波先輩と一緒にいた」
「―――えっ!?」
聞いた瞬間に心臓がドキリと跳ねた。
「あはは‥‥‥嘘」
「‥‥‥嘘って」
「兄貴の手がピクピクしてんだけど。びっくりした? それとも嫉妬?」
兄を揶揄う妹はニヤニヤしながら肩をぶつけてきた。
「あのな~こんなところで兄ちゃんを揶揄うな。で、何してたんだ?」
「う~ん、部活の見学」
すこし言い淀んだ妹の態度が気になった。
それにいつもと違う爽やかな香り―――制汗剤みたいな匂いが妹から漂ってきた。
「見学って何を?」
「内緒。それよりさっきの誰?」
妹は話をはぐらかすように話題を変えた。
妹が言う「さっきの」とは、駅で別れた加藤さんのことだろうけど、目ざとく見られていたみたいだ。
別にやましいことがある訳じゃないし隠す理由はないんだけど―――魔王と関わるなって言った手前、どう説明したものかと考えてしまう。
「恋も知ってる人だよ」
「私が知ってる人?」
妹には話をしていたし、なにより昨日の今日だ。「許せん」と言っていたはずなのに、僕が一緒にいた人物を加藤さんだと分っていなかった。
「ほら、昨日の朝の―――例の学級委員長、加藤さんだよ」
「あぁ! マジで―――!?」
正体を明かすと妹は驚きの声を上げた。
でも首を捻ってどこか不思議がっている様子。
その後は、「うん、うん」と1人納得するように何度も頷いていた。
「どうかしたのか?」
「昨日と顔つきが違う」
「何が違うって?」
「‥‥‥女の顔。だから加藤って先輩のことだって気がつかなかった」
「女の顔‥‥‥」
「ごらぁあああ兄貴~~~! またやったんか? ぎゃぁあああムカつくぅううう!」
満員に近い電車の中、妹は幼い女の子のように地団太を踏んだ。
声は抑えているけれど、周りの人は驚いてこっちを気にしている様子。
「落ち着けって、ただのクラスメイトだから。たまたま帰りが一緒になっただけで」
「はぁ~ん? たまたま? そんな訳あるか」
「ホントだって、たまたまなんだ」
言いながら本当に「たまたま」なんだろうか、と疑念が生じたのは妹に内緒だ。
あまり騒ぐと他の乗客に迷惑がかかる。ひたすら許しを請うように妹をなだめすかした。
「帰ったら説明するから」
「ふん、私には男子と話すなって言ってんじゃん」
「そ、そんなことは言ってないから」
なんという拡大解釈。危険な香りのする魔王には関わるなとは言ったけど、そんな嫉妬心の強い彼氏みたいなセリフを吐いた記憶はない。
「じゃあ、ちゃんと手つないで」
「恋‥‥‥」
僕の手は上から掴まれる格好で妹の手に握られていた。
彼女の手が一旦離れ向きを変えてもう一度握り直してきた。
促されるままに手を開くと、僕の指にほっそりとした妹の指が絡みついてきて自然と手のひらを合せるかたちに‥‥‥。
―――これって世間一般で言う恋人つなぎってやつじゃ‥‥‥!?
妹が急に大人しくなった。
横目で見れば、真っ赤な顔をして俯いていた。
当然、僕の顔も相当火照っている。
傍から見れば初々しい高校生カップルに映るんだろうか。
僕たち兄妹は最寄り駅まで一言も話さないまま、それでも繋いだ手は電車が止まるまで離れることはなかった。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。




