第二十一話
私と咲良さんは、連れ立って御徒町にやってきた。
結婚指輪を買う為だが、銀座では無いのが不思議だった。
「ここに、指輪のお店とかあるの?」
「先輩、ここを知らないんですか?」
「知らないよ」
「宝飾品の卸売り店が、結構集まっているんですよ」
「へえ~、そうなんだ。咲良さんは、物知りなんだね」
「先輩が、知らなすぎるんですよ」
「まあ、指輪なんて、もう一生縁が無いと思っていたからね」
「そうだと思いました。ああ、ここに入りましょう」
私と咲良さんは、その宝飾店に入った。
店内は意外に混雑しており、そこかしこにカップルがいた。
私たちは、どう見られているんだろうか?
「マリッジリングを見せてください」
え?何それ?
「結婚指輪じゃないの?」
「先輩?」
「同じですよ、お客様」
「ああ、そうなんだ」
美人の店員さんに、くすくす笑われたけど、意外に悪くない。
いえ、悪いです、悪いですから、そんなに私を見ないでください。
咲良さんのその目が、本気で怖いので。
「先輩、どういう感じのにしますか?」
「分からないから、任せるよ」
「少しぐらい、考えてください」
「う~ん、これはどう?」
「これは、お得ですよ」
「じゃあ、これは?」
「若い方に人気です」
「なら、これは?」
「先輩?」
「え?何?」
「いえ、何でもありません。これを見せてください」
咲良さんが見ていた指輪は、意外にシンプルなモノだった。
「長く使うモノですから、シンプルな方がいいんですよ」
「そうなんだ、いい品のようだね」
品がいいというか、なんというか、これぞシンプル・ザ・ベストという感じだ。
で、いいんだよね?
「センスいいね。さすが、咲良さんだ」
どうしたんだろう、咲良さんは俯いたけど、いかん、地雷を踏んだか?
「あの~」
「なんでもありません」
ああ、良かった、怒っていないようだ。
指輪を注文した我らは、ついでに買い物をすることになった。
「先輩」
「何?」
「ありがとうございます」
「え?何が?」
「色々とです」
「こっちこそ、ありがとうね」
「先輩」
「何?」
「何でもありません」
彼女は、急に機嫌が悪くなった。
女心は、やはり分からん。
休み明け、出勤したら我々のお祝いの席についての告知が、何故か職場の掲示板に出ていた。
何それ?
聞いてないことはないけど、こんなにおおぴっらにやるものかい?
「やれやれ。困った、先輩方ですね」
咲良さんも知らなかったようだけど、恐れを知らないって、こういうことだろうか?
「レストランを貸し切ってのパーティなんて、ちょっと派手じゃないかな?」
「まあ、あの先輩方も、出会いが欲しいんでしょう」
「そうなの?」
「はい、そうなんですよ」
「ふ~ん」
「でも、よく一つ星レストランをリザーブ出来ましたよね。びっくりです」
「一つ星?三ツ星よりは、楽に予約が出来たんじゃないの?」
「先輩」
「え?また?」
「一つ星だって、大変なんですよ」
「そうなんだ」
「まあ、この前先輩とご一緒したお店ですので」
「そうなんだ」
「もしかして、お忘れですか」
「覚えているけど、名前まで覚えていないよ」
「ふ~ん」
「それで、私は何をすればいいの?」
「私たちは、まな板に載った鯉ですから、あの先輩方にお任せしましょう」
「勝呂さん」
「ああ、課長。おはようございます」
「ご結婚、おめでとう」
「わざわざ、ありがとうございます」
「新婚旅行は、行くの?」
「いいえ」「はい、行きます」
ふたりほぼ同時だったけど、返事しなければ良かった。
咲良さんの視線が、ちょっと痛かったので。
お願いだから、もっと優しくして。
「ええっと、どっちかな?」
「こういうのは、妻が決めますので」
「そう、なら休暇の申請を出しておいてね」
「国内で一泊だけにしますので、大丈夫です」
「へ~、そうなんだ」
「はい」
「仲人はいる?」
「特に必要はありません。結婚式もやりませんので」
「ええ?坂上さんのウェディングドレス、是非見たかったなあ。そう思わないかな、勝呂さん」
「そうですね」
「先輩、見たかったんですか?」
「え?ああ、そうだね」
「浴衣を見せろとか、次にはウェディングドレスを見せろですか?私は、ビスクドールではありませんよ」
「え?ビスケット?」
「もう、いいです」
「仲いいね」
「はい、新婚ですから」
咲良さんは、仲がいいと思っていたのか。
私は、知らなかった。
「羨ましいね。とにかく、おめでとう。勝呂さんも、再雇用出来るように骨を折るから」
「はい、ありがとうございます」
課長が立ち去ったあと、咲良さんが毒を吐いた。
「あのおっさん、私に恩を着せるつもりですね」
「ええ?考え過ぎじゃあ」
「先輩?」
「何?」
「先輩は知らないようですけど、私って、結構もてるんですよ」
「知っているよ。だって、美人だし、カッコいいし」
「先輩?」
「だから、何で正拳突きの姿勢になるの?」
「先輩が、私をからかったからですけど?」
「自分で言ったんじゃないか?もてるって」
「もてるとカッコいいは、関係ありません」
「とにかく、君は美人。終わり」
「何ですか、それ?」
「いいじゃないか、もう」
「あのおっさんですけど、私を食事に誘ったりするんですよ。既婚者のくせに、許せないですよね」
許す許さないの話しか?
「先輩も、そう思いませんか?」
だから、同意を求められても。
食事ぐらい、いいじゃないかなんて言ったら、私はどんな目に遭わされるやら。
「でもなあ、君のような女性を食事に誘いたいって思うの、男性ならあると思うよ」
「先輩から、一度だって食事はおろか、ランチすら誘われたことないですよ?」
「ええ?何度も、一緒に食事をしたじゃないか?」
「私が行きましょうとお誘いしただけで、先輩から誘われたことはありませんよ。ホント、グズなんですから」
「誘う訳ないじゃないか?」
「ほら、やっぱり」
「だってさ、こっちは定年間際のただのおっさん。君は将来有望な、若手キャリアウーマン。誘うにしても、身分が違い過ぎるよ」
「先輩、建前はいいです。本音でお願いします」
「だから、本当のことだって」
「分かりました」
「そう、分かってくれたか」
「今夜、お風呂でたっぷりお聞きしますので」
ああ、そうだったね。
お風呂ってくつろぐ場所じゃなくて、尋問される場所だったんだね。
何だろう、風呂が嫌いになりそう。
「坂上ちゃん!」
「ああ、どうも。色々とありがとうございます」
「いいのよ!私だって、新しい出会いが欲しいし!」
「私、先輩のそういう前向きなところ、見習いたいと思っています」
どうしてだろう、私には額面通りに聞こえなかったけど。
やだなあ、女性同士の駆け引きですか?
異が痛くなるから、私の居ないところでやってくれないかな?
ちなみに、先輩とは私のことではなく、女性先輩のことね。
「ちょっと、今夜時間ある?」
「あると思いますけど?」
女性先輩は咲良さんの耳元で、何かごにょごにょ話しているようで、私には聞こえなかった。
「先輩、先に帰ってください。私、用事が出来ましたので」
「付き合おうか?」
「いえ、悪いですので」
ここで明日は雪かなあって言ったら、私の運命はどうなるんだろうか?
でも、久しぶりにひとりの帰宅だった。
「先輩、念の為に言っておきますけど、まっすぐ帰るんですよ」
「はい、分かりました」
そうだった、私に自由なんて、無かったんだ。
そういえば、結婚って自由と引き換えになるって聞いていたけど、なんかちょっと違わないかな?
これって、勝呂夫妻だけの話かもしれないなあ。
どう思う?
既婚者諸君よ。




