16 種まきとモフモフなお客さん②
そんなわけで、昼飯の準備はシャルロッテに任せ……。
俺はマグマ沼の東側に広がる常闇の森で、種集めに精を出した。
途中、怪鳥に襲撃されたり、食人花に飲み込まれそうになったりもしたが、おおむね順調に進んだ。
瞬く間に時間は流れて、昼過ぎ――。
集めた種を手に畑へ戻ると、シャルロッテが昼飯の乗ったトレーを抱えて、家のほうからやってくるところだった。
アリアドネも手伝ってくれたらしく、シャルロッテの後ろで同じトレーを持っている。
「うふふ。ふたりでキッチンに並んでお料理なんて。本当の姉妹みたい! 楽しかったですね、シャルロッテちゃん」
「ふ、ふん……。そなたの手伝いなどなくとも、本当ならわらわひとりで十分だったのじゃ」
うれしそうなアリアドネと、まんざらでもない様子のシャルロッテ。
「そうですね。お姉ちゃんのほうがお手伝いしてもらっちゃいました。お料理上手な妹とふたりでキッチンに立つ……昔から、憧れてたんです」
仲良くしてるならいうことはない。
さて、二人が用意してくれたのは――なんとサンドイッチだ。
「旦那さま、ついに待望のパン料理じゃ! アリアドネたちが実家から、むらさき麦を持ってきていたので、パンを焼けたのじゃ」
「ああ、そっか。俺が食べたがっていたのを覚えてくれていたんだな。ありがとう」
シャルロッテは頬を染めながら、はにかんだような笑顔を浮かべた。
(サンドイッチのほうは……うん、なかなかすごい見た目だ)
パンは紫色だし、ハムは真っ赤、おまけに小動物の尻尾のようなものが飛び出している。
でも、味のほうはまた、すこぶるおいしかった。
(シャルロッテはやっぱり料理上手だな)
俺は改めて感心した。
「ポットに入れてマンドラゴラ茶も持ってきておるぞ。旦那さま、飲まれるか? ふーふーして冷ましておいたほうがよいか? おや。口の端にパン屑がついておるぞ。わらわがとって やろう。こちらを向いてくだされ」
「いや、大丈夫。自分でとれる」
「もう! わらわがやりたいのじゃ!」
シャルロッテがやたらと世話を焼きたがる。
彼女はいつもこんな感じだ。
(甲斐甲斐しいというか、なんというか……)
遠くのほうで食事をしているアリアドネとオークたちが、目を細めてほのぼのとこちらを見守っている。
「旦那さま、おかわりはどうじゃ? 次はどのサンドイッチがよい?」
「なあシャルロッテ、俺のことはいいから、おまえも落ち着いて食べな」
「う、うむ。旦那さまがそう言うのなら……」
隣に座りなおしたシャルロッテが、なぜか頬を赤らめている。
どうしたんだ、突然。
「旦那さま……。……今のやり取り……とても夫婦ぽかったのう……」
恥ずかしそうに、もじもじしながら言われた。
(そ、そうか……?)
俺にはよくわからない。
だが、シャルロッテがなんだか上機嫌になったようなので、よしとしよう。
お陰で昼食も、ゆっくりとることが出来たしな。
◇ ◇ ◇
昼休憩後――。
ミノタウロスから、耕した区画の様子を説明された。
掘ってみれば、土の中には小石がごろごろ。
ヨルムンガンドが掘り起した小石は、オークたちによってせっせと取り除かれたらしい。
小石を撤去したあとは、土に肥料を混ぜ、それぞれの作物に適した土壌と畝を作った。
ここまでが、午前中に行われた作業だそうだ。
この広い土地をこんな短時間に耕してくれるなんて。
みんなの協力には、本当に感謝しかない。
「やれるだけのことはやってみた。これで種まきをして、しばらく様子を見たいと思う」
「わかった。ありがとう。種は用意してあるから。さっそくみんなでまいてみよう」
「腹もいっぱいになったし、午後もはりきってがんばりますよ、兄貴!」
気合の声をあげたオークたちが、種を手に、耕したばかりの畑に向かっていく。
種まきの仕方は、ミノタウロスが丁寧に説明してくれた。
そして、彼らに過剰な発破をかけいてるのがシャルロッテだ。
「さぁオークたち! わらわに狩られたくなければ、息する間も惜しんで種をまくのじゃ!」
「……。……だめだ姫さまの監視の目がおっかなすぎる」
「ああ……。手が震えてまともに種蒔きができねぇよ……」
「何を無駄口なんぞ叩いておる!?」
「ひっ……!」
話に関係ないヨルムンガンドが、土の中で悲鳴をあげた。
「まあまあ、のんびりでいいよ」
シャルロッテを宥め、ヨルムンガンドを励ましつつ、俺も種まきをする。
(作物ごとに必要な間隔をとりながら、人差し指で開けた穴に種を落として……)
ひとすくいの土をふんわりと被せたら、上から手を置く程度の強さで土を押さえる。
こうすることで、水やりのときに種が流れるのを防げる。
ミノタウロスによると、土中に残った水分は、発芽の手助けをしてくれるらしい。
俺は黙々と一連の作業を繰り返し、自分の手で丁寧に種をまいていった。
(楽しい……)
こうして、自分の手で土をいじるのも。
ぽかぽかと陽を浴びながら、空の下で作業をするのも、すごく楽しい。
ところがそのとき……。
「ん……?」
(なんだか気配が……)
背後から視線を感じて振り返る。
別に誰もいない。
そこにはただ常闇の森が広がっているだけだ。
でもまた作業に戻ってしばらくすると……。
(……やっぱり視線を感じる)
しかもかなりの量の。
(……なんかいるよな?)
もう一度振り返り、さっきより真剣に様子を伺う。
(あ……)
やっぱりいる。
木々の合間から一瞬顔を覗かせた。
子犬のようにもこもこした生き物たち。
――あれは、コボルトだ。
魔族の中でも小柄な連中。
見た目は灰色の小さなオオカミ。
でもコボルトは、オオカミと違って二足歩行をする。
それに獰猛さはなく、かなり臆病な性格をしている。
人間界でいうと、野性のウサギやリスみたいな存在だ。
(普段、自分たちより大きい生き物には近づいてこないはずなのに……。なんで寄ってきたんだ?)
しかも少しずつじわじわと、こっちに近づいてきている。
さすがに俺以外の連中も、コボルトの存在に気付いたらしく、手を止め森を振り返った。
「ちびで下等な一族の分際で、わらわたちを盗み見るとは! わらわが塵にしてくれよう!」
はりきって飛び出していこうとするシャルロッテを、慌てて止める。
「いや。待った。いいよ見るぐらい。ほうっておいてやろう」
何か害をなすわけでもないし。
「むぅ……。旦那さまがそう言うのなら、わらわは従うが……」
不満げな顔をしつつも、シャルロッテは俺の傍らに戻ってきた。
そんな感じでコボルトを放置したまま種まき作業を続けていると、しばらくして彼らはついに森の中から出てきた。
どうやら俺たちのしていることがよっぽど気になるらしい。
最終的には、好奇心を抑えきれなくなったのか。
恐る恐るという様子で声をかけてきた。
「……ね、ねえ……。……なに……してるの?」
「種まきだよ」
「種ってなあに……?」
「ああ、ええっと……」
種まきと収穫についてざっくり説明する。
「土を耕して、種をまいて、水をやると植物が育つんだ。その植物に花が咲いたり、食べられる実がなったりする」
食べ物が作られるという話になると、コボルトたちは途端にはしゃぎはじめた。
「あたちたち、ごはん大好きヨ!」
「あたちたち、ごはんできるの見に来る!」
もふもふの体をぴょんぴょんと跳ねさせて、コボルトたちはよろこんだ。
◇ ◇ ◇
それから毎日、コボルトたちは畑にやってきた。
すっかりこの辺りに住み着いてしまったらしい。
明け方には、畑の前で待機し始める。
農作業が始まると、みんなで横一列になって、ミノタウロスとヨルムンガンドをひたすら眺めている。
たまに声援をかけている姿も目にするようになった。
ミノタウロスとヨルムンガンドは、小さいものの扱いに慣れていないらしく戸惑っていたが、うれしそうでもあった。
ある日、ミノタウロスがこう尋ねてきた。
「作物が育ったら分けてやってもいいだろうか? 小さいお客人たちに」
もちろん俺は承諾した。
兎にも角にも収穫の時期が楽しみだ。




