第五節 仲間と身内と ④
「アイオーン。あなた、髪を結ってもらっているの?」
「ああ。もう解いてしまったが、先ほども彼女が本を見ながらわたしの髪を編んでくれていた。とても手先が器用でな。ヘアスタイリストになるのが夢らしい。あれほどのことが出来れば、きっとなれるだろう」
すると、話を振られた少女はほんのりと顔を赤らめる。彼女のそばにある机の上には、髪型の本や黒いシンプルなリボン、髪ゴム、さまざまな形状のくしが置かれている。
「えっ、あ、ありがとうございます……。あの、すみません……男の人なのはわかってるんですが、見た目も髪もすごくキレイだったので、つい……」
「構わない。このような髪型もあるものかと面白い」
その人は男でも女でもないが、声が男のように低いため男性だと思っているようだ。鍛え抜かれた肉体を持っていることも男性的な印象を与えたのだろう。顔つきもどちらかといえば男性寄りの美形だが、気品と神秘的さがあるため不思議と女性的な雰囲気も感じられる。だから、女性の髪型をしていてもあまり変だとは感じられない。
なにより、当の本人は、少し前までは無性別かつ肉体の変化が自由自在なことをいいことに──何もしていない普通の状態が鍛え抜かれた男の身体のそれだが──、声帯や身体を女性らしくして面白半分に女装をしていた。初対面だと近寄りがたい雰囲気を醸し出しているように見えるが、内面は意外とノリが軽く、気前もいい。だから、アイオーンにとってはこうして髪をいじられることに抵抗は感じておらず、逆にわりとノリノリだ。
「あなたの膝枕で寝ている子、ぐっすりね。きっと落ち着くんだわ」
「ラウレンティウスやテオドルスには負けるがな。あちらは、本当に身内に年下がいて面倒を見ることに慣れている」
ラウレンティウスはクレイグとイヴェットといういとこが、そしてテオドルスには弟と妹がいた。だからふたりが一番面倒見がいいのだろう。アシュリーもクレイグとイヴェットの面倒を見ていただろうが、彼女にはマイペースさがあるため、ふたりに軍配が上がる。
「──わたしがかけた術式のせいで動きにくいだろう」
アイオーンは、少女に髪を結われながらユリアにかけた術式の話を振った。
「ええ……。けれど、今はこれで大丈夫よ。いろいろとありがとう」
「そうか。しかし、予断を許さない状況だ。違和感を感じたら、すぐに言ってほしい」
「わかったわ」と、ユリアは頷く。そして、アイオーンの髪を結う少女に微笑みかけた。
「……ごめんなさいね。真横でよくわからない暗い話をしてしまって。時間が来るまで髪をいじっていて大丈夫よ」
少女が微笑みかえす。
ユリアは、ほかの子どもたちにも寄っていった。
実は、一番気になる人がいる。テオドルスだ。あのテオドルスが、絵を描いている。過去にも彼の絵を見せてもらったことがあったが、その時とまったく変わらない絵であった。
「──相っ変わらずテオの絵、怖っ!?」
なんということだ。約千年前と何も変わらない『画伯』がそこにいた。
見ていて不安になる。この世のものではない。夢に出てきそうな化物。なんだ、その恐怖心を煽る目の形は。どこを向いている? もはや恐怖でしかない。ホラー映画か何かで使えそうな絵だ。隣で絵を描いている男の子が、笑っていいのか無視したほうがいいのか困った顔をしている。
「失礼な。カワイイだろう」
「これが!? ちょっと、みんな! かわいいって何なの!?」
ユリアはテオドルスの絵が描かれた紙を持ち上げ、全員が見えるように見せた。
「うわぁ……」
子どもたちとイヴェットが同時に引いた声を漏らす。
「確かに『かわいい』ってなんだ……?」
「間違いなく画伯だな……」
「『かわいい』の守備範囲が広すぎるだろ……」
ラウレンティウス、クレイグ、ダグラスの三人も引いている。
「それは誰もついていけない感性だぞ、テオドルス」
なんと星霊にまで引かれる感性だということが判明した。テオドルスは「どうしてそんなにも引くんだい?」と言いたげにきょとんとしている。
「……あなた。絵を描くと変な電波でも受信してしまうの……?」
「いやいや、それほどでもないさ」
「褒め言葉と捉えられる範囲まで広いなんて恐れ入るわ……」
駄目だ。いろんな意味で無敵すぎる。楽器と歌はすごく上手いというのに、どうして絵だけこんなのなのか。しかし、この謎にポジティブな感覚があってこそ、自分は支えられてきたのだろう。だから悪いことは言えない。だが、ツッコミは入れたい。
なんでこうなるの?
「意外だな……。こういう、ゆるくてかわいいものはユリアも好きだと思っていたのだがね……」
「あなたの絵の腕前が意外すぎるのよ」
「そうかい? 意外というなら、ラウレンティウスも意外だろう。小さい子の面倒を見るのに慣れているとは驚いたな」
「小さい頃のイヴェットは、この子らよりひどかったからな」
面倒見の良さの話に変わり、話を振られたラウレンティウスはそう言ってため息をついた。
「え? あたし、そんなにひどかった?」
「お前の面倒は、俺たちが見てたから全部覚えてるぞ。俺たちが学校から帰ったら、毎日遊んでくれってせがんできただろ。あの頃から長い物をぶんぶん振り回すクセがあったな。何度か物を壊して──」
「ああああっ! 言わなくてもいいからああああ!」
イヴェットがラウレンティウスの口を塞ぐも、クレイグはにやりとしながら思い出を紡ぎ出す。
「あー。あったなぁ、そんなこと。振り回しすぎて、なぜか目も回して盛大に転んで泣いてたな」
「いやああああ!?」
病室に笑いが起こった。
イヴェットは、ラウレンティウスとは八歳差。アシュリーとも同じ年齢差。クレイグとは五歳離れており、それぞれいとこ──アシュリーとクレイグは姉弟──である。
だが、ローヴァイン家とベイツ家の子どもたち四人は、きょうだいのように一緒に育った。その影響で、この四人の関係はあっさりしているように見えて、意外と強い結束力を持つ。当時、それぞれの両親は多忙だったため、親戚同士が協力して四人を育てていたため、この四人にとっては、おじとおばたちも両親のような感じなのだという。
それから、夕方頃になるまで病室は明るい声が飛び交っていた。途中からガラードとパーシーもやってきて、さらに賑やかになった。一番盛り上がったことは、子ども向け番組で有名な絵描き歌を歌いながら描いたテオドルスの『怪画』だった。歌はとても上手いのに絵が壊滅的なギャップが大いにウケた。
ちなみに、アシュリーが起きたのは帰る間際である。
◆◆◆
夜。
ガラードとパーシーたちとは病院で別れを告げ、ユリアたちは日が暮れたあとに屋敷に帰ってきた。
子どもたちと遊びすぎたため夕食を作る気力がなくなったメンバーが大半だったので、スーパーで総菜を買ってくることになった。誰が買い出しに行くのかはくじ引き──こういうときのためにアシュリーがくじ引きを作っていた──で決め、その結果、ユリアは留守番となった。はずれくじを引いてしまったメンバーは文句を言いながら出かけていく。
買い出し係が戻ってくるまで、ユリアは居間のソファーに座ってテレビを見ていることにした。すると、同じく居残り組となったイヴェットが部屋に入ってきた。
「あの子たち、元気になって良かったよね」
イヴェットもソファーに座ると、子どもたちの話を始めた。
「ええ。あの状態なら、これからも大丈夫だと思うわ」
「うん。──あたしには、ユリアちゃんやアイオーンが伯父さんの屋敷に住んでいたから、簡単に魔術や戦い方を教えてもらうことができてた。それに、ラルス兄、イグ兄、アシュ姉からもいろんなことを教えてもらった。だから、カサンドラ様から認められて極秘部隊にもなることができたと思う。……あの子たちは、これから教えてもらう機会は作ってもらえるのかな……?」
「あの子たちは、スミスさんの知っている養護施設に引き取られることになっているわ。だから、そこで学んでいけるはずよ」
「そっか……良かった……」
しばらく間を空き、イヴェットは問う。
「……ねえ。あたしって、先生に向いてる性格だと思う?」
「教えることが苦しいと思わないのであれば、向いているのだと思うわ。先生になりたいの?」
「まだ、わからないけど……ひとつの候補として持っておこうと思う。あの子たちのように『持たざる者』の人や、そうだった人、知りたいと思う人たちの助けになれたらって思って──。でも、今のあたしには、極秘部隊という仕事があるから。今はそれに集中する」
なんとなく、少しだけイヴェットの雰囲気が変わったとユリアは思った。何かの変化が訪れたようだ。歩みたい道になるかもしれないものを見つけたからだろうか。子どもたちと関わった時間のなかで、自分の心に何かを感じたのかもしれない。そこには、自分だけの『星』を見つけたような目があった。ユリアは、妹分が道を見つけた喜びと、少しばかりの羨望を込めて微笑んだ。
なぜ、テオドルスが子ども向け番組の絵描き歌を知っているのかについてですが、任務が始まる前、ローヴァイン邸に居候していた時にめちゃくちゃいろんなテレビ番組を見ていて、その時に子ども向け番組も見てたからです(笑)
さて、今回で第二章の終了です。最後までよろしくお願いします。
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