第19話 兄の感情として
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
雨でずぶ濡れになった僕は、家に帰るとすぐにシャワーを浴びた。
そのまま部屋に引きこもりベッドの上に寝っ転がる。何もやる気が起きなくてスマホで動画投稿サイトのサムネをただぼーっと眺めていたけど、頭の中ではファミレスでのやり取りが反芻していた。
妹を寝取ると心に決めた僕は、はっきりと自分の気持ちを伝えるだけでよかったのに、いざ悪魔こと武波先輩を前にすれば自分の本心を知られるのが怖くって―――先輩の彼女の話を持ち出すような真似をしてしまった。
あの時の武波先輩の目は静かな怒りを湛えていた。歪で不自然だと言われたけど冷静になって考えればまったくその通りだと思う。
妹に近づいて欲しくない僕の気持ちと、武波先輩の彼女は直接関係がなかった。
これは極めて単純な話。あの時、僕は自分の気持ちと向き合って武波先輩に真っ向からぶつかる必要があったんだ‥‥‥。
「自分の気持ちをはっきり口にしていない、か‥‥‥」
スマホを枕元に投げ、天井を見つめていたらまぶたがものすごく重くなってきて―――。
ばたんと隣の部屋のドアが閉まる音で目が覚めた。
廊下を歩く足音が部屋の前を素通りし階段を下りて遠ざかる。
枕元のスマホが短く鳴った。画面を見れば、『ご飯出来たから下りてきて』と母さんからの短いメッセージが届いていた。
少しの間、葛藤する。
作ってくれた母さんには悪いけど食欲はないし、なにより妹と顔を合せたくはなかった。
だから、『食欲ない』とだけ返信した。
暫くの後、階段を駆け上がってくる足音が聞こえたと思ったら廊下の方から声がした。
「―――兄貴」
ドアが開いて隙間から憮然とした妹の顔が覗く。部屋に入ってくる気配はない。
僕はバレないよう小さな溜息を吐いてから体を起こした。
「なんだよ」
そう聞いてはみたもののファミレスの件しかない訳で。
「後で話があっから」
短く言った妹の顔がドアの隙間から廊下へと引っ込む。静かにドアが閉じられた。
言いたいことがあるんなら今ここで言えばいいのに、わざわざ「後で」と言ったのは両親に聞かせたくない話なんだろう‥‥‥。
両親が寝静まった深夜。
部屋のドアが静かに開いてTシャツとショートパンツといういつもの格好をした妹が忍び込んできた。
僕はその時、ベッドに寝転んで気晴らしにラノベを読んでいたんだけど―――妹と入れ替わるようにベッドの上を譲り渡し、自然と床に正座した。
「それで? 何か言うことは?」
「‥‥‥‥‥‥」
色々と話さなければならないことはあるんだけど、一体何から説明すればいいのか? 僕の視線は床に落ちたままで。
「こっち見ろ」
「‥‥‥」
ゆっくりと視線を上げれば不満を表明したふくれっ面の妹が腕を組んで胡坐をかいていた。
両腕に挟まれた胸の膨らみが強調され、角度によっては谷間が見えそうで慌てて視線を逸らす。
「何、その態度」
ぶっきらぼうに言った妹が、目を細めてこっちを見た。
僕は煽情的な格好の妹を避けるように視線を彷徨わせながら放課後の経緯を説明する。
「―――じゃあ、本当に偶然なん?」
「はい」
「妹に近づくなってどういう意味?」
「そ、それは‥‥‥」
「彼女がいるのも知ってるし先輩メチャ良い人だから。私の相談に乗ってくれてんの」
そう言った妹の目は真剣だった。それだけで彼女の心が武波先輩に傾倒していることが窺えた。
「なんで兄貴が急にあんなこと‥‥‥どう考えても、わからん!」
「恋のことが心配になった」
「なんで兄貴が心配するんだよ」
武波先輩の正体について話してみようかと考えた。でも宗助が言っていた『カリギュラ効果』という言葉が頭を過ぎる。彼女の心が武波先輩に向いている現状で何を話して聞かせたとしても無駄なように思えてしまった。
「そ、それは‥‥‥」
「ほら、言ってみ」
言い淀む僕に向かって妹が返答を促す。何故か彼女の口元が小さく笑っていた。
「私に彼氏ができたと思った?」
「ぐっ‥‥‥」
「正直に言え」
「お、思った。彼女がいるって聞いて騙されてるんじゃないのかって心配になった」
「それだけ?」
本当はそれだけじゃなかった。
兄が妹に対して抱くにはあまりにも不適切な感情。でも自分の気持ちを言い表すのに、他に当てはまる言葉が見つからなかった。
その言葉を彼女の方から口にした。
「嫉妬した?」
その言葉を聞いて僕の心臓が大きく跳ねた。
図星を指され顔が一気に熱を持つ。
「ものすごく不安で‥‥‥それに嫌な気持ちになって‥‥‥たぶん嫉妬だと思う」
ファミレスでは妹に無様な姿を晒した。それは自分の心を知られないように姑息な言い方に終始したからで‥‥‥もうあんな過ちを繰り返したくはなかった。だから正直な感情を口にした。
「兄妹で嫉妬って‥‥‥キモイよな」
僕が自嘲気味に言うと妹の口元から小さな笑みが消えた。
顔からすっと表情が消えて感情がまったく読み取れない。
そんな様子に焦っているとベッドから下りた妹が四つん這いでこっちに近づいてきた。互いの息遣いを感じる距離にまで顔を寄せる。
慌てた僕が視線を下げれば、緩んだ襟から胸の谷間が覗いていて―――慌てて視線を元に戻した。
「あ、兄貴‥‥‥」
「ちょ、ちょっと近くないかな恋さん‥‥‥!?」
僕は正座を崩してその場でのけぞる。石鹸の香りが鼻腔を満たし、目の前の瞳には呆けた自分の顔がはっきりと映し出されていた。
さらに妹の顔が近づいてくる。そして互いの鼻先が触れ合ったその瞬間―――僕と妹は慌てて互いの顔を離した。
しばらく間、僕たちはそのままの姿勢で固まっていた。
何が起ころうとしていたのか、理解が追いつかない。
先に沈黙を破ったのは妹だった。
「武波先輩は彼氏とかそういうのじゃないし。嫉妬すんな」
そう言ってから妹が立ち上がった。熟れたリンゴみたいに顔が真っ赤で。
僕も少し遅れて立ち上がる。
「嫉妬してごめん」
苦笑する僕に蠱惑的な笑みを浮かべた妹が一歩近づいた。
「恋‥‥‥」
ごくりと生唾を飲み込んだ。
そんな僕の耳元に真っ赤な顔を寄せた彼女が囁く。
「私も嫉妬してんだよ」
妹はそう言ってから静かに部屋を後にした。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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