選択、そして次の道へ ③
「は……? なんで……?」
「鍛錬って、イヴェットやアシュリーたちが昔、受けてきた──たまに死にかけたっつー、アレ……?」
「極秘部隊という仕事上、何が起こるかわかりません。此度の件で、現代だろうとドラゴンと戦う機会すらあることが判ったのですから。だから、私としては、総長たちにはもっと強くなってもらいたいのです。アシュリーには、さらに難しい魔術に挑戦してもらおうかしら」
そう言ってユリアが微笑むと、ダグラスは「うっへぇ……」と言って激しく肩を落とした。アシュリーは、新しい魔術に触れられることは嬉しいが、ユリアの無茶振りにはついていけなさそうで、なんとも言い難い遠い目をしている。
「やった! 鍛錬!」
「おい、イヴェット……。鍛錬で死にかけたことがあるってのに、なんで喜べるんだ……」
「ラウレンティウスと同類ですよ。ただの鍛錬好きです」
「数ヶ月もやれば、総長も戦うことに余裕が出てきて鍛錬が楽しくなってくると思いますよ!」
と、イヴェットが元気よく力説するが、その鍛錬を経験しているアシュリーは何も言わなかった。
「……俺もとうとう『現代人卒業』かぁ……」
こうして、話に聞いていただけの『現代人からかけ離れた世界』に、ダグラスもとうとう突入することになった。怖さと感慨深さが入れ交じる声色だった。
◆◆◆
翌日。ユリアは、ヴィヴィアンとともにガラードとパーシーがいる病院へ向かった。受け付けカウンターに要件を伝えると、職員が人気のないフロアにある部屋へと案内してくれた。部屋の扉を開くと、そこにはスミスとふたりの子どもたちがいた。
「おはようございます。スミスさん」
部屋の扉を締め、ユリアが挨拶の言葉をかけると、スミスは丁寧に礼を示した。
「おはようございます。此度の任務、ご苦労様でございました。無事に完遂してくださったことを王に代わり深くお礼申し上げます。──そして、ようこそおいでくださいました。ヴィヴィアン様」
「お初にお目にかかります。……そちらのふたりが、ガラードとパーシーですね?」
ヴィヴィアンがふたりに目線を向けると、ガラードとパーシーは軽く会釈をした。緊張している面持ちだ。
すると、ヴィヴィアンの姿が淡く光り、少しずつ人間としての姿から本来の姿へと変化した。そのことに、子どもたちふたりは驚きの声を漏らす。
「この姿が本当のわたくしです。よろしくお願いしますわ」
「よ、よろしくお願いします……」
「……あなた方のお話は聞いております。わたくしにも罪がございます──少なくとも、わたくしは罪だと思っております。ですが、償いたい人々が、もういないのです……」
そう前置きしたヴィヴィアンは、ふたりの肩に優しく手を置いた。
「わたくしも、その罪を別の形で償いたいがために極秘部隊へ志願いたしました。なので、星霊であってもおふたりとは同僚という立場です。困ったことがあれば、遠慮なく言ってください」
「……お姉さんの声……黒い泥に捕まったときに聞こえた声と似てるような気がします」
「……はい。それは、わたくしです。わたくしも、あれに取り込まれておりました……。だから、今日は謝りに来たのです。聖杯の一件は、わたくしの愚かさと弱さが遠因でもありますので……。本当にごめんなさい……」
「……そう、ですか……」
その時、ガラードとパーシーの顔が若干引き攣った。ヴィヴィアンの声が、あの時の恐怖を思い出してしまったのかもしれない。そのことを感づいたのか、ヴィヴィアンは申し訳なさそうに目を逸らした。
「──ちなみに、わたくしは女でも男でもございませんよ」
「……はい?」
しかし、その言葉が耳に届いた瞬間、引き攣らせたガラードの顔が呆気にとられた顔になった。
「女の人っぽい、ですけど……?」
パーシーも納得がいかないというふうに驚きを見せている。ヴィヴィアンは少しだけいたずらをするように微笑んだ。
「実は、星霊には性別はございません。身体の特徴や声質は人間の女のように感じるでしょうが、実際には無いのです。正直、わたくしたち星霊にとって、性別のことについてはよくわかりません。今も昔も性別を持った星霊はおりませんし、人間の形からほど遠い星霊のほうが大勢おりました」
「……えっと……人間じゃないことは、わかりました……」
ふたりの反応に、ユリアとスミスは顔を見合わせて笑った。
そして、ユリアはそんなふたりに知っていてほしいことを言葉にする。
「それでも、星霊が持つ心は、私たち人間ととても似ているわ。恋もすれば、愛することもある。そして、憎悪を抱くことも──。そして、友達にだってなれるわ」
「はい。だからこそ、営みや社会は違えども、古い時代から人間と星霊は常に隣同士にあり、種が違えども人生の伴侶となった者たちもたくさんおりました。──だから、わたくしは、おふたりと友達になりたいのです」
ヴィヴィアンは、心からの望みを口にする。
ガラードとパーシーは顔を見合わせた。そして、ふたりはヴィヴィアンに握手を求めた。ヴィヴィアンは、ふたりが差し出した手を寄せ合い、そのまま両手で包み込んだ。
「……ありがとうございます。ガラード。パーシー」
◆◆◆
その後、しばらく会話をしていた後に、ユリアは病院から発つことを決めた。そろそろ次の任務先へ行くための準備に取り掛かる必要があるからだ。ガラードとパーシー、そしてスミスには室内で別れを告げ、見送りで来てくれたヴィヴィアンとも病院の玄関口で別れることとなった。
「では、どうかお元気で」
「……ヴィヴィアン。本当に、アイオーンに会わなくていいの? 今日の朝は、あまり話していなかったように思うけれど」
「はい。もう、あまり迷惑をかけたくはありませんので。それに……実は昨晩、アイオーン様にダメ元で告白して、案の定フラれてしまいましたから。だから、少し顔を合わせづらいのです」
いつかは伝えるのかもしれないとは思っていたが、もう伝えていたとは。
ユリアは顔色は変えなかったが、目線を少しだけヴィヴィアンから逸らして黙り込んだ。
「大丈夫です。案外、心がすっきりしました。これで心置きなく前に進めます。なので、これからわたくしは、たくさんのことを見ていきたいと思います」
ヴィヴィアンは、強くなろうと歩き出している。目に光がある。きっと、もう大丈夫だ。
「それなら良かった。──それでは、最後にひとつだけ。私のことはユリアと呼んで。様付けも要らないわ」
「わかりました。では、ユリア。またお会いしましょう。あなたの旅路に幸運を」
「ヴィヴィアンこそ、良き旅路を。また会いましょう」
別れは軽やかに。また、いつか会えるから。
友となった旅人たちは、それぞれの道を歩んでいった。次に会えるのは、いつになるのか正直わからない。一か月後かもしれないし、数年以上先かもしれない。それでも、きっとまた会える。そういう縁がいずれやってくる気がした。旅を経てからの再会は、楽しく面白い話を交わすことができるだろう。その日が楽しみだ。
◆◆◆
それから二日後。アヴァル国を去る日がやってきた。
屋敷の玄関先に集合する時間がやってくるまであと十五分。そのあとは、屋敷の門付近でスミスが手配してくれた送迎車が来てくれることになっており、それで次の任務先へ向かう。
玄関先にはすでに誰かが待機していそうだが、ユリアは時間が来るまで自室にて最後の荷物確認を行っていた。なかなかの大荷物であるため、あらかじめ自室の扉を開けている。すると、そこからラウレンティウスが現れた。手に荷物は持っていない。真面目な彼のことだから、もう玄関先に持っていっているのだろう。
「ユリア。いいか?」
「ええ。どうしたの?」
ユリアは、荷物の点検をしながら返事を返した。
「なんというか──心配しすぎてしまって、すまなかった」
「心配しすぎて、って……急にどうしたの?」
さすがに用事が謝ることだとは思っていなかったユリアは、手を止めて不思議そうに彼を見た。
「いや……ヴィヴィアンさんから聞いたんだ。ユリアの生き方や言葉に鼓舞されて、時代の違うこの世を生きてみようと思ったのだと──。前までのお前は、どこか影あって不安定だから守らないといけないと思っていたんだが……もう、そんな考えは要らなかった。誰かを守れ、支えられるほどに強くなっていた。だから、心配することは逆に失礼なことだったと思っただけだ」
「あのときは……火事場の馬鹿力のようなものだったと思うわ。また、精神的に弱ってしまうかもしれない」
「それでも、今のお前ならひとりで立ち上がれる気がする。ひとりでも大丈夫そうだと思える強さがある」
だから、もう少しも心配する必要はなさそうだと? ひとりでもいけそうだと?
そんなことはないわ。
「ひとりでも大丈夫だったとしても、あなたがいなくなったら私の調子が狂ってしまうわ」
「だろうな」
「……急に自信満々に言うわね」
「お前がそういうやつなのは、よく知っている。それに、変な選択をしようとしたら止めるという約束もしたからな」
なんとなく、いつもの彼とは違う雰囲気があるように感じたが、気のせいだったか。ユリアは安堵して微笑む。




