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「さぁ! 今宵はデビュタントだ。皆存分に楽しむがよい!」
国王のその一声で、それまでの重苦しい空気がガラリと変わった。
そして楽隊が軽やかな音楽を奏で出す。その音につられるように、会場に明るいざわめきが戻ってくる。その中を私とディクリーヌは手をつなぎ、少し戸惑いながら両親とカインの元へと向かった。
「色々と思うところもあるだろうが、今日はお前たちの記念すべきデビュタントだ。さぁ、まずはファーストダンスを踊るとしようか」
そう言って父が私に向けておどけたように手を差し出した。
「お父様……!」
その手を取りかけてふと動きを止めた。その思いを読み取ったように、父が私の後ろに立っていたディクリーヌに声をかける。
「ディクリーヌ。君がもし嫌でなければ、この後で私がお相手しようと思うがどうかな?」
「え……? でも……私は……」
父の言葉に、ディクリーヌの顔が曇った。
ディクリーヌが踊るべき父親の姿は、もうここにはない。せっかくのデビュタントは、ディクリーヌにとって父との決別となってしまったのだから。そんなディクリーヌを置いて、私だけ父と楽しくファーストダンスを踊る気にはとてもなれなかった。
けれど父はそんな私の思いも、ディクリーヌの切ない思いもちゃんと汲んでくれていたのだった。
「今夜は君にとっても大切な夜だ。色々と考えなければならないこともあるだろうが、今だけ忘れて楽しみなさい。これからのことは、ひとりで抱えずとも私たちも力になるからね」
そう言って父は小さくウインクしてみせた。
「ええ、そうよ。ノートス家があなたのことをちゃんと面倒みますからね。心配いらないわ。もうひとり娘ができたみたいでなんだか嬉しいし」
母もそう言ってディクリーヌの手を取り、にっこりと微笑んだのだった。
それでも戸惑いと遠慮の交じる表情を浮かべるディクリーヌの手を私は取った。
「ディクリーヌ! この先のことはこれから考えればいいわ! 今夜は特別な夜なんだもの。何も考えず、楽しみましょう? 一生に一度のデビュタントよ‼」
そう言って明るく励ますように微笑めば。
「……いいの?」
「もちろんよ‼ これもひとつの出会いだわ! 生きていれば色々あるけど、こんな嬉しいことだって起こるのよ。だから今夜はとにかく楽しみましょう!」
ようやくディクリーヌの顔がほっとしたようにやわらかくなる。
「ラフィニア……ありがとう。ベーゼル様も、メリアナ様も……本当にありがとうございます‼ ……ええ! ぜひ……ぜひお願いしますわ! 本当は私、夢見ていたんです! ファーストダンスを踊るのを。……もちろんあの父以外と、ですけど」
最後の一言は苦々しい表情ではあったけれど、どうやらディクリーヌにも明るさが戻ってきたようだ。私たちはふふふっ、と笑い合い、手を握りあった。そして。
軽やかな楽器の音色に導かれるように、私のファーストダンスがはじまった。
父と体を寄せ微笑み合いながら、少し気恥ずかしいような気持ちを互いの目に浮かべつつ。
「……もうこんなに大きくなったのだな。私の娘は」
「ふふっ。お父様ったら……。……お父様? 私、生まれてきて良かったわ。とても……とても幸せよ」
前世ではたったの九年しか生きられなかった。人生のほとんどをベッドの上で過ごし、部屋の窓から見える小さな景色だけが私の世界だった。けれど幾度かのちょっとヘンテコな転生を繰り返して、こんなに幸せな人生を手にできたのだ。
「……本当に、本当に生まれてきて良かったわ。お父様、お母様。私に幸せな人生を送るチャンスをくれてありがとう……」
そして神様に感謝した。おかしな転生を繰り返したせいで色々戸惑いもしたけれど、そのおかげでルナと一緒に歩いてこれたのだから。
こみ上げる様々な思いに、思わず涙ぐんでいると。
「じゃあこれでもっと幸せな夜になるかな? ……カイン」
「……え?」
父が少し離れたところにいたカインを呼び寄せ、私の手をカインのそれにそっと重ねた。
「お父様……?」
驚き戸惑う私に、父はパチンと片目をつぶりやわらかく微笑んだ。
「ファーストダンスの続きはカインにお願いするとしよう。……頼んだよ。カイン」
そうして父は今度はディクリーヌの元へと向かい、くるりくるりと踊りだしたのだった。
そして残された私とカインはと言えば――。
目の前にカインがいる。前世からずっと変わらない優しいあたたかな微笑みを浮かべて。
「……私と踊っていただけますか? ラフィニアお嬢様……いえ、ラフィニア様」
「……はい! 喜んで……‼」
夢のような気持ちで、私はカインに手を取られくるりくるりと回りだす。手のひらから手袋越しに伝わる熱に胸を高鳴らせながら、しゃらしゃらと軽やかな音を立てる衣擦れと軽やかな調べに乗って。
夢にまでみたデビュタント。大人の仲間入りをするのは少し不安でもある。子どもの自分に別れを告げて大人になってしまえば、きっとカインともこれまでのように一緒にいられなくなるのだろうし。
けれど今夜は、ルナのための特別な夜にしたい。それが私とルナの約束だから。
心の中でカインに語りかける。
(カイン? 私ね、ずっとずっと昔にあなたに会ったことがあるの。剣になったり防具になったり、ペトラだったこともあったのよ……!)
あなたに会いたくて転生してきたんだと言ったら、カインはどんな顔をするだろう。
そんな奇想天外なことあるはずない、とちょっと困った顔をして優しく笑うだろうか。
そして夢のようなダンスは終わり、ついに運命の願い事を果たす時は訪れたのだった。




