20 魔女、攻略する
コボルトたちの完治を見守り、シャルロッテを宥めて眠りについたあと――。
次の事件は真夜中に起こった。
「――!」
「――を、呼んでくるんだ! 早く!」
遠くで誰かが叫んでいる。
騒がしい。
男たちの声。
走り回る足音。
まだ覚醒しきらない頭で、ぼんやりと思う。
勇者として戦場にいた頃のようだ、と。
「……」
「兄貴ッ……!!」
血相を抱えたオークが、寝室に飛び込んできた。
「大変ですッ! 畑が燃えています……!!」
「えっ」
眠気がいっきに消える。
俺はベッドから飛び起きた。
「火事ってことか? どうして……」
「それが、まだ原因はわかっていないようなんです……」
いったい何があったんだ。
「とにかくすぐ畑に向かうよ」
「姫さまも起こしますか?」
オークが、ベッドで寝息を立てているシャルロッテを見やる。
「ああ、いいよ。寝かせといてやって」
俺は着替えをしながら、首を横に振った。
シャルロッテは眠りが深く、一度寝ると八時間は絶対に目覚めない。
これだけ屋敷内で大騒ぎしていようが、おかまいなしに、今もすーぴー眠り続けている。
天変地異があっても、多分起きないだろう。
「じゃあ行ってくる。シャルロッテのこと、よろしく頼むな」
「わかりました、兄貴!」
◇ ◇ ◇
畑に近づくと、むあっとした熱風が俺の体を取り巻いた。
マグマ沼から立ちのぼるものとはまた違う、攻撃的な火の存在を知らしめる風だ。
とにかく急ごう。
しばらく走って農園に辿り着いた。
燃える畑を前に、ミノタウロスが立ち尽くしているのが見える。
「ミノタウロス。これは一体……」
「……」
ミノタウロスは、呆然と目を見開いたまま……。
瞬きすらしない。
(……だめだ)
聞こえていない。
ショックが大き過ぎるのだろう。
話を聞ける者を探して、俺は視線をさまよわせた。
コボルトやゴブリンたちは、ひと塊になって泣いている。
それをアリアドネが必死にあやしていた。
「大将……。誰かが火をつけたみてぇだ……」
ヨルムンガンドが体を波打たせながら、傍へやってくる。
彼も明らかに動揺している。
でも唯一まともに話せた。
シャルロッテに怯えまくってるイメージしかないが、意外と肝が座っているのかもしれない。
なんにせよありがたい。
「ヨルムンガンド、誰かが火をつけたってどういうことだ? マグマ沼の火の粉からとか、そういう理由じゃないのか?」
「飛び火だけならこんなに勢いよく燃えねぇよ……。ご丁寧に、枯草を畑に巻きやがったみたいだ」
「なんだって?」
(一体誰がこんなことを……)
「それに、消えねぇんだ。何をしても……」
ヨルムンガンドが苦しげに呟く。
「え……?」
「水もかけたが、まったく効果がなかった。たぶん、普通の火じゃねぇんだろ」
「普通じゃない火って、それは……」
俺は急いで燃え立つ火をスキャンした。
ヨルムンガンドの言うとおりだ。
「この火には魔法で呪いがかけられている」
「魔法? 旦那、俺たちに魔法は使えねぇぜ……」
「ああ。死の谷にいる者の中で、魔法を使えるのはスキルを所持している俺だけだ。でも俺は火をつけたりしていない」
「そんなの聞かなくてもわかってるっての! ……でもそれじゃあ、これは外から来た誰かの仕業なんだな?」
「そういうことになるな……」
そのとき――。
「……ちょっと待った。……おかしいな」
なんだか、妙な気配がする。
「大将?」
俺は目を閉じて、意識を集中してみた。
ものすごく巧妙に押し殺しているが……この気配は……。
「近くに魔力を感じる……」
「え!? 犯人が潜んでるのか……!?」
「ああ、すぐ近く……」
具体的に言うと、泣いているコボルトのあたり。
(ほらな……)
よく見れば、ひとりだけ、涙が出ていない。
「アリアドネ。ちょっとどいてくれ」
「勇者くん……?」
俺は、気になったコボルトに向けて鑑定スキルを発動させた。
コボルトの上に表示されたのは、個体名。
――ララ五三世。
俺が昨日たずねた魔女の名だった。
「ララ五十三世、この火事は、おまえの仕業か?」
「……なんだ、もうバレちゃったの?」
ボンッという音を立てて、変身魔法が解かれる。
「ご名答なの」
「やっぱりな」
コボルトがいた場所に姿を現したのは、とんがり帽子と紺色の服をまとった魔女だった。
帽子からあふれ出たピンク色の巻き毛は、綿菓子みたいにふわふわと膨らんでいる。
鼻の辺りに薄いそばかすのある、少年のような顔をした女の子だ。
ちょっとイジワルそうに、目を吊り上げて俺を睨む。
手にはもちろん、年季の入った木の杖を持っていた。
「コボルトちゃんたち、こっちにいらっしゃい!」
アリアドネは、おびえるコボルトたちを背中に庇った。
「お前が、旦那と俺たちの畑を燃やしたのか!」
「貴様……よくも、そのような真似を……」
ヨルムンガンドと、ようやく我に返ったミノタウロスが、そろって凄みを利かせるが、魔女は平然としている。
「これは復讐なの」
口調は穏やかだ。
楽しんでいるようにすら聞こえる。
けれど目が笑っていない。
「私の薬、持って行ったよね? 無断で。勝手に。魔女の薬を盗んだ」
「……その件に関しては……」
言い訳できない。
不法侵入と窃盗をしでかしたんだ。
「無断で家に入ったりしてすまない。薬を持ち出したことも申し訳ない。……一応手紙と、金貨を残しておいたはずなんだが……あれじゃだめだったか」
「んー、見たよ。丁寧な手紙と、たくさんの金貨をありがとう」
「たくさん?」
「うん。薬代にしては、多すぎるくらいなの。あんな薬、素材も簡単に手に入るし、魔女なら誰でも作れちゃうから」
「だったら……なんで復讐なんだ……?」
「先に私が質問。なぜ私の幻術を突破できたの?」
「俺に幻術は効かないからな」
「……そんな人間がいたなんて……。ますますキミのこと、気に入らないの」
ララは腕組みをし、俺を見る。
「あのね魔女は理不尽なものなの。だから金貨も手紙もなかったことにしたの。キミたちを襲う口実が欲しかったから。薬は盗まれたことにしたの。それで夜襲を仕掛けたんだ」
(口実って……)
「テメェ! 口実を作ってまで、兄貴を襲いたかったってことか?」
オークがなじるが、ララはつんとそっぽを向いた。
「前からキミんとこの畑、うらやましかったの。カラスになってよく見にきてたよ」
「……ああ」
言われて思い出す。
(いつも農作業を眺めていたあのカラス……。 あれはララが化けた姿だったのか)
ていうかうらやましいって?
「……農作業に興味があるのか?」
「ううん、違うの。うらやましいのは畑。魔女は薬草をいっぱい使うから。畑で栽培できたら、わざわざ山にこもらなくて済むの。山にこもっているせいで、今回もキミたちと会えなかったんだ」
「……俺たちに会いたかったのか?」
「うん。もちろんだよ。魔女の家、お客さん全然こないもん。だからレアなお客さんを歓迎したかったの。なのに居ない時に来るんだもん。殺したいほどむかつくよ」
「そ、そうか……。すまない」
「うん。いいよ。許してあげる。うらやましくて仕方なかった畑を燃やして、すっきりしたから」
「すっきりしたらなら、さっさと火を消しやがれ!!」
オークが鼻息荒く言う。
「そう言われると消したくなくなるよ。魔女はひねくれものだから」
「くそっ……兄貴! やっちまいやしょう!」
オークだけじゃない。他の連中も、魔女を睨み付けている。
だが俺は、彼らの訴えに頷かなかった。
「頼む。消してくれ、ララ」
「ふふん、もっと燃やしてあげるの! そーれそれ!」
ますます燃えさかる畑に、コボルトたちが「ああっ」と声を上げる。
「大火事だね。どうする? 困っちゃった?」
ララが瞳を細めて、ニイッと笑う。
火の粉を吹く畑。
真っ黒にこげた土。
作物を植えていた場所だけでなく、休ませておいた土地にまで、炎は燃え広がっていく。
俺を見て勝ち誇るララの表情は、きらきらしていた。
けれど……。
「……これだけ燃えたら、十分かな」
「え?」
ララが不思議そうに瞬きをする。
「ありがとう、ララ。本当は明日、薬のことを詫びたら、別の頼みごとをしようと思ってたんだ」
「……なに? どういうことなの?」
「俺は、この畑を、もともと君に燃やしてほしかった」
「……!?」
その台詞に、ララだけではなく、他の面々も騒然とした。
「どういうことだ? 元勇者よ……」
ミノタウロスが問いかけてくる。
「言っただろ。作物の育たない原因と対処が分かったって」
魔女の薬を見ていて、ひらめいた。
コボルト風邪は、そのウィルスによって起こる病気だ。
もしかして、畑にも同じように、菌が蔓延しているんじゃないのか?
――魔女の薬は、コボルト風邪のウィルスを殺すものだった。
もし畑にも菌が蔓延っているのなら、その菌を同じように殺してやればいい。
たとえば……炎で燃やしたりして。
「畑を焼いて消毒する、焼畑っていう方法だ。――種からは芽が出たけれど育たなかった。でも肥料による栄養は十分だった。となると、成長を邪魔する原因は土にあるんじゃないかって、考えたんだ」
「おおおお!! さすがは勇者だ!!」
「だから、この火事は俺たちに都合がいい。……俺の考えが合っているかどうかは、数日後に分かるかな」
「それじゃあつまんないの……。いやがらせにならないもの……。相手にしてくれないなら、もっと別の嫌がらせをするもん!」
(おっと。 それは困るな)
「うーん、それは困るな。薬のことで世話になってるし、あんたとは戦いたくないんだ。悪いけれど諦めて、帰ってくれないか?」
「あのねー、私はキミたちが困ってるところを見るのが楽しくて仕方ないの。だから追い払おうとしたって無駄なの。粘着して、ものすごく苦しめてあげたいんだもん」
(うーん。 粘着か……)
「兄貴、兄貴」
オークが俺の肘をつついてくる。
「だったらこっちが、仲良くなりてえって言ったら、天邪鬼を起こして興味をなくすんじゃないですかね」
「なるほどな……」
その作戦を試してみよう。
俺はずかずかとララに向かって距離を詰めた。
「え……。何……なんなの……?」
ララが戸惑った声を上げる。
「やったれー兄貴ー!」
「がつんとかましてやって下さい兄貴!!」
後ろで、オークたちがはやし立てている。
任せてくれ。
ガシッと両肩を掴むと、ララが驚いたように顔を上げた。
「俺は、もっとララと仲良くなりたい」
「……!」
猫目を大きく見開いて、ララが固まっている。
「あの薬。俺にはどうやっても作れないものだ。ララのことを尊敬するよ」
「え、え……」
「森のお菓子も、俺たちをもてなそうとしてくれたんだよな?」
「違うの。あれは幻覚で、侵入者を殺す罠で……」
「シャルロッテにもたくさん衣装をプレゼントしてくれた」
「あれはただの私の趣味なの!!」
あたふたしはじめたな。
効果があったのかわからない。
もうひと押ししてみる。
「俺に毎日会いに来てくれ。毎日常に傍にいてくれたらいいと思ってる。そうして畑の火を俺と一緒に眺めよう」
「う、う……うわあああああ!!」
突然叫びだしたララ。
彼女は耳まで真っ赤に染めている。
「なあ俺と仲良くしてくれるだろう?」
「もうやめて欲しいの……! ……き、嫌われるのはいいの! 魔女だもの! でもそういうのは困るの! どうしたらいいかわからない!」
ララは赤くなった顔を隠したいのか、両手で帽子を掴み、ぐいぐい下に引っ張っている。
「そういう慎ましいところも、好感が持てるな」
「やめてやめて……! もう何も言わないで欲しいの! もう帰る、さよなら!!」
ララは大慌てでカラスに変身すると、逃げるように飛び去って行った。
さすがは天邪鬼。
こっちから距離を詰めようとしたら、ものすごいスピードで逃げてくれた。
俺はやれやれと感じながら、みんなのことを振り返った。
「みんな、すまなかった」
「兄貴! さすがは兄貴だ!」
「それにしても姫さまがここにいなくてほんっとうによかった……!」
オークたちが肩を叩きあっている。
「焼き畑農業とは、思いつかなかったな。さすがは勇者だ」
「ああ! 明日には火も消えてるだろうし、今晩はそれを楽しみに寝ようぜ!」
ミノタウロスやヨルムンガンドもにこにこと笑ってくれた。
すべて彼女のおかげだな。
ありがとう、ララ。
俺は、魔女が消えた空を見上げ、満足して頷いた。




