22 嫁と魔女の俺争奪戦!?
腹を壊した翌々日――。
スープだけでなく固形物も、問題なく食べられるようになった。
コボルトの時と同じように、やっぱり魔女の薬は良く効く。
というわけで俺の体調も回復したことだし、水の供給場探しを再開する。
とりあえず今日もまた付近を散策しようと思いながら、身支度を整えていると……。
「いかん! もうこんな時間じゃ! アリアドネ、デザートの準備はどうじゃ?」
「こっちはもうすぐ終わるわ、シャルロッテちゃん」
「うむ! そろそろ旦那さまが起きてくる頃じゃからな!」
料理場のほうから、シャルロッテとアリアドネの声が聞こえてくる。
(アリアドネ、こんな早くから何を手伝わされてるんだ?)
不思議に思いつつ、料理場を覗くと、シンクの前でふたりが仲良くお弁当を作っていた。
二日間、病人食だったから、美味しそうな匂いに心がくすぐられる。
朝っぱらから手の込んだ料理を作っているようだ。
にしても、なんでお弁当?
「ふたりして、何してるんだ?」
「おや。お目覚めになられたか、旦那さま」
「おはよう、元勇者くん」
「ああ、おはよう」
「わらたちはな旦那さま、山で食べるお昼ごはんの準備をしているのじゃ!」
「え? お昼ごはん?」
「そうじゃ。旦那さまと、わらわと、アリアドネで食べるのじゃ」
「ええっ……!?」
シャルロッテの目の前にあるのは、お弁当を入れるためのバスケット、水筒、おしぼり、折りたたみ椅子。
まるでピクニックに出かけるかのようなセットだ。
「うふふ。ついつい張り切って、作りすぎちゃったかしら」
「何を言うか、アリアドネ。わらわの旦那様はこれくらいペロリじゃ!」
「そうね、男の子だものね。山の上で食べるご飯は、いつもより美味しいものだというし」
「むっ。では、少なすぎたか? 初めてのピクニックゆえ、勝手がわからぬのじゃ……」
(おわ……)
やっぱり本人もピクニックのつもりだった。
てか、シャルロッテ、ピクニックのことを知ってるのか。
(……なんかちょいちょい不思議だよな、魔族)
原始的な生活をしているわりに、温泉やピクニックとかの文化については詳しいし。
(いや、でもそんなことより……)
「俺、昨日の夜、山に新しい水源を探しに行くって伝えたよな? それがどっからピクニックの話になった……!?」
「案ずるでない旦那さま。ちゃんと水源探しのお手伝いもいたす。ピクニックはついでじゃ」
「そ、そうか……。でも、ここまで手の込んだ準備をしなくても大丈夫だったぞ? いや、ありがたいけどな」
「何を言うか! 旦那さまとの、初めてのピクニック! 手を抜けるわけがなかろう!?」
おいおい、ピクニックはついでじゃなかったのか。
「それにお弁当やお茶を、わらわが用意しなければ、また旦那さまが変なものを口にして、お腹を壊されるかもしれぬ……! はぁ……わらわがいれば、旦那さまに苦しい思いをさせずに済んだものを……」
頬に手を当てて、切なそうにため息をつく。
シャルロッテは、自分が傍にいなかったから、俺がひどい目にあったと、責任を感じているらしい。
(水を飲んだのは試飲で、お茶を持っていかなかったからじゃないんだけどな……)
でも、いろいろ考えて、したくをしてくれたことはわかった。
(……まあピクニックも兼ねればいいか)
そう考え直し、俺は、シャルロッテとアリアドネを連れて東にある惨殺山へと向かった。
◇ ◇ ◇
惨殺山にある花や植物はなんでもかんでも、とにかくでかい。
そして基本、人面種だ。
二本脚のはえた俺の身長の3倍はある空蝉キノコたちが、ドスドスと音を立てて歩いていく。
耳まで裂けた口を持つ食食花が、粘ついた蜜をしたたらせて、それを眺めている。
ふらっと誘われて近づいたら最後だ。
食食花たちが空蝉キノコを取り囲んで、食い散らかしている現場にも遭遇したが、さすがの俺もうーんと唸らせられた。
そんな凄まじい場所だったけれど、シャルロッテは始終楽しそうにしている。
「旦那さま、楽しいのう! わらわは旦那さまと一緒にいられて、とっても幸せじゃ~!」
お弁当の入ったバスケットをぶらさげて、シャルロッテがニコニコと、ご機嫌な笑顔を浮かべる。
バスケットは俺が持とうとしたものの、旦那さまの手を煩わせたくないと断られてしまった。
「わっ、旦那さま! あそこに見たことのない生き物がおる。あれは何という名じゃ?」
行く先々で興味のあるものを見つけてきては、俺を呼び止めて尋ねてくる。
俺は全知スキルでスキャンをしてやりながら、シャルロッテの好奇心に答えてやった。
シャルロッテはそのたびに、「すごいのう。旦那さまはなんでも知っているのう」と目を輝かせる。
俺にとっても暗黒大陸の植物は珍しい。
調査用に持ってきたノートに、変わった花を挟んでみたりした。
「何でも知ってるんじゃなくて、全部、鑑定スキルのおかげだ。俺は別にすごくないよ」
「何を言う。旦那さまはすごいのじゃ! 鑑定スキルがすごいのなら、それを扱える旦那さまもすごいということになるのじゃ!」
「そ、そうか……」
このやりとりは永遠に終わりそうにないので、適当なところで切り上げる。
「旦那さま、また珍しい花があるぞ!」
「お。レア度5のマダラ吸付花か」
せっかくなので、調査用に持ってきたノートに挟んでみた。
後ろの方で、それをにこにこと見守るアリアドネ。
(……おっと、駄目だ駄目だ)
俺までピクニックに夢中になっていた。
そのあとは、まじめに水探しをしつつ、時々脱線しながら、山を進んでいった。
◇ ◇ ◇
そして小一時間が経った頃――。
(そろそろ水源がありそうな気配だな……)
俺は、前世でスローライフに憧れ始めた頃、読んでいた本の知識を思い出してみた。
ミツバチがいる場所から数キロ以内には、水源がある可能性が高い。
動物たちの足跡も、同じような目印に使える。
それと、山と山が連なる谷間――、ふたつの山から集まってきた水源がぶつかるため、川や泉の発生源になることが多い。
これらの条件が、辺りにはそろっている。
さっき、シャルロッテにせがまれてスキャンした昆虫も、ミツバチと似た生態だったし。
地面のまばらなデコボコは、ヒヅメのある動物の足跡のようだ。
(水源を見つけるまで、もうひと頑張りといきたいところだけど……)
「腹が減ってきたな……」
「むっ! では、お任せくだされ、旦那さま!」
シャルロッテが元気な返事をし、木陰にいそいそと弁当を広げ始めた。
「手際がいいんだな」
「うむ。いつか旦那さまとこんなデートをするべく、日々、脳内で特訓してきたからのう!」
藁で編まれたレジャーシート。
その上に並べられた、色とりどりのお弁当。
「温かいお茶と冷たいお茶、お好みの方をお注ぎするのじゃ」
「シャルロッテちゃん、こぼさないようにゆっくりね」
シャルロッテとアリアドネに促され、俺もシートの上に座った。
狂い鳴き鳥の唐揚げと、同じくその卵を使ったふわふわのたまごやき。
それからもちろん、ゲテモノサンドもある。
弁当箱は二十個ほど並べられているが、アリアドネの後ろには、まだまだ高く積まれた重箱があった。
「スペースがないから全部は並べられないんです。何が出てくるかは、ここにあるお弁当を食べきってからのお楽しみ」
「旦那さま、あーんじゃ。今日こそわらわが食べさせて差し上げるぞ」
「いや、大丈夫だから……シャルロッテもほら、一緒に食べよう」
みんなでいただきますをして、食べ始める。
(……うまい)
料理の味ももちろん、さんざん歩き回ったあとに、山の木陰で食べる弁当はやっぱり格別だ。
そのとき――。
空の向こうから一羽のカラスが飛んできた。
そうかと思えば、カラスは俺たちの上空で止まる。
(って、あれ? このカラスは……)
確信を持つのと同時に、ボンッと煙があがり、カラスが少女の姿に変化した。
そして、すとんと目の前に下りてくる。
甘イ欲望ノ森に住む魔女、ララだ。
「なんだ。キミ、もうおなか治っちゃったの? つまんないの」
俺を見て、心底がっかりした表情を浮かべる。
魔女は天邪鬼。
そんな言葉がふと思い出された。
「おかげでこのとおり、全快だよ」
「私の薬を使ったなら当たり前だけど。――それで? ダークエルフの姫」
ララは、シャルロッテのほうを見て、薄く笑った。
「このあいだは中々楽しませてくれたよね。でも、私への借りはいつ返してくれるの?」
シャルロッテは胸の前で腕を組んで、ふんと視線をそらした。
「借りならいずれ返す。目障りじゃ、帰れ」
「そう言われると、もっと居座って邪魔したい気分になるの」
「まったく腹の立つ女じゃな!!」
「遊んでくれる? あの夜みたいに」
睨みあうシャルロッテとララの間に、火花が見えそうだ。
(これはまた、騒々しいことになったな……)
「なあ二人とも、『借り』って何の話だ?」
「女の話じゃ。旦那さまは気にせずともよい」
「その旦那さまのための薬なのに?」
「なんだって?」
「腹痛を治すための薬をあげる代わりに、ダークエルフは私に借りを一つ作ったの」
ララがくすっと笑う。
「あのとき、本当はわけてあげなくても良かったんだけど。でも、私と真っ当に渡り合える人は久しぶりだったから、楽しくなっ ちゃったの。だから、貸しひとつで分けてあげることにしたの」
「ふん、渡り合うじゃと? わらわはものすごーく手加減してやったのじゃ」
「あーあ。可愛くないの」
シャルロッテは忌々しそうな顔で、眉間に皺を寄せた。
どうやらララの話は事実らしい。
(……そうか。シャルロッテ、あんなに怒ってたララに頼んでくれたのか……。俺の薬のために……)
「やっぱりますます待つのが嫌になったの。いずれじゃなくて、いま返して」
「なんじゃと」
「ララ。シャルロッテが薬を欲しがったのは、俺のためだ。だから、借りなら俺が返すよ」
「だめじゃ、旦那さま。あれはわらわが勝手にしたこと。旦那さまが責を負う必要はない」
「……ふうん。魔女は天邪鬼だけど、ここは提案を呑んであげたほうが面白そうなの。そうね……、このひと、ララにちょうだい?」
このひと。
そう言ってララが杖を向けたのは……。
「……え? 俺?」
ララが無言でこくりと頷く。
(え。なんで俺……!?)
「んなっ!? だ、駄目にきまっておろう!? わらわの旦那さまは、わらわ一人のものじゃ!!」
「約束を反故にするのがダークエルフの流儀? それに駄目って言われるとますます欲しくなるの」
「別に約束を反古にする気などないわ。ただ他の願いにするのじゃ!」
「いやなの。その人がいいんだもの」
「旦那さまはやらん! だめったらだめじゃ!!」
「あらあら、まあまあ。シャルロッテちゃん、いつのまにかこんなに仲の良いお友達が出来たのね」
「仲良くなど!!」
「ないの」
アリアドネの声に、シャルロッテとララの返事が重なる。
(うーん、でも俺も、アリアドネの言うとおり……)
「とにかく去れ! この腐れ魔女め!」
「ふん。だったら、キミを魔法で蹴散らして、奪っていくよ」
勝手に俺を取り合いながら、二人の戦いが始まった。
でもどちらも致命傷を与えるほど、渾身の力で戦ってるわけではない。
(牽制し合っているというか……。なんか子犬が甘噛みしあってるみたいな感じだな……)
「勇者くん。ふたりは私が見ているから、水場探しを続けてきてもいいですよ?」
「いいのか? アリアドネ」
「はい、ふたりとも仲良く遊んでいますし、問題ないですよ」
アリアドネは、まさに妹の喧嘩を見守る姉といった表情でふたりを眺めている。
幼稚園の先生みたいだよな、アリアドネ。
コボルトたちの面倒も見てくれて、いつも助かっている。
俺は、ちらりとふたりのほうを見た。
どうせこのまま決着が着くことはないだろう。
「それじゃあ、頼む」
俺はそっとその場を離れて、一人で水の供給場探しに向かった。
しばらく辺りを歩き回ると、谷の下に小川を見つけた。
やっぱり、読みどおりだな。
今度は鑑定スキルで、ちゃんと飲める水かも確認する。
問題はない。
上流のほうを見ると、小鹿のような魔物が水を飲んでいる。
俺も、試しに両手ですくい上げて飲んでみた。
うん、美味しい。
冷たい水で喉を潤していると、先ほどの小鹿が俺をじっと見つめていた。
「この水、分けてもらってもいいか?」
そうお伺いを立てると、小鹿は耳を小刻みに動かして、また水を飲み始める。
まるで、いいよって言ってくれているみたいだ。
「ありがとう」
そう言って、持ってきた水筒に水を汲む。
水場を見つけたと知らせて、シャルロッテたちにも飲ませてやろう。
それからしばらくして、昼食を食べた場所へ戻ると、シャルロッテとララはまだ飽きもせず戦い続けていたのだった――。
次回最終話です




