第三十二話
「そういえば、君のお母さんはどうやって、私たちの勤め先や結婚を知ったんだろう?」
「多分ですけど、興信所でも使ったんじゃないんですか?」
「そうなんだ」
「母の代理人が、私と先輩の戸籍の写しを取ったって、役所から連絡が来ましたから」
「そんなことが、あったの?知らなかった」
「手続きが必要ですけど、そういうことも出来る時代です」
本当、私の知らないことが多いなあ。
でもさ、教えてくれてもいいと思うけど?
一応さ、こう見えても夫だし。
夫だよね?
確認したいけど、怖いから出来ない。
「これも、執念かな」
「でも、新しい男と暮らしていたなんて、さすがに驚きましたよ」
「私もだよ」
「だったら、もう私なんて必要ないのに」
「それでも、親にとっては、子供は子供なんだろうね」
「私を守る気が、無い癖にですか?」
「それでもだよ」
「分かりません」
「私もだよ」
「先輩」
「うん?」
「ずっと、一緒に居てください」
「いいけど、条件があるよ」
「何でも言ってください。先輩がどんな特殊な性癖の持ち主でも、私は我慢して受け入れますから」
「あのさ、君は私を何だと思っているんだ?」
「愛しのだんなさまですよ」
いい笑顔だけど、ちょっと怖い笑顔だ。
特殊な性癖って、どんなものか聞きたいところだけど、聞かないでおこう。
怖いから。
「ああ、そうだったね」
「はい」
「で、条件だけど」
「はい」
「私に一切の、負い目を持たないこと」
「どうして?」
「きっかけはともかく、今はもう夫婦なんだから。私に、負い目を持つ必要はないよ」
「でも」
「君が私の支払った慰謝料で、大学に行けたのは、君の実力があったから。そもそも、私は関係ないよ」
「そんなことは」
「だってさ、こんなことになっていたなんて、つい先日まで知らなかったんだから」
「それでも」
「それでも、夫婦になったんだから、それはリセットしよう。これが、私からの条件」
「分かりました。では、私からの条件です」
「うん、なに?」
「私より、先に死なないでください」
「え?」
「私を、ひとりにしないでください」
「そんなことを言っても」
「もう、ひとりは嫌なんです」
「いや、それは無理だよ」
「無理でも、なんとかしてください」
「ええ?」
「もし、約束を破ったら」
「破ったら?」
「コロシマス」
「えええええ?」
君よりも先に死んだら、私を殺すってこと?
意味が分からない。
でも、言いたいことは分かるなあ。
「分かった、約束しよう」
「ホントですよ」
「誓いましょう」
「そういえば、私、先輩からプロポーズされてませんけど?」
「そうだったっけ?」
「そうです。プロポーズしてください」
「してなかったっけ?」
「してません!」
「ああ、じゃあ、私の味噌汁を作ってください」
「作っているじゃないですか?」
「ええ?これって、プロポーズの定番だったような」
「参考までにですけど、前の奥様にしたプロポーズって、どんなだったんですか?」
ああ、嫌な予感しかしない。
「ええっと、私のみそ・・・」
「もう、いいです」
だよねえ。
「じゃあ、もう一回」
「ええ?まだやるの?」
「はい、何度でも」
「疲れたよ」
「あら、奇遇ですね。私もですよ」
「ねえ、明日にしない?」
「先輩、人は極限状況に置かれた時ほど、本音が出るものです。さあ、私に先輩の素直な気持ちをぶつけてください。私は、全力で受け止めますから!」
これって、何かの罰ゲームだったか?
「ええっと」
「はっきりとお願いします」
「私のお嫁さんになってください」
「・・・・・・・・」
「咲良さん?」
「はい、喜んで!」
咲良さんが私に抱き着いてきたけど、ちょっと痛かった。
だって、タックルされたみたいだから。
タックルじゃ、ないよね?
咲良さんは私の胸に、顔をすりすりしているけど。
でもいいや、咲良さんが喜んでくれたから。
とりあえず、これでやっと解放された。
「先輩」
ああ、嫌な予感がする。
「ちょっと、表現がストレート過ぎます。明日、もっとうまいプロポーズをお願いします」
「ダメなの?」
「一生心に残るような、グッとくるプロポーズをお願いします」
やはり、罰ゲームだったか。
結婚は人生の墓場って、こういうことだったのか。
結婚も二回目だけど、ようやく理解した。
やはり、経験の無いことは、分からないモノだと思う。
経験したいと思うかどうかは、各人の気持ち次第だろう。
いえね、結婚って、いいものですよ。
それだけは、一度結婚に失敗した私だからこそ、言えると思うので。




