始まりは秘密と共に ①
前作のあとがきに「続きを書く予定はない」とか言っておいてこのザマです! まだ一ヶ月も経っていないのに続きを書いてしまいました! 書かなくなったらなんだか寂しくなってしまい、また戻ってきてしまいましたよ……。というわけで、第二部目もよろしくお願いいたします!
ヒルデブラント王国の市街地の車道に、後部座席部分の構造が長い大型の乗用車が存在感を放ちながら走っている。全体が漆黒の色で染められたそれは、車の形状を見ればほとんどの人が高級車だと思うものだ。その車を見た通行人は、ふと思うことだろう。車の中にいる人間は、さぞかし優雅な時間を過ごしているのだろうと──。
「はははっ、残念! 今度は私の勝ちだ!」
「あああぁぁぁッ! なんでやぁぁぁ!?」
「日頃の行いのせいではないかな?」
「それやったらテオドルスもやん! イタズラしかけてくるからベベになったり下から二番目になってばっかなんちゃう!?」
そんなことはなかった。まるで学生の集団がバスで移動をしている時くらいの車内並みに騒がしい声が響き渡っていた。高級車の中にいるのは、二十代前半から後半ほどの若い男女七人と、四十代ほどの若者の引率者のような男性、そして老齢の運転手の男性の九人だった。車内の広い後部座席には、ソファーが長方形状のテーブルを囲んでおり、そこに座る七人の男女はカードゲームに興じていた。
唯一、淡い色味の金髪を持つ二十歳くらいの女性は、そこから少し離れた場所に座って携帯端末を耳に当てて通話をしていた。
『あら。さっきのはアシュリーの声かしら? 何かあったのですか?』
端末から聞こえてくる声は、ヒルデブラント王国の女王カサンドラだ。ユリアは、電話越しの相手にも伝わってしまう悲鳴を出したアシュリーを呆れた目で一瞥する。
「移動時間が長いので、他のみんなはカードゲームをしているんです。テオとアシュリーのどちらかが負けたら最下位だったので、負けたアシュリーが叫びました」
と、彼女は正面にある窓から見える風景をぼんやりと目に映しながら、呆れ返った声で淡々と状況を説明した。テオドルスの台詞から推測すると、先ほどのカードゲームの種目は運要素の強いものだったのだろう。
『あら、楽しそうね。ユリアは参加していないのですか?』
「さすがに電話をしながら参加するなんてできませんよ。みんなで盛り上がっていますし、ここにいても声量が大きくてカサンドラ様の声が聞きとり辛く──って……」
また七人が何かで盛り上がりはじめた。今度は何だとユリアは目線を動かす。すると、なぜか黙り込んでしまった。
『どうかしましたか?』
「いえ……。テオとアイオーンが、何かで張り合いはじめましたので……」
ふたりの会話の内容を聞きとってみた。すると、カードマジックなら自分のほうが得意だから楽しませることができる、凡庸なマジックでもカードテクニックが得意な自分のほうが魅せることができるなどと言い合っている。
『まあまあ。アイオーンが張り合うなんて珍しい』
カサンドラは意外そうに笑いながら言葉を紡ぐ。
「テオとアイオーンは、昔からちょっとしたことでも張り合うんです。普通にしていたらふたりとも冷静なんですけど、変なところで負けず嫌いなところがあるので……。たぶん、思っているよりも精神年齢が低いんだと思います」
ふたりが聞いていたら異を唱えそうな言葉を、ユリアはぽつりと呟いた。そんな年上のふたりに呆れているが、どこか面白がっているかのような口ぶりでもある。
『テオドルスとアイオーンには、そんな一面があるのですね。──それにしても、皆がここまで元気だとは思いませんでした。極秘部隊になったから、半数くらいの人は縮こまっているのではないかと思っていたわ』
「意外といつも通りですよ。ほとんど身内だけで構成されたメンバーですし」
かくいうユリアも、全員が気心知れた仲であるため、気負っているような雰囲気はなかった。それでも、いくつかの物事には薄暗い気持ちを抱いていた。
「……あの……カサンドラ様」
「何かしら?」
そのうちのひとつを、ユリアは小さな声で打ち明けた。
「私は一度、使命を果たすことを放棄してしまった人間です……。もしかしたら、私に対して不安がおありかもしれません」
ユリアは、大勢の民を守るために、両親とテオドルスを死の空間に追いやり、その悲しみのあまり錯乱して自害した経験を持つ。
彼女は、およそ千年前では『予言の子』と呼ばれていた。そう呼ばれるに至ったのは、長き戦争に終止符を打ってくれるのは、これから生まれてくるヴァルブルク王国の姫君だということを、予知能力を持つ星霊たちが同時期に視たことに起因する。そのため、彼女は戦争を終わらせてくれる者と期待されながら生を受けた。ユリアは、その期待に応えようと必死に戦い、本性は『普通の人』であったのだが、周囲の理想を体現しようと武人らしく凛々しく果敢に振る舞った。しかし、大切な三人を切り捨てなければならなかった出来事に心が耐えられず、自責の念にかられ、突発的に自害を選んだ──やり遂げると心に決めていた『予言の子』という使命を放棄してしまったのだ。
現代で生き延びているのは、友である星霊アイオーンのおかげだった。かの者が、死にゆくユリアの身体に、自らの心臓であり魂でもある核を移植するという方法で彼女を蘇らせた。アイオーンの核には、不老不死の特性と驚異的な治癒能力がある。なので、核を移植した彼女の身体は復活し、魂も消滅せずにすんだのだ。
だが、その後のユリアの心は空虚な抜け殻のようなものだった。そのため、アイオーンが彼女の身体と意識の主導権を握り、ユリアの身体を使って戦場を駆け抜け、勝利へと導いた。『予言の子』の使命を果たしたのは、ユリアではなくアイオーンなのだ。だからこそ、ユリアはそのことを気にしてカサンドラに伝えたのだった。
「けれど、今の私にはみんながいます。昔のような私ではありません。だから、この任務は必ずやり遂げてみせます。今を生きる人たちのためにも、必ず──」
『こら。もう少し肩の力を抜きなさい。貴女に不安なんてどこにもありませんよ。だから、今の皆さんくらいの気楽さでいきなさい』
必死さを隠せぬ早口で決心を伝えていたユリアに対し、カサンドラは小さな悪事をやらかした子どものような口調で注意した。その言葉に、ユリアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしばらく黙り込む。
「……それは、気楽にいきすぎでは……?」
『生真面目すぎる貴女には、ちょうどいいと思いますよ』
これが生真面目?
ユリアは、あまり納得がいっていないように眉を顰めるが、反論はしなかった。すると『あら、もう時間ね』とカサンドラが呟く。ユリアは、車内に備え付けられている時計を確認すると、あらかじめ決めていた通話終了の時刻となっていた。
『それでは、ご武運を。皆さんと一緒に無事に戻ってきてください』
「はい。それでは、また」
プーッ、プーッ、という効果音が聞こえると、ユリアは携帯端末の画面を指先で何度か軽く叩き、通話機能を停止させた。
さて、カードゲームに参加するかと思いながら、ユリアは仲間たちに目を向ける。すると、目に入ってきたこは、なぜかテオドルスがアイオーンの頬を片手でつねっている光景だった。
「……なぜ頬を引っ張る……?」
アイオーンが、ジト目でテオドルスを見ている。
「いや、なんか子どもみたいなモチモチ感だと思って。触り心地が良いな。いい『器』だと思うよ」
違う。あれは、頬の触り心地を堪能しているように見せかけて、不満があるからつねっているという大人気ない行動だ。
ちなみに、アイオーンの身体は、生身の人間のそれではない。心臓であり魂そのものでもある星霊の核が消滅しないようにするための容れ物だ。人間を構成する元素やユリアの血などを用い、ユリアの魔術や現代の技術を駆使して作られたものである。ある意味では人体錬成に近いだろう。見た目は肌触りこそ人間そのものだが、細部は違う。具体的には、もともとが無性別であるがゆえに──地声は低く、男性だと判別してしまうが──性差がある器官は無く、内臓はあるが機能は人間とは違うことだ。それでも、五感はあるため飲食を楽しむことができ、髪や爪も人間同等の早さで伸びる。飲食をすると、食べ物や飲み物に含有する微々たる魔力を吸収して、残りの物質は、その魔力を利用して消しているらしい。なので、排泄はしない。もとの身体でもそうだったようだ。
そもそも、星霊は、現代の環境下では生きることができない。星の内部から生み出される特殊なエネルギー──魔力がなければ存在できない生命体なのだ。魔力とは、『母なる息吹』と呼ばれる噴出孔から噴き出されるのだが、戦争が起こった時代よりもさらに前から魔力の噴出量が減衰傾向にあった。その減衰は当時の人間や星霊でも止められず、結果、星霊は現代では生きることが出来ない環境となった。それでも、なんとか生きることができるように作り出されたのが『器』である。
作られたばかりの『器』は、当初、服の展示のために利用される顔のないマネキンのようなものだった。それが、アイオーンの核を体内に入れた途端、もとの姿に形をとっていったのだ。毛先が優雅に波打ち、雪のような色味で腰まで届く長い銀髪。凛々しい真紅の目。白磁のような肌。性別の判断がつきにくい中性的な美しさと、幻想的さを併せ持つ彫像のような姿と変化した。現在では、星霊の神秘は解き明かすことができない。アイオーンを調べても、現代の技術力では解き明かすことができないとされている。
「きみもモチモチしているぞ。わたしほどではないが」
彼の内心を察したアイオーンも、彼の頬をつねった。テオドルスは微笑み、アイオーンは無表情で互いの頬を引っ張り合っている。
ユリアは、なんともいえない羞恥心に苛まれた。仲間の前とはいえ、みっともない行動を堂々としないでほしい。
「こら。いい加減にしなさい。いつまで張り合っているの」
恥ずかしそうに叱るユリアの姿は、まるで母親のようだった。叱られたふたりは、無言で手を離す。しかし、少し不服そうな雰囲気がある。
「また子どもが増えたな……」
唯一の四十代であるダグラスが遠い目をして微笑んだ。
「他に子どもって誰ですかね」
アシュリーがなんとなく問いかけると、ダグラスは指を差して気の抜けた口調で言った。
「お前さんだよ」
「嫌やわー、総長。イヴェットちゃいますの?」
あっ、とユリアは思わず小さな声を出す。こんなふうにネタが流れはじめたら、ローヴァイン家とベイツ家の子どもたちは次々にその話題を流していく謎のお家芸のようなことをするからだ。
「あたしよりイグ兄だと思うよ。聖杯や遺跡のことでテンション上がってたし」
『イグ兄』とは、イヴェットの従兄にあたるクレイグのあだ名である。
「んでだよ。それだったらラウレンティウスもだろ。極秘部隊の制服着れてめちゃくちゃ喜んでたし」
「それならユリアもだろう。バイクが支給されることで一番喜んでいたぞ」
ほら見なさい。やっぱり私のところまで流れてきた!
ユリアは自らが話題になった途端に嫌そうな顔を作った。
「そういえば、ユリアちゃんってバイクの操縦テクニックはあるけど、今までローヴァイン家の敷地内を走るしかできなかったもんね。まだ戸籍は作られてないし」
イヴェットの言う通り、ユリアには戸籍がない。そのため教習所にはいけないのだ。無免許だが、敷地内を走るだけならと、土地の所有者であるラウレンティウスの父親エゼルベルトが許してくれたこそ操縦テクニックを身に付けることができた。もちろんアイオーンもユリアと同じ理由でバイクの操縦は可能となっている。
「乗った瞬間に目ぇ輝かせてスピード違反しそうやな。謎にバイク操作の才能ありすぎるから事故らんとは思うけど」
「まさか、魔力でバイクを強化して、人間を卒業したかのような爆走奇行テクニックができるようになっていたとは誰も予想していなかったからな」
アシュリーとラウレンティウスの指摘に、ユリアは引き攣った笑みを浮かべながら目線をそらした。
それは、五年ほど前のことだ。避暑地として有名な山岳地帯にあるローヴァイン家の別荘に旅行へ行った時、綺麗な景色を求めてバイクを走らせたことがある。その時に、ユリアが物の耐久性や性能を強化する魔術と、速度をあげる魔術を利用して、そのバイクで山を駆け、はてには崖下りまでするという一般人離れした技術を見せつけた。凸凹した壁肌を謎の平衡感覚を駆使してバイクで駆けていくその姿に、身内は称賛しようにもまず謎の発想力と技術力にドン引きしていた。
無免許でも、今回は極秘部隊という秘匿された特別な立場であるため、免許についても問題ないようにカサンドラが取り計らってくれた。もちろんアイオーンも同様である。
「わたしでも、バイクであのような無茶をしようと思わぬぞ」
アイオーンまで会話に入り、ユリアの行動に触れ始めた。そして、テオドルスは面白そうににやにやとしている。面白いことを好む彼のことだ。隙あらば奇行エピソードを聞いてまわるかもしれない。それでもすべて事実であるため反論ができない。
「……一周回って全員子どもよ」
自分でも子どもっぽいと思えるような言い訳をして、ユリアは拗ねながらそっぽを向いた。一連の流れを見ていた唯一の中年男性──ダグラスは、呆れた笑みを浮かべてため息をつく。
「まあ、正直なところ、傍から見れば学校の修学旅行にしか見えないな。俺たち、女王から派遣された極秘部隊なんだが本当にこんなんで大丈夫か?」
「私はこの雰囲気が好きですよ。素が出しやすいので」
テオドルスはニコニコといい笑顔でそう言うと、ダグラスはなんとも言い難い微笑みを作った。
「あのローヴァイン家とベイツ家の空気に秒で馴染んでたもんな、お前さん……。ヴァルブルク王国の副王だったとは思えねぇわ……」
およそ千年前では、テオドルスは領地を治める伯爵家の出身であり、ユリアの側近という立場を経て副王に任命されたという経歴を持つ。しかし、そんな経歴を思わせない気さくさと親しみやすさが彼にはあるため、どうしてもギャップがあった。それは、ユリアやアイオーンにも言える。
「案外そんなものですよ。世の中なんてね」
まあ、それもそうか。現代で生まれた者たちは、ユリアとアイオーンとテオドルスをよく知るためすんなりと納得できてしまった。
それでも、公的な場となれば、まとう雰囲気がガラリと変わるのがユリアたちである。




