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第一節 死神のいざない ①

「サンジェルマン伯爵というのは、組織名──」


「スミスさんは、その組織の構成員で……」


「サンジェルマン伯爵って名乗った婆ちゃん姿の星霊の本当の名前は、モルガナなぁ……」


 夕食後。ユリア、クレイグ、ダグラスの三人はそのまま食事室にて、スミスから聞いた話を仲間たちに話した。ラウレンティウス、イヴェット、アシュリーが話の概要をぼんやりと呟いているが、アイオーンとテオドルスは冷静だ。


「……驚きはあれど、ひとまずこれで、モルガナはアヴァル国と関わりがあることはわかった。だから、あの星霊の今後の動向については、心配する必要はないということでもある。それだけでも少しは安心できるかな……」


 ユリアたち特務チームは、アヴァル国から問題を解決してほしいと依頼されてこの国にやってきた。そのため、テオドルスは下手に邪魔をしてくることはないだろうと予測した。それについてはユリアも同意見で、彼の言葉に頷いた。


「──次に、私の身体についてだけれど……単刀直入に言うと、聖杯に乗っ取られかけているわ……。まだ一部のみだけれど、身体が勝手に動くことがあったの……。それに、ひどい頭痛も。だから、欠片を取り込めるのは、ふたつがギリギリだわ」


 その直後、居間の空気が張り詰める。ユリアは、聖杯を取り込む前から薄々そうなってしまう予感はしていた。アイオーンやテオドルスも、なんとなくそのことは読めていただろうが、現代人の五人には解りにくい感覚だろう。テオドルスは深く息を吐き、アイオーンを見る。


「聖杯が内包する呪いらしきものの正体が何なのかが判明しないかぎり、適切な対策はできないのだったね?」


「ああ……。だから今は、ユリアを戦えなくするほどの魔力を利用した、無理やりで複雑な術式を組み上げて聖杯の欠片を封じている。しかし、時が経てばこの術式も解かれてしまう可能性がある。解かれそうになれば、また新たに組み直すつもりだ」


 アイオーンは浮かない顔で語った。魔力や魔術に詳しいこの三人がほとんど八方塞がりとなっていることに、他の仲間たちも焦りと不安の色を見せている。すると、ダグラスが疑問を漏らした。


「……そもそも、聖杯の欠片はひとつだけでも今のアイオーンと互角の戦いができるほどの力があるってのに、なんで魔術師の子どもに攻撃されただけで簡単に砕けたんだ……?」


 聖杯を欠片にしたのはパーシーだった。だが、あの少年は、そこまで突出した魔力生成量は持っていなかった。ただの現代の魔術師という域を出ない。


「私も、それについてはずっと疑問に思っています……。もしかしたら、ヴィヴィアンが何か関係して──」


 ユリアは、うっかりヴィヴィアンの名を出してしまった。急いで口を閉じる。しかし、その名を口にしても頭が痛くならない。アイオーンの術式で封じ込めているからだろうか。今なら、アイオーンに伝えることができるかもしれない。


「ヴィヴィアンって、誰だよ?」


 クレイグが問う。ユリアは思い切って『夢』のことを話しはじめた。


「……実は私、ひとつめの聖杯を取り込んでから不思議な『夢』を見ていたの。その『夢』では、ヴィヴィアンという星霊とアイオーンが会話をしていたわ。でも、それは普通の夢ではなくて、ヴィヴィアンという人の記憶を私が追体験しているようなものだったの。抱いてもいない感情が、私のなかから沸き起こってきたから」


「ヴィヴィアンとアイオーンの……?」


 クレイグたちがアイオーンに目を向けると、アイオーンはわずかに目線をそらした。


「……けど、その光景ってのは本当にあったことなのかわからねぇだろ? 聖杯が見せたただの幻の可能性だってある」


「ええ、そうね……。けれど、ヴィヴィアンは人魚に似た姿の星霊で、人間にもなれる能力を持っていた。人間に擬態した時の姿は、青色の短髪で耳が尖っている女性。そして、その人は聖杯を知っていて、とある町の長だった。──そうでしょう? アイオーン」


 ユリアが問いかけると、アイオーンは少しだけ間を置き、肯定の意を示した。


「……ああ……。ヴィヴィアンは、そのような姿だった……」


「アイオーンは、永く独りでいたけれど……私やテオドルスが生まれる前は、数少ない心を許せた相手だと思うわ。夢の中でのあなたの目は、少なくともそういうものだった」


「……そう、だな……」


 やはり心を許した相手だった。自分が生まれるよりも、もっと前にそういう存在と出会っていた。

 アイオーンは、永く生きたくもないのに生きなければならなかったのだ。いくら人間や星霊という複雑な心を持った存在を簡単には信じられなかったとしても、その苦しみを和らげてくれる存在を求めてしまうのも無理はないし、心を許せる存在を得たい、希望を持ちたいと思ってしまうことは理解できる。

 それなのに、なぜ心はこんなにももやもやとしてしまうのだろう。よくわからない苛立ちも感じてしまう。


「……初めての友達は、別に私ではなかったのね──あ……いいえ……。今は、そういう話ではないわね……」


 無意識に落ち込んだ口調でユリアは言い放ってしまった。どことなく苛立ちも含んだ声色でもあった。言った後に、ユリアはハッとして「忘れて」と付け加える。それでも気まずい空気が少し流れてしまった。ラウレンティウスがなんとも言えない顔でユリアを見つめているが、ユリアはそのことに気づいていない。そして、そんな空気を払うかのようにユリアは話を続けた。


「……最近見たその『夢』の中の一幕では、彼女が治めていた町が悪意を持った星霊たちに蹂躙されていたわ……。その星霊たちの目的は、聖杯を奪うことで……おそらく、アイオーンの力に対抗できるほどの強い力が欲しかったのだと思う」


 ユリアの話を聞いていたアイオーンの顔が、みるみる絶望の色に染まっていく。先日にアイオーンが話してくれた、自分の力を狙う星霊たちが世話になっていた町を襲い、その時に町から二度と近づくことはなかったということと一致する。


「ヴィヴィアンは聖杯を奪回しようと星霊たちに挑んだけれど……敵の攻撃に身体を貫かれて、倒れてしまった……」


 アイオーンは、手を握りしめて目を伏せながら俯いた。ユリアは、アイオーンを気にしつつも話を続けていく。


「そのあと、ヴィヴィアンの叫び声と同時に、町は何かの光に包まれたわ。『夢』で見た映像はそこで終わったから、何がどうなったのかはわからない……。けれど、ヴィヴィアンは最期までアイオーンを気にしていたわ。あの人は、あなたを恨んでなんかいないと思う。……それどころか、ずっとあなたのことが好きだったのだと思う」


「……そう、か……」


 長い沈黙の末、その言葉がアイオーンの口から出てきた。目が暗い。自分を責めている。後悔をしている顔だ。ヴィヴィアンはそんな顔をしてほしくはないと思っていたことだろう。自分だったらしてほしくない。好きという感情は未だによくわからないが、大切なひとの安寧を願う気持ちはわかる。


「──だから、あなたはもう自分を責めないであげて。ヴィヴィアンは、あなたが苦しむことは望んでいないと思うわ。本当に、ヴィヴィアンはアイオーンに対してなんの恨みも抱いていなかった……。最期まであなたの幸せを願っていたのよ」


「……ああ……」


 少しずつ、アイオーンから少しだけ苦悩の色がとれていく。ヴィヴィアンの想いが届いてくれた。よかった。

 しばらくしてから、ユリアはとある言葉を投げかけた。


「この『夢』の内容は、アイオーンとの記憶と合致しすぎている……。だから、ヴィヴィアンの記憶とみていいのかもしれない。けれど、聖杯を取り込んでから、ヴィヴィアンの記憶を垣間見るようになった理由はなんなのかしらね……」


「……聖杯を管理していたのは、町の長であるヴィヴィアンだけだった。ヴィヴィアンの魔力が、聖杯の力に混じり合っていた……のだろうか……」


 魔力には情報を保有する力がある。魔力は劣化して消滅する物質だが、特殊な物質に保有された魔力は消えず──これがアイオーンの血が混ぜられたヴァルブルク製の武器である──、あるいは周囲にも魔力があれば、その魔力が持つ情報を複写して保存し続けようとする特性を持つ。その場合、魔力がなくならないかぎりは情報もなくなることがない。聖杯には大気中から魔力を作り出す能力があるため、ヴィヴィアンの記憶が現代にも残っていた可能性がある。

 しかし、なぜアイオーンとの思い出ばかりなのか。この『夢』を見させているのはヴィヴィアンの意思なのだろうか。

 ここで、ユリアはとある憶測にたどり着いた。まさか、聖杯とヴィヴィアンが融合──けれど、その確証はない。ただの憶測だ。なんとも嫌なことを考えてしまった。

 その時、ユリアはアイオーンと目が合った。互いに何かを言いたげだが何かに臆している目を向けている。その後、ふたりは視線をそらして黙りこんだ。


「──ちょっと、すまん。話を最後の聖杯の欠片のことに変えるんだが、最後の聖杯の欠片の場所がわかっても、すぐには行かないほうがいいという認識でいいな? 俺の武器はともかく、頼んでいる道具すら来てないし」


 ダグラスがそのことを問うと、仲間たちは頷いた。すると、アシュリーが小さく挙手をして発言する。


「武器や道具のことですけど、研究所が製作人員増やしてくれたからもうすぐ出来上がる予定です。たぶん、総長の武器と一緒に、明日か明後日くらいに来るかと」


「研究所の人たちが作ってくれた、魔力を溜め込めて術式の補助となる道具──届いたら、どこまでやれるのかいろいろと試してみようか」


 と、テオドルス。

 その言葉を皮切りに、ラウレンティウスたちは道具についての話を始めた。ユリアとアイオーンは、会話に加わらず話を聞き、ややあってアイオーンがユリアに顔を向けて口を開いた。


「……ユリアよ。今日からは指輪を付けて寝てくれないか」


「指輪? 極秘部隊の証の?」


「そうだ。今後、きみの身に何かが起これば、わたしがすぐにわかるよう指輪に細工を仕込もうと思う。あとで貸してほしい」


「指輪は、魔力が含有された特殊な鉱物でできているものね……。わかったわ」

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