エピローグ3
しかし、その日以来、農民の子は我に心を開いてくれるようになった。
そして、ここでずっと一緒に暮らしてくれると約束もしてくれる。
神様に暴れられると困るからねと、農民の子は寂しそうに笑った。
農民の子はいつも自分の腕を身体に巻き付け、丸くなって眠る。
もう、我の事は恨んでいないけど、親に会いたいとたびたび泣いた。
会いに行けば良いのではないかと言うと、絶対に駄目だと言う。
そして、親はきっと来て欲しくないだろうからと、村のある方角をずっと眺めるのだ。
我は慰めてやりたかった。
我は知っている。
泣いている子供は、抱き上げてあやしたり、抱き寄せて頭を撫でてやると良い。
王女が結婚して子を産み育てるのを、我は傍でずっと見ていた。
でも、我には肉体がなかった。
我は肉体を欲した。
人間になって、農民の子を抱き上げてやりたいと切望した。
人間の肉体の中に潜り込めないものかと試してみたが、全然うまくいかなかった。
力が強すぎるのだ。
我はこの力を、アレに押し付ける事にした。
我と同じ思念のエネルギー体であるアレにならば、思い切りぶつかれば合体することも可能な気がする。
合体出来れば、その後、我の本体だけをさっさと分離して、逃げてしまえばよい。
我は出来る子だった。
思った通りになった。
もう一度人間に入ってみる。
今度はなんとか潜り込めたものの、すぐに反発をくらい追い出された。
何度やっても追い出される。入れる気がしない。
仕方がない、人間は諦めよう。本当は人間が良かったけど・・・
山にいる獣で試してみたが、どれもやはり人間と同じで反発をくらった。
古木には入れたが、古木では動けないし、手もない。
何か良いものはないかと探していると、谷に弱った古竜がいた。
ああ、竜の墓場か。辺りには竜の骨と思われるものが、ごろごろ転がっている。
死にに来たのだなと思った。
死にに・・・・・・、チャンスではないか。
死にかけならば、反発しないで、我に譲ってくれるかも知れない。
元から力を持つ古竜ならば、我の力に対する耐性も強そうだ。
我は古竜に話しかけた。
すると、古竜は了承する代わりに、この竜の墓場を守って欲しいと言った。
我らは約定を交わし、我は竜の身体を手に入れた。
喜び勇んで戻ると、農民の子は癇癪を起こして泣き喚いた。
我がしばらく離れていたから、ひとりぼっちで取り残されたと不安に思ったらしい。
抱き寄せて頭を撫でる事は出来ないけれど、我は農民の子の顔をそうっと舌の先で舐めてやった。
初めて触れた感触を我はずっと忘れない。
農民の子は我の上に登ったり、顔に抱き付いたり、とても気に入ったようで、夜はもうひとりで丸くならずに我にすり寄って眠る。
肉体を得て良かったと思った。
我は竜との約定で、竜の墓場を守らねばならない。
農民の子に、故郷の山を離れても良いかと訊ねると、いいよと答えてくれた。
農民の子を背に乗せ、我は竜の谷に飛んだ。
そうやって、しばらく仲良く暮らした。
ところが、ある朝、農民の子は目覚めるやいなや、我に全て思い出したと涙を流した。
そして、今まで寂しい思いをさせてごめんね、カオスと我の名を呼んでくれた。
嬉しくて、竜の目から滂沱のごとく涙が流れた。
それと同時に、晴れているにもかかわらず、雨が降ってくる。
農民の子は、相変わらずねと言って笑った。
そして、農民の子ではなく、私のために親が名付けてくれた名前があるから、ミルカと呼んで欲しいと言った。
カオス、カオス、ミルカが甘やかな声音で我の名を呼ぶと、我の心は浮き立って落ち着かなくなる。
このむずむずじっとしておれない気持ちの正体が、何であるかの予測はついた。
肉体を持つ短命な生き物たちは、恋をして、番い、子孫を残して命を繋いでいる。
我はミルカに恋をしているのだ。
今までは傍にいられればそれで満足だったけれど、我はミルカが好きで、好きで、番うことを渇望している。
しかし、いくら熱望しようが、この体躯では番うことは叶わない。
やはり、人間の器が必要だ。
本物の人間になれなくとも、番う時だけ人間の姿、形になれれば良いのだ・・・
我はやれば出来る子だった。
ミルカは雌だから、我は雄の形にした。
ミルカは人間の我を見て驚き、カオス、カッコいいよと言って褒めてくれた。
我は思い切って、少しもじもじしてしまったけれど、男らしくミルカに番いたいと相談した。
「私だってカオスの事、好きだし、番うのはいいけど、・・・えっと、その・・・やり方分かる? 私もあんまり経験が・・・王女の時ぶりだし、あーゆー事は男性がリードしてやるものだから・・・その、」
「わかる。心配せずとも、我はやれば出来る子だ」
「・・・・・・」
じと目で睨むミルカに仕方なく白状する。
「覗いて見てたから・・・わかる」
ミルカは、寝室には入っちゃ駄目って言ったよね!?と真っ赤になって怒っていた。
「言い付け通り、寝室には入っておらぬ。天井の隙間から覗いて見てた」
興味があって覗いて見てたけど、力が暴れそうになって、途中で止めたのだ。
今でも、思い出すと胸がモヤモヤして、苦しい。
「分かった。じゃあ、やってみよう? えっと、優しくしてね?」
「やさしくする!」
我はやっぱりやれば出来る子だった。
やさしく出来てたよと、ミルカは褒めてくれた。
我はもっとうまく出来るように、毎日精進して練習に励む。
次の日も次の日も、そのまた次の日も、ずっとこうしてミルカを愛で愛したいと願いながら。
我は本当にやれば出来る子だった。
とても上手に番えるようになったと自分でも思う。
そして、それは思わぬ奇跡のような副産物を生んだ。
「ねぇ、カオス、あれから随分経ったよね?」
「うーん、我には時の流れというものがよく分からぬ。そなたと過ごす時間はあっという間で、そなたを待っている時間は久遠の如く長くて辛い」
「私、年をとってないよ! なら、もう、カオスをひとり残して死ななくて済むの? そうなの?」
ミルカを抱き締めて泣いた。
やっぱり、雨が降った。
我ってすごいな!
子が欲しいというミルカの望みを叶えてしまった。
子は人間ではなく、竜の子だったけれど、ミルカは十分だと言って可愛がった。
我はミルカに何匹もの竜の子を授けた。
多くの竜の子を巣立たせた頃、我は肉体の衰えを感じた。
あれほど抑えるのに苦労した力が集まってこない。
死の予感がした。
ミルカも同じように思っているようだ。
長い年月連れ添ううちに、我らの魂は融合していた。
これも我が望んだ結果だ。
我とミルカは二人で永遠の眠りにつくため、ずっと守って来た竜の墓場に足を踏み入れる。
いつも我をひとり残して死ぬのが辛かった、もう一生懸命生まれ変わらなくてもいいのだと思うと嬉しいとミルカは言った。
う~ん、我は初めて死ぬし、生まれ変わった事がないからその苦労もよく分からぬ。
ただ、我はミルカが望んでいるような永遠の眠りにつくのは、ものすごく惜しい気がするのだ。
我はもう一度生まれ変わって、ミルカを愛でて、舐めて、撫で回して、可愛がりたい。
だから、どちらの意見も尊重する事にした。
我はとても優秀な出来る子だからな。
融合した二人の魂を半分に分けて、半分はミルカの望み通り永遠の眠りに、そしてもう半分は、生れ変わらせて、もう一度恋をさせるのだ。
ちょっとシュミレーションをしてみよう。
まず、半分に分けて、一つはそのままに、もう一つの方をまた半分に分けるっと。
同じ魂だからきっと引き合うはずだ。
恋をして、再び融合した後、我らの元に戻るようにすれば、我らはここで待っているだけでそのムフフな記憶を得る事が出来る。
一度で二度おいしいというわけだ。
ニマニマほくそ笑んでその時を待つ。
え? あれ? なんで?
なんで、そんなにバラバラになるの?
二つに分かれるだけで、いいんだよ?
ちょっと待て!
ああぁぁ~、そんなぁぁ~、我とミルカの魂の半分は、粉々に砕けて霧散した。
我は出来る子・・・・・・
最後までお付き合い下さった方には、深くお礼申し上げます。
ありがとうございました。




