第3話 愛している
あれから三年が経った。
隆也は、あの事故の後、右足に少し引きずるような癖が残ったけれど、会社を休むことなく復帰した。最初は夜遅くまで残業を続け、帰宅するとすぐに私の仏壇の前に座って、ぼんやりと写真を見つめていた。
まほ は大学を卒業し、希望していた銀行に就職した。笑いながら帰ってくる姿は、あの日の華奢な女の子とは思えないほど凛々しくなった。
家は少し変わった。リビングのソファは新しくなり、私が好きだったチェック柄のカーテンは、淡いベージュの無地に替わった。でも、ダイニングテーブルの上には、いつも季節の花が活けられている。
まほが職場からの帰り、花屋に寄って買ってくるのだ。隆也は料理が上手くなった。週末には、まほ のリクエストで私の得意だったハンバーグを作る。味は、私のものに少しずつ近づいているらしい。
私は、いつもここにいる。朝、隆也がネクタイを締めるのを鏡の後ろから見守り、まほが髪を結うのをそっと眺めている。二人とも、時折ふと立ち止まって、私のいた場所に目をやる。隆也は「奈緒、今日も行ってきます」と小さく呟き、まほ は「ママ、行ってくるね」と笑顔で手を振る。誰も見ていないのに、私は必ず「行ってらっしゃい」と答える。
去年の春、まほ の誕生日には、隆也が新しい女性を家に連れてきた。穏やかで優しい人で、まほ ともすぐに打ち解けた。私は最初、胸が締めつけられるような思いをした。でも、夜中に隆也が私の写真に向かって「いい人だろ?お前が勤めていた図書館の人なんだ......奈緒が選んでくれたみたいだ」と囁いたとき、安心した。
新しい彼女は、私の服が入っていたクローゼットを整理するのを手伝い、隆也のスーツにアイロンをかけてくれる。まほ は彼女を『恵さん』と呼び、時々三人で食卓を囲む。
今年の夏、隆也は試験に合格し、部長に昇進した。二人は私の仏壇の前で抱き合って泣いた。隆也が「奈緒、見てくれたか?俺、すごいだろ」と声を震わせ、まほ が「ママ......ありがとう。パパ頑張ったよ!」と花を供えた。私は、二人の肩にそっと手を置いたつもりだった。風がカーテンを揺らし、花びらが一枚、優しく舞い落ちた。
今、隆也は新しい家族の形を少しずつ築いている。まほ は一人暮らしを始める準備をし、時々帰ってきては恵さんと一緒に夕飯を作る。私はもう、寂しさを感じない。ただ、温かな充足だけ。
二人が笑うとき、私は一緒に笑っている。
二人が泣くとき、私はそっと寄り添っている。
二人が前を向いて歩くとき、私はいつも背中を押している。
愛は、形を変えても、決して途切れない。
私は、永遠にここで、二人を見守り続ける。
優しく、静かに、満ち足りて。
了




