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デビュタントパーティの開場の時間が迫る中、カインは複雑な思いでその時を待っていた。
カインにとってもデビュタントは、ずっと見守ってきた大事なラフィニアの特別な日だった。あの小さかったラフィニアがついにデビュタントを迎えたということは、おそらくは数年もしないうちに誰か知らない男と結婚するということだ。それが貴族家に生まれたものの義務であり、ノートス家にはラフィニア以外の跡取りはいないのだから。
(まだまだお嬢ちゃんだと思っていたんだがな……。あっという間だな、大人になるのは。できればもう少しそばで見守ってやりたいところだが……)
もしラフィニアが誰かと婚約するような日が来たら、そばを退くつもりだった。今回の仕事で無事ルナとの約束も果たせたと言ってもいいだろうし、停戦が合意したとなればベーゼルとの仕事にもけりがつくだろうし。
けれど本当はこの先もずっとそばで見守っていたい。けれど婿を取るしかないラフィニアがあの屋敷で、伴侶となった男と幸せそうに語らう姿など、とても冷静な気持ちで見守ることなどできない気がした。
(……となるとそばにいられるのも、あと少しか。それまではあの子のためならなんだってするさ。大掃除だってなんだって……な)
そんなほろ苦い思いを胸に、カインは断罪の準備を整えた。そして不安と緊張で心を揺らしているであろうラフィニアとディクリーヌのもとへと向かったのだった。
コンコン……!
「君たち、いよいよ時間だ。支度はできたかい?」
ベーゼルのノックの音に、きりりと引き締まった表情のラフィニアとディクリーヌが顔を出した。どうやらふたりとも、もう覚悟は決まったようだ。
「では行こうか。お嬢さん方。ちょっと変わったデビュタントになるだろうけど、そうひどいことにはならないから安心しておいで」
「もうすっかり準備は万端だ。楽しんで……っていうのは無理だろうけど、そう緊張せずに臨むといい」
カインがそうあたたかい声で告げれば、ラフィニアとディクリーヌは顔を見合わせふわりと笑った。
「さ、では行こうか。お嬢さん方。心の用意はいいかい?」
「ええ! もちろんよ。お父様‼ さぁ、行きましょう。ディクリーヌ」
「……ええ、そうね! ラフィニア。今日ですべてを終わらせてここから新しくはじめるために、うまくやってみせるわ!」
そしてふたりの令嬢は互いの手を取り、しっかりとした足取りでデビュタント会場へと足を踏み入れたのだった。それぞれの思いを乗せて、運命のデビュタントへと――。
ざわり……。ヒソヒソ……、ざわざわ……。
観衆の視線が、一瞬にして突き刺さった。そこににじむのは、分かりやすい好奇の視線。
私の隣で、ディクリーヌが息をのむのがわかった。
この会場に集うのは、国中の貴族たち。中でも前列に居並ぶのは、今夜晴れてデビュタントを迎えた若者たちとその家族だ。もちろんその中に私とディクリーヌも含まれているはずだったのだけれど。
デビュタントを迎える令嬢たちの中で、王妃との謁見を済ませていないのは私とディクリーヌだけ。そこに何か重大な事情があったことは、どうやら皆なんとなく気づいているらしい。観衆の好奇の視線にこくりと息をのみ、私はディクリーヌの手をきゅっと握りしめた。
「大丈夫よ。私がついてるわ。お父様も、カインもあなたの味方よ。勇気を出して!」
そう声をかければ、ディクリーヌは口元にかすかな笑みを浮かべこくりとうなずいた。
そして私たちは凛と顔を上げ時折互いに微笑みを交わしながら、観衆の中を進んだ。父のエスコートではなく、互いの手を取り合って。
そして、背後に父とカインの気配を感じながら会場の奥――玉座へとゆっくりと歩み出たのだった。
「そなたがノートス家の令嬢か。なるほど……。父によく似ておるな」
玉座に辿り着き、その低く威厳に満ちたけれどどこか穏やかさを漂わせた声に深く頭を垂れる。
「そして隣りにいるのがダルコ伯爵の娘、ディクリーヌ、か……」
ディクリーヌの吐息がかすかに震えるようにそっと吐き出されたのが聞こえた。無理もない。これから自分の父親が断罪されようとしているのだ。この観衆の前で。何事かがはじまろうとしている気配を感じ取ってか、場がしんと静まり返る。
そこに、父の声が響いた。
「恐れながら申し上げます。本日はデビュタントという晴れの日ではございますが、その前に陛下のお伝えしたい大切な議がございます」
「……うむ。申してみよ」
国王陛下の重く鋭さをのぞかせた声に、緊張感が走る。
「この場を借りて、ここにいるダルコ伯爵家令嬢ディクリーヌとその使用人たちを証人として、ダルコ伯爵家現当主のいくつかの罪を明らかにしたく存じます」
父の言葉に、観衆からどよめきが起こった。あちらこちらから興奮した好奇と恐れに満ちた声が上がる。
そしてダルコ伯爵が衛兵に両脇を抱えられ、入室してきた。その顔は怒りで真っ赤に染まり髪も服装も激しく乱れている。どうやら相当に暴れ回った挙げ句捕まったらしい。
衛兵たちの手が自分の体から離れると、体を怒りで震わせながら自身の娘ディクリーヌをにらみつけた。
「ディクリーヌ! これは一体どういうことだっ⁉ 何を企んでいるっ!」
陛下の御前であることも忘れ取り乱すダルコ伯爵に、冷たい視線が注がれる。
公衆の面前で父親に怒鳴りつけられたディクリーヌはと言えば、何の感情も読み取れない淡々とした表情で父親を見つめていた。そして。
「場をわきまえなさいませ。お父様。……あなたはこれからこの場で裁かれるのです。これまであなたがしてきた数々の悪事によって」
「なっ……、何を……⁉ 私は何も悪いことなど……。……っ⁉」
そう叫んだダルコの背後から、衛兵たちがふたりの人物を連れて入ってきた。
ひとりは私を化粧室に閉じ込めたあのメイド、そしてもうひとりは見知らぬ男だった。が、恐らくダルコ家から横領の証拠を持ち出したという例の使用人であろうことは推測が付いた。
ダルコはそれに気づいた瞬間、狼狽し口をつぐんだ。顔にはありありと焦りと恐怖が浮かんでいる。
そして父は陛下にちらと視線を向けた後、口を開いた。
「まずは君からだ。君はダルコ伯爵の屋敷でつい先月まで働いていたね? そこで何があったのか、説明しなさい」
父にうながされ、使用人らしき男が口を開く。
「はい……。私はダルコ伯爵が領民から税を不当に取り上げて、その金を横領していたことを知っています! もう何年も何年も領民は税の取り立てに苦しんで……! だから私は旦那様に申し上げたんですっ。どうかもうこんな悪事はやめて領民のために正しいことをして欲しいと……‼」
その告白に、場内が大きくざわついた。直後に、ダルコが叫んだ。
「馬鹿を言うなっ! 使用人風情が生意気なっ‼ 私は領主として当たり前に仕事をしただけだっ。横領など知らんっ! 証拠は……、証拠でもあるのかっ⁉」
その声に、元使用人の男は懐から分厚い封筒を取り出したのだった。それを目にした瞬間、ダルコの顔が大きくひきつるのが見えた。




