番外編 デートはいかが?
私とカインが婚約中の、ある日のこと。
デート。それはなんとも甘酸っぱくて心躍る響き。いくつになってもきっとこの言葉の持つこのドキドキ感は薄れないのではなかろうか、なんてことを思いながら――。
「うーん……。どれがいいかしら……。これなんか色はとってもきれいだけど、ちょっとシンプル過ぎな気も……。かといってこっちはなんだかやり過ぎな……?」
鏡の前でいくつものワンピースをあてがい、ああでもないこうでもないと取っ替え引っ替えして早二時間。
「こちらなどはいかがでしょう? 今の季節にもぴったりですし、ちょっと首元が物足りないようでしたらこちらのネックレスなどをつければ華やかになりますよ? あとはこのリボンで髪を華やかに編み込んでみたり……?」
「そ、そうかしら? か……かわいい?? 本当に??」
今さらながら自分が恋する乙女であることを自覚する。いつもならおしゃれなんて気にもせず、朝早くから川に魚釣り、畑仕事、その合間に新しい家族になったペトラとルナたちと自然の中を駆け回っている私に、こんなドキドキそわそわする乙女心があったなんて。
なぜ私がこんなことをしているのかというと、ことのはじまりは一週間ほど前のこと――。
「はい、どうぞ。今町で人気のカフェのクッキーよ。ここで恋人と甘いものを食べてから今流行りの小物なんかを扱う話題の店に行って、その後は噴水前のベンチで語らうっていうのが今流行りのデートコースなんですって」
その日私は、ディクリーヌから小さなリボンで留められたかわいらしい包みを受け取った。
なんでも仲の良い寮の友人たちと一緒に行ったとかで、おみやげを渡しにわざわざ屋敷まできてくれたのだ。なんとも律儀なディクリーヌらしい。
「へぇ~。流行りのデートコースなんてあるのね! すごくかわいいっ! それにすっごくおいしいし!!」
ディクリーヌがこの屋敷を離れて寮生活をはじめてもう半年以上たつ。最初は色々と騒動もあったようだけれど、周囲の助けもあり今ではもうすっかり順調なようだ。
寮にも慣れて女友だちもできたらしい。それに素敵な恋人も。
「てっきりデートで行ったのかと思ったわ! うまくいっているんでしょう?」
私がからかうようにそう言えば、ディクリーヌの頬がぶわりと染まった。
「ま……まぁね! メルヴィンとは今度のお休みに行く予定なのよ。あなたもカイン様と一緒に行ってきたら? どうせいつも川や犬の散歩ばっかりでデートらしいデート、してないんでしょう?」
「そ……それは……! ぐっ……!!」
図星過ぎてぐうの音も出ない。
どうも野生児のまま大人になってしまった私と、そんな私をすっかり見慣れてしまっているカインとの間には甘い雰囲気が皆無だった。かといって今さらどうしたらいいのかも分からず、仲がいいならそれでいいのかしら、なんて言い聞かせているのだけれど。
「やっぱり……だめかしら? もうちょっと甘々じゃないとカインの気持ちは冷めちゃうかしら!?」
「ふふっ。それはないと思うけど。でもたまにはいいんじゃない? こういうベタなデートも。逆に新鮮で楽しいかもよ?」
ディクリーヌのその一言で、私は決意した。カインと甘々町カフェデートをしよう、と!
そして私はすぐにカインにデートのお誘いをしに行ったのだけれど、その反応がまた――。
『ん? 魚釣りじゃなくていいのか? 今度は大物を釣り上げて記録更新だってこの前息巻いてなかったっけ?』
『……』
やっぱりカインは、私とのデートを魚釣りや外を駆け回る子どもの遊びと同義だと思っているらしい。このままではさすがに遊び盛りの子どもの面倒を見る男親の絵にしかならない、と焦った私は。
『と……とにかく!! デートよっ! 私はあなたと甘くてベタなデートがしたいのっ!! 来週の日曜日、町へ行きましょうっ!!』
そう高らかに宣言し、町デートを決行することになったのだった。
そして待ちに待った日曜日。いつもよりおめかしした私と、ラフではあるけれどいつもよりぴしっと決めたカインは町へと降り立った。
「さぁっ!!行くわよっ、カイン!! ここで甘いスイーツを食べて素敵なティータイムを過ごした後は、流行りの雑貨店をのぞいて……」
意気揚々とディクリーヌが教えてくれたカフェへと向かった私たちだったのだけれど。いざお目当てのカフェへと到着してみれば、そこは長蛇の列ができていた。
「……すごい人、ね。カイン」
「あぁ……。これ、中に入れるまでどのくらいかかるんだろうな……」
人気店だとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。店の中も外も順番を待つ客たちで一杯だった。しかもそのほとんどが自分たちと同じデート目的のようで。
店から漂ってくる甘い匂いには釣られるけれど、カフェはここしかないわけではない。だってこの順番をのんびり待っていたら、あっという間に町デートの時間が過ぎていってしまう。それでは本末転倒というかなんというか。
ふと見れば通りの向かいに、感じの良いカフェが目についた。
「ね、カイン! き、今日のところはあっちのカフェでまずはお茶にしない? ケーキもなかなかおいしそうだし!!」
「あ……、あぁ!! 賛成だ。小腹も減ったしな。よし! 行こう!!」
そのカフェは若者のデートにしては少し落ち着きのある雰囲気ながら、なんとケーキが絶品だった。茶葉もとても香り高くて好みだったし。
「さて、おいしいスイーツも堪能したことだし、今度は町歩きよ!! あっちに今年流行のアクセサリーを扱うお店があるんですって!!」
心から大満足して今度はお店めぐりへとカインを誘う。
歩きながらちらりとカインを見上げれば、なんだかその横顔にドキリとしたりして。
なんだか胸の中がくすぐったく忙しい。ちょっとした仕草にドキドキしたり、嬉しくなったり、照れくさくなったり。いつもと違う服を着ていつもと違う場所で過ごす時間は、確かに新鮮で楽しいひと時だった。
はじめての町デートは想像以上に楽しく幸せだった。
大人気のカフェには結局行かず終いだし、実のところのぞいたお店も流行り物を扱っている人気店なんかじゃなく、昔からある居心地の良いお店ばかりだったけど。
「ふふっ! カイン、私すっごく楽しい!! あらためてカインと一緒ならどこだってとびきり楽しくなるんだって分かったわ!!」
「あぁ、そうだな。たまには気分が変わっていいもんだな。おめかししたラフィニアも見れたことだし」
そう言ってカインは甘やかに微笑んだ。その優しい笑みに頬を染め思い切りはにかめば、カインも嬉しそうに笑った。つないだ手にもなんだか熱がこもる。
ずっと昔から一緒にいる私たちは、どこかまだ恋人同士とか婚約者同士という関係性に慣れなくてぎこちない。けれどちゃんと確かな愛情がふたりの間に育っていると感じられる。それがなんだかくすぐったくて、幸せだ。
そして楽しかったデートもそろそろ終わりに近づき、肩を並べて暮れていく空を眺めていると。
「楽しかったわね!」
「あぁ、そうだな。たまにはこんなのもいいな」
「……ペトラとルナはいい子でお留守番してるかしら? ルナったら脱走していないといいんだけど……」
「どうかな……。あいつは君に似て、どこへでもすっ飛んでいくからな……」
「……」
おしゃれをして他の恋人同士のように町をそぞろ歩くのは、とても楽しかった。まるでにぎやかなお祭りみたいで。でもやっぱり――。
「でもやっぱり私たちにはいつも通りが合ってる気がするわ」
「でもやっぱり俺たちにはいつもの感じでいい気がするな」
互いの声がぴたりと重なって、思わず顔を見合わせた。
「えっ??」
「んっ!?」
しばし見つめ合い、そして。
「ぷっ……!! ふふふっ!!」
「くっ……!! ぷはっ!!」
ひとしきりげらげら声をあげて笑った後、私たちはこつんとおでこを合わせ再び見つめ合った。
「ふふっ! やっぱり私たちは私たちね。いつも通りでいいのかも。ペトラとルナと外をかけ回って」
「そうだな。君とあいつらを追いかけて笑ってるのが一番自然だ。それが俺たちの幸せな形なのかもな」
「本当ね!!」
「ラフィニア……」
「ん……??」
カインの手がそっと私の頬に触れた。そのぬくもりがあまりにあったかくて、思わず目を閉じる。
夕日が沈むその瞬間は、見られなかった。だって目をつむっていたから。でもきっと素敵な色だったんだろうなって分かる。
こうして私たちのはじめての町デートは幕を閉じたのだった。
けれど屋敷に着いて気がついた。皆へのおみやげを買うつもりですっかり忘れてしまっていたことを。でもまぁそれだけ楽しくて一日があっという間に過ぎたってことで、これも仕方ない。
まぁおみやげはまた、別の機会に、ね――。




