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15 種まきとモフモフなお客さん①

 ミノタウロスとアリアドネを迎えた翌日――。


「ミノタウロスが考案した残飯発酵の仕組みにならって、料理の野菜くずや、周りの落ち葉から、肥料を作っていこうと思う」


 俺の話を聞いたオークたちは、ホッとした様子で手を取り合っている。

 ヨルムンガンドは涙を流しながら、拳を高々と掲げた。


「てことは俺、糞の中を泳がなくて済むんだな……!」


「よかったな……! ヨルムンの旦那、本当によかった……!」


「ああ、ありがとう……ありがとう、オークたち……!!」


(なんだか、『ミノタウロスの肥料』というキーワードに関するみんなの反応が過剰だよな……)


「それにしても、ううむ……。見れば見るほどに、土づくりのしがいがありそうな畑だ」


 ミノタウロスが唸る。

 俺もミノタウロスの隣に立って、薄紫色の空の下、農場となる予定の平野を見渡した。

 家を建てたマグマ沼から、少し下った先にあるこの土地。

 大地は固く踏みしめられている。

 それに、大岩がごろごろと転がっていた。


 けれど、何よりこの場所には、燦々と陽光が降りそそぐ。

 熟れた果実の匂いがする風も、そよそよとやさしい。

 死の谷の中では、この地がもっとも農作向きだろうと俺たちは判断した。


「ミノタウロス、勇者くん、がんばりましょう。お姉ちゃんも、しっかりお手伝いしますからね」


「ありがとう、アリアドネ。――それでミノタウロス、何から取り掛かろうか?」


「まずは岩をどうにかするんだ。雑草を抜いて、土を掘り起こす。そして肥料をまく」


 ミノタウロスの後ろに並んだ樽。

 これが、特製肥料だ。


「肥料は全体にまけばいいのか?」


 俺はミノタウロスに尋ねた。


「いいや。肥料の与え方は、作物の育て方によって異なる。蒔く種は決めてあるのか?」


「ああ。全知スキルで、育てやすい作物について検索してみたんだ」


 紙に書きだした作物のリストを確認しながら、ミノタウロスに伝える。


「とりあえずはデビルトマト、地獄かぼちゃ、八裂菜を試してみたいと思う」


「デビルトマトと八裂菜は根を深く張る作物だ。全面施肥というのだが、土と肥料をよく混ぜた畑を作るべきだろう」


 ミノタウロスが言ったことをもとに、アリアドネがペンを走らせる。


「それならこの区画を、全面施肥の畑として耕してはどうかしら?」


 アリアドネが指差した場所を見て、俺はうーんと首を傾げた。


「ちょっと畑が狭くないか? こんなに土地があるんだし、もっと広くてもいいような……」


「いかん。作物を育てるほどに土は痩せる。無理に使う必要のない土地は、肥料をまきつつ休ませる必要があるのだ」


 ミノタウロスが教えてくれた。

 なるほどな。

 土も、作物を育て続けていては、疲弊するってことか。


「じゃあ地獄かぼちゃは、どんな感じだ?」


「地獄かぼちゃは、広く浅く根を伸ばしていく」


 ミノタウロスは枝を用いて、地面に絵を描きながら説明してくれた。

 横にじわじわと伸びる地獄かぼちゃの根。

 種を植えるときは、かなり感覚を開けたほうが良さそうだ。


「こういう作物は、溝施肥と呼ばれる肥料の与え方がいい」


「溝施肥?」


「地面に三〇センチ程度の深さの溝を掘って、一番下に肥料をまく。その上に土を敷いて、種をまき、また上から土をかぶせるのだ」


「じゃあ、作物によって耕し方が変わるんだな」


「ああ。ただし、最初の土壌作りは共通だ。畑全面に肥料をまいたら、鍬を用いて土とよく混ぜる。土壌の酸度を調整したところで盛り土をして……といった具合だ」


「ミノタウロス……いっぱいお勉強したのね。えらいわ」


「た、大したことはない……」


 アリアドネに褒められて、ミノタウロスはしどろもどろしている。


「ところで元勇者よ。本来、畑は耕した後、一ヶ月ほど雨風にさらしておくほうが良い。今回休ませておく土地は、そのように取り計らってくれ」


「そうなんだ、了解」


 話し合いながら区画を決めていくと、最初は狭く感じた畑も、結構な範囲のものになることが分かった。

 俺たちの初めての畑。

 そう思うだけで、わくわくする。


「しかし最初から難関が立ちはだかっているな」


 ミノタウロスは、畑に転がった大岩を見渡した。


「岩を運ぶための道具作りから始めるべきか」


「いいよ。俺がやるから」


「なんだと?」


 俺は手近な岩まで歩いていくと、右肩を押さえて腕を回した。


「剛腕スキルを発動させて……よいしょっ、と」


 一撃。

 拳を大きく振り下ろすと、岩は粉々に砕け散った。


「なっ……」


「まあ、すごい!!」


 ミノタウロスとアリアドネが驚いている。

 

(それにしても、力加減が難しいな。粉末になるまで砕いてしまって、土に混ざるのもよくないだろうし……)


「岩は俺が砕いていく。百個はありそうだから、そうだな。十分ほど待ってもらえるか?」


「わ、わかった」


 岩を砕き終わると、姉弟はさっそく農作業を開始してくれた。

 ヨルムンガンドも、せっせと二人に協力している。

 猛烈なスピードで土の中を這い回って、乾いた大地をポコポコと掘り起こす。

 すごいな。

 ミミズだったら、何千引き捕まえてこようともこうはいかない。

 集まったオークたちも、感心の声を上げた。

 

(ただ、ひとつ気になることが……)


 シャルロッテを見るたび、ヨルムンガンドが怯えるのだ。

 震え上がって、さらに作業スピードがアップする。

 

(……まいった)


 ブラック企業にはなりたくないので、一応、声をかけてみた。


「なあ、ヨルムンガンド。もしかして、シャルロッテに脅されてたりしないか?」


「な、ななな……なんでそんなことを聞くんだよっ……!?」


 ヨルムンガンドの声が引っくり返る。

 動揺しすぎだ。


「嫌々働いていないか心配なんだ」


「し、心配すんな……。オ、オレは喜んで働いてるっての。ハハハ……ハハ……」


 それならいいけど。

 

(……って、あれ?)


 でもいま、脅されてることに関しては否定しなかった?


「二人で何を話しておるのじゃ?」


 ちょうどそのとき、俺たちのほうへ、シャルロッテが歩み寄ってきた。

 その途端、ヨルムンガンドの表情が変わった。


「ヒッ……! お、おおおれはサボってないからなっ……! も、戻る……! 仕事仕事!!」


(うわ……)


 めちゃくちゃ怯えている。

 半泣きだし。

 逃げるように地面に潜っていったヨルムンガンドを、同情しつつ見送る。


「シャルロッテ……。おまえ、ヨルムンガンドを脅して連れてきたな……?」


「聞こえない聞こえない」


 耳を伏せて、シャルロッテが明後日の方向を向く。

 まったく困ったやつだ。


「ヨルムンの旦那! そう根を詰めず、休憩しましょう!」


「アリアドネの姐さんが、ゲジゲジ麦で作った麦茶を冷やしておいてくれたんッス!」


「だ、だが……俺は、サボっては……」


 ヨルムンガンドがチラッとこちらに視線を向ける。


「シャルロッテ、頷き返してやれ」


「むぅ……旦那さまがそう言うのなら……よかろう」


「ヨルムンガンドも休んでよいぞ!」


 シャルロッテが声をかけると、ヨルムンガンドはホッとしたように尻尾を揺らした。


「適度な休憩も大事ですからね! ほらほら、旦那! 早く出てきてくださいよ」


「それじゃあちょっとだけ……」


 オークたちに誘われて、ヨルムンガンドがうねうねと木陰に移動していく。

 あいつら仲良さそうだな。

 シャルロッテに困らされてる者同士、意気投合したというところだろうか。

 オークたちも、最初はヨルムンガンドの勧誘に反対していたけど。

 この様子なら、大丈夫そうだ。


「旦那さまはこれから、種を集めに行くのであろう?」


 シャルロッテが、ひょこっと俺の顔を覗き込んでくる。


「ああ。そのつもりだ」


 暗黒大陸に雑貨屋は存在しない。

 だから種が欲しいなら自力で集めるしかない。

 朝早くから耕耘に入ったため、陽の位置はまだてっぺん前。

 だけど、そろそろ急いだほうがいいな。

 みんなのがんばりのおかげで、耕す作業も意外に早く終わりそうだし。


「旦那さまの留守中、わらわにできることはないか? 妻としてそなたの役に立ちたいのじゃ」


「そう言われてもな……」


 手は十分に足りている。

 

(それにシャルロッテが近くにいると、一部の心労がすごそうだし……)


「家に帰ってのんびりしてたらどうだ?」


 だがシャルロッテはその返事が気に入らなかったらしい。


「わらわに何かを命じるのじゃ! あの者たちの助けがあるから、わらわを頼らないというのなら、連中の手など切断してくれるわ! そうすればあやつら、旦那さまの手伝いができなくなるぞ。むふふ」


 まずい。

 突然凶悪な魔族の顔が表に出てきた。

 

(なんでもいいから、頼みごと……)


「あー……。じゃあ昼飯の準備をしてくれるか? 農作業に従事してくれているみんなの分も一緒に」


 すると、シャルロッテはぱっと表情を輝かせた。


「よいぞよいぞ! 『旦那さまと旦那さまの使っているものたちのため、食事の用意をする』なんて! とっても嫁っぽい頼まれごとじゃ!」


 ものすごくはりきっている。

 普段は「わらわの手料理は旦那さま特権じゃ」と言っているのだが、みんなの世話を引き受けてくれてよかった。

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