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選択、そして次の道へ ④

「そうね。ということだから、私の背中はあなたにお願いするわね。頼りにしてるわ」


「ああ」


 そして、ラウレンティウスは背を向けた。ユリアも作業を再開する。


「……もしかしたら、その約束は──」


 すると、ラウレンティウスは部屋から離れる前にそんなひとりごとが聞こえてきたような気がした。しかし声が小さく、そのあとに続いた言葉が聞き取れなかった。


「何?」


「──いいや。何も言ってないが」


 と言って、振り返ることなく彼は去っていった。


「……?」


 本当に何も言っていなかったのだろうか。

 ふと腕時計を見ると、定刻まであと十分を切っていた。確認が終わり次第、そろそろ玄関先に行っておいたほうがいい。

 確認を終えると、ユリアは荷物を持って自室の扉に近づく。すると、ちょうど荷物を持ったアイオーンとテオドルスが通りかかった。


「ああ──ユリア。ちょうどいい。あれから身体に変異はないかい?」


 テオドルスに問われると、ユリアは頷いた。


「ええ。今のところは」


 ユリアは、聖杯と呪いというふたつの力に、間近にかつ長く触れ続けていた。生まれつき異なる力の影響を受けやすいこともあり、力に接していた時間はヴィヴィアンほどではないにしろ、何らかの影響があって体質が変化を起こしていてもおかしくはなかった。


「ここ数日、アシュリーがユリアの血から魔力の状態を調べていたが、特に異変は見られなかった。しかし、血からでは判らない変異が潜んでいる可能性もある。触れていた力が、負の感情に作用するものだったからな。きみに負の感情が生まれたときに、何かが起きてしまうかもしれない。だから気をつけろ」


「ええ。けれど、今の私ならば、それらに向き合えることができると思うわ」


 アイオーンの忠告にユリアは毅然と答えた。確かに、自分のなかには消えないトラウマと消したくても消せない負の記憶がある。それでも、昔の自分とはもう違うのだ。


「そうだね。よほどのことが無いかぎりは」


 テオドルスも、その時が来ることを案じている。

 負の感情に囚われるときとなると──仲間を失うときか。あるいは、自身がどうしようもない状況に陥ったときだろうか。どちらも考えたくないことだ。


「心が耐えられないことは、確かにまだあるわ。それでも、私はそれに立ち向かう。もう『昔の私』ではないわ」


 ユリアは微笑む。少し前とは違う心持ちである半身に、テオドルスは静かに微笑み、ゆっくりと息をついた。


「……確かにそうだね。君はもう、昔の君じゃない」


 そう言ったテオドルスは、誇らしさとどこか寂しさのある声だった。

 そして、彼は「そろそろ時間だから行こうか」と言って歩き始める。アイオーンも彼についていこうと足を動かしたその時、ユリアがアイオーンの腕を掴んだ。そして、とあることを囁く。


「……魂の契りは、いつ解くの?」


「気持ち悪いのか?」


 アイオーンも小さな声で問う。


「いいえ。そういうことではなくて──」


「それとも、結婚式と同等の意味を持っているという事実が気になるのか?」


 意味深に、わずかに微笑んでいる。なんとなく()く気がない雰囲気がある。理由はきっとひとつ──こちらの反応を楽しんでいる。そのことを察したユリアは、興味なさげにツンとした態度で言い放つことにした。

 その余裕さがなんだか悔しい。アイオーンを楽しませてたまるものですか。


「……いいえ。それは星霊社会の考え方よ。私は人間社会に沿って生きているわ。だから、これはただの魔術でしかない」


「そうだな。きみもわたしも人間社会に属している。気にすることはない」


 だが、アイオーンはユリアの反応に残念がることなく微笑んだまま去っていった。慣れないながらも頑張ってつんけんしたというのに効果がなかったようだ。悔しい。

 それから約束の時間を迎え、特務チームの八人は屋敷の外に出た。石畳が敷かれ、道のわきにはレンガ造りの花壇、そして中央には神話の登場人物を模したオブジェがある古い石造りの噴水が設えられている庭を進む。両脇に木々が綺麗に並んでいる少し長い道を歩いていき、最後に鉄格子門を開けた。


「──アヴァル国に過ごした日数って、意外と少なかったな。そのぶん一日一日が濃かったけどさ」


 ダグラスによって鉄格子門の鍵が閉められると、クレイグが少しだけ名残惜しそうに言った。


「だよね。このお屋敷、けっこう過ごしやすかったからよかったなぁ」


 と、イヴェットは呟く。

 ここで過ごした日は短いが、人もかなり少なく静かで過ごしやすかった。そして、人がかなり少なかったおかげで、八人の魔術師が同時に鍛錬できた。それほどに敷地が広かったことも有り難いものだった。


「ところで、総長。次の任務先でも、バイクは支給されるのでしょうか?」


 ほかのメンバーは少しだけしみじみとしていたというのに、ユリアはまったく別のことを気にしていた。なんとなく次の言葉が読めたダグラスは何とも言えない無表情で問いかける。


「……なんでそんなこと気にするんだ?」


「合法的にバイクを運転したいです」


「もう少し言い方的になんとかならんか、そのセリフ……」


 その瞬間、仲間たちから呆れた目線がユリアに集中する。


「だ、だって……戸籍がまだ無いから、免許を取りたくても取れないんですもの……」


「本当にこんな感じで次も大丈夫なのか──って、この台詞……アヴァルに向かうときの車の中でも言ったような気がするな……」


 おそらく、この特務チームはいつでも変わらずゆるい雰囲気で、なんだかんだ任務をこなしていくのだろう。ダグラスは呆れながらも気が抜けた笑みで頭を掻いた。



◆◆◆



「──んん……!?」


 ユリアたちがアヴァルの国境を抜けた頃、母なる息吹がある渓谷で、大きな翼を持った四足歩行の獣が悠々と空を飛んでいた。その獣──モルガナは、何かを察知する。

 この時、モルガナの脳裏では断片的な概念が流れ込んでいた。これは予知能力を持つものに起こる現象である。はっきりとした映像ではなく、ぼんやりとした概念であることから、予知能力としての力は弱いものだった。しかし、モルガナにとっては、これから起きることの意味がはっきりと理解できた。


「あっはっはっは──!!」


 その瞬間、誰もいない大地に老婆のような大きな笑い声が響き渡った。


「はー……ははっ……。この世に予知能力という力はあれど、予知できた未来どおりに進むのかは誰にもわからない。思っていたのとは別の意味で『予知通り』に進んだこともあった。ゆえに、この能力は、ときに人間や星霊を大いに狂わせる──。しかし、あたしは未来が未確定だからこそ、予知能力という力は面白くてたまらない。そのせいで狂うやつは激しく狂っていくからねぇ」


 そして、モルガナは平たい山の頂に降り、広い青空を見上げた。


「この地を去っても、まだあたしを楽しませてくれるとはね……。今度は、何をしでかすつもりだい? 数多の予知能力保有者から〈予言の子〉という運命を決めつけられて、それに人生を振り回された人間の女──あんた、また運命とやらに振り回されるのかい? かわいそうにねぇ……半年後、〈予言の子〉の運命が途切れちゃうなんて涙が出ちゃうよ」


 運命が途切れる。すなわち、死。

 モルガナは、脳裏に流れてきた概念をそのように捉えたらしい。


「くくっ──任務中に誰かから恨みを買うのかねぇ? だけど、〈予言の子〉が死ぬとなれば、それなりに大きな力を持った存在じゃなきゃ無理だろうね……。はてさて、こんなご時世に誰がいたかね……。まさか……アイオーン──? いや、まさかねぇ!」


 このように予想を立てることもモルガナにとっては面白いことのひとつだった。他人の人生を、紙面上に書かれた物語のように接する。


「なんにせよ、あたしは楽しみだよ。……まあ、あたしはいつか結末を知ることができればそれで十分だからね。半年経っても教えないし、会いにも行かない。──また会える日を楽しみにしておこうかねぇ」


 そう呟き、モルガナは不敵な笑い声をあげながら飛び去った。

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