第二節 不吉な流れ星 ②
バイクを操る特務チームの面々は、他愛ない会話を続けながら緑豊かな村の中を入った。道をさらに進んでいくと、風景はやがて民家が一軒も見当たらない地に変わっていった。しばらく進むと道も粗くなり、やがて未舗装の道となる。そして見えてきたのは、広範囲に木々が生えた森であった。少なくとも見える範囲の森の木は、そこまで密集していない。地面から生える草花も背が高くないものばかりであるため、鬱蒼だという言葉は出てこない。むしろ、どちらかといえば林という印象があり、木漏れ日が美しく射した穏やかな場所である。
「うん。ここがそうだな」
ダグラスが携帯端末を見て位置情報と地図データを確認した。
「見たところ普通の林っぽいですね。見通しよさそうやし、凶暴化してる動物おってもすぐ見つけられそうでよかったわぁ」
と、アシュリーは安堵した。
「このあたりはまだ見通しがいいんだが、奥に行くと鬱蒼としてるらしい。その森の奥に、小さいながらも母なる息吹があるんだ。気ぃ抜くなよ」
「うへぇ……」
しかし、ダグラスからの情報でぬか喜びとなり、すぐにガクッと頭を項垂れる。
「……ん……?」
と、その時、クレイグは何かおかしなものを見つけたのか、森の奥を凝視しはじめた。同時にアイオーンも何かに気づいたようで、遠くを睨みつけている。ユリアとテオドルスも、神経を研ぎ澄ませて魔力の気配を探っているのか目を瞑っている。そして、魔力に敏感な四人はそれぞれ感じ取った内容を述べる。
「……遠いからか? すんげぇ弱いけど、変なのがある」
「そうね……とても微弱なのは、遠いからだと思うわ。ここからだと、『嫌なもの』としかいえないわね……」
「……それとは別に、母なる息吹から噴出する魔力とは『違う魔力』が混じっているような……?」
クレイグ、ユリア、テオドルスですら疑問を抱く結果に、アイオーンは頷いた。
「『変なもの』、『嫌なもの』の正体は、おそらく呪いの類だ。奥に『何か』がいる」
「の、呪い……?」
一瞬、イヴェットが怯む。物理で倒せるものならばそこまで恐れない彼女だが、さすがに呪いともなると物理ではどうしようもできないからだ。
「ここで詳細なことを感知することは難しい。なにゆえ気配が遠く、そのうえ微弱だ」
「なら、今できることは、武器持って注意深く進むことくらい……?」
「そうだな。──恐ろしいか?」
「ううん……。あたしは、極秘部隊の特務を任された人間だもん。それに、アイオーンやみんながいるから大丈夫。前に進めるよ」
勇敢な彼女が尻込みするのも無理はなかった。ユリアたちが揃って「変だ」と言う魔力など初めてだ。旧ヴァルブルク領での事件でも、聞かない言葉だった。そして、誰もが「心配するようなものではない」という安心感を与えてくれる言葉を言わないことからも、未知なる驚異的なものだということが判る。
それでも、イヴェットは己の役目を再認識して鼓舞した。それに、仲間が一緒ならその不安は和らぐ。イヴェットは、両手で頬を叩いて気を引き締めると、武器である長い棒を手に出現させた。
特務チームは、武器を手に持ちながら奥に進んでいく。しばらくすると、少しずつ木の数が増え、陽の光があまり入ってこなくなった。このあたりには、木の幹がとても太く、枝に人間が座っても折れそうにないほどにしっかりとした木がたくさんある。小さくとも、ここには母なる息吹があるため、周囲の木々は魔力に適応した古くからある種なのだろう。魔力を利用して、簡単には折れない木として成長している。そんな木々が多いため、あたりは薄暗く、木の根が地面のすぐ下を通っているため凹凸が激しく、足元が不安定なところが多い。
さらに進むにつれて、魔力の濃度が高くなり、奇妙な魔力の気配も強くなっていった。すると、突如、草や地を蹴る足音が耳に入ってきた。音の響きからして躯体が大きい。どんどん近づいてくる。
「──熊だ! 変な魔力を持ってる!」
クレイグが叫ぶ。
まだ魔力を駆使した戦いには慣れていないダグラスと、狭い森の中なので魔術が使えない──母なる息吹はあれど、魔術を使えば木々が折れて、戦うときに仲間に危害を加えてしまう可能性もある。なにかの弾みで発火する恐れもある。余計な木の伐採も出来れば避けたい。そのため、ここでも非常事態でなければ魔術を使用するのは控えようということになったのだ──アシュリーが、即座に熊へ銃口を向けて数発発砲した。だが、毛皮によって銃弾は弾き返されてしまった。
「って、毛皮に弾き返された!?」
「なんやコイツ!」
近づいてくる熊を見ると、爪が異様に長く鋭利で、開いた口からも鋭く大きな牙があることがはっきりとわかる。あれは普通の熊ではない。熊の体内に淀んでいる奇妙な魔力のせいか──ユリアは、鞘から剣を抜き、魔力をまとわせた。
「銃弾が効かないなら──これで!」
魔力による身体能力を向上した身体から繰り出される剣術は、熊の腕と顔、そして上半身を何度か斬り裂いていった。腕が落ち、顔と上半身は深く斬られたため熊は絶命した。銃弾を弾けるが、それでもユリアほどの魔力生成量を誇る魔術師には敵わないようだ。
「……意外とあっさり終わってくれたな」
ダグラスが熊の死骸を見ながら呟くと、ユリアは笑った。
「昔のような魔物ではありませんからね。魔物は、魔力を扱えるので、今の動物以上に屈強でした。見た目も厳しいものが多かったです」
「──爪が異様に長く、しっかりしているな。こんなにも長い爪に頑丈な体毛など、普通の熊なら持っていない……」
ラウレンティウスが斬り落とされた熊の腕を広い、爪を調べる。
「植物やったら、小さい母なる息吹から出てくる魔力量でも、身体を丈夫に変化させることができるってのは研究で判ってるけど……動物が、これくらいの魔力でここまで強くなるのは、そうそうおらへん。その爪や牙は、体内にある『変な魔力』のせいやろな……」
「……そうであろうな。この熊には、全身に奇妙な魔力を感じる……。これが、凶暴化した動物の正体なのだろう」
血を流して絶命した熊に触れながらアイオーンが言う。すると、何かに訝しんだ。
「……この力は……」
「何かわかったのか?」
ラウレンティウスが問うと、アイオーンか顔を顰めて首を振る。
「いや……。しかし……これは……」
じょじょに声が小さくなり、アイオーンは苦々しい顔をして黙り込んでしまった。
「……凶暴化した動物のほかにも、黒い霧も出てくるのよね?」
もうひとつの異変について指摘しながら、ユリアはちらりとアイオーンを見て思い巡らす。
昨日の遺跡にいるときも思ったが、この一件は、はるか昔のことと関係があるのではないか。でなければ、こうもアイオーンが苦悩の顔を浮かべない。現象の原因がわからないだけなら、こんな苦しんだ顔はしないはずだ。
それでも、彼はまだ語ってはくれないだろう。ユリアは、何となくそう思った。自分にも、誰かに言いたくても言えないことがあった。それは勇気がなかったからだが、アイオーンの場合は決めるには情報が足りていないこともあるだろう。調査を始めてまだ二日目なのだ。そうと決めつけるのも時期尚早だ。
「そのはずなんだが……森の中だと、木が邪魔で奥に何があるのかわかりにくいなぁ……。ちと、木の上に登って確認してみるか。枝は頑丈そうだし、折れねぇだろ」
「だったら、あたしが見てきます!」
「オレも行ってきます」
ダグラスの提案に、イヴェットとクレイグが名乗りを上げた。そして、体内の魔力で筋力を強化すると、軽々と木を登っていく。しばらくすると、ふたりのやり取りが聞こえてきた。
「──イグ兄! あれ見て!」
「……黒い霧が少し見える! あれ、入口で感じた変な魔力だ……!」
「黒い霧は『変な魔力』、か……」
クレイグの言葉に、テオドルスが眉を顰めて呟く。
「さっきの熊みたいな動物、まだどっかにおるんやろな……」
頭を掻きながらアシュリーも複雑そうに呟いた。すると、テオドルスが何かを見つけて歩きだし、しゃがみ込んだ。
「どうした?」
ラウレンティウスが熊の腕を地面に置きながら問う。
「……小動物が、目立った外傷もないのに死んでいる」
「……本当だな……」
テオドルスに近づき、ラウレンティウスは彼が見つけたものを目に映した。それは、横たわったリスだった。テオドルスは横たわる小さい身体に触れるが、リスはぴくりとも動かない。
「……そういや、これだけ自然豊かなのに、生き物がさっきの熊しか見当たらんってのもおかしいくないか……? 入口あたりには、まだ虫はいたってのに、ここに来た途端に見かけなくなった。こんなにも植物で鬱蒼としてたら、そこんじょそこらにブンブン飛び回っててもよさそうなもんだろ……」
ダグラスが周囲を見渡しながら怪訝な顔をする。アシュリーも地面を観察するが、地を歩く小さな生き物は見当たらない。
「たしかに、虫もいないですよね……。つか、なんかここらへんに来てから身体がダルくなった気がするんですけど……」
アシュリーな気だるそうなため息をつくと、木の上からクレイグとイヴェットが降りてきた。
「……すべては、黒い霧が原因やもしれぬ。我々であっても長居は危険だ」
熊の身体から手を離し、アイオーンは仲間に注意を促しながら立ち上がった。
「黒い霧が出ている場所へ行きましょう。ふたりとも」
と、ユリアが号令をかけ、イヴェットとクレイグに目をやる。
「うん。こっちだよ」
「見た感じ、そう遠くないはずだ。十分くらい歩けば着くと思うぜ」




