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運ばれながら考える

 同業者の間で私は『翡翠』と名乗っている。元の名前は家を出てそれまでの生活を捨てる時に一緒に捨てた。

 仕事は『何でも屋』。報酬次第で非合法な案件も請け負う。私は専門外だから未経験だが、多分殺しの専門家もいると思う。

 これから何をさせられるのかは分からないけど、今までの私の主な仕事は詐欺分野。私の特殊能力が荒稼ぎを容易にしてきた。


 私は生まれつき記憶力が非常に良かった。非常にと言うより、異常に良かった。

 それに加え、自分自身の身体を自由自在に操る器用さが、これまた異常なほどにあったりした。

 多分、知能とか頭の良さ的な部分は人並みだから、物心がついて「コレは隠さないとヤバい」と気付くまでは、庭に来る猫や家で飼っていた小鳥の真似を再現度100%でやらかし、両親からは頭のおかしい子として世間に隠されていた。

 四歳くらいで普通の子供としての振る舞いを身につけたけど、自宅軟禁で隠されていた私にとって、子供の参考資料は三歳上の兄だけで。

 これが私の人生を厄介な方ヘ転がした。


 私は、記憶力と自分自身を器用に操ることで、形態模写や声帯模写ができる。

 その完成度は、モノマネ芸人がデフォルメしたイラストなら私は写真というレベル。

 幼稚園に通い始めてからは参考資料が増えたから大分兄成分は薄まったけど、兄はしつこく私が兄そっくりに振る舞えることを覚えていた。

 伸び悩んでいた兄の身長が、すっかり成長を止めた十五歳の時。すくすくと成長した私に兄は命令した。


「お前、俺の代わりに高校受験して受かって来い」


 十二歳、小学生の私に何を言っているのかと聞かなかったことにしたら、中三男子の力でボコられた上に脅された。


「お前が俺と同じ身長になるまで待ってやったんだ。俺の役に立たないなら親に言って家から追い出すからな」


 とんでもなく何かの真似が上手いだけで、中身が普通の小学生だった私は、暴力と脅しに屈した。

 セレブと言うほどではないが、親は会社を経営していて兄は大切な跡取り息子。私は頭のおかしい子として軟禁されていた困った娘。という事実が、兄が親に願えば私は追い出されるという話に信憑性を与え逆らえなかった。


 まぁ、持ち前の記憶力で受験勉強は楽勝だったけど。


 そこからは試験の度に兄の身代わりをさせられた。

 私が身代わりをしやすいように、兄の学校とは試験期間が重ならない私立の中高一貫の女子校を私は受験させられた。

 兄の彼女や友人達も、入れ替わりに全く気付かない。三つも歳下の女なんだけど。

 声帯、表情、言動、仕草、癖。一緒に暮らす兄を真似て自分の身体を操作するのは私にとっては簡単だった。

 大学も私が身代わりで受験して合格した。大学の試験も私が受けて成績は上位をキープしていた。

 高校を卒業したら、兄から搾取される生活から逃げるつもりだった。


「お前、俺から逃げるつもりだろ。無理だからな」


 兄の代わりに大学の期末試験を受けて帰宅した高校三年の九月、両親から死ぬほどボコられた。

 私が兄として大学で試験を受けている間、私の服を着て女装した兄は、監視カメラのある父の書斎で金庫から大金を盗み、私の部屋に隠していた。

 両親から見たら兄のアリバイは有り、私の姿は監視カメラに映っている。いくら私が警察を呼んで指紋を調べてくれと言っても取り付く島も無い。

 私の身柄は兄が預かることになり、私は高校も辞めさせられて、軟禁ではなく監禁されることになった。


 まぁ、家人の留守中に鍵を外して、監視カメラの無い場所は自由に動き回っていたけど。


 兄は私が動物や兄の真似しか出来ないと思っていたけれど。

 私は動画で一度見た技術も完璧に再現できる。

 解錠も痕跡無くできるし、チビとは言え男の兄の身代わりをするために効率よく身体も鍛えた。海外の特殊部隊の訓練映像は面白かったな。武術の達人のドキュメンタリーも素晴らしかった。

 私にあるのは記憶力と自分の身体を自在に動かす技術だけだから、独創的な発明や天才的な思考なんかは見たり読んだりしても身につけることは出来ないけれど、身体能力さえ上げてしまえば、覚えて真似をする類いの技術は何でも可能だ。

 知られたら搾取が酷くなるだろうから誰にも見せていない。

 何でも屋をやっている今でも。


 監禁生活から数日後、私は両親の寝室から貴金属を盗み出し、兄の帰宅を見計らってから家を抜け出して兄の姿と身分証明書と筆跡で換金し、それまでの自分を捨てた。

 たまたま目に付いた繁華街のホストクラブのホスト紹介ビデオ。小柄で線の細いNo.3ホストの翡翠。しばらくその姿を借りることにした。

 下調べをしていた寂れた雑居ビルの一室ヘ乗り込んで、特技の一つである『他人の筆跡を完璧に再現できる』を披露すると、何でも屋に即採用となった。

 それから四年、様々な書類や遺言書等を偽造する仕事を請け負い、多分ヤバい組織である『何でも屋』に保護されながら生きている。


 でも、今回の仕事って、能力の出し惜しみとか出来ない振りなんかしたら死ぬんだろうな。

 所長は書類偽造以外は大して役に立たない若造だと思って二千万で私を売ったんだろうけど、依頼人の男の要求がその程度とは思えない。

 翡翠として振る舞うようになってから、性別が女だと確信されたことは裏仕事のプロ相手でも一度も無いのに、この男は「こいつが女だったらいいな」という願望ではなく、「こいつは女だ」と確信している気がする。

 それに、私が暴れたら面倒な程度には戦闘力があることも分かっている気がする。

 性別判明する箇所には絶対触れないように抱えながら、痛みを与えず腕と手だけで確実に拘束してるし。拘束を外そうと意識しただけで化け物みたいな威圧を向けて来るし。


 人の気配も遠のき空気の匂いも風も変わった。

 いくら女と言っても、家を出てからまた少し成長した身長は173cm。更に動画を見ながら部位ごとに見た目は変えず鍛えまくった筋肉質な身体は服を入れたら体重60キロ近い。息も乱さず軽々と運び続けるこの男は何者なんだ。


「さて、この辺でいいでしょう。目隠しを取りますけど、暴れたら死にますからね」


 今更依頼人に逆らう気は無いが、脅しが必要な何かが見えてしまう場所なのだろうか。


「・・・・・」


 視界を取り戻して脅しが必要な理由がよく解り、私は言葉も表情も無く混乱した。

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