第五節 仲間と身内と ③
「やがて、本物のサンジェルマン伯爵とは夫婦の契りを交わしたため、サンジェルマン伯爵と名乗り始めたと聞いております。現在『サンジェルマン伯爵』という名称は、組織の名前なのです」
「そ、組織──いえ、それよりも本物のサンジェルマン伯爵はどんな好みをしているのですか!? あんな性悪な星霊のどこが良かったのか聞いていますか!? サンジェルマン伯爵の気は確かだったのですか!?」
ユリアは、動揺しながら疑問ごとに一歩一歩スミスに近づいていく。
あの日、許してもいないのに触れられたくはなかった過去の記憶を勝手に見られ、それを嘲笑い、もう呼ばれたくなかったもうひとつの名前を嫌がらせ目的で呼んでくる、あの性悪最悪老婆。
あんなのと好い仲? わけが分からない。この世の中は、たまに本気でよくわからないことが起きる。
「姫さん、落ち着け。どうどう」
ダグラスは、謎のテンポでスミスに近づいていくユリアの肩を掴んで引き留めた。クレイグはそんなユリアを横目で見つつ、肩をすくめて笑いを漏らしながら言葉を紡ぐ。
「なるほど……サンジェルマン伯爵の正体にはいくつかの噂はありましたが、そのなかのひとつの噂どおり、『サンジェルマン伯爵』は組織として動いていたと──。確かに、組織じゃないと、いろんなことを軽々とやってのけることはできませんね」
「『サンジェルマン伯爵』として活動をしているのは、昔のわたくしのような身寄りのない人たちと、その真実を知る一部の上流階級の者です。構成員は母なる息吹を有する国々にいますが、構成員全員が、モルガナ様の存在を知っているわけではございません。──すべての始まりは、三百年前です。当時に生きていた本物のサンジェルマン伯爵は、孤児院にいる身寄りのない子どもたちを哀れに思い、惜しまず援助していたことから始まりました。彼は、縁を大切にする性格で、パーティーを開いては友らを呼び、皆を楽しませていたようです。その精神と資産は、サンジェルマン伯爵の養子として引き取られた身寄りのない子どもたちに受け継がれました。養子たちは、サンジェルマン伯爵の精神を愛し、その子らも身寄りのない人を支えました。伯爵の友人たちも、その精神を受け継ぐことに賛同して養子たちと協力し、時を経て今のような組織となりました。サンジェルマン伯爵と夫婦の契りを交わしたモルガナ様は、『サンジェルマン伯爵』という組織の永久的な名誉会長といえるでしょう」
「組織の永久的な名誉会長、ね……。アヴァル国の王家は、そのことをご存知なんですかね?」
クレイグが問う。
「ええ。わたくしの役目は、アヴァル王家の側近だけでなく、モルガナ様とアヴァル王家の橋渡し役でもあります」
「アヴァル王家公認か……。それでも、こんな情報は表に出てこないわな……」
どのような国であれ、星霊に関する情報は機密情報に属するだろう。アイオーンも、ある意味ではヒルデブラント王家公認の星霊であり、その存在は極秘情報だ。
「モルガナは、『サンジェルマン伯爵』という組織の脛をかじって好き勝手に暮らしているようですが、このことについては何も思っておられないのですか……?」
わりと悪意あるユリアの言い方に、ダグラスは思わず困惑の笑みを浮かべた。
「姫さん、モルガナのことめちゃくちゃ嫌ってんな……」
「まあ、『見られたくない記憶』を断りもなく勝手に見られたみたいですからね。オレたちでも、ユリアの『見られたくない記憶』を知ったのは比較的最近ですし」
クレイグの説明を聞いていたスミスは、何かを察して「申し訳ありません」と謝罪した。
「誰もモルガナ様には逆らえないものでして……。ですが、あの御方は性悪ではありますが、悪いところばかりではないのです」
「……どこが……?」
真顔で聞き返したユリアに、クレイグは彼女の肩を叩いた。「とりあえず一旦落ち着こうぜ」と言いたげに口角を上げ、スミスに話しかける。
「それにしても、『サンジェルマン伯爵』の皆さんは凄い方々ですね。聖杯の欠片の行方を、いとも簡単に割り出すんですから」
「そうでしょうそうでしょう。聖杯の欠片であろうと、我らが組織『サンジェルマン伯爵』の力をもってすれば、すぐに探せるほどの凄さなのです。まあ、構成員たちのコネというコネを使いまくった結果、多方面でご迷惑をおかけしたのではありますが。ほほほっ!」
「いや。いろいろな意味で笑い事ではないです」
自身が所属する組織を褒められて上機嫌になるスミスに対し、ユリアが真顔で即答した。
「──ともあれ、皆様のお役に立てたことはあれど、モルガナ様がご迷惑をおかけしたこともございました。本日は、モルガナ様の代わりに、わたくしがお詫びを申し上げにきた次第でございます。……誠に申し訳ありませんでした」
「いいえ。モルガナについて思うところはたくさんありますが、『サンジェルマン伯爵』の皆さんは悪くありません」
許さない。その気概を崩すことなくユリアは言い放った。その後、ため息をつき、ふと表情が変わった。真剣なまなざしでスミスを見つめている。
「……最後の欠片の場所は、ご存知ではありませんか……?」
「その件については……申し訳ありません。モルガナ様から手伝うなと命じられております」
「そうですか……。あの星霊──あ、いいえ。お気になさらないでください。ありがとうございます」
普段のユリアから考えられないほどに悪態をつく様子に、ダグラスとクレイグは肩をすくめながら顔を合わせる。
「次に会ったら確実に一悶着あるな、これ……」
「止めるの面倒そうですよ……」
「──あ、そうです。スミスさん。あと、少しだけ。ご存知ならば教えて欲しいことがあるのですが」
ユリアが再び疑問を投じる。その質問とやらはモルガナに関することじゃないだろうな、とふたりが呆れた目をユリアに向ける。
「はい。何なりと」
「モルガナ以外の星霊を見たことはありますか? あるいは、モルガナは、自分の他にも星霊は生きているといったことを仄めかしたことはありますか?」
「……いいえ、そのような話は聞いたことがありません。ですが……わたくしは、まだ生きている星霊はいるのではないかと思います」
「やはり、スミスさんもそう思われますか……。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは、わたくしはこれにて失礼いたします。──お手伝いできないことが心苦しいですが……最後の聖杯の欠片をよろしくお願いいたします」
そう言ってスミスは一礼すると、空中庭園から去っていった。
「……ユリアも、他にも星霊は生きてるって思うのか?」
スミスを見送ったあとにクレイグが問うと、ユリアは真剣な顔を彼に向けた。
「ええ。アイオーンも、何らかの方法で消滅する運命を克服した存在がいるかもしれないと言っていたもの」
それを聞いたダグラスは眉を顰める。
「そうだな……。現に、この時代にはモルガナやアイオーンがいる。これ以上いないという否定ができないのは確かだ。けど、今は聖杯に注力しよう。ひとまず、子どもたちのところにも行かんとな」
「はい。──行きましょう」
◆◆◆
子どもたちがいる大部屋の扉を開くと、ベッドや床には子どもたちとラウレンティウスたちがいた。そして、周囲を見渡すと本やおもちゃなど小物が多い印象だ。
ラウレンティウスは、ベッドに座って膝に小さな少年を乗せて生き物辞典と書かれた本を見ており、その両脇には小さな少年と同じ年頃の少年と少女がその本を見ていた。
イヴェットは、教科書のような本を持つ十代前半ほどの少女ふたりに何かを教えているようだ。
テオドルスは、床にうつ伏せになって小さな少年と一緒に絵を描いている。
アイオーンは、ベッドに座って子供たちの中で一番年長らしき少女に髪をいじらせており、膝には小さな少年を寝かせている。
そして、アシュリーは幼い少女ふたりとともにベッドに横たわって寝ていた。
「おー。病室が託児所と教室になってんな。って、姉貴……子どもと一緒に昼寝かよ」
アシュリーは大口を開けて寝ている。周囲にいる大人は全員が身内のようなものだからか堂々と間抜け顔を晒す姉に、弟は何とも言えない笑みを浮かべた。
「あ……ユリアちゃん──」
大部屋に入ってきたユリアの姿を見たイヴェットが反応するが、ダグラスが手を前に出して制止した。
「姫さんには、俺がよく言っておいた。屋敷に帰ったら、今思っていることを全部吐くつもりだそうだから、もうとやかく言うのは勘弁してやってくれ」
「ごめんなさい、イヴェット……。心配してくれてありがとう」
ユリアが謝罪すると、イヴェットはユリアの目を見つめた。
「……もう無茶したら駄目。我慢も駄目」
「ええ……。もうしないわ」
ユリアは仲間を見渡す。ひとりひとりがユリアを見ながら頷いた。
「……あ、あの、お姉さん。助けてくれて本当にありがとうございました!」
すると、アイオーンの髪をいじっていた十六、七歳ほどの少女が緊張した面持ちでユリアにお礼を言った。それを皮切りに、ほかの子どもたちもお礼の言葉を述べていく。
「自由になれて、うれしい! ありがとう!」
「……あ、ありがと……ございます……。イタいことがないの、すごく……うれしい……」
元気のある子たちもいれば、控えめな子たちもいる。しかし、誰の目にも自由を喜ぶ気持ちが見える。ユリアは嬉しそうに目を細めた。
「みんな、元気そうで良かったわ。ところで、今は何をしているの?」
「町に出て、子どもたちがそれぞれ興味のあるものを買ってきた」
「ちなみに、お金はアヴァル国が負担してくれることになってね。だから、みんなでたくさん買ったのさ」
ラウレンティウスとテオドルスが説明すると、ユリアは納得した。
「なるほど。だから、本やおもちゃで溢れているのね」
「……もしかして、もう帰っちゃうの……?」
「ううん。もう少しだけいるわ。だから、遊んでいて」
ユリアがそう言うと、子どもたちはラウレンティウスたちに遊びを再開するよう急かした。今まで遊んでくれる大人がいなかったから、甘えることができてうれしいのだろう。
ダグラスとクレイグが二人で話し始めた。ユリアは、子どもたちが遊ぶなか、アイオーンに近づいた。




