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始まりは秘密と共に ②

 そして、時刻は昼頃となった。ユリアたちを乗せた車は国境を越え、アヴァル国に入国した。アヴァル国とは、連合王国を構成する国のひとつである。

 車は、首都の大通りを進んでゆき、とある壮麗な門の前で停まった。そこには、ふたりの警備兵が長銃を携えて立っている。門の向こう側には広い庭園が広がっており、奥には大きな宮殿がある。そこにアヴァル国の王家が住んでいるという。

 今回、ユリアたち極秘部隊は王家とは対面しない。代わりに王家の側近が出迎えてくれることになっている。側近は、ヒルデブラント語を話すことができ、さらには魔術師家系の出身らしい。今回は、アヴァル国の代表として対面してくれる側近への挨拶と、任務に関する事項の話を少しするだけの予定である。

 警備兵が、運転手側の車の窓をノックした。開けろと言っているのだろう。要求通りに運転手が窓を開けると、警備兵はアヴァル国の言葉で何かを言いはじめた。お前たちは何者なのか。身分証明を提示しろとでも言っているのだろうか。警備兵は鋭い雰囲気を放っている。しかし、運転手は気圧されることなく、とある書状を見せた。すると、警備兵は静かに目を見開き、もうひとりの警備兵に何かを伝える。そして、運転手に何かを伝えると、警備兵たちは門を開けてくれた。


「……なんや物々しいなぁ」


 アシュリーが小さなため息混じりに言葉を漏らす。

 ここにいる彼女だけが西部地方の訛りで話すのは、親の知り合いがいるという西部地方の魔力研究所に世話になっていたからである。彼女は、幼い頃から魔力研究者になる夢を抱いていたため、およそ十年ほどは西部地方にいて勉学に励んだ。両親も魔力研究者ではあるが、その頃は両親が共に多忙であったため、西部地方の知り合いに師事することを勧めたようだ。そのため、周囲の人々が話す方言がうつり、抜けなくなってしまったという。


「ここは、王家の方々がいらっしゃる宮殿です。あのような雰囲気を放つのは仕方のないことかと」


 運転手──ダグラスの養父であり、ヒルデブラント王国の女王カサンドラの執事でもあるエドガーが言った。彼も、ユリアたちとは付き合いが長い人物のひとりだ。


「まあ、オレたちの日常が特殊だしな。側近みたいなノリでカサンドラ様とは連絡取り合うし、警備兵によっては顔パスで王宮に入れてくれることもあるし──。王宮の正規職員みたいな感じかね」


 クレイグがそう言うと、テオドルスは「なるほど」と納得した。


「だから、警備兵の張り詰めた空気に違和感を感じたということか」


「ああ。それ以前に、この車内の時点でカサンドラ様の甥がいるし、ヴァルブルク王国の姫君と副王もいるし、くわえて星霊もいるんだぜ? 普通じゃないのか普通なんだよな」


「たしかに。君たちの一族はなかなか面白いものだね」


 そんな雑談をしていると、いつの間にか宮殿の玄関前に到着した。


「さて、到着しましたぞ。私めは車内で待っているよう指示されておりますので、ここから先は皆様だけでお行きください。──ダグラス。粗相などするでないぞ」


「へいへい……。つか、誰が粗相なんざするかってんだ。こんな立場と場所で……」


 エドガーが養子であるダグラスにそう注意すると、彼は呆れた口調でぶつくさと呟く。

 車外に出ると、玄関の扉から十人ほどの衛兵たちと、高貴さと厳格さを併せ持ったスーツを着た中年の男性が現れた。ユリアたちは、アヴァル語を話せないことは向こう側も知っているはず。なので、スーツを着た男性が、ヒルデブラント語を話すことができる魔術師家系出身の人物だろうか。


「──お初にお目にかかります。ヒルデブラント王国軍の極秘部隊特務チームのユリアと申します」


 ユリアが一歩前に近づき、一礼しながら自己紹介をした。私的な場で、かつ穏やかな雰囲気であれば、ユリアは初対面の人には微笑みを向ける。だが、今は公的な場であるため笑みは無く、凛とした佇まいで自己紹介をした。ラウレンティウスたちも姿勢を正し、ユリアに続いて一礼する。すると、ヒルデブラント語で「お待ちしておりました」とスーツの男性が言葉を発した。やはり彼で間違いないようだ。


「どうぞ、こちらへ」


 スーツの男性が歩いていくと、ユリアたちは後に続いた。衛兵たちは、ユリアたちを囲むように歩いていく。宮殿の外側もそうだが、内側もヒルデブラント王国の王宮と違って意匠が大人しいと感じる様式だった。

 仕事をする宮殿の使用人たちが、スーツの男性とユリアたちを目に写すと、深々と一礼していく。しばらく歩いていると、とある一室の扉の前でスーツの男性が止まった。衛兵がその扉を開くと、男性は中に入り、ユリアたちも入っていった。そこは、上質そうな机と椅子、そして華やかさを見せるための調度品がある応接室だった。


「お座りください」


 スーツの男性がそう言うと、衛兵たちはユリアたちが椅子に座りやすいように椅子を引いてくれた。スーツの男性も、ユリアたちが座る向かい側の椅子に座る。

 衛兵たちが一礼して室内を出ていくと、すぐに配膳用のカートを押す使用人たちが現れた。使用人たちは、カートに乗せられていたソーサーとティーカップを手慣れた手つきでユリアたちの前に置いてゆき、ポットで蒸らした茶をティーカップへと注いでいく。注がれた茶は、バラのような華やかな香りでユリアたちの鼻孔をくすぐった。

 そして、用を終えた使用人たちも退室すると、スーツの男性が口を開く。


「──それでは、まず『証』を提示していただけますかな?」


 『証』。

 それは、国に選ばれた極秘部隊としての身分証明証の代わりの言動だ。それを示すことができなければ、極秘部隊を騙る者だと見做されるばかりか、派遣した祖国の信頼を落としてしまうことにもつながる。

 スーツの男性の言葉を聞いたユリアたちは、一斉に左手の手袋を外し、人差し指にはめられた魔力を含有する特殊な金色の指輪を見せ、同時に言葉を紡いだ。


『我らは星の化身。暁を導く者なり』


 ユリアたちが発した言葉は、現代のヒルデブラント語ではない。ヒルデブラント王国を建国した初代国王の時代の言語である。そして、『証』の言葉も、初代ヒルデブラント国王が共に戦う兵士たちに向かって言ったものだとされている。

 これが、ヒルデブラント王国極秘部隊の『証』である。母なる息吹を有する国々には、各国の極秘部隊の『証』を知る者たちがいる。このスーツの男性もそのひとりだ。そして、彼は、正しく『証』を示したユリアたちに初めて微笑みを向けた。


「結構です──。自己紹介が遅れました。わたくしは、スミスと申します。アヴァル王家に仕える魔術師であり、王の側近という立場に就かせていただいております」


「よろしくお願いいたします、スミス様。さっそくではありますが、例の遺跡へはいつ向かえますでしょうか?」


 聖杯の行方に関する情報は未だに無い。だが、事件の始まりとなった遺跡を確認することで何かが判るかもしれない。遺跡を調査する件については、すでにアヴァル国側からも了承を得ており、その詳しい日程をユリアは問うた。


「皆様は、まだアヴァルに到着されたばかりのはず。こちらでの暮らしの準備も整っていないばかりか、旅の疲れもおありかと存じます。万が一のことがあってはなりませんので、遺跡へ向かうのは明々後日(しあさって)にいたしましょう。当日はお迎えにあがりますので、任務の拠点として手配した屋敷にてお待ち下さい。遺跡には、調査隊の隊員とともに向かっていただく予定です」


 旅の疲れと言ってくれたが、実際にはただはしゃいで遊んでいただけである。さすがにそんな事実を言えるはずもなく、ユリアは「お気遣いに感謝いたします」と言って頭を下げた。


「また、どのように任務をこなすかは、すべて皆様に一任いたします。こちらへの報告は、余程のことがないかぎり行う必要はございません。任務での必要物資はアヴァル国がご用意いたしますので、その際にはご連絡ください。──何かご質問等はございますか?」


 質問の有無を問われると、ユリアは小さく手を挙げる。


「スミス様。ひとつだけお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「何なりと」


「ありがとうございます。それでは、お手をお貸しいただきたく。手の甲だけで結構です」


 どういう理由で手を求めている──それも、手の甲でいいという意味はなんだ? 見当がつかない要望に、スミスはそんなことを言いたげに、ほんの少しだけ眉を顰める。それでも、彼は求められた通りに机の上に手を置いた。


「失礼いたします」


 ユリアは、スミスの手の甲に、自らの手のひらを軽く乗せた。

 すると、魔術師であるスミスは何かを感じ取り、不審そうにユリアを見る。体内を巡る血に含まれる魔力が活動している気配がある。これは魔術だ。しかし、何の魔術を発動させているのかが解らない。痛みは感じないが、感じたこともないものだった。

 そして、十秒もしないうちにユリアは手を離した。


「ありがとうございます。──申し訳ありませんが、今、私が話しているアヴァル語に違和感はありませんでしょうか?」


「……違和感は、ありません……。……しかし、先ほどは何の魔術をお使いになられた……? アヴァル語は使えないとの連絡を受けていたが……?」


 彼の目は、驚きよりも恐ろしいものを見たかのようだった。カサンドラでさえ、初めのうちは驚いていたが、ここまで怯えることはなかった。だが、それは、ユリアが英雄だと知っていて信用していたからということも大きかっただろう。ローヴァイン家とベイツ家の者たちにいたっては、興味津々に目を輝かせていたが──いや、それは彼らの感性が特殊なだけか。


「申し訳ありませんが、その説明は私の口から申し上げることはできません。我々は極秘部隊ゆえ、個人的な情報は一切秘匿されております。しかし、言語の知識を得なければ少々不便だと感じたため、魔術を実行させていただきました。スミス様の身体に害を及ぼすようなものではございませんので、ご安心ください。そして、このことはどうかご内密に願います」


 ユリアは顔色を変えることなく、変わらず凛とした物腰ながらも淡々と説明した。


「……失礼。詮索は違反でしたな」


 極秘部隊の隊員についての情報を秘匿することは国同士の約束事となっている。国王の側近が、それを違えるわけにはいかない。スミスは謝罪したが、居心地の悪そうな顔つきをしている。


「私たちからの質問はございません。ですので、これからしばらくの間お借りする屋敷へ向かわせていただこうと思うのですが、よろしいでしょうか」


「……それでは、お見送りをさせていただきます」


 どこか安堵した様子でスミスは立ち上がった。応接室の扉を開け、控えていた衛兵たちに見送りを指示する。ユリアは、立ち上がる前に一口だけ華やかな香りの紅茶を飲んだ。

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