第二十二話
ひとりで帰宅するなんて、いったい、いつぶりだろうか。
「一杯飲んで帰りたいけど、咲良さんと行き違いになったら、やっぱりまずいよね」
とほほ。
私はまっすぐ、帰宅することにした。
一応、お風呂の用意と夕食の用意をした。
ここで何もしないと、私が何かされるだろうから。
結婚って、こんな感じだったかな?
何せ、今回で二回目だから、よく分からないけど。他では、どうなんだろう?
そんなことを考えていたら、咲良さんが帰宅した。
「おかえり~、お疲れさん」
どうしたんだろう、咲良さんは私を凝視したまま、無言で立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
「いえ、ただいまです」
「お風呂にするかい、それともごはんにでもするかい?」
すると、咲良さんはまたピタッと止まり、そのまま私の肩を掴んだ。それも、かなり強く。
まずい、何か地雷を踏んだ。
「さ、咲良さん?」
「何でもありません。ごはんを先にしましょう」
「うん、分かったよ。ああ、でも大したもんじゃないよ」
「先輩に一度だって、期待したことはありません」
「一度ぐらい、期待してよ」
「努力します」
期待することに、努力が必要なんて、何て夫婦なんだろう。
私と咲良さんは、夕飯を済ませたら一緒にお風呂に入ることになった。
もちろん、私には後片付けがあるから、お風呂お先にどうぞとお譲りしたわけだが。
もちろん、そんなことで許すような、我が愛妻では無かった。
「私が片付けますので、先輩がお先にどうぞ」
「え?」
「なんですか、その顔は?」
「ええっと、じゃあお先に」
とにかく、私は急いで風呂を済ますことにした。
チャンスは、最大限生かさないと。
急げ、急げと私の努力と願いもむなしく、彼女は、しゃなりしゃなりと、風呂場にお入りになられましたとさ。
「失礼します」
「え?」
「何ですか?」
「もう、片付けは終わったの?」
「あとは、食洗器の仕事です」
「ああ、そうだったね」
咲良さんはシャワーで身体を軽く流すと、さっそく湯船に入ってきた。
湯船から出ようとする私の腕を、むんずと掴んで、一言。
「どうしたんですか?」
「ええっと、ほら、またのぼせたら悪いから」
「また、介抱しますよ。今度は、お望みの浴衣姿で」
嫌だなあ。にやりとする、その顔は。
「じゃあ、お願いしよっかな」
「そうです、最初から素直でいてください」
「そうだねえ」
「ホント、先輩って面倒ですよね」
どう返せば、及第点をもらえるだろうか?
何も言うまい。
そんな夫婦は、無言で湯船に浸かっている。
圧が凄いんですけど。気のせいかな?
「ところで先輩」
思わず、ドキッとした。
「ええ、何かな?」
「新婚旅行ですけど、どこがいいですか?」
「ハワイかグアムかな?」
「先輩?」
「だって、新婚旅行って言ったら、ハワイかグアムが定番じゃない?」
「一泊って、言いましたよね?ハワイかグアムって、一泊で行けるんですか?」
「ああ、無理っぽいなあ」
「そうですよ。そういえば、前の奥様との新婚旅行は、どちらに行かれたんですか?ハワイですか?それともグアムですか?」
「まさか、熱海で一泊だよ」
「ハワイかグアムじゃ、ないんですか?」
「仕事があるしね。当時は今と違って、中々休めないしね」
「ふ~ん、なら熱海にしますか?」
「熱海か。それもいいな」
「じゃ、熱海で決まりですね」
「箱根も捨てがたい」
「はい?」
「でもなあ、草津も行った事がないからなあ」
「先輩?」
「ああ、そうだったねえ。熱海でいいよ」
「今回は熱海で、次にどこか行くなら、箱根や草津に行きましょう」
「ああ、ありがとうね」
「予約は私の方でやっておきますから、先輩は変な仕事を振り向けられないようにしてくださいね」
「ああ、分かったよ」
「先輩、そろそろあがります。背中を流してください」
はいはい、仰せのままに。私の女王様。
「先輩?」
「いえ、喜んで」
「居酒屋ですか?」
「そういえば、居酒屋も随分行ってなかったなあ」
「帰りに、行かなかったんですね?」
「そりゃあ、君に悪いと思って」
「先輩のそういうところが」
「ところが?」
「気持ち悪いです」
「ええ?なんで?」
「もう少し、我儘でいいと思いますよ」
「そうなの?」
「もちろん、女性がいるようなお店に行ったら、覚悟してください」
「大丈夫だよ、そんな店を接待に使えるような立場じゃないし」
「分かりませんよ」
「まあ、そういう時は、きちんと断るよ」
「先輩、代わります」
「え?いいよ」
嫌な予感しかしないから。
「遠慮なく。こう見えても、妻ですから」
「ああ、そう」
何事も、諦めが肝要だろう。
「先輩の背中って、意外に大きいですね」
「そう、咲良さんの背中は、意外に小さかったよ」
「一応、女子なんで」
「一応って、なんだよ」
「ところで先輩」
あ?何か始まる。
食事に誘わなかった理由だったかな?
ええっと、うまい返しを考えないと。
「さっきのお話ですけど、女性がいるお店に行けない理由を、相手にどう説明するんですか?」
「え?」
「誘われたら断るって、そう言っていましたけど?」
「ええっと、妻が怖いから?」
ガリっとやられた。
私の背中は、どうなってるんだろう?
「妻が怖いって、具体的にどう怖いんですか?」
え?まだ終わらない?
忘れてた、我が家のお風呂は、くつろぐ為のスペースではなく、尋問の場所だった。
ふと、かつ丼が食いたくなったけど。
ああ、だから夕飯を先にしたのか。
私は、妻の智謀に関心しながら、我が運命を思うことにした。
無駄だと思うけど。




