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21 お薬と夫婦ゲンカ

 魔女騒動の翌日。

 俺たちは手分けをして、畑の片づけに取り掛かった。

 焼けた畑がどうなるか。

 確証はないだけに、不安は残る。

 俺はミノタウロスと話し合いながら、土と灰を、混ぜるようにして耕していった。

 それが終わったら、前回と同じように種をまく。

 今度はコポルトやゴブリンたちも手を貸してくれたので、以前よりずっと早く終わらせることができた。


◇ ◇ ◇

 そして種まきから数日後の朝――。


「おお……」


 前回とは明らかに異なる光景を前にして、俺は感嘆の声をこぼした。

 畑の全面を覆う、淡い緑色。

 以前は、しおれて弱い芽しか育たずに枯れていた作物たちが、しっかりと若葉を広げている。

 葉の上で玉になった朝露が、陽の光を反射して、畑はきらきらと輝いていた。


「すごい……! 作物がちゃんと育ってる……!」


(知らなかった……。植物の若葉に陽が当たると、干したての布団みたいな、優しい匂いがするんだな……)


「ミノタウロス、やったな!」


 ちょうど納屋から出てきたミノタウロスに声をかける。

 ミノタウロスも満足そうに頷いた。

 畑を焼かれてショックを受けるみんなの顔を見たときは、本当に心が痛んだけど、結果オーライだな。


「これでもうちょっと雨が降ってくれたら、言うことねぇんだけどなー」


 ちろちろと長い舌を出しながら、ヨルムンガンドが空を見上げる。

 それこそが、次の懸念点だ。

 ここのところ雨が全然降らない。


 俺たちの生活用水はもともと、死の谷の麓に広がる常闇の森の奥――、『禍々滝』と呼ばれる滝から運んでいた。

 畑の水遣りもしばらく、滝の水に頼りきっている。

 でもあの滝はそんなに大きくない。

 この調子で日照りが続けば、川ごと干あがってしまう恐れがあった。

 水不足に対応できるよう、他にも供給場所を探しておくべきだな。


「だったら俺も一緒に行くぜ、旦那。水場のことは多少詳しいんだ」


「本当か。助かる、ヨルムンガンド」


 そんなわけで、俺たちはさっそく水の供給場所探しを始めた。


◇ ◇ ◇

 しかし、翌日の真っ昼間――。


「……身代わりスキル、ちゃんと、発動してるみたいだな……」


 そんなことを、ベッドの中で丸まりながら呟く。

 水探しを中断して、昼間からベッドに潜っているのには理由があった。

 絶え間なく襲い来る腹痛と吐き気。

 脂汗のせいで、額に髪が貼りつき不快だ。

 だけど、弱音を吐くわけにはいかない。


「俺が痛い思いをした分、ヨルムンガンドを楽にしてやれるんだ……」


(止められなかった俺の責任もあるしな……)


 俺は朦朧とする頭で、昨日の昼間に見つけた泉のことを思い出した。

 森林を分け入った先にあった、静かな泉。

 その泉の水は、まるで血の吹き溜まりのように、どす黒い赤色をしていた。

 しかもところどころポコポコと、謎の巨大な泡が湧き上がっている。

 鼻に皺がよるほど、臭いもきつい。

 俺とヨルムンガンドは散々歩き続けていて、喉がかなり乾いていた。

 

(でも、これはな……)


 暗黒大陸における見た目がすさまじい食べ物たちに慣れてきた俺でも、さすがに引いた。

 だいたい、鳥や虫の気配もしないし。


「やっぱりどう考えてもこの泉はちょっと……」


 そう言って振り返ると……。

 

(ええっ)


 泉を覗き込んだヨルムンガンドは、長い舌を出して、ぴちゃぴちゃと水を飲んでいる。


「あー潤う……なんだかすごく嫌な味がするが、それでも潤うぜ……!」


 俺は絶句して立ち尽くした。

 

(いや、それ絶対飲んだらだめなやつだろ……?)


 水は危険だ。

 食あたりなんかよりずっと怖い。

 悪い水を飲むと最悪死に至る。

 急いでスキャンしてみると……。

 

(……やっぱり)


 残念ながらというか、当然ながらというか、とにかくひどい汚染水だった。

 致死量を優に超える菌まみれの水だとも表示されている。

 このまま放っておいたら本当に命が危ない。

 

(ヨルムンガンドを助けなければ)


 俺は咄嗟に身代わりスキルを発動して、ヨルムンガンドの体内の菌を自分の体に転写した。

 身代わりスキルは、一度使った相手には二度と発動できない。

 でもヨルムンガンドに関しては、明らかに今がその時だった。


「……旦那? どうかしやしたかい?」


「……いや。でも、用事を思い出したから今日は帰ろう」


 症状が出る前に引き返し、怪しまれないように家に閉じこもる。

 俺が身代わりスキルを使ったと知ったら、ヨルムンガンドは気に病むだろう。

 だから、バレないようにする必要があった。

 ものすごく痛いけど、ヨルムンガンドにこんな思いをさせるよりはいい。

 俺は不死身だからな。

 一対一でしか発動できないから、コボルト風邪のときは使えなかったこのスキルが役に立ってよかった。


「はぁ……痛たた……」


 ……とはいえ、猛烈に痛い。

 さっきまでトイレから全く出られなかったほどだ。

 今は一応症状が収まっているけれど。

 またいつ波がやってくるかわからない。


「辛いな……」


 力ない声を吐いて、自分の腹をさする。

 身代わりスキルで引き受けた病や怪我は、他のスキルで治癒することができないから、ただひたすら耐えるしかない。

 あとは頼みの綱の薬を待つばかりだ。

 そのとき、扉の向こうからノックの音が聞こえてきた。


「兄貴、俺っス」


 身の回りの世話をしてくれている若いオークの声だ。


「……ああ……」


 彼には使いを頼んだのだった。


「……入ってくれ……」


 室内に入ってきたオークは、心配そうな表情を浮かべた。


「だ、大丈夫ッスか?」


 頷いて、のそのそと上半身を起こす。

 一瞬、ぎゅるるる……と腹が痛んで、ヒッとなった。


「うう……」


 落ち着け。

 俺の腹。

 落ち着け、落ち着け。


「頼まれたことのご報告なんスが……」


 オークが申し訳なさそうに背中を丸る。

 それだけで、大体の結果を察した。


「会えなかった? それとも、もらえなかった……?」


「会えなかったほうっス。面目ない」


 ララの話だ。

 腹痛の薬をもらえないかと思ったのだけれど。

 会えなかったのなら仕方ない。

 それに会えたからと言って、譲ってもらえなかった可能性も十分ある。


「あのー……大将。やっぱり俺、魔女が戻るまで、家の前で夜通し待つっスよ」


「いや……。出かける前に言ったとおり、それはやめよう。あの森には、色々と厄介な魔法が、仕掛けてあるみたいだったしな」


 ララの罠は危険だ。

 シャルロッテですらやられてしまったのだから。

 それに、以前訪れたときに、かなり強力な怪物の気配を複数感じた。

 オークでは、確実に適わない。

 そういうクラスの怪物。

 魔物は夜行性が多い。

 昼間は襲ってこなくても、夜になったらわからない。

 そんなところで夜通し待機させるわけにはいかなかった。


「気を使わせて悪いな……。それじゃ下がってくれ……」


「はぁ……。じゃああの、もう一度、明日の朝尋ねてみるっス」


「うん、ありがとな……」


「すみませんっス。看病するのが俺なんかで……。姫さまは出かけてしまってるみたいで……」


「いててて……俺、怒らせちゃったみたいだからな……」


 実を言うと火事の翌日から、ずっとシャルロッテに避けられている。

 前日のララと俺の会話を誰かから聞いたらしく、そこでの発言が許せないと怒られた。


「わらわはそんな口説き文句など、一度だって言われたことがないのに! 旦那さまのことなんて、きらっ……き……嫌いではないが!! ……しばらくは知らぬっ!」


 そのままシャルロッテは、俺に寄りつかなくなった。

 具合が悪いことさえ知らないだろう。

 

(いや、知っていても、「知らぬ」と思われている可能性だってあるか……)


 無意識にため息が零れ落ちた。

 

(……口説き文句)


 もちろん俺は、魔女を口説いたつもりなんてない。


『俺は、もっとララと仲良くなりたい』


『俺に毎日会いに来てくれ。毎日常に傍にいてくれたらいいと思ってる。そうして畑の火を俺と一緒に眺めよう』


(あの時の発言、そういうふうにも取れるか……)


「兄貴……。姫さまを探してきましょうか……?」


 ぼんやりしていたせいで、変に気を使われてしまった。


「いや、大丈夫だ。ありがとう」


 オークはペコッと頭を下げて、部屋を出ていった。

 俺は再びベッドに潜る。

 シャルロッテは、いつごろ帰ってくるつもりなんだろう。

 

(……帰る、か……)


 そういえば、俺は最初、シャルロッテをここに住まわせる気はなかったんだ。

 ふと思い出し、それが遠い昔のことのような気分になる。


「毎日一緒にいたしな……」


 小さく笑みがこぼれる。

 シャルロッテには色々と助けられた。

 でも俺は?

 今でも彼女のことを、嫁じゃないと言い切れるのか?

 正直よくわからない。

 

(毎晩勝手に潜り込んできたとはいえ、……一緒に寝ちゃってたしな)


 なんだか自分がすごく、シャルロッテに対して、不誠実だったように思えてきた。

 

(だいたい今回のケンカだって……)


 何もせずほとぼりがさめるのを待っているなんて、我ながら情けない。

 悪気はなかったにしても、俺はシャルロッテを傷つけてしまったのだから。


「……やっぱりちゃんと謝らないとな」


 シャルロッテは許してくれるだろうか?

 

(……腹は、まだ、痛いけど……。治ったら、シャルロッテのスープが飲みたいな)


 そんなことを考えているうちに、俺はいつしか眠りについていた。


◇ ◇ ◇

 その日の真夜中――。

 

(……ん?)


 何かの気配を感じて目を覚ますと……。

 ベッドの淵に立って、俺の姿を見つめていたのはシャルロッテだった。


「シャルロッテ……。その格好、どうしたんだ……?」


 月明かりに照らされたボロボロな姿を見て、驚いた。

 頬や腕には擦り傷がついている。

 口を曲げ、むっつりとした表情だ。

 

(いったいどこで何をしていたんだ……)


「怪我、してるのか……待ってろ、すぐ」


 シャルロッテは首を横に振ると、何かを握った手を差し出してきた。


「旦那さま、すぐこの薬を飲むのじゃ」


「え?薬? ……っ、いてて……」


 無理矢理手渡された薬を見て、ようやく理解する。

 

(――ララの薬……)


「……その傷、あの森の怪物と戦ったんだな?」


「最近戦っていなかったせいで、少しへまをしてしまったのじゃ。かすり傷とはいえ、あんな雑魚相手に傷を負うなど情けない」


 シャルロッテは拗ねているような、何かを堪えているような声で言った。

 感情の抑揚が少なくて、鈍い俺には真意が見えない。


「本当にかすり傷だけか?」


「うむ」


「まったく無茶をするな……。だいたい、この薬だってどうやって魔女から手に入れたんだ?」


「細かいことなど、どうでもよい。いいから早く飲むのじゃ!」


 水の入ったコップを手渡してくるシャルロッテは、なぜか詳細を話したがらない。

 でもきっとすごく大変だったはずだ。

 だって相手はあのララだし。


「どうじゃ?」


「……うん。さすが魔女の薬、もう楽になってきた」


 腹をさすると、シャルロッテがほっと息をつく。


「……怒っていたんじゃないのか?」


 恐る恐る尋ねると、シャルロッテの声がわずかに震えた。


「うむ……。まだ怒っておる……」


「じゃあなんで、この薬……」


「怒っているからといって、心配せぬわけではないっ!」


 今にも泣きだしそうな顔で睨まれた。


「旦那さまは女心をわかっていなさすぎじゃ……」


「そうか……」


 複雑なんだな。

 傷つけたことは、もうちゃんとわかっている。

 その上に、心配までかけて。

 怪我をさせた。


「……ごめん」


「……よい。別にそういうニブニブなところも……嫌いなわけではない……」


「……」


 ふたりして黙り込んだせいで、室内に静寂が訪れる。


「……シャルロッテ。あのー……いつもありがとう」


「……!」


 シャルロッテが驚いたように目を見開く。

 誰かに心配されるのって、久しぶりだ。

 ずっと「勇者」で「最強」だった俺が心配される側に回ることなんて、なかったし。

 それなのに、シャルロッテはこうやって俺のことを心配し、助けてくれる。


 今回だけじゃなく、出会ったときからずっと。

 シャルロッテに出来るすべての力で、俺を支えてくれたんだ。

 だから感謝の気持ちを伝えないとと思った。

 なのに。


「どうした? そんな驚いた顔して……」


 問いかけた瞬間。


「う……」


 シャルロッテの瞳から、突然ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。


「……え!? おい、シャルロッテ……!?」


 名前を呼ぶと、シャルロッテはますます涙を流す。

 

(これ、俺が泣かせてるんだよな……!?)


「ひっく……」


「やっぱり傷が痛いか? それとも、何か悲しかったのか……?」


「これはうれし涙じゃ……! ううっ……うぇー……」


 両手で目を乱暴にこすりながら、しゃくりあげる。


「ずっと……旦那さまに……本当は、迷惑だと、思われているんじゃないかと……! わらわ……わらわは、旦那さまが……っ! 旦那さまの、妻に……!」


(うわ、これどうしたらいいんだ……!?)


 俺は途方に暮れてしまう。


「ええっと……な、泣かなくていいって、シャルロッテ」


「うえええー……っ」


「大丈夫だから……」


 迷惑なんかじゃない。

 そんな気持ちをこめて、泣き続けているシャルロッテの頭を撫でてみた。


「旦那さまが……なでなでしてくれておる……ううううっ……」

「なんだ!? しないほうがいいのか!?」


「違う……! やめたらだめじゃ……! やめたらもっと泣くぅ……!」


 結局俺は、泣きつかれたシャルロッテが俺に抱きついたまま眠ってしまうまで、ずっと彼女の髪をなで続けたのだった……。

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